春風のメモリー  第一話 投稿者: スライム
「…それで三郎がねっ、浩平の顔を引っ掻いちゃったんだよ」
 あたしは瑞佳とおしゃべりしながら帰宅していた。いつの間にか瑞佳と一緒に帰るのがあたりまえになって、お互い気兼ねなく話せる……そんな関係になっていた。
 あたしがこっちに転校して来て、初めて出来た親友。―――それが瑞佳だった。
「浩平ますます怒っちゃって。でも三郎を追いかけるんだけど、今度はねっ…」
 瑞佳はいつも折原のことばかり話して来る。折原が朝なかなか起きないとか、こんな冗談を言ったとか……本当に楽しそうに話す。瑞佳は折原のこと、ただの幼なじみって言ってるけど誰も信じないよ。折原のことを話している時の瑞佳は、生き生きしてる……って言うか、輝いてる。こっちが羨ましくなるくらい。
「八兵衛が浩平の足に噛みついちゃったんだよっ」
 はははっ……って相づちを入れる。そしたら……
びゅぅぅぅぅぅぅぅぅううううっ!!!
 …って強い風が砂煙を舞い起こした。あたしと瑞佳は慌ててスカートを押さえる。本当、春先の風っていやらしいんだからっ! さっきからスカート押さえっぱなし。砂で髪も汚れるし、良いことない。
「…風強いね、今日」
 あたしがそう言うと瑞佳は、うんっ、って頷いて乱れた前髪を直す。
「でも暖かくなって来たねぇ。やっと春になった気がする」
「もう4月も終わりに近づいて来たし、暖かくなってもらわなきゃ困るけどね」
「そだねっ」
 瑞佳が言った通り、ようやく春が来たっていう感じ。さすがに雪は残ってないけど、肌寒い日が続いていたっけ…。
「あれ? 私、どこまで話したっけ!?」
 うーん、と悩む瑞佳。右手を口元につけて悩むその姿は、女のあたしから見てもとても可愛らしく見えた。
「…あっ、そうそう。八兵衛が噛みついたら浩平ねっ。私の後ろに来て、「長森頼むっ。こいつらどうにかしてくれ」って情けない声で言うんだよ」
 へぇー、あの折原がね。瑞佳の後ろで怯える姿……見てみたかったなぁ。いつもあたしのことバカにするから、ばちが当たったに違いない。その時…
 ―――あれ!?
 ふと目に入った公園のブランコに見知った顔があった。うちの制服……学校の同級生かな?
 あたしは急いで記憶をたどる。自分のクラス、去年のクラスの人、他のクラス……。記憶をめぐらすが該当者は出てこない。折原関係かな……
 ―――あっ! そうだ。折原になついてた子だ。確か……上…月……えーと…。
 名前がどうしても出て来ない。確か1年下で、喋れないとか言ってたっけ。
 あたしは諦めて瑞佳に訊ねることにした。
「ねぇ瑞佳、あの子名前なんて言ったっけ?」
 そう言って目配せする。
「浩平今度はね……えっ! 何? 七瀬さん」
「ほらあの子…」
「あ、澪ちゃんだよ。どうしたんだろ、一人で」
 そう…。膝の上のスケッチブックを見つめて、悲しそうな目をしていた。
「様子が変じゃない?」
「…そうだね。行ってみようか?」
 あたしは軽く頷いて、瑞佳の後に続いて公園に入った。


