今日はクリスマス・イブ。
俺と茜は二人きりのパーティをするために、一緒に買い出しに出ていた。
今日は気温もかなり低く、たぶんホワイトクリスマスになるだろうと朝テレビで言っていた。
その言葉が示すとおり、俺たちの吐く息は、白い。
「寒いなあ」
「・・・はい、寒いです」
俺の独り言に、茜は律儀に相づちを打ってくれる。
商店街を回ると、とりあえず買う物はだいたいそろう。
茜が作ってくれるお菓子や料理の材料、ジュース・・・後は酒とか。
俺は荷物持ちになって、それを両手に抱えていた。
「茜、まだ何か買うのか?」
「いえ・・もう大体そろいました」
「じゃ、帰るか」
そう言って歩き出す。しばらく歩くと、コンビニエンスストアが目に入った。
「なあ、茜。コンビニ寄っていかないか?」
「・・・あんまんが食べたいです」
「お、いいな。俺は肉まんが食べたいな」
俺たちはそろってコンビニに向かって歩き出した。
そのコンビニは外から見ただけでわかるほどクリスマス用の飾り付けが至る所にされていた。
学校帰りに他のコンビニに寄ったときも、クリスマス用に少しは飾り付けられていたが、このコンビニはそれを遙かに越えている。
「いらっしゃいませ!」
二人して中に入ると、サンタとトナカイの威勢の良い声が飛び込んできた。
・・・サンタとトナカイ?
「・・・このコンビニ変です」
茜がそう呟く。
店内は金や銀の飾り付けがあらゆる場所に付けられており、リースや花なども飾り付けられている。流れている音楽はもちろんクリスマスソングだ。
そして店員が・・・サンタの格好をしていた。
いや、サンタだけではない・・・。
「どうしました?」
唖然とした顔のまま入り口で立ち止まっていた俺たちに、頭だけトナカイの着ぐるみをかぶった店員が声をかけてきた。
「い、いえ・・・なんでもないです」
俺はそれだけ言うと、店の奥に足を向けた。
よく見ると、他にいる何人かの客も、トナカイ店員の姿をちらりちらりと見ている。その顔は一様にして笑い出すのを必至にこらえているようだ。
「なんなんだろうな、ここは」
「・・・・・」
茜は何も言わず、うつむいている。
とりあえずぐるりと店内を回ってみたが、買う物はほとんど買ってしまっていたので、肉まんとあんまんを一つずつ買うだけにした。
レジに行くと、トナカイ店員が営業用の笑みを浮かべていた。
「はい、いらっしゃいませ」
「えっと、肉まんとあんまんを一つずつ下さい」
「はい、わかりました。袋にお入れしますか?」
「いえ、結構です」
トナカイ店員は、レジを操作してあんまんと肉まんの代金を入力する。
「184円になります」
トナカイ店員の隣に立っていた女のサンタ店員は肉まんとあんまんを取り出すと、小さな袋に入れて渡してくれた。どうやらトナカイ店員が言った袋とは、手提げがついた少し大きめの袋の事のようだった。
俺は代金を支払って、肉まんとあんまんを手に取った。
それを見て、トナカイ店員がお辞儀をしようとして、頭を下げた。
「ありがとうございました!」
ゴンッ。
鈍い音がした。
見ると、トナカイ店員の頭が、上から吊られていたタバコのケースにぶつかり、がくんと後ろに倒れていた。
「だ、大丈夫ですか?」
俺は慌てて近寄ろうとした。が、その時横から変な音が聞こえてきた。
「・・・プッ・・」
プッ?
