雨。 投稿者: 沢村奈唯美

 叩き打つ雨の中、茜はそこにいた。ピンクの傘を斜めに差し、目の前の空間に落ち続ける雨を眼球に映していた。激しく雨は、傘のナイロンの幕を刺し貫こうとして砕け散る。東南アジアの遺跡に降る雨を、オレは想っていた。風が少ないのが救いだった。それでも、茜の足許は跳ねた泥で汚れている。白い靴下には泥の水玉模様が出来ていた。
 そこは、この街の地面を覆い尽くすアスファルトにあいた穴だった。生い茂る雑草は冬枯れて黄土色に変色しても腰の高さにまで達している。少し向こうには林立する緑が見える。そこまではずっと、枯れた茎の絨毯が続いている。草の死骸たちは空からの水に打たれて斜めに傾いでいる。オレの登校ルートからは少し逸れた位置にある。
 昔、そこでよく遊んだ。
 この街に来た頃。
 そこを訪れたのは、登校までの時間に余裕があった所為だ。気まぐれだった。偶然だ。誰かが呼んでいる気がしたから、とか、そういうのではない。
 茜の眼球の表面で、雨が降っていた。止まない雨だ。そう想った。
 雨は茜の両目の表面を絶え間なく引っ掻いて下へ落ち、その所為で茜の眼球には白い縦の擦り傷が限りなく作られていく。爪痕だった。捕まる場所を求めて足掻いた痕だ。傷跡が絶え間なく作られていく。
 オレの声に茜は迷惑そうに振り向く。何か用?
  別に用はないけど。
  私もないです。
 雨が泥の中に落ちる。音がする。ばしゃばしゃと言っている。濡れた土の中、水溜まりが出来ていて、そこに、茜の傘の内側が映っていた。
 小さい頃、その場所で長森と遊んだ。
 記憶は全てどれも曖昧だ。現在の中でさえ自分を取りまいている全ての状況を確実に把握できる訳ではない。今という現在は一瞬で、その一瞬は次の一瞬にすぐに置き換えられて過去になる。過去は忘れるものだ。忘れるから生きていける。

 ファ 
     ミ シ

  シ レ  ミ

  ファ 
     ミ シ

  シ レ ミ


 何をしたのかまでを思い出す事が出来ない。ただ、強く浮かぶのは、強い光の元、自分の背丈を越えるような碧い草むらの中、膝を抱えている自分のイメージだ。地面に尻はつけないで、揃えた両足の裏だけを地につけ、膝を抱えて足先の乾いた土をオレは見ている。多分、誰かが声を掛けてくれるのを待っている。
  何か用?
 茜が訊く。
  用という訳じゃないんだけど。
 悲しい事があったんだ。とても悲しい事。
 壊れるなんて思っていなかったものが、全部壊れてしまったんだ。絆は、もっと強固なものだと思っていたんだ。雨が降れば嫌な気分になる。雪が積もれば転んでまた怪我をするかもしれない。雷が落ちれば、みさおは怯えて、オレが脅かせば母親に泣きついて、また母親に怒られるかもしれない。それでも、最悪でも壊れるなんて事はないと思っていたんだ。
  私も、用はないです。
 茜はまた雨を見る。茜の見る雨にオレも目を向ける。雨が降っていた。雨の向こうに知らない誰かが住む家の側面が並んでいるのが見える。
  そうか。じゃお互い用もないようだし。
 オレは茜に背を向ける。体を反転させた時に、雨が少し、右肩にかかった。
 歩き出したオレを呼び止める声が聞こえて、立ち止まり振り向く。
 茜の眼が、オレの目を真っ直ぐに見つめていた。その視線をオレは逸らす事が出来ない。睨み合ったまま時間を流し、相手の出方を静かに待った。
 茜はオレを見つめ続けた。

   誰かがオレに声を掛ける。

  風邪引くぞ、いつまでそんな所に立っていると。
 大丈夫です、と茜は答えた。馬鹿は風邪引かないらしいですから。
 そう言った。

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初めまして。
沢村奈唯美ともうします。PNがこれで本人男性だったりしますが 笑

途中で出てくる音符なんですが、ファ 以外は黒鍵です。フラットついているんですが、多分、機種固有文字なので、書けませんでした。音楽はずぶの素人なんで、フラットでいいのかどうか分かんないんですが、まぁ、これで弾けない事は無いんで、大目に見て下さい^^;;

http://www.0462.ne.jp/users/nayurin/index.html