「独白」 投稿者: 静村 幸
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 注:この作品はWILYOUさんの「チェンジ!」の設定の上で成り立っています。
   WILYOUさんには許可をいただきましたので、掲載いたします。

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 存在論というものがある。
 何かが存在するということは、その物が他者により「認識」されているということだ。
 たとえば、自分という存在があるということは、自分の周りにいる人々の意識が「あいつは存在している」と認識していて初めて、あると言える。
 逆に言えば、誰にも認識されないということは、存在しないと同義であるということだ。

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 本日最後のチャイムが鳴り、一日の授業が終了した。
 教室内は生徒達が吐き出すたわいのないおしゃべりがで賑わっている。
 俺はその中で、一人黙って鞄を抱えた。
 俺の周りは賑やかな教室の中で、やけに静かだ。
 いつの頃からだろうか、こうなったのは。
 クラスメイトは目を合わせようとすらしない。まるで俺などいないかの様に。教師も極力俺に話しかけようとしない。話しかければ災難でも襲ってくるかの様に。

 別にたいしたことじゃない。

 早足に学校を出る。
 賑わう校門。通り道の商店街。制服を着た生徒達が寄り道したり、ただたむろっていたり・・・。
 俺はその横も早足で通り越す。なるべく横を見ないように。

 家に着く。
 静かな玄関を持っていた鍵を使って開ける。
 家の中に入り、ふと眺める。
 静かな、静かな家。誰もいない、きれいな家。
 鞄を持ったままリビングを横切ると、テーブルの上に紙切れが乗っているのが目に入る。
 紙切れは紙幣だ。書き置きすらなく、ただ紙幣が1枚おかれているだけ。
 最後に彼らに会ったのはいつだったか。そして最後に彼らと話したのは一体どれほど前のことだったか。

 俺はうとまれていた。

 生来の俺の行動は、世の中の基準から大きくかけ離れていたらしい。
 科学や生物学に興味がでてきたのは幼稚園の時だった。
 科学に興味が出たのは母親が科学技術庁の職員だったから。
 生物学に興味が出たのは父親が医者だったから。
 最初に作ったのは、野草を集めて作った傷薬だった。小学1年の時だ。
 その時は父も母も大いに喜び、そして俺を誉めた。さすが私たちの息子だ、そう言って手放しに喜んだ。
 しかしそれも長くは続かなかった。
 俺は徐々に色々なものを作っていった。
 クロロホルムを精製したこともあるし、自動で動く人形を作ったこともある。
 ある程度の年齢に達していれば、おかしなことではなかったかもしれない。
 ただ・・・俺はその時まだ小学生だった。
 両親の様子は次第に変わっていった。
 最初は喜び、次に驚き、そしてそれは脅威から嫌悪へ変わっていった。
 両親は俺の事で言い争いを始め、夫婦仲は冷めていった。
 二人は家に寄りつかなくなり、俺は金だけ渡されて広い大きな家にぽつりと残された。

 数年後、中学に進んだ。
 成績はそれほど良くなかった。授業は役に立たない知識を教え込むだけだし、試験では引っかけ問題というもので失点していた。おかしな物だ。わかる、わからない以前に、ミスを誘う事を目的とした問題とは。
 それでも基本は抑えていたので、悪くなりすぎることもない、どこにでもいる普通の生徒だった。
 しかし、ある日を境にそれも変わっていく。
 俺は校庭の片隅にひっそりと生えていた桜の老木に、活性剤を与えた。
 次の日に、その桜はぱあ、と花を咲かせ、生徒たちをにぎわした。そして、俺が活性剤を与えているところを目撃した生徒から、俺の話は広がっていった。
 その後は両親と同じだ。
 最初は驚き、何かと話しかけてきた生徒や教師たちも、俺が新しい物を作り出していくたびに、徐々に気味悪がり遠ざかっていく。
 そして決定打は桜の老木が朽ち果てた時だ。
 活性剤を与えた反動で、老木は枯れ果てた。
 半分は寿命だった。残り少ない寿命、俺が活性剤を与えなかったら半年はもっただろうか。しかし、けして花は咲かせられなかっただろう。
 生徒や教師たちにとって、俺がやったことはただ「非道い」だけのことだった。
 俺が活性剤を与えたことによって、桜は寿命を縮めた。彼らにとって、それだけが重要だった。
 俺はただ、誰にも知られることもなく、ひっそりと死んだようにしばらくの生に甘んじるより、最後に気力を振り絞って花を咲かせ、己の存在を知ってもらいたいのでは、と思ったのだ。
 それは俺の勝手な思いこみだったのだろう。
 その後、彼らは俺に一切話しかけてこない。俺を見ない。俺は彼らの中にいない。
 そのまま中学生活は過ぎていった。

 ・・・・・

 しばらくして高校に進学した。
 それを期に、俺は一人暮らしを始めた。狭いワンルームのアパートだ。
 あの広い家にいたくなかった。広い空間では自分の存在が稀薄になってしまう。自分の存在を確かめられる、狭い場所が安心できた。
 アパートは離れた場所に借りた。同じ中学の生徒が決してこない高校を選んだ。
 
