シャープペン 投稿者: 静村 幸
 それはある日、学校の帰り道でのこと・・・。
「なー、長森、今日はどうする? やっぱりワッフルか?」
「あ、今日はちょっと寄りたいところがあるんだけど、浩平いい?」
「ああ、別にいいけどな」
 浩平と瑞佳は部活が休みになり、久しぶりに一緒に下校していた。そうなると当然のように寄り道をする事に決めた二人は、ぶらぶらと商店街に向かって歩いていた。
「で、どこにいくんだ」
「うん、シャープペンがどこかいっちゃったんだよ。だから新しいの買いたいんだけど」
「シャープペン?」
 浩平はしばらく考えるように首を捻った後、ポンと手を打った。
「もしかしてあのピンクの象がくっついてたやつか?」
「え、浩平知ってるの?」
「知っているも何も、俺が持っているぞ」
 そういうと、浩平は自分の鞄をがそごそと漁り始めた。
「ほんと!? ありがと浩平。どっかに落ちてた?」
「いや、俺がお前の筆箱から借りただけ」
「・・・・・・浩平?」
「おう、あったぞ。はい長森」
 浩平は瑞佳の冷たい視線に気づかぬ振りをして、そう言って鞄の底から見つけたペンを手渡した。
 しかし、そのペンについていたはずのピンクの象は前足しか残っていなかった。その上ペン先が曲がっている。
「・・・・・・・・・・・・・浩平?」
「いやー、住井達と”白熱! ペンバトル!”に燃えてな」
「・・・何、その”白熱! ペンバトル!”って」
「一対一でお互いにキャラクターペンシルを用意して、その耐久力や攻撃力をはかり最強のキャラクターペンシルを選出する高等な遊技だ」
「そんなことに私のペンを使わないでよ!」
「ちなみにその象は1回戦の”対、黄色ウサギ戦”には勝てたんだが、2回戦の”対、緑ゴジラ戦”でそんな姿に」
「で、優勝は?」
「住井の”改造クマ人形U”だ。これがまたどう改造したのかしらないが、重量だけで500g以上ある異常に牙が発達したクマのぬいぐるみがついててな、ほどんどペンとしては機能しないという・・・」
「もういいよ・・・」
 瑞佳は、はあ、とため息をついた。


 浩平と瑞佳は、商店街の奥の方にある、総合文房具店「ぶんぶん丸」というむやみに大きな店にやってきていた。
 この文房具店、品揃えの多さだけは他の追随を許さないが、はっきり言ってその敷地面積からいって土地の無駄遣いのように思えてならない巨大ビルである。
「えーと、ペン類は8階みたいだよ」
「なあ、長森、この店なんか異常じゃないか?」
「浩平、それは言っちゃいけないことなんだよ」
 浩平と瑞佳は、1階の「メモ、手帳」が所狭しと並んでいる店内を少し遠い目になりながら見ている。
 どうやら店内の商品は日本中はいうに及ばず、世界中のあちこちから集められたと思われる。天井から「パピルス入荷!」とか「平安時代の木管、980円均一!」などという垂れ幕がかかっている。
「早く行こうぜ・・・」
「うん・・・」


 ちぃん。
 エレベーターの扉が開くと、そこは壁一面のペンの群だった。
「えーと、シャープペンはこっちだよ」
 瑞佳はそう言うと、比較的出入り口付近のペンの群へ歩いていく。
「これ全部見ていたら、1日じゃ足りないだろうな」
 浩平は目の前に広がる色とりどりのシャープペンを見てそう思った。
「ねえ、浩平は何か買わないの?」
 瑞佳はピンクの河童のついたシャープペンを持ったままそう聞いてきた。
「そうだなあ、そういえば俺の”皇帝ペンギン零号”も住井の奴に折られたんだっけ」
「じゃあ、買い換えだね」
「まあな」
 瑞佳は視線をペンの群に戻して更なる探索に出る。しかし、その目はピンクのキャラクターから離れることはない。
(しかし、長森の奴は趣味が悪いな)
 浩平がそう思ったときだった。瑞佳が不意に振り返った。
「浩平浩平! いいの見つけたよ!」
「どれだ?」
 瑞佳はピンクと緑のペンのセットを取り出してきた。
「げ・・・」
「ね、いいでしょ」
 それはどうやらピンクの天使(?)と緑の悪魔(?)らしかった。
 両方ともまるまるとした体で、天使らしき方には白い羽と輪、悪魔らしき方には黒い羽がついて目つきが悪かった。
「それがいいのか・・・?」
「うん! これにする・・・・あ、でも」
「ん、どうした?」
 瑞佳は泣きそうな顔でそれを見せる。
 『¥2,980−』
「ぼ、暴利だ・・・・」
「今月はそんなに余裕がないのに・・・」
「やめとけやめとけ、そんなのは」
「うー、でも」
 瑞佳はあきらめきれないらしく、それをじっと見ている。
 そのまま数分が経過した。
(そうとう気に入ったみたいだな。・・・まあ、長森にはいつも世話になってるし、シャープペン壊したのも俺だしな・・・)
 浩平は瑞佳の手からそれをひょいと取り上げた。
「おい、長森、これ俺が買ってやる」
「え、そんなの悪いよ」
「気にすんなって」
 浩平はそう言ってそれを持ってとっととレジに行って料金を払ってしまった。ついでにラッピングもしてもらう。
「そら、大事に使えよ」
「うん、ありがと浩平・・・。あ、でも浩平はペン買わなくていいの?」
「・・・忘れてた」
 浩平は自分の財布をとりだして中身を見てみる。中には銅でできた硬化とアルミでできた硬化が数枚入っているだけ・・・。
「うーん、金なくなっちまったな。こりゃまた今度だ」
「でも、それじゃ明日の授業はどうするの?」
「ま、一日二日ノートとらなくても後から長森の写させてもらえば」
「そういうのは良くないよ、浩平。ノートぐらいは自分でとらなきゃ」
 そう言って、瑞佳は今買ったばかりのペンのラッピングを取り、セットのうち1本をとりだして浩平に差し出した。
「はい、浩平。私はこっちのだけでいいから、これは浩平が使って」
 そう言って渡されたのは、もちろん緑の悪魔の方である。
(こ、このペンを俺が使うのか)
「お、おう、長森サンキューな」
 動揺を押し殺して、浩平は謝礼を述べたのであった。

 こうして、浩平はあのペンを使うことになったのである。