(・・・・・へい・・・・・う・・・へい・・・・・)
「・・・・・う・・・ん・・・?」
声が聞こえる。
(・・・うへい・・・・・こう・・へい・・・・・)
眠っている浩平を呼ぶ声が。
「・・・?・・・ゆきこ・・・さん?」
そう呟きながら、眠い目をこすり、時計に目をやる。部屋は真っ暗だ。
夜光塗料の塗られている時計の針は、午前二時を指している。
真夜中。
(・・・こう・・へい・・・)
「?・・・だれ?」
暗闇の中、自分を呼ぶ声。
まだ幼い浩平には、その声が、普通ではない事に気がつかない。
浩平は電気をつけよう、もぞもぞとベットから這い出た。
「!!」
だが、次の瞬間、静まり返っていた浩平の部屋に、派手な音が響く。
浩平が転ぶ音と、ガラスの割れる音だ。
床に出していたテーブルに躓き、転んでしまったのだ。
ガラスの割れる音は、寝る前に飲んだジュースの入っていたコップだろう。テーブルの上にそのままにしてあったのだ。
そのコップが落ちて割れた音だ。
たん、たん、たん、と一階から上がってくる足音が聞こえてくる。
由起子はまだ眠っていなかったのだろう。
「・・・浩平?入るわよ?」
部屋のドアが開き、由起子が入ってくる。
「・・・どうしたの?こんな時間に。」
由起子は、部屋に入って電気をつけた。
急につけられた明かりに、浩平の目が眩む。
浩平は立ち上がり、目を凝らしながら部屋を見回すと、部屋の隅に、割れたコップの破片が散乱していた。
「・・・・・ゆきこさん・・・ごめんなさい。コップが・・・。」
「それはいいけど・・・怪我はない?」
由起子は、苦笑いを浮かべながら、コップの破片を拾い、浩平に聞く。
浩平は、まだこの家に来て間がない。
最近は友達が出来たせいか、ようやく由起子にも心を開くようになってきたばかりだ。
「うん。」
ばつが悪そうに頭の後ろに手をやり、頷く浩平。
「・・・さっきよんだのは、ゆきこさん?」
そのまま、目が覚めたときの疑問を口にする。
「え?呼んでないわよ?」
突然の奇妙な質問に、由起子はコップの破片を拾う手を止めて、浩平を見つめる。
この家には、浩平と由起子しかいない。
「だれかによばれたんだけど・・・。」
納得がいかない、という顔をする浩平。
「・・・夢でも見たんでしょう?」
由起子はそう言って笑うと、再びコップの破片を片づけ、それを机に置いた。
「さあ。もう寝ましょう。」
やさしく微笑んで、浩平をベットに促す。
「・・・?・・・うん・・・。」
納得がいかない。が、浩平はそのままベットへと入った。
(・・・・・こうへい・・・・・)
「!!」
「っ!!」
由起子と浩平は、ビクっと肩をすくめ、見つめ合ったまま動かない。
「今の・・・・・?」
「きこえた・・・よね?」
すでに、部屋には明かりがついている。
そして、そこにいるのは二人だけだ。
だが・・・・・『声』は確かに聞こえた。
「・・・こうへい。」
再び。そしてはっきりと。
「・・・・・。」
「・・・・・。」
由起子と浩平は無言で、声の聞こえる方を・・・窓の方を向いた。
「っ!?きゃあああぁぁっ!!」
思わず、由起子が声を上げる。
揺れるカーテン。いつの間にか開いている窓。
そして、そこに・・・・・二階の窓に佇む人影。
「そ、そんな・・・そんな!?」
動揺する由起子。
窓が開いていたこと、をではない。
二階の窓に人影があったこと、をでもない。
その人影の・・・・・顔を見て、だ。
「・・・・・むかえにきたわ・・・こうへい。」
バサバサとはためくカーテンの隙間から見える、その人影の顔。
浩平にも、由起子にもよく見知った顔だった。
「・・・・・おかあさん?」
浩平の母。
由起子の姉。
みさおの死後、姿を消したはずの。
「・・・嘘・・・嘘よっ!!・・・だって・・・だって・・・。」
思わず後ずさる由起子。
拾い残したコップの破片が、由起子の足に刺さる。
だが、由起子は痛みを感じなかった。
それだけ、驚きが大きかった。
「だって、姉さんは確かに・・・・・死んでたはずなのにっ!!」