Untitled (無題) 投稿者: すまいる魔人YOSHI
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(注)以下のショートストーリーは、例の瑞佳のXXXXXイベントをベースに
したものです。あのイベントに堪えられなかった方、思い出したくない方は遠慮
していただいた方がいいかも知れません.....。



                             Untitled(無題)



    俺の手には、まだ長森の手の暖かさが残っている。もう俺は「そこ」からい
  なくなったのに。廊下には「順番待ち」のいくつかの黒い人影。たとえ姿が見
  えなくても、奴等の哀れみと嘲笑の入り交じった視線だけが感じ取れた。
  
    みゃあ。
    
    猫の弱々しい鳴き声。暗闇になれた俺の視界の前を、一匹の小さな影が、俺
  がさっき出てきた教室の方に向かって、のろのろと動いていた。どこから入り
  こんだのか。
  「なんだ、猫か。」
    さっきの連中の一人がつぶやく。もう一人が舌打ちするのが聞こえる。さら
  に別の奴の声。
  「チッ、おどかしやがって。」
    そこで猫の悲鳴が聞こえた。なにかが柔らかいものに食い込むような鈍い音。
  振り返ると、奴等の一人が、この哀れな猫に蹴りを入れているようだった。
  「ったく、むかつくぅ。」
    別の奴の影が、その猫の頭と思えるところを踏んずけようとしているのが見
  えた。その瞬間、廊下の窓が突然真昼のように照らし出され、ぶちの子猫を足
  蹴にする「クラスメート」の一人が俺の視界に焼き付いた。
    と同じにとどろく雷鳴。俺の脳裏に、突然、一ヶ月前の出来事が甦ってきた。
    
  「浩平、あ〜ん、待ってよ〜。」
    その日はたしかに天気予報は、終日降水確率ゼロパーセントを伝えていた。
  しかし、昼飯を食っていて、ふと気づいて窓の外を見やれば、黒い雲が南の空
  から湧き上り、午後の授業が始まるときには、遠くで雷鳴が聞こえ始めていた。
    そして、帰るときには大粒の雨が、学校の運動場に叩き付けるように降り始
  めていた。
    しかし、ラッキーなことに俺には、前回の雨(いつだったか忘れたが)の日
  の帰り、晴れ上がったのでつい忘れてしまったカサが学校のカサ立てにあった
  のだ。当然、傘を持っていない長森と、不本意ながら相合傘をするはめになっ
  てしまった。
    照れくささのせいか、俺の足はいつもより歩調を早めていたようだ...。
  「浩平ったら〜、もっとゆっくり歩こうよ〜。あたしぬれちゃうよ。」
    長森が俺の学生服の裾を引っ張る。俺はいつも通り歩いているつもりだ。
  もしかしたら、こいつ、わざとゆっくり歩いているつもりじゃあ...。
    
    みゃあ....
    
    その時、不意に弱々しい子猫の鳴き声が聞こえた。道端にうずくまるように
  体を丸めている、やせほそったみけ猫だ。長森がほっておくはずがない。
    どしゃ降りの中、彼女は俺の傘の下から飛び出す。
  「傷だらけだよ、この子。どうしたんだろう。」
    その子猫は奇妙な事に、全身切り傷だらけで、ところどころ血にまみれてい
  る。さらにこのどしゃぶりで体も完全に冷え切っていた。
    俺は、いやなウワサを思い出していた。最近、この近所で頻発する犬や猫に
  対するいじめ。目をつぶしたり、耳を切り刻んだり..。小学生ぐらいの男の子
  が集団で(しかもナイフまで持って)やってるのを見たという奴もいたっけ。
    そのとき、そばにいた長森は、あわてて教室を駆け出していったな。
    帰ってきたときは、彼女の目が真っ赤だったのをよく覚えている。
  「ごめん、浩平、先に帰ってて。」
    長森は自分のハンカチで、子猫の水っ気をできるかぎり取り除くと、自分の
  制服の中に包み込むようにして、叩き付ける雨の中、家の方に向かって駆け出
  していった。
  「お、おい、待ってよ。待てったら。」
    俺もあわてて長森の後を追う。俺自身もびしょぬれになりながら、走る長森
  と子猫に雨があたらないように、傘を前に突き出していた。
  
