夜想曲 投稿者: 静村 幸
 ―――私はいつまで待てばいいんですか?
 ―――それとも待っても・・・無駄なんですか?

 雨の降る空き地、少女はがくりと崩れ落ちた。
 桃色の傘が手を離れ、逃げるように転がっていく。
 冷たい雫が彼女の制服を、髪を濡らす。
 どのくらいそうしていただろうか。
 彼女の全身がぐっしょりと濡れ、氷の様に冷たくなり始めた頃。空き地の横を通りかかった少年がその姿を見つけ走り寄った。


 ―――ここは・・・?
 目を開けると、そこにはうすぼけた天井と弱い光を放つ蛍光灯があった。
 体が重くて顔が熱い。ああ、風邪をひいたのだなとぼやける頭で考えたその次の瞬間、はっきりと目が覚めた。
「私は確か、空き地で・・・」
 ずっと雨に打たれて意識が遠くなっていったその記憶が蘇る。
 記憶が戻ってくると今度は急に不安になった。
 重い体を持ち上げて上半身を起こす。すると額にのっていた濡れタオルが手前に落ちた。
 まわりを見回すとそこは小さなアパートだった。
 6畳間に1畳ほどの小さな板張りの床があり、そこが台所になっている。あとはつぎはぎの押し入れと小さな机。それに古いタンスが一つあるだけの質素な部屋だった。
 先ほどまでの雨はすっかりやみ、曇った窓ガラスから真っ赤な夕焼けが差し込んできている。
 その光が焼けて黄色くなった畳や、変色した壁に当たり朱色になる。壁には黒い学生服がかかっていた。
「この学生服・・・私達の学校のものです」
 きゃははと外から子どもの声が聞こえてくる。
 大きな道路が近くにあるのか、少し離れた場所からは車のエンジン音が響く。
 彼女がゆっくりとまわりを見回して状況を確認していると、カンカンと外の階段を上がってくる音が聞こえた。
 その足音はゆっくりと部屋の前までやってきて、そしてがちゃりとドアが開いた。
「あれ、起きたんだ」
 そう言って入ってきたのは見覚えのある顔だった。
「大丈夫?」
「はい・・・あなたが私を・・・?」
「うん、まあ・・・クラスメイトが倒れていたら助けないわけにはいかないからね」
 少年は少し照れたように言う。
 その言葉を聞いて、彼女はようやく彼がクラスメイトだと思い出した。
 普段はまわりの事などほとんど気にとめていなかったので、クラスメイトをほとんど覚えていなかったのだ。
「よかったらもうちょっと横になってるといいよ。あと少しで服も乾くみたいだからね」
 少年にそう言われて、彼女は自分が見慣れない服を着ていることに気がついた。正面でボタンで止める男物の大きめのパジャマ。色は薄黄緑色だ。そのうえいつも編んである髪がほどかれて、それが肩にかかっていた。
 しばらくじっと服を見てから少年を見上げると、彼は何かに気付いたか慌てて首を振った。心なしか顔が赤い。
「あ、着替えさせたのは俺じゃないから安心してよ。隣のおばさんに頼んだんだ。それにそのパジャマもちゃんと洗ってあるからさ」
 早口で説明する少年。
「それからこれ・・・よかったら食べてよ。雑炊みたいなものつくったんだ」
 そう言って彼女に近寄ると、持っていた小さな土鍋を布団の横に置いた。そしてそのままくるりときびすを返し、部屋から出ていこうとする。
「待ってください・・・」
「え・・・なに?」
 少年は首だけ振り返ると彼女は少しだけ微笑んで言った。
「色々とありがとうございます・・・住井君」
「いえいえ、どういたしまして・・・里村さん」
 住井はうれしそうに頷くと、出ていこうと古びたドアのノブを回した。


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 自分が何をしたいのかわからん・・・・。

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