つなぎ止める想い 投稿者: 神楽有閑
  今日は約束の日、喋れない私に思いを伝える方法を、教えてくれたお兄ちゃんに、
 スケッチブックを返す日・・・早く来ないかな。
  「上月さん!」誰かが身体を揺さぶる。
”あれ?”
 「睡眠中、申し訳ないけど」やや、呆れたように
”夢だったの?”
  「授業中は起きておいて下さいね」
”はぅ、居眠りしてたの・・・”スケッチブックに書き込み見せる。『先生、すみません』
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 「居眠りするなんて、珍しいね」授業の合間の休み時間、友里ちゃんが話しかけてきた。
 『あのね、夢を見てたの』
 「夢?」
 『スケッチブックのお兄ちゃんの夢』
 「10年以上昔の話でしょう?相手の人もう忘れているんじゃないの」
 『約束したの、ちゃんと返すの』”絶対に返すの、ありがとうと言うの”
 「ふーん、澪の初恋の人なのね・・・」
 『初恋?』
 「あははは、澪ちゃんには早すぎたかな」そう言ってわたしの頭を、ぽんぽんたたく。
”むぅ、なんか馬鹿にされた感じなの”
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  カシャン!「・・・って・・・うわぁっ!」
 今日も大入りの学食で盛大な悲鳴が鳴り響く。
”うわぁ・・・ラーメンかけちゃった・・・・”
 ラーメンをかけられた男の人が、涙目でこちらを睨む。
”ごめんなさい!ごめんなさい!”ぺこぺこ頭を下げる。
  「上着、脱いだ方がいいと思うな。なんとなくね」
 側にいた、黒髪がきれいな人がぽそりと呟く。
 「ふぅ・・・ふぅ・・。し、死ぬかと思った。」
”うぅ、ごめんなさい、ごめんなさい”何度も謝る。
 「いいって、そんなに謝らなくても、別に怒ってないから」
”ほんとに?あれ?”
 恐る恐るその人の顔を見たら、懐かしさがこみ上げる。
”どこかであったような・・・気のせいかな?”
 「・・・オレそろそろ戻らないと。次の授業体育なんだ」
”あっ、まってください!”立ち去ろうとした彼の腕をつかんだ。
 「洗濯するって言ってるんじゃないかな?」
”うん、うん、そうなの洗濯するの”
 「そうか?オレは別にこのままでもかまわないけど」
”いけないの、シミになるの”じぃ−−−−と彼を見つめる。
 「わ、分かったよ、じゃあ頼むから」根負けした彼が、わたしに上着を渡す。
”わ−−−い、きれいにして返しますね”
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  「で、どのクラスの誰なの?その先輩って」
 『はぅ、聞いてなかったの・・・』
 次の日、食堂での出来事を友里ちゃんに話したら、いきなり問題点をつかれた。
 「普通は、真っ先に聞くとこなんだけど・・・その先輩の特徴は?」
 『あのね、優しそうな人なの』
 「・・・・その特徴でどうやって探す気?」あきれたように友里ちゃんが呟く。
”はうぅぅぅぅぅぅ、どーしよ!約束したのに−−−−−−!”
 「えーい!泣きついても、奇跡か偶然でも起きないとみつかりっこないよ!」
”はうぅぅ、友里ちゃん見捨てないで−−−−!”
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”あ、みつけたの”偶然にもその日の内に、食堂で出会った二人を見つけた。
 彼の方が気づいたらしく、私の方を見つめる。
”あれ?また懐かしい感じがするの”記憶の片隅にある何かの思い出に、引っかかる様な、
そんな感じがする・・・・へんなの。
”あ、上着届けなきゃ”ふと浮かんだ疑問を振り払い、駆け寄っていく。
 彼の名前は浩平先輩、一緒にいた女の人は、みさき先輩、二人ともとってもいい人なの。
特に浩平先輩は、一緒にいるだけで何となく楽しくなるの。
 校内であったり、商店街でパフェをおごってもらったり・・・彼に会えることが楽しみ
で仕方がなかった。
 一番うれしかったのは、わたしの入っている演劇部に、浩平先輩が入部してきたこと。
楽しい毎日が・・・・あれ?
  3月にある初舞台、みんなより少し早めに演技練習に、一人で励み・・・・
”一人?”疑問を感じる。一人で練習する事に・・・・
 部員全員での通し稽古・・・・・
”足りない気がするの”何かを忘れている様な・・・・
 そんなある日、思いがけない出来事が起きた。
教室に忘れたお兄ちゃんのスケッチブック。絶対返さないといけない大切なもの・・・
