一杯伝えたいことあるの (その4です) 投稿者: せきせ いっせ
---4章---

校庭に夕闇が降りてくるころ、拍手が大きく広くこだまする。
私達は体育館のステージに立っていた。カーテンコール。
舞台は大成功だ。演劇部の全員が横一列に並んで手を繋いでいる。
でも、ひとり足りない。私だけがそう感じていた。

(見てくれた?どうだった?)

私の初舞台が終る。無我夢中の3ケ月だった。

「上月さん、やったわね!」

うん!うん!

深山部長の声に、私は力一杯肯いてみせた。

「ほんとうに良くやったわ」

ぺこっ

深山部長に、みんなに感謝したかった。
私がここまで出来たのはみんなのおかげだった。

「ううん、あなたの力よ。あなたが努力したからよ」

(ありがとう)

「ほんとうに驚くくらいに上達したんだからね、あなたは」

うん!

もう一度、私は肯いてみせる。そして、心の中で呼び掛ける。

(あなたがいてくれたから。私ひとりの力じゃないの。ありがとう)

***

見覚えのある字だった。黒いサインペンで書かれた文字。

『さようなら、澪』

次の瞬間、はじけるように私は体育館に向かった。

(やっぱり、見ていてくれた…)

あなたから預かったものは返すことができた。
あなたから授かったものも見せることができた。
だからあとは…

(私の気持ちを伝えたいの)

パタパタパタッ

体育館に着いた私は、身のすくむのを覚えた。そこはかなり暗かった。

(はぅ〜)

恐い。

恐かった。私は頭のリボンに触れる。私の勇気の元。私だけのおまじない。

(うん!)

私はできるだけ静かに体育館の中に入っていく。
そっと、そっと。音を立てたら恐いから、そっと。

(あ…)

すぐに見つけた。あっけないほどだ。
あなたがいた。暗い体育館の隅っこにひとりぼっち。
壁にもたれかかるように、力なく座りこんでいた。
そして、私のことを凝視している。私はゆっくりと歩み寄る。

「…君」

私は動きを止めた。

「…どうしたんだ?こんな時間に…」

低い声。震える声。何かを堪えるような悲しい声。

「そうだ…君の舞台観せてもらったよ」

(うん…)

「俺は…もう観ることは出来ないけど…」

私はあなたを忘れてなんかいないから…そんなこと言わなくても大丈夫なんです。

「…でも…君だったら……きっと…大丈夫だから…」

それは…あなたのおかげなんです。
…伝えさせてください、私の気持ちを。悲しいこと言わせたくない。

「…これからも頑張って」

ひざまづいた私はあなたの胸にすがりつく。

……………………………それは私の…………願い。

あなたの言葉をさえぎった。もう何も言わせない。

「…み…お」

私から伝える。届いて欲しい。受けとって欲しい。
私はあなたの胸の中でうなずく。ゆっくりと強く。

「澪…俺のこと覚えていてくれたのか…」

そして力一杯抱きしめる。冷えてしまった身体を。
どんなに力を込めても足りなかった。もっと暖めてあげたい。

(…ううん…私だってあたたかい…)

いっぱい伝えたいことあったの。
ずっと昔から伝えたかったことあったの。今の私から伝えたいことあったの。
私にできる全てで伝えるから…どうか受けとってください。

(あたたかいの…)

---終幕---

少年は消えた。少女の想いを受けとって。そして、新しい約束を残して。
ひとりの少女が、日の暮れた学校を後にする。
中庭を抜けて、校舎玄関前を経て、校門をくぐる。
その足取りは静かだが、同時に確かなものに見える。

---完---

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せきせです。昨夜は途中で気を失ってました。(^^;
これで最後です。読んでくださったみなさん、ありがとうございます。

>YOUさん
盾にされるあたりは最高でした。郁未と晴香なのがいいです。もともとこの2人には
(特に晴香には)そういうドラスティックというか、大の虫を生かすために小の虫を
踏み潰すようなところがありますし。
それから、感想ありがとうございます。重いと言われてビクッ、好きですと言われてホッ
というところです。私としては私の中にある「澪の気持ち」を伝えようとしたわけですが、
どこまでできたものやら、です。(^^;

>だよだよ星人さん
最初に思い出したのは深山部長だったのですね。(もちろん、澪を除いて)
忘れるときも部員よりは後だったし、気に入りました。(あ、もちろん、全体もです)
しかし、ストりーが私と同じだったらどうしようかと少しドキドキしました。(^^;
幸いなことにセットで読んでも、そんなに矛盾もなく繋がりそうな感じで良かったです。

>天王寺澪さん
「あの人」が「キャラメルのおまけなんかもういらない」と言い出した後
が気になります。ちびみずかはどうなってしまうのでしょうね?
もし良かったら書いてみてほしいと思います。
個人的に韻(字間違ってるかも(^^;)の美しい文章はすきです。

>藤井勇気さん
実は私は繭が好きです。(お母さんよりは娘のほうが好き(^^;)
SSになりにくそうなキャラである繭を扱った作品に、今後も期待してます。

>ひりやんさん
上にも書きましたが、私は繭が好きです。だから「おとなへのみち」は好きです。
(これは言っておかないとね(^^)