呼び声 〜あやまち〜 投稿者:
みさおの葬式は、一日中降りしきる雨の中で行われた。
母親は、とうとう姿を現さなかった。
以前から怪しげな宗教にすがり、姿を見かけることはほとんどなかった。
だから、みさおの最後は浩平がみとった。
喪主は由起子だった。
浩平とみさおの父親はすでに亡く、祖父母も他界していた。
そして、由起子も、姉と二人きりの姉妹だった。
だから、親類はおらず、姿を現さない姉の代わりに、由起子が喪主を務める事となった。
親類のいないせいもあり、みさおの葬儀はひっそりと終わった。
浩平は、とうとう、一度も口を開かなかった。
「・・・浩平。これからは、お母さんと私と、三人で暮らしましょう?」
「・・・・・・。」
「・・・・・・・浩平。」
由起子にはそっとしておくことしか、出来なかった。
今、浩平に一番必要なのは、時間だと思ったからだ。
浩平は夕食にもほとんど手をつけなかった。
由起子は、浩平が泣き疲れて眠ったを確かめると、自分の部屋へと戻って行った。
由起子の全身を疲労が包む。
葬儀の手配からなにから、全て一人でやってきたその疲れが、どっと出たようだ。
「・・・・・私も休もう。」
そう呟きながら、自分の部屋のドアに手を掛ける。
「!?」
ドアに掛けた手が止まる。
部屋の中に、人の気配がする。
今、この家には浩平と由起子しかいないはずだ。
泥棒。
そんな考えが、由起子の頭をよぎる。
しかし、人を呼びに行っても、その間に逃げられてしまうだろう。
いや、逃げられるだけならまだしも、その間、家には浩平が一人きりになってしまう。
由起子は、意を決して、ドアを開けた。
「なっ!!」
部屋の中は酷い有様だった。
引出という引出が開けられており、衣服が散乱している。
そして、部屋の中には一人の女性が立っていた。
「姉さんっ!!」
そこに立っていたのは、由起子の姉。浩平の母だった。
「・・・・・由起子。」
慌てる風もなく、ゆらりと由起子の方を向く。
「一体、何してるのよ!これはっ!!みさおちゃんの葬儀にも出ないでっっ!!」
激しく責め立てる由起子。
怒り。悲しみ。今までに、耐えてきたものが、疲れのせいもあって一気に吹き出す。
「・・・・・葬儀?」
「そうよっっ!!」
しかし、姉は動揺する様子もない。
「・・・そんなもの、必要ないわ。」
「なっ!?姉さん、何言ってるのよっ!!みさおちゃんが可愛くないのっ!?」
「・・・みさおは・・・生き返るもの。」
「っ!!」
由起子は泣いていた。
悲しかった。
悔しかった。
現実から逃げた姉が。最後にも立ち会ってもらえなかったみさおが。残された浩平が。
「・・・・・・・・姉さん。」
それしか言えなかった。
後は、大粒の涙をぼろぼろとこぼすことしか出来なかった。
「由起子。お願い。お金を貸して。」
「教主様が、500万のお布施をすれば、みさおが生き返るようにする事が出来るって言って下さったのよ!!」
そう言って、由起子の両腕にすがりつく。
「っ!!いい加減にしてっっ!!みさおちゃんは死んだのよ!?少しは、残された浩平の事も考えてあげてっ!!もう、私たちしか、家族はいないのよっ!?」
声を荒げながら、捕まれた腕を振りほどこうとする由起子。
「もちろん考えてるわ!!みさおが生き返ったら、みんなで暮らしましょう?ね?だから、お金を・・・・・。」
振りほどこうとすると、更に強い力で捕まれる。もの凄い力だ。
「もう、止めてぇっっ!!」
力の限りを出して、その手を振りほどく由起子。
「!!」
不意に由起子の腕が軽くなる。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・。」
由起子は、振りほどいた姉を見た。
床にうつぶせに倒れ、動かない。
「・・・・・姉さん?」
動かない姉を見て、動揺する由起子。慌てて、その側に駆け寄る。
「ちょっと、姉さんっ、姉さんったら・・・・・。」
ゆさゆさと姉の体をゆすって見るが、反応はない。
由起子は姉の体を起こした。
「ひっ!!」
慌てて手を離し、尻餅をつく由起子。
・・・・・姉の目は開いたままだった。
「ねえ・・・さん?」
姉の頭の下に、じわじわと溜まる血を見つめ、呆然とする。
壁にも赤い跡がある。
手を振りほどいた拍子に、壁に頭をぶつけたようだ。
どう見ても、すでに事切れていた。
「そ・・・そんな・・・姉さんまで死んだら・・・・・すぐに、警察に電話して救急車をっ!!」
慌てて電話に駆け寄る由起子。
(今、姉さんまで死んだら・・・浩平は立ち直れなくなる・・・)
受話器を取り、110番をまわす。
(姉さんが死んで・・・)
「はい。警察です。」
(・・・私が警察につかまったら・・・)
「もしもし?」
(・・・・・浩平は・・・・・)
「?もしもし?どうかしましたか?」
(・・・・・・・・・・ひとりぼっちに・・・・・・・・)
「もしもし?もしも・・・。」
がちゃん。
無言で受話器を置く由起子。
「・・・・・浩平。」
そう一言だけ呟くと、何か覚悟を決めたようだった。
もう一度、姉の体に近づく。
今度は、冷静に脈をとってみる。
「・・・・・。」
やはり脈はない。間違いなく死んでいる。
由起子にやるべき事は沢山あった。
姉の体を毛布に包み、車のトランクに運ぶ。スコップも忘れずにだ。
壁と床の血をふき取り、部屋を片づける。
片づけが終わる頃には、すでに、真夜中になっていた。

そして・・・闇の中に車を走らせていった。