    長森の家についたあと、彼女の必死の看病ぶりは、今まで俺が見た事ないよ
  うな彼女の一面を垣間見せてくれていた。ありったけのタオルを持ち出して水
  分をふきとり、子猫の体を暖め、そしてミルクを与える。俺は長森の六匹(当
  時は)の猫たちとともに、彼女の献身的な看病をただただ見守るしかなかった。
    夕方になり、雨も小降りになってきた。子猫の方も安定してきたらしい。
    ほっと安堵の表情の長森。俺は頃合いを見計らって、自分の家に帰ることに
  した。
  「ん、じゃ、俺、帰るから。」
  「うん。つきあってくれて、ありがとう。」
    子猫を優しく胸で抱きかかえながら、彼女は穏やかな表情で、門のところま
  で俺を見送ってくれた。
    
    夜、また雨脚が強まりはじめた。叔母さんはまだ帰ってこない。時計は10時
  半をさしている。屋根と窓を強く叩く雨の音。風がうなりをあげ始めた。
    風呂も入ったし、そろそろ寝ようかと思ったとき、玄関のチャイムが鳴った。
    叔母さん?って自分の家のチャイムを鳴らすわけがないよな。
  
    玄関を開けると、そこに立っていたのは、ずぶぬれの長森だった。
    傘も持たずに。
    
    俺は一言も言わず、ただうつむいて立ち尽くすだけの彼女の姿を目の当たり
  にして、すべてを察した。そうか、あの猫...。
  「浩平!。」
    長森は、俺の名前だけを呼ぶと、その場でしゃくりあげる。あわてて、俺は
  長森を玄関の中に入れた。だけど彼女の涙は止まらなかった。俺には、彼女の
  肩を優しく抱いてあげることしかできなかった。それ以上、自分の手が動かな
  かった。
  
    再び、地響きのような雷鳴がとどろく。今度は複数の人影が廊下に照らしだ
  される。無抵抗の子猫は、もはや声をあげることすらしない。
    俺の中で、何かがそのときはじけた。あの時のみけ猫には、俺は何もしてや
  れなかった。そして長森にも。
    その上、このままここから「逃げる」?。俺はなぜ、逃げてばかりなんだ?
  
    次の雷光が校舎の窓すべてを撃ち抜いた時、俺は奴らに向かって飛びかかっ
  ていった。これまでの中で最大級の、鼓膜を打ち破るかのような雷鳴に合わせ
  て、俺の中に今まで眠っていた野獣のような咆哮が廊下に響き渡った。奴らの
  何発かが腹や背中に当たったようだが、俺には気にはならなかった。最後の奴
  の腹に蹴りを入れると、その勢いで、さっき飛び出してきた教室のドアを蹴破
  った。
  
  「みずかぁぁ...。」
  
    無意識のうちに俺は、彼女の名前を叫んでいた。ずっと名字の呼び捨てだっ
  たのに。名前なんか意識した事、今までなかったのに。
    視界にとびこんできた、瑞佳におおいかぶさろうとする黒い影に向かって俺
  は渾身の力をこめて体当たりする。教室のいくつもの机が派手な音をたてて倒
  れる。相手は一瞬、何が起ったのかよくわからないようだった。休ませるすき
  を与えず、俺はありったけの拳や蹴りを、教室中を転がりまくる男に向かって
  食らわせていた。瑞佳の名前を狂ったように叫びながら。
    
    彼女の悲鳴が教室中に響き渡った。俺はそのとき、はっと我に返った。男は
  その隙をついて、俺が蹴破った戸口から、転がるように逃げ出していった。
  
    ふたたび教室が静まり返る。聞こえるのは瑞佳の鳴咽だけ。その時になって、
  俺は体のあちこちが(手や足も含めて)痛み出すのがわかってきた。
  
  「怖かったよ...。」
  
    また雷。窓を背にした俺の眼前には、ブラウスのボタンを外され、肌と下着
  があらわになって、教室の床にへたりこむ瑞佳の姿が照らし出された。髪も無
  残なほどに乱れていた。
  
  「怖かったんだから.... 浩平...。」
  
    今度の雷の音は、かなり遠くに低く聞こえてきた。
    しゃくりあげる瑞佳。俺は自分の涙も止める事ができないまま、彼女の冷え
  切った体を暖めるように、ずきずき傷む両手と体全体で包み込んだ。そっと、
  彼女の身体が砕け散らないように。
    自分の眼からあふれる涙の粒が、露出したままの彼女の肩に降りかかる。小
  刻みに震えていた瑞佳は、やがて震えを止めた。彼女の心臓の鼓動だけが自分
  の胸に響く。その時になって、初めて抱きしめる瑞佳の身体が、思っていたよ
  りも、ずっとずっと小さくて、華奢な事に気がついた。
  