 教室に戻ったけど、机の上にあったスケッチブックは無く、代わりにメモが一枚あった。
『約束守れなくてごめんな』青いクレヨンで書かれた、一言・・・・
”スケッチブックのお兄ちゃん!!”間違いない、確かにここに来ていたんだ!
 すぐさま教室を飛び出し、辺りを見回す。・・・誰もいない。
 こみ上げるあの時の記憶、会えなかった悲しみ・・・涙がこぼれ落ちる。
”どうしてあってくれないの?”
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 そして、公演当日・・・初舞台なのに全く不安はなかった。
”澪、そこは、一呼吸おいた方がいいよ”この役をすると頭の中をよぎる。
”そうそう!その調子!、澪は才能あるよ”暖かく励ましてくれる。
 わたしを支えてくれる、知らない人の声・・・でも安心できる声。
 拍手の中、舞台は終わった。
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 舞台の後、一人部室で何気なくスケッチブックをめくる。
『上月 澪』『こうづき みお』・・・・・ひどく懐かしい言葉は続く。”なぜなの?”
そして最後のページ『さよなら、澪』
「!!」今、全てが一つに繋がった。
 大切な思い出、壊れていた記憶、今まで気が付かなかった想い。
 閉ざされた世界から救ってくれた、世界で一番好きな人
 「−−−−−−!!」”浩平先輩!”声にならない想いが心の中にこだまする。
 今日ほど声が出ないことが、苦しいと思ったことはなかった。
 近くに居るかもしれない彼に、声が届かないという事に・・・・
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 浩平先輩を捜して、学校中を駆け回った。体育館・・・暗く静寂な空間。
”いた・・・”ひどく寂しそうな浩平先輩、二人の視線が交差する。
 「・・・君・・・どうしたんだ?こんな時間に・・・」
”・・・どうして、他人のふりするの?・・・・”認めたくない現実を振り払い。
 「・・・そうだ・・・君の舞台見せてもらったよ・・・」
”そんな言葉はほしくないの・・・”勇気を出して前に進む。
 「オレは・・・もう見ることはできないけど・・・・・・」
”浩平先輩・・・わたし・・・”確かめながら
 「・・・・・・でも・・・・・・君だったら・・・きっと・・・大丈夫だから・・・・」
”ずっと・・・前から・・・わたし”想いのすべてを乗せて。
 「・・・・これからも・・・頑張って・・・」
”好きです・・・浩平さんの事”彼の唇に、そっと口づけをする。
 「・・・み・・・お」
 今の気持ちを、喋れないわたしが彼に伝える唯一の方法・・・
  想いを乗せたわたしの、ファーストキス・・・”愛してます、浩平さん”
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 体育館の外、冷たい夜風が月明かりの中舞い踊る。
 火照った身体には、ちょうどいいくら・・・急に恥ずかしさがこみ上げる。
”わ、わたしって・・・こんなに大胆だったの?”何がなんだか・・・顔が熱い。
  「・・・そろそろ帰ろうか」
”うん”
中庭に出ると、辺りが月明かりの中、幻想的な風景を醸し出す。
”わぁ・・・きれい・・”突然、浩平さんが話しかけてきた。
 「・・・澪。本当は家まで送ってやりたいけど・・・悪いな、澪」
  「ひとりでも、帰れるよな?」
”・・・うん”
 「道に迷うなよ」
”・・・うん”
 「それから・・・また・・・・・・明日な・・・・・」
 ”うん!”また明日会えるんだ、一緒にお昼ご飯を、部活を頑張り、商店街で寄り道、
これから始まる楽しい日々、うれしさがこみ上げる。
 「・・・澪っ!」わたしを後ろから抱きしめる、かすかに震える彼・・・
 「わるい・・・もうしばらくこのままで居させてくれ」
”始まらないの・・・ね”判っていた・・・認めたくなかった。
 薄れていく、浩平さんの身体・・・ささやいた言葉・・・・
 「・・・おまえに先越されてかっこわるいけど・・・澪・・・好きだ」
そして彼の身体が消えてなくなる。わずかに聞き取れた、約束の言葉・・・
 「必ず、帰ってくる」
”うん!ずっと待っている”彼を信じて、虚空を見つめる。
涙がこぼれ落ちる。”絶対・・帰ってきてくださいね・・・浩平さん・・・・”
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 あれから、数ヶ月の月日が流れた。
