残酷な結末 投稿者: 狂税炉
 あれから一年がたちました。
 瑞佳の前から浩平がいなくなってから,一年……
 そんなある日の事です。

「あのな瑞佳。」
 突然,彼は帰ってきました。
「俺と,もう一度,つき合ってくれっ!」
 瑞佳は,何の躊躇も無く答えました。
「うん,いいよ。」

 再び,瑞佳と浩平の時間が動きはじめました。
 永遠に続く事はないけど,でもこれからは,二人で生きていける。
 そう思っていました。

 その日は,日が暮れても,夜が更けても,瑞佳はずっと浩平の側にいました。
 まるで1年分の寂しさに,復讐でもしているかの様に。
 伝えたい事はいっぱいありました,

 この1年間,自分が頑張って浩平を待ち続けた事。
 浩平がいない間に決まった,自分の進路の事。
 相変わらずな,でも少しずつ変わっていくクラスメート達の事。

 浩平も,いっぱい,いっぱいお話をしてくれました。
 この1年間に,浩平の身に何が起きていたのか。
 そこでどんな人が待っていたのか。
 どうやって帰ってきたのか。

 本当は、ずっと浩平と話していたかったのでしょう。
 でも,続きはまた明日話せばいい。
 浩平は,ずっと側にいてくれるんだから。
 だから,瑞佳は笑顔で,こう言いました。
「また明日ね。浩平っ。」




 全てが崩れ去ったのは,次の日の朝の事でした。
 瑞佳は,また,以前の様に浩平の家に向かっていました。
 そうすることができるという,幸せを感じながら。

 家には,鍵がかかってました。
 仕方がないので,無駄とは思いつつインターホンのベルを鳴らしてみました。
 この程度で,浩平が起きてくれるとは思えないのですが。

 ピンポーン,ピンポーン,ピンポーン…………

 やっぱり,何の返事もありません。
「もうっ,浩平ったら。いきなりサボるつもりだよ,きっと。」
 浩平を起こせなかったのは残念でしたが,仕方ないと思い,瑞佳は浩平を起こす事をあきらめ,
学校への道を,歩きはじめました。


 苦痛でしか無かった学校での生活も,昨日でおしまい。
 今日からは,浩平のことを話しても,みんな分かってくれる。
 みんな,浩平のことを覚えていてくれる。
 そう思うと,自然に会話の中に浩平の名前を出していました。

 でも,変です。
 佐織も,住井達男子も,こう言うのです。



「浩平?誰,その人。ごめん,分からないや。」



 え?
 どうして?
 昨日は,ちゃんと分かってたじゃない。
 浩平の事,みんな知ってたじゃない。
 どうして?

 突然,今まで感じた事のないほどの不安が,瑞佳を襲いました。
 次の瞬間,瑞佳は浩平の家に向かって駆け出していました。

「そんなはず無いよ。浩平,ちゃんと帰ってきてくれたもん……」
 全力で駆けていました。
 体力の限界など感じないかの如く,瑞佳は走りました。
 そして,浩平の家に着くや否や,ドアを思いっきり叩いていました。

「浩平,早く起きてよ!!」
「みんな,また忘れちゃってるんだよぉ!!」
「どうしたらいいのっ,浩平っ!!」
「ねぇ!!どうしよう!!どうすればいいのっ!!浩平っ!!」
「お願いだから,答えてよ!!」
 その声は,だんだん悲痛な叫び声になっていきました。



「ねぇ,どこ行っちゃったの?浩平…………」

「もう独りぼっちにしないでよ。」

「ねえ,どこに隠れてるの?早く出てきてよ。ねぇ,浩平ったら!!」

「でてきてよ…おねがいだから……」

「……おねがい……こうへい……」


 浩平が再び消えてしまった事を瑞佳が認めたのは,それから一週間後の事でした。
 その時を境に,瑞佳の中から全ての感情が消え去りました。


 これからはずっと,浩平と同じ時を歩いていける。
 永遠には続かない時間だけど,いつも隣には浩平がいてくれる。
 そんな,ささやかな願い。
 でも,それはもはや叶わない願いでした。


 だから瑞佳はもう,笑顔でいることができません。
 限界は,とっくにきていました。
 浩平と再会できた喜びの分だけ,その悲しみは,大きくなっていました。
 凍りついた心は,もはや悲しいと感じる事さえ無くなりました。

 瑞佳にとっての全てが消え去りました。
 この世界の全てを否定しました。
 もし,これで瑞佳も浩平の様に消えることができたら,どんなに楽だったでしょう。

 でも,世界は瑞佳を縛りつけます。
 一一もう1度帰ってきてくれる一一
 凍りついた心の奥に眠る,その想いを利用して……


 そして,浩平の不在のまま,瑞佳が心を閉ざしたまま,卒業の日はやって来ました。
 大切な友達との別れや,慣れ親しんだ校舎との別れ。
 本当なら,とっても寂しいのでしょう。
 でも,寂しさの破片さえ,瑞佳は感じることができません。
 それを悲しいと思う事さえ,出来なくなってしまっているのですから。


 やがて,瑞佳は音大に入学し,惰性のままに学生生活を送っていきました。
 感情の消えた瑞佳の引くチェロの音。
 今や,瑞佳が発する音は,ほとんどそれだけになっていました。
 ただ,機械的に鳴らし続ける弦の振動。
 その音色はとても哀しく,寂しいものでした。
 それはまるで,瑞佳の心の奥の嘆きを代弁しているかのようでした。


「こ…う…………へ……い……」
 瑞佳が時々発する声は,もう,これだけ。
 そんな瑞佳を心配してくれる友達も,今は側にいませんでした。
 でも,独りぼっちは寂しくありません。
 寂しさも,もう分からないから……


 虚ろな瞳。
 息をする為だけに動く唇。
 手入れされることなく,伸ばされたままの髪。
 昔,人気投票で一位をとった美少女の姿は,今はもう何処にもありませんでした。


 ただ,時だけが流れていきました。
 まるで,永遠に続くかのような時が……






 そう
 それは,もう一つの永遠






 今でも,瑞佳は待ち続けています。
 決して帰ってこない浩平を持ち続けて……



 「長森シナリオ Cruel End」



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 題名まんまです。
 幸せなSSがあれば,辛いSSもあるって事で。
 特にコメントなし。

  多分、次回は感想SS(といっても20前後程度の短いものですが)になる予定です。

追伸:雀バル雀様
        苺しぇいくの件、喜んで承ります。めっちゃ悪党(高槻クラス希望)がいいな♪
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