ザザーーッ ザザザーーーーッ 穏やかな波が足元を擦り抜け、潮風が鼻をくすぐる。 空はどこまでも蒼く澄みわたり、青空に溶け込んだ海のゆらぎは,太陽の光を浴びてキラキラと輝いている。 かもめ達が大きく羽根を広げ、どこまでも高く飛んでいく… それは,去年の夏の日の1ページ。 どこまでも歩いていけると信じていたあの日の,ふたりだけの思い出の輝き。 真っ白な砂に、あたしたちの足跡だけが残っていく。 そんなに大きな砂浜じゃなかったし,海水浴場として開けているトコでもなかったから,人はほとんど見当たらなかった。 あたしと彼のプライベートビーチ。そんな感じで歩いていた。 あたしの手と彼の手が,軽く触れた。 ぎゅっと彼の手を握った。 握り合った掌に,汗が滲んだ。 あたしは,真っ白なワンピースに麦わら帽子,それに青いビーチサンダルを纏い,完璧な夏のお嬢様スタイルでキメていた。 彼は,あたしのもう一つの顔もよく知っている。 乱暴で粗野で,あたしの大っ嫌いな姿も。 でも…それでもあたしは,彼の前では一生懸命に乙女を演じていた。 彼の前でなら,あたしは憧れていた通りの乙女でいられた。 だって, シュンが見ていてくれるから。 シュンに喜んでもらえるから。 太陽が照りつけてくる。 夏,真っ盛り。最も恋が盛り上がる季節。 この場所には,去年までのあたしはもういない。 この場所には,女らしさのカケラも無かったあたしは,もう…いない。 すべては遠くに霞む,確かにあったあの日の思い出。 「第2話 赤い記憶」 ミーンミンミンミンミーン…… せわしなく蝉が鳴いてる。自分の存在を思いっきりアピールしながら,精一杯に生きているその姿は,大変そうだなと思いつつも少し羨ましくもあった。わたしは,あんなに自信を持って生きる事は出来そうにない。でも,それでもいいと思う。あの人が側にいてくれるから。その瞳に,わたしを映していてくれているから。 夏休みが始まって1週間がたちました。気付いたらもう8月。「きっと,夏休みは1日が20時間しかないんだ。これは陰謀だっ!!」って浩平が言ってたっけ。 もう,相変わらずなんだから。 みーちゃん迷子事件(『瑞佳とみずかと』参照)以来,特に大きな事件はありません。 わたしの周りの世界は,それなりに順調に流れているみたいです。 みーちゃんは私になついてくれてるし,浩平も進学の為の勉強を,少しづつだけど始めたみたい。 「一応,大学くらい出てないと,住井に負けた事になるからな。(住井君は無事,4年制の大学に進学しました。それを聞いた時の浩平の驚いた顔,見せたかったな。)別に就職先が不安だとか,そんなんじゃないぞ。」って浩平は言ってた。少しは将来の事,考えてくれてるみたい。 ちょっと……嬉しかったりします。えへっ。 でも浩平,新しいクラスの中で少し寂しがっているみたい。浩平は一生懸命隠してるみたいだけどバレバレです。そういう所は不器用な人だから。 逆にみーちゃんは,学校でいっぱい友達が出来たみたい。毎日の様に外を駆け回ってます。あの元気は,一体何処から来るのかな。わたしも,みーちゃんくらいの時はあんな風だったのかなって記憶をたどってみたけど,うまく思い出せなかった。そういえば浩平と出会う前の記憶って,そんなにたくさん無い気がする。 え?わたし?うん,わたしも大学で新しい友達も出来たし,わたしなりに頑張ってると思うよ。 少なくても,去年のわたしよりは,ね。 今日は午後から3人で,近くの市民プールに来ました。 目的はみーちゃんに泳ぎを教えること。それと言うのも,全部浩平のせいだよ。 浩平ったら,夏休みに高校の頃のみんなを誘って海にでも行こう,って言いだすんだもん。まったく,いつも急なんだから。 「大学生にもなって市民プールもないもんだ。」 プールの縁によりかかりながら,浩平がぼやく。 わたしは, 「浩平,まだ高校生でしょ」 としか言えない。七瀬さんや住井君なら,もっとうまくツッコミとかいれるんだろうけど,わたしにはこれが限界。でも,浩平には効いたらしい。 「ぐあぁぁぁ,瑞佳ぁ…よくも,俺の心の傷をえぐる様な真似を…」 そんな事言いながらも浩平ったら,パシャッって水をかけてきた。 「きゃっ,もう,浩平ったら。…1年も留守にしてる浩平が悪いんだもん。」 この一言,浩平には効果てきめんだったりした。 「ぐはぁぁぁ,瑞佳ぁ…よくも,俺の心の傷に塩を塗り込む様な真似を…」 はぁ…,いくらなんでも大袈裟過ぎるよね,この反応。 でもこんな冗談も,浩平が側にいてくれるから言える事だよね。 もう,どこにも行かないよね。ね,浩平。 パシャッ 「って,きゃっ,冷たいっ!」 もう…せっかく幸せなヒロインを気取ってたのに…… パシャパシャパシャパシャ………… みーちゃんのバタ足でわたしと浩平の間を横切ってく。 