 お昼休み、次の演劇の発表のため練習をしていたら、着替える時間がなくなったので、
そのままの格好で食堂にいったの・・・ちょっと恥ずかしい。
 日差しはあるけど、冬の気配を強く感じる肌寒い日・・・あの人の温もりが恋しくなる。
”浩平さん・・・まだ帰ってくれない・・・寂しいの・・・あっ!”
 カシャン「!」学食に響き渡る盛大な悲鳴、またラーメンを他の人にかぶせてしまった。
 今度は前よりたちが悪い、頭からかぶせてしまっているの。ドンブリ付きで・・・
”ご、ごめんさない!”何度も何度も頭を下げる。
 「あいかわらずだな、澪」わたしにしか聞こえないくらいの小さな声。
”えっ?”恐る恐る見上げると、そこには、忘れもしないあの人が居た。
 春先のお日様のように暖かい、わたしの大好きな人!
”浩平さん!”そのまま抱きつく。
 「おいおい!澪」急に抱きつかれて、慌てふためく彼。
”帰ってきてくれたんだ!”慌ててもだめなの、長い間待たした罰と思ってね。
 「・・・・まいったな」苦笑いを浮かべ、わたしを見つめている。
 そんな彼の顔を見つめながら、もう一度心の中で呟く。
”お帰りなさい、浩平さん”
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 春の気配を感じる春休み最後の日、思い出の場所に向かって駆けていた。
”はぅ−−−−−!、完全に遅刻なの−−−−−−!”
 デートの待ち合わせに、初めて出会った公園・・・そこまでは良かったけど・・・
”覚えている、だいじょぶって言い切ったのに−−−−!” 
 案の定・・・見事に道に迷ってしまったの。
”え−−−ん!1時間の遅刻なの−−−−−!”
 何とか道が分かった時には、どうしようもないくらい約束の時間に遅れた・・・とほほ
  公園に着いた時には、浩平さんはブランコに乗って待っていた。
”よ−し、まだ気づいていないみたいなの”急にわき上がった悪戯心に身を任し、静かに
近づき、その背中に飛びついた。
 「・・・まずは商店街・・・・・・ぐあっっ!」
”えへへ、おまたせ”
  「・・・く、くるしい」
”遅れちゃったの”
 「・・・澪っ!お前、なにやっていたんだよ、遅刻だぞっ」
”うん、遅刻なの”
  「うん、じゃないだろ・・・・・まったく、おおかた道にでも迷ってたんだろ」
”うん、うん、そうなの”
 「お前には進歩とか学習能力とかはないのかっ・・・まあ、お前が道に迷ってこの時間
なら、早い方かもな」
”うんっ、早いほうなの”
 「う〜やっぱり反省してないな」ため息をつく。
 ”・・・えへへ”笑ってごまかす。何か考え込んでいる浩平さん。”どうしたの?”
「いや、何でもない」
 ”気になるな?”
  「何でもないって」何が可笑しいのか、笑っている。
 ”変なの?まぁ、いいっか”
 「澪・・・お前いつまでそうしているつもりだよ」問いかける彼に、ひらめいた言葉を、
いつものようにスケッチブックに書き記す。
 『背中、あったかいの』
 「はは、澪」そう言ってわたしの頭を、わしゃわしゃと撫でまわす。
わたしも、甘えるように頬をすり寄せる。
 殻に閉じこもったわたしを助けてくれたのは、浩平さん。だから今度はわたしの番。
2度と浩平さんが消えてしまわない様に、つなぎ止める思い出とともに・・・・
 「心配はいらないよ」わたしの思いに気づいたのか、優しい笑顔で答えてくれる。
”そうだね”もう一度彼の温もりを確かめる。
 いろんな思い出を一緒に紡ぐの、二人をつなぎ止める想いと共に・・・
 春風が優しく頬をなぜ、陽光が二人を優しく照らす。
”本当に暖かいね、浩平さん”
  
                                                                 おわり


後書き

神楽「はろはろ〜♪謎の電脳士の神楽だよ。」
舞 「やっほーアシスタントの、ネコミミメイドの舞ちゃんだよ。」
神楽「さて、今回は、澪ちゃんのSSです。」
舞 「・・・・・マスター、コレずいぶん前に書いた作品ですよ」
神楽「それを言われるとつらい・・・なんせ、遅筆なもんで」
舞 「いいわけだよぉ、それ」
神楽「う、反論できない。今までかいた作品を投稿した後、新作を乗せるよ」
舞 「本当?」
神楽「あ、皆様方の作品を読まなくちゃ♪」
舞 「・・・・・・」

 
 
 

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