  「浩平.......。」
  
    俺はこらえきれずに、これまでのいきさつを全部話した。あまりにも幼稚じ
  みた、これまでの俺の態度、愚劣極まりない今度の仕打ち。すべてをありのま
  まに。彼女はだまって俺の話に聞き入った。もちろん俺は弁解などしなかった。
    許してくれ、なんて言える口も持ちあわせていない。最後は、ただただ、す
  まない、という言葉がオウムのようにしか出てこなかった。
  
    みゃあ...。
    
    ふと気づくと、さっきの子猫がいつのまにか入り込んでいた。瑞佳も俺も、
  思わず視線がそちらに移る。よろめきながらも、その子猫は俺たち二人を目指
  して歩いていた。
  
  「この子、けがしてるよ.....。」
  
    瑞佳が弱々しくつぶやく。暗闇になれた眼にも、一筋の赤く血に染まった切
  り傷がはっきり見てとれた。俺の体から離れ、その子猫を抱き寄せようとする
  瑞佳。その手に俺の傷だらけの手が重なる。
    子猫の体は冷え切っていなかった。瑞佳の手も暖かかった。ついさっきまで
  の時と同じように。
    瑞佳は無言で、持っていたハンカチを猫の傷口にあてて、やさしく撫でた。
    子猫は眼を細め、もう一度、みゃあ、と鳴いた。
  
    教室の窓を叩く雨音が聞こえてきた。子猫を抱きかかえる瑞佳の服を直して
  やり、俺は上着を彼女の肩に静かにかけた。寒さは気にならなかった。おたが
  い、しばらく無言だった。
    沈黙を破ったのは、俺の方だった。
   「お、俺の方で、この猫、引き取りたいんだけど...。」
     口調がうわずっていた。瑞佳は俺に顔を向けると
    「浩平、猫の飼い方って知ってる....?」
    まだ、言葉に力が入らないようだった。猫はおろか生き物は、これまで、ま
  ったく飼ったことはなかった。だけど...。
  「し、知らないけど、俺、なんとかして勉強するよ。必ず。」
    今になって、声が枯れてきているのにも気づいた。かすれて音にならない。
    でも、瑞佳に伝わるように、喉をふりしぼって自分の言いたい事を声にした。
    瑞佳の表情が一瞬、微笑んだような気がしたが、暗いせいでこまかい表情ま
  では読み取れない。
  
  「じゃあ、あたしが先生ね...。いい?。」
  
    俺は大きく息を吸い込んだ。窓の外の雨は、前回と違ってそんなに大きな音
  をたててはいなかった。俺は小声で、うん、とうなずいた。
  「瑞佳....、立てる?」
    それだけやっと言えた。彼女も小声でうなずいたあと、ゆっくりと立ち上が
  る。瑞佳にかけた上着がずり落ちないように、彼女が立ち上がるまで、俺は肩
  を抑え続けていた。
    瑞佳は、子猫を抱きしめながら、俺を上目遣いに眺め、またにこっと笑みを
  浮かべた。今度ははっきりとわかる、彼女の表情....。
  
  「じゃあ、今晩から、浩平の家で、徹夜で...看病だよ...。」
  
    うん、と言おうとしたが、もう言葉が出なかった。俺たちは暗闇の廊下をゆ
  っくりと出口に向かった。彼女の背中にそっと手をあてながら....。
    窓を叩くような雨音だけが、かすかに廊下に響いていた。
    
                                                            (終わり)
  
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   お読みいただいた方、ありがとうございました。
   
   ぼくもあのイベントには堪えられなかった人なので、瑞佳シナリオ
 終了後、 6時間ほどで上の一編を書き上げました。本当なら、もっと
 こまかい心情描写も交えたたかったのですが、とりあえずTacticsさん
 のこの場をお借りしての発表ですので、なんとか200ラインに抑えまし
 た。でも、長いですよね。すみませんm(_ _)m。
 
   瑞佳のストーリーは、自分なりのものを作り上げていきたいですね。
 機会があれば、自分のHPにでも発表したいと思いますので、その節は
 よろしく。