 引っ越しをした、その日のことだ。
 荷物を一通り片づけ終わった俺は、散歩ついでに買い出しをするために見慣れない午後の町を歩いていた。
 最初に彼女を見たのはその時だった。
 河川敷を歩いていると、前の方に川に向かって駆けている少女が見えた。
 その少女は河原で立ち止まると、そこにしゃがみ込んだ。俺はそれが気になって近づいていった。
 「死んじゃだめだよ! 今薬とってくるからね、それまでがんばって!」
 少女はそう足下にあった黒い固まりに優しい声で言うと、すくっと立ち上がりまた駆け出していった。
 俺はその黒い固まりに近づいていった。
 黒い固まりは子猫だった。全身傷つき、ぼろぼろでみすぼらしい。
 その傷はどうやら自然にできたものではない。・・・どこかの人間が遊び半分につけた物だ。
 蹴り上げた後の痣、カッターで切った鋭く細い切り傷。石が命中した裂傷。不自然に曲がった前足。もう鳴き声を上げる気力もないようだ。
 少女が薬をもってくるまで持ちそうにない。いや、たとえ薬をもってくるのが間に合ったとしても普通の薬では生きることはできないだろう。
 俺はそう判断すると、常に常備していた自分の手持ちの薬をポケットから取り出した。
 擦り傷などあっという間に治してしまう血止め用傷薬と疲れたときの為の総合栄養剤だ。栄養剤には身体の快復を促す働きを加えてある。
 子猫に傷薬を塗ってやり、栄養剤を飲ませる。するとすぐに傷はふさがり、血は止まった。子猫もか細いながら鳴き声を上げている。
 もう大丈夫だと思ったとき、少女が戻ってきた。
 「あ! その子猫・・・・・」
 「もう、大丈夫だと思うけど、骨折は直せないからちゃんと病院につれていけば後は大丈夫だよ」
 少女はその言葉を聞いて、目を子猫の方に向ける。そしてちょっと元気になりつつあるのを確認して、俺の方を見てにっこりと笑った。
 「ありがとう!」
 どきり、とした。
 少女はにっこり笑った顔にうれし涙を目に浮かべ潤ませている。栗色の柔らかそうな髪がふわりと風になびいた。
 「この猫・・・君の?」
 「ううん、違うけど・・・でも今からうちの子だよ」
 少女はそういうと、やんわりと子猫を抱き上げた。
 「これで8匹目だけどね」
 そういうと彼女はちょっぴりと舌を出した。
 「じゃ、この子病院につれて行くから・・本当にどうもありがとう!」
 「ああ、うん・・・どういたしまして」
 彼女はぺこりとおじぎをすると、動物病院に向かって走り出した。少しでも早く子猫を見てもらうために。
 俺はその後ろ姿を見送りながら、自分の鼓動の速さを確認していた。

 それからしばらくたち、高校の入学式が来た。
 式の前に教室に誘導され、適当に席に着くように言われた。
 とりあえず窓際の一番後ろの席に座ると、ぼぉっと窓の外を眺めていた。
 すると、校門を走り抜けてくる二つの人影が見えた。
 その一方、後ろを走っているのは・・・あの時の彼女だった。


 それから1年と半年。
 二つの影のもう片方・・・折原とは親友になっていた。
 折原は変わった奴だった。
 最初の挨拶の時、彼女・・・長森さんが子猫を助けたのが俺だと説明したときも、折原の感想は「なんだ、長森が『すごいんだよ、あっという間に治しちゃったんだから!』って言うからてっきり魔法使いとか超能力者だと思っていたんだけどな」だった。
 折原は俺が何を作っても、単純にそれを受け止めていた。
 「どうしてそんなものがつくれるか」ということよりも「それでどんなことができるのか」を考えていて、それを使って楽しんでいた。
 つき合ってみてわかったことだが、折原は他人がどんな奴でも差別も抱かない。
 「そういうものなのだ」と他人の事を受け入れられる。自分がその人を好きか嫌いか、それ以外にはまるで意味がないかのような、そんな奴だった。
 折原とつるんでいる1年半、まるでジェットコースターの様な生活だった。毎日がとてつもなく早く、そして楽しかった。
 ただ、折原と長森さん・・・その関係だけが、引っかかっていた。


 それからしばらくして、折原が消えた。

 
 この世界から「折原」という存在がまるで最初から無かったように、誰も折原のことを覚えていなかった。
 ただ長森さんだけは、普通を装っているけれど、落ち込んでいるのが目に見えてわかった。
 その姿を見ているのがつらかった俺は、だめで元々と、ついに彼女に告白をした。
 2年近く、ずっと隠していた想いだ。
 しかし、彼女は悲しそうに首を振った。
 「ごめんなさい・・・。私、待っている人がいるんだ。誰も覚えてないけど・・・」
 彼女が誰を待っているのか・・・俺は知っていた。
 みんなが忘れてしまった折原のことを、俺はちゃんと覚えていた。俺の中で「折原」は特別な存在だったからだろうか。
 ただ、それを口にすることはなかった。
 悲しそうな彼女に「大丈夫、折原はちゃんと帰ってくるよ」と言ってやれなかった。
 折原のことを覚えている人が、一人でもいれば彼女もこころづよかったとは思う。でも、他人が覚えているから自分も信じていられる、というのは違うような気がした。
 俺はただ、一言だけ言葉を返した。
 「・・・待っている人が、早く帰ってくるといいね」


 ・・・・・


 折原、早く帰ってこい。
 おまえはちゃんとまだこの世界に存在しているぞ。
 俺も、長森さんもおまえの事を覚えている。
 二人もおまえの事を知っている奴がいるんだぞ。
 この世界もまだ捨てたもんじゃないぞ。おまえが教えてくれたんだ。
 誰かが自分のことを考えてくれる。
 誰かが自分のことを想ってくれる。
 とても幸せなことだよな。
 俺も長森さんも待っているよ。
 またみんなで遊びに行こう。

 だから早く戻ってこいよ。