テレビの画面にスーツを着た若い女性ニュースキャスターと、派手でない程度に着飾ったこれもまた若い女性が座っている。 ニュースキャスターがにこりと女性に笑いかけると、その女性のほうも軽く会釈をした。 その女性はまだ20歳ほどだろうか。小柄な割に少々大人びた表情、そして長い髪に大きなリボンが特徴的だった。 「今日は今、話題になっている演劇公演からゲストをお呼びしています」 ニュースキャスターがしゃべり出す。 「ただいま全国を公演にまわられ、多くの演出家から大絶賛をうけている無声演劇で主役を演じていらっしゃられる『上月 澪』さんです」 ニュースキャスターの紹介と共に、女性は今度は画面に向かって頭を下げる。 俺はそのテレビ画面を大きな緑色の一人掛けの椅子に座って見ていた。 「上月さんの演技は体全体からその気持ちがつたわってくると評判ですが、上月さんはそのことをどうお考えですか」 ニュースキャスターの質問に、女性は手話をつかって答える。 画面の下に、その訳が表示される。 『私は小さい頃からしゃべることができませんでした。だから自然に全身で感情を表現することができるようになったのだと思います』 その女性は堂々とした様子でにこやかに笑う。 ニュースキャスターはうなずき、次の質問にとりかかる。 俺は座っている椅子の隣に置いてあった机から、煎餅を取り出して口にくわえる。 と、がちゃりと音がして部屋のドアが開いた。そこには、テレビの画面に映っているのと同じ姿の女性がいた。 「ちょうどお前が出てるぞ」 俺がそう声をかけると、とことこと近寄ってくる。 そして俺の膝の上に、えいっと腰をかけてそのまま上体を後ろに下げて体を預けてくる。 目の前に大きなリボンがついた頭がある。俺はそれを軽く撫でると、テレビの画面に再び目をやる。 画面の中で、今俺の膝の上にいる女性・・・澪がキャスターの質問にひとつひとつ丁寧に対応している。その姿は、まさに大人の女性だった。 俺は今度は膝の上の澪を見た。 そして二人の澪を見比べる。 「・・・全然違うじゃないか」 俺がそういうと、澪が「なにがなの?」という表情で振り返った。 容姿は全て同じ。 しかし、振り返った澪の顔はくりくりとした大きな目をいっぱいに開いた子供の顔だった。 その視線から俺は意味を察して、口を開く。 「テレビのお前と、俺の前のお前とがさ」 俺がそういうと、澪は「なーんだ」という顔をする。 そしてにこっと笑ってから、机の上のスケッチブックを手にとって文字を書くと、それを俺に見せた。 『あれは演技なの』 さらに一枚ページをめくってさらに書いたものを見せる。 『今の私が本当の私なの』 スケッチブックを置いて、ぼふっと俺の胸に飛び込む。 その顔はあどけない少女のようだ。 俺は胸の中の澪をぎゅっと抱きしめ、その髪に軽く唇を当てる。 澪はうれしそうに頬を俺にすり寄せた。 いつからか澪の目を見ると、何を考えているのかがなんとなくわかるようになっていた。 細かい事柄を知ることはできないが、それはスケッチブックを使えばいいこと。俺はそれ以上のたくさんのことを俺は澪から受け取っていた。 言葉がないと通じないこともある。 言葉があると通じないことがある。 それがなんなのかは言葉にはできない。 ただ、俺と澪の二人の間には「演技」も「嘘」も存在しない。 澪が俺の前で演技をしないのと同じで、俺も澪の前では演技をしない。 つまりはそういうことなのだ。 テレビを見ると、澪とキャスターが互いに頭をさげあっていた。 「どうもありがとうございました。それでは上月 澪さんでした」 カメラがズームになって、最後に澪の顔のアップになる。 CMに入るために番組のタイトルが右下に表示されているその画面で、澪はこの番組で初めての・・・そして最後の「演技じゃない」笑顔を浮かべた。 その瞬間に画面が切り替わってCMにはいる。 俺にはその笑顔の澪が・・・今俺の中にいる澪が、どんなに大人びて、きらびやかな澪よりも綺麗に見えた。