さっき,わたしの顔にかかったのも,その水しぶきだったみたい。 浮き輪につかまってはしゃいでる姿は愛しくもあり,う〜ん,わたしが言うのも何だけど,結構かわいい。あっ!でもわたし,ナルシストじゃないよ!!誤解しないでね!! 「きゃははっ,バタあしバタあしぃ!!」 ちょっと意味不明な事を口走りながらも,みーちゃんは楽しそうだった。 はじめから教える必要なんてなかったみたいに,みーちゃんは泳ぎが達者だった。 浮き輪があれば,だけどね。 その日は,3人で手をつないで帰りました。 周りから見たら,夫婦とその娘みたいに見えたかな。 こんな幸せな一日,これからもずっと続いていかないかな。 彼が,とうとう入院した。 それを聞いたのは,あたしが学校から帰ってきてすぐの事。 シュンの家に電話した時,シュンの家の人(兄弟か何かだと思う)が教えてくれた。 一瞬、目の前が真っ暗になった気がした。 気がついた時、あたしは病院に向かって走りはじめていた。 嫌な予感がした。 彼の病気が重いものである事も知っていたし,本当だったらとっくに入院してる程,病状が進んでいる事も知っていた。 来るべき時が来たのかも知れない。 不安を押し殺そうとしても,嫌な想像ばかり頭に浮かんでしまう。 あたしは,ただ走った。 息が切れる。顎が上がる。それでもあたしは走った。 やがて頭の中が真っ白になり何も考えられなっていった。 シュンの入院した部屋に飛び込んだ。シュンの家族だろうか,ベッドのまわりに何人か立っていた。その間から,彼の姿が見えた。 「あっ留美,来てくれたんだ。」 彼の笑顔が,あたしの視界に飛び込んだ。 ほっとした瞬間,あたしの意識は途切れた。 それは,いつか見た光景だった。 町の近くを流れる川の土手に,あたしは立っていた。 夕日を反射して,川面が真っ赤に染まっている。 吹きつける風が気持ちいい。スカートが風をはらんで,ふわっと揺れた。 「何であたし,こんなトコにいるんだろう?」 そんな疑問を口にした時だった。 あたしは,不思議な光景を目にした。 ふたりの男女が寄り添いあって,川の流れを見つめている。 それは,あたしとシュンだった。 あたしがあたしを見ている。 だからきっとこれは夢なんだと思う。 その証拠に,近くを走っているはずの車の音も,川が流れる水の音も,家路につく子供達の声も,何も聞こえなかった。 ただ,二人の話し声だけが,やけにハッキリと聞こえた。 それは,去年の秋のあたし達の会話だった。 「あたし……いつまでも、このままでいたいな。」 彼に寄り添うようにして彼女が言った。 彼は遠くを、遥か遠くを眺めながら、ぽつりと言った。 「君が望めば、きっと永遠は訪れるよ。」 彼女は不思議そうな顔をして,彼に聞く。 「永遠?」 「そう。永遠。……それが,幸せな世界なのかどうかは,わからないけどね。」 その時の彼の瞳は何を映していたのだろう。 遥か遠く,ゆるやかな川の流れよりも,その向こう岸の世界よりも,その世界を赤く染める夕日よりも,もっともっと遠くを見つめていたような、そんな不思議な眼をしていた。 彼女は,彼の手を握りしめながら,そっと言った。 「でも……シュンといられるんだったら、あたしは幸せだよ。」 そして,話し声すらも聞こえなくなった。 どうやらあたしは,この部屋に入ってきた瞬間に倒れてしまったらしい。 看護婦さんの話では,彼が元気なのを見て安心して気絶してしまったのではないか,と言う事だった。 気がついたら,あたしはシュンの病室の椅子に座っていた。 シュンの家族はもういなかった。 目の前のベッドの上で,シュンが眠っていた。 静かだが,規則正しい寝息が聞こえる。 ………よかった……… あたしは,ほっと息をついた。 急にさっきまで心配してた自分が,馬鹿みたいに思えた。 明日,シュンが起きたら文句を言ってやろう。 あんまり心配かけないでよ,って。 あたしは,シュンを起こさないようにそっと病室から出ていった。 ドアを閉めた後、一回だけ振り返り、あたしは小さな声でつぶやいた。 「おやすみ。シュン。」 つづく ############################# /* 狂税炉「ははは……1週間以内に書けると思ってた私が愚かだったよ。」 ちびか「くびつっておわびして♪」 狂税炉「今回,タイトル前と『彼が,とうとう入院した』からが七瀬視点で。その間にサンドイッチされてる訳分からないのが瑞佳視点です。」 ちびか「どっかちがうの?」 狂税炉「一人称くらいかなぁ……あはははは………」 ちびか「じんぶつのかきわけが,できてないんだね♪」 狂税炉「フッフッフッ……よく分ってるじゃないか!!」 びしっ!!ばしっ!!ぼきいっ!! 作者崩壊。 ちびか「いばってゆーことじゃないっ!!」 */