【125】 DEMOLISHON MAN
 投稿者: から丸&からす <eaad4864@mb.infoweb.ne.jp> ( 謎 ) 2000/4/12(水)04:06
第二話「虚像」

 夢を見た。
 ひどく懐かしい夢だった。
 辺りはうっすらと白んでいて、局所的に風景が浮かんでいた。
 俺がいた。
 今ほど目は歪んでいなかった。
 それに安心を覚えたころ、二人目の登場人物が姿を現した。
 彼女だった。
 今と変わらない、澄んだ目をしていた。
 側には見覚えのある花壇があった。
 俺は花をめでている彼女の傍らに立っている。
 何を言うでもなく、なんとなく好奇心でいるのだ。
 無愛想な俺に、彼女は笑顔で語りかけてくれる。
 今と変わらない笑顔で、語りかけてくれる。
 自分で育てた花を指さして、綺麗でしょう、とまた愛らしい笑みを浮かべながら言うのだ。
俺はそれを見てもなんら感動することなく、それでも嬉しそうな彼女につられて、つい、ああ、と無愛想に返事だけを返す。
 ひどく、懐かしい夢だった。
 とても懐かしい風景だった。
 夢はそこで途切れている。
風景が次第におぼろげになっていき、俺も彼女もその中にかき消えていく。
 何も見えなくなった頃、いつものように目が覚めるのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「明義・・・明義・・・」
「ん・・・」
 ステンドグラスから伸びる光の筋が、うっすらと瞼に降りてくる。俺は寝床で半身だけ起こすように寝返りをうつと、まだうつらうつらとしてはっきりしない意識をそのままに、まだねばり強く眠りの中に入ろうとしていた。
「明義、起きてください」
 それでも彼女の方がねばり強い。彼女は俺の体を寝床がずれるほど強く揺すっていた。あまり寝起きがよくないことを、よく知っているのだ。さすがに寝ているのが困難になり、俺はとぼけた眼差しのまま上半身を起こし、まだ起ききらない頭を抱えた。
「朝か・・・」
「朝食、出来ました。早く食べないと無くなってしまいますよ」
「うん・・・」
 のそのそと寝床から這い出る。俺が着ていたのは冬物のパーカーとジーンズという、寝るのに適するとは言い難いものだった。しかし、それもしかたがないというものだ。
「昨日の夜、急に来たときはびっくりしました」
「お前の料理が食いたくなったんだよ」
 教会の廊下を彼女と二人で歩く。なんの装飾もあったものではない、実に飾り気のない廊下だったが、それはどこか心を落ち着かせてくれる趣があった。白い朝日だけがうっすらと射し込み、心を浄化してくれるように思えた。
 廊下を歩ききると、すぐに教会の広間に出る。祭壇の前に並べられたテーブルで、ここで養われている孤児達が元気に朝食をほおばっていた。
「早くしないと、子供達に取られてしまいますよ」
「わかったわかった」
 俺達二人も同じように食卓の席につく。テーブルの上には焼きたてのトーストや目玉焼きなど、どれも食指をそそる朝食が並んでいる。
「今日も仕事で早いんですか?」
「ああ・・・それなりにな」
 俺は行儀も何もあったものではなく、何も塗っていないトーストにそのままかじりついた。
「おかーさん、そのおじさん誰?」
 彼女の隣に座っている、小学生ぐらいの女の子が言った。おじさんというのは少し引っかかるが、とりあえず置いておこう。
「この人はね、あなた達と同じ人よ。この教会で育ったの」
「ふーん・・・」
「おじさんはすごく頑張って勉強したから、今はとっても偉い人なの。だからあなたも見習ってしっかり勉強しないとだめよ?」
「はーい」
 女の子は大きく返事をすると、再び朝食を平らげる作業に戻った。俺には一声もかけずに。子供達は本能的に俺が危険な人間であるとわかっているのかも知れない。
「明義。あなたは本当にこの孤児院の誇りですよ」
「別に・・・大学なんてどうってことないさ」
「ううん。奨学金まで取って・・・あなたはすごいわ」
「・・・」
俺の心はどんな罪悪感にも動じないほど凍りきっているはずだった。だが彼女の言葉には、自然と箸が止まってしまった。慣れない感情が、俺の心の奥底でぶすぶすと燃えるのを感じる。
「お仕事、頑張ってくださいね」
「ああ・・・」
 彼女は曇りのない目で俺を見つめる。それに合わせるのには、俺の目は曇りすぎていた。
「茜・・・」
「なんですか?」
「また、ここに来てもいいか?」
 俺がそういうと、彼女は満面の笑みを浮かべて
「いつでも、明義の来たいときに」
 彼女の言葉は、また俺の感情を根底から揺さぶった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 教会を一歩出れば、俺は身も心も犯罪者になる。目に見えるのは敵か、利用の対象のみ。誰がどこで狙っているかわからない。だが同時に、俺もいつどこで誰を狙うかわからない。外の世界は、俺にとって弱肉強食のジャングルだった。だがそんな緊張感が心地よいのも事実だった。犯罪を犯している最中や、成功の後の充足感を感じる度、やはり俺は根っからの犯罪者なのだと確信する。それは生きているということの確認でもあった。
 仕事は仲介人を通して依頼される。伝言ダイヤルや暗号無線などで仲介人に依頼されてくる仕事は、内容や難度などを考慮した上で俺達仕事人に回されてくる。ほとんどの仕事が不定期的で、即座に実行しなければならないものなので、主に仲介人の方からこちらにコンタクトを取ってくる。どれだけ効率的に仕事を消費できるかは、仲介人の度量にかかっているわけだ。今日も馴染みの仲介人から仕事が入ってきた。俺が指定した電話ボックスの電話機の下に、ガムでメモが張り付けてある。
『二時。駅前の喫茶店』
 駅前、という言葉に意味はない。これが発見された場合のカモフラージュであって、「駅前の」というのは実は別の意味になっている。この場合は高速道路沿いのファミリーレストランということだ。実に厳重なことだが、これでもまだ足りない方だと、俺の仲介人は言っていた。確かに、犯罪が完全であった場合に最も検挙される確率が高いのは仲介人だ。このくらいの厳重さでもいいかも知れない。それでも実際に犯罪を犯すのは俺達仕事人なわけだから、結局リスクは五分五分だ。