音のした方を見ると、茜がうつむいたまま肩を震わせていた。
「茜?」
「・・・も、もう駄目です・・・我慢できません」
茜は震えた声でそれだけ言うと、本格的に笑い始めた。
「・・・もしかして、今の音・・・笑うのこらえきれなくて吹き出した音?」
俺がそう聞くと、茜はクスクスと笑いながら頷いた。
・・・初めて聞いた。
今までのつき合いの中で、茜が笑うのを何度も見たことがあるが、こらえきれなくて吹き出したというところは初めて見た。
よほどツボにはまったのか、茜は目に涙を浮かべて笑っている。
店内にいた他の客も、茜の笑いについにこらえきれなくなり笑い出している。
トナカイ店員はというと、恥ずかしそうに頭をぽりぽりと掻いていた。
うーむ、侮りがたし、トナカイ店員。
その後、笑い続ける茜をつれて店を出ると、家に向かって再び歩き出した。
しばらく歩いていると、茜もやっと笑いが収まって、恥ずかしそうにしている。
「・・・浩平、驚きましたか?」
「ん? ・・・そうだな、ちょっとな。でも、茜の新しい一面が見れてうれしい方が大きいかな」
「・・・恥ずかしいです」
照れているためか寒いためか、茜の頬は赤く染まっている。
気温はさっきよりさらに低くなった様な気がする。そこで、今買った肉まんとあんまんのことを思い出した。
「茜ほら、あんまん」
「あ、はい」
茜にあんまんを手渡すと、俺も肉まんを取り出してぱくりと一口食べる。
ほかほかの肉まんは、なかなかうまかった。肉汁がじゅわっと口内に広がり、体が温まるような気がする。
茜を見ると、うれしそうな顔であんまんを食べていた。
「・・・おいしいです」
幸せそうな茜の顔を見ていると、俺もなにか幸せな気分になってくる。
ふと、目の前に白い物が降りてきた。
「雪だ」
見上げると、雪が街に優しく降り注いでいくのが見えた。
「・・・ホワイトクリスマスです」
うれしそうな顔の茜。
相づちを打ってくれたり、思わず吹き出したり、幸せそうだったり、うれしそうだったり・・・。
茜は色々な顔を見せてくれる。
俺は思わず茜を引き寄せて肩を抱く。
「あっ・・・」
「寒いからこのまま帰るか?」
「・・・はい」
少しの間を空けて頷く茜。
俺たちはゆっくりゆっくりと歩き出した。
少しでも家に着くのが遅くなるように。
Fin
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〜自爆という名のおまけ〜
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「いらっしゃいませ〜♪」
新しく客が入ってきたので、見ていた雑誌から顔を上げ、営業用の笑みを浮かべてそう言う。
が・・・・。
「あら、静村じゃない、こんなとこで・・・ってあんた、何その格好?」
どこかで見たような顔がそこに立っていた。青っぽい長い髪に、大きな目の少女。
「い、い、郁美さん!?」
驚きの声を上げる。
郁美さんの姿はいつも見慣れた制服姿ではなく、白いセーターを着ていた。首には暖かそうなマフラーが巻かれている。
郁美さんは唖然とした顔をしていたが、しばらくすると口に手を当てて笑い出した。
「格好いいわよ、静村。いつもの3倍ぐらい」
郁美さんのその言葉に俺は猛然と腹が立ったが、なにも言い返せなかった。
と、その時郁美の後ろからぴょこりと女の子が顔を出した。
「あれ、郁美さんお知り合いですか〜?」
顔を出した少女を見て、絶句する。
背が低く・・・俗に言う幼児体型。髪は黄色のリボンで留めている。
「・・・由依さんまで・・・」
「私のこと知っているんですか?」
「あ、ああ・・・まあね」
そう答えると、郁美さんがなにやら由依さんの耳元でなにやらぼそぼそとしゃべる。
すると由依さんは、ああ、と頷いた。
「あなたが静村さんですか。話は郁美さんからよく伺っています。」
由依さんはそう言ってぺこりとお辞儀した。後ろで郁美さんがにやりと笑っている。・・・普段なんて言われているんだろう。
由依さんは深々とお辞儀をしていた頭を上げると、不思議そうに口を開いた。
「それにしても、静村さんが鹿だなんて知りませんでしたよ」
「・・・・・・」
口をぽかんとあけた郁美さんが向こうに見える。ここまでおおぼけだとは・・。
「あ、あのね由依、これはかぶり物をしてるだけで、普段は一応人間なのよ」
一応っていうのは一体なんだ・・・。
「それに鹿じゃなくてトナカイでしょ?」
郁美さんがそう聞いてきたので、そうだと頷いた。
「ああ、そうだったんですか。わたしてっきりそうなんだと勘違いしちゃいました」
由依さんはそう言うと何がおもしろかったのか、クスクス笑っている。
それを見て、はあ、と郁美さんと二人でため息をついたのだった。
「それにしても・・・」
郁美さんがこちらを見て、意地悪そうに笑う。
「・・・これはやっぱり保存しとかなきゃね」
そう言うと、郁美さんはトコトコと店内を歩き回り、しばらくするとレジに戻ってきた。
「これちょうだい」
郁美さんがそう言って台の上に置いたのは使い捨てカメラだった。
「・・・郁美さん」
「ふふ、可愛く撮ってあげるからね♪」
「・・・・・あんたは鬼や」
郁美さんはそんな言葉を耳を貸さず、カメラを買うと、すぐに封を開けて構えた。
「ほら、もっと笑って」
ぎこちなく笑うと、ぱちり、と音を立てて郁美さんは何枚か写真を撮る。
「これでよし、と。じゃあできあがるの楽しみにしててね〜」
やけにうれしそうな郁美さん。絶対に何か企んでいる。
「・・・郁美さん、それで・・・強請るつもりですか?」
「あら、なんのことかしら?」
強請るつもりだ。
「人の弱みを握るって楽しいわね♪」
そう言って由依さんを連れ立って店を出ていく郁美さんの姿が、悪魔に見えた12月24日の出来事だった・・・。
おしまい
注:)これはフィクションですが、事実も多少入っていたりします(笑)