「澪ちゃん………どうしたの?」
 瑞佳が優しい声で話しかける。腰をかがめて、小さい子供をあやすみたいに。
「………」
 ほえ? って顔を上げる澪。そしてスケッチブックを開いて文字を書く。
『こんにちわなの』
 大きくそう書かれていた。
「こちらは七瀬留美さん。私と同じクラスなの」
『初めまして。上月澪ですの』
 瑞佳があたしを紹介すると、澪は急いで次のページにそう書いた。
「よろしくねっ。……澪って呼んでいいかな?」
 うんうんっ、って元気良く頷く澪。本当、一つ一つの仕草が可愛いらしい。
「でもどうしたの? 一人で…。悩み事?」
 瑞佳がそう訊ねると、澪の表情に再び影がかかる。
 うにゅ〜、そうだったの…、といった感じで視線を地面に落す。
「あたしたちで良かったら相談に乗るよ、ねっ! 瑞佳」
「うんっ、澪ちゃんに暗い表情は似合わないよ」
 実は……、とスケッチブックにペンを走らす。そこには…
『困ってるの』
 …と書かれていた。困ってる? …いじめられてるとか?
「どうして困ってるの?」
 瑞佳の督促に澪は、これなの、とスケッチブックの間に挟まれていた数枚の便箋を取り出す。
 なんだろ……。あたしは、その中の一枚を受け取って開いてみる。えと……
『拝啓 上月澪さん。一目見たその時から僕はあなたを好きになってしまいました。一生懸命なその姿に僕は心を奪われてしまったのです。好きです。……だからいつも一緒にいたい。お返事は急ぎません。僕はいつでも上月さんのことを想ってます。 敬具  張本 定』
 ……うそっ! こ、これって…ラブレターってやつ? なんかこっちが恥ずかしくなるよ。
「澪ちゃん……もしかして、それ全部?」
 おそるおそる瑞佳が訊ねる。見た感じ、あたしと瑞佳が持っているのを除いて3枚はある。……合わせて5枚もぉ? す、すごい………羨ましい。
 ……はっ、違う。あたしだってその気になれば10枚や20枚ぐらい軽いわよっ! って、心の中で見栄張ってどうする…。

『澪先輩好きです。入学したばかりですが、先輩に一目惚れしてしまいました。部活が楽しみでなりません。澪先輩に会える、そして一緒に練習出来るから。付き合ってください。先輩が大好きな、唐沢 蛍より』
 綺麗な字。女の子みたい…。後輩にも慕われてるのね〜。

『好きっす。大好きっす。たまらないっす。むはむはっす。…(以下略)』
 汚い字。体育会系かな…。

『上月さん……あなたの口になりたい。…(以下略)』
 ありがち。なんかマニュアル通りって感じの手紙。

『上月。俺のこと覚えてるか? 1ヶ月前の学校帰りに一緒に校門を出て、そして一緒に商店街を歩いたことを…。俺たち気が合うよな、なんかこう運命の出会いってやつ? …(以下略)』
 勝手に決めつけてるよ…。ヤな奴だな、こいつ。

 ……絶句。全部に目を通したけど、間違いなくラブレターだった。
「…澪ちゃんの気持ちはどうなの?」
「………」
 瑞佳がそう言うと、澪はしばらくスケッチブックを見つめてから字を書き始めた。
『困るの。お断りしたいの』
 と書いて、顔を上げる。
「他に好きな人がいるんだ、澪ちゃん」
 …うん、と頬を赤くして小さく頷く。
 ―――折原。その名が頭に浮かんだ。……そっか、この子も好きなんだ。
「じゃあしかたないよね。ちゃんとお断りしなよ、ね?」
『一人だと心細いの』
 そう書いて、すがるような目で訴えて来る。なんか可愛い妹が出来たみたい。とても1つ下とは思えないよ。
「わかった、私たちもついて行ってあげるよ。七瀬さん良いかな?」
「もちろん」
 あたしは迷わずそう言う。
『ありがとうなの』
 ブランコから立ち上った澪の顔には、明るい光が刺し込んでいた。
びゅうぅぅぅぅぅぅぅううっ!!
 春風があたしたちを揺らす。草木のざわめきがなぜだか耳に心地良かった。


   つづく……

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お久しぶりです…(^^ゞ
澪りん『なのなの…』
次のUPはいつになることやら…(爆)
澪りん『本当困ったのっ』
では〜、またお会いしましょう(^o^)/~
澪りん『むっはは〜☆』

↓ 私のHPです。よろしかったら来てみて下さい……(^^;;;
 

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