「教団からの仕事だ。報酬は800万。目標は地下鉄。10人弱殺せればいい、もちろん無差別。どうだ?」
「1000万なら受ける」
「・・・900万だ」
「オーケー」
 高速道路沿いのファミリーレストラン。俺達はカウンター席に肩を並べて座っているが、お互いの目は見ていない。はたから見れば独り言を言っているようにしか見えないはずだ。しかも昼飯時で賑わっている店内では全く目立たない。
「教団がバックアップしてくれるが、実行には細心の注意を払えよ」
「わかってるさ」
 俺は煙草に火をつけると、大儀そうに吹かした。仲介人はコーヒーをすすっている。
「報酬は前金で全額支払われる。いい待遇だな?」
「失敗したらこっちが殺されるってことだろうが・・・。他には?」
「ない」
「そうか。話は変わるが、木崎さん。あんた、家族はいるのか?」
「無駄話はしたくないんだが・・・いるわけないだろう」
「そりゃよかった。生命保険に入らないでいいぜ」
「お前は入っているか?」
「・・・なあ、処刑された場合って保険金おりんのかな?」
「・・・知らん」
 俺は立ち上がった。注文したランチセットはまだ半分も食っていなかったが、長居は無用だ。
「必ず成功させる」
「長生きしろよ、南」
「くくく・・・」
 木崎のジョークに、俺は笑わずにはいられなかった。勘定を済ませると店の外に出て、その足で材料を集めに行った。

<第二話 終わり>
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 ふう・・・第二話でした。書かれていると思いますが、このSSの主人公は我らがヒーロー南くんです。私が彼を主人公に起用するのは二度目ですが、今度はえらい役回りになりました。彼のキャラクターは・・・まあ原作では彼にキャラなんてないし。
 南と木崎の接触が一番書くのに骨を折りました。私が愛読している無線の雑誌に以前載っていたスパイの目録からヒントを得たんですが・・・リアルに書けてるでしょうか?
まあ、拙作の話はこれくらいにして・・・感想感想といきましょう。

>風来のもももさん   うお、えらい久しぶりだ!
・ ああっ瑞佳さまっ
 壊れ気味の高槻が一番笑えました。というか彼に一票です。えらいテンポのいい作品で、
一気に読みました。続きも期待してます。

>ベイル(ヴェイル)さん
・奇跡の少年、第三章・・・みさき
なんとも詩的なSSで・・・。それに所々に幻想的な描写があって、というか作品自体
幻想的です。こういうのを書くにはひたすら集中力が必要でしょう。魂から絞り出すように言葉を連ねなきゃいけませんからね。セリフ的にクサイところがありましたが、読んでる内に世界に引き込まれます。

>たかひろ(Tire)猫 さん
・『ONE』の舞台裏だよ
 ・・・えらいこっちゃあ。というか、氏の作品はいつもきわどいです。

 それではこの辺で・・・。