【120】 BLADE
 投稿者: から丸&からす <eaad4864@mb.infoweb.ne.jp> ( 謎 ) 2000/4/11(火)08:16
最終話「銀色の墓標」

 荒廃したこの星に、一つの伝説があった。それは死に神の伝説。その者、現れる所に争乱あり。彼が歩いた後には無数の死体と血の海が連なる。大人達は恐怖し、子供達に語り継いだ。その子供達が大きくなった時、また同じように語り継ぐ。
 無敵の死に神の伝説。決して死なず、倒れず、睨まれればそれは死を意味した。
 最強の死に神の伝説。人々は恐怖し、その存在を恐れた。
 争いのある場所に必ず現れ、死体の魂を吸って生きる。時代と場所を選ばず、どこへでも現れる。残されるのは死体の山だけ。

 死に神は旅していた。いくつもの砂漠や山麓を越え、果てしない旅をしてきた。旅の目的、それは探しものだった。数え切れないほどの人間の命をその手にかけ、身も心も血に染め、死に神は旅してきた。死に神はどこで生まれたのか。それはあまりにも遠い過去で、知る者はいない。ただ死に神の軌跡が、伝えられるばかりである。死に神は生まれたときから旅をしていた。目的は探しもの。それは失ってしまったものを探す旅であると同時に、自らを探す旅でもあった。浴びきれないほどの血を浴び、数え切れない数の人間をその手にかけ、探し続ける旅をしてきた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 二人は谷を越えた。途中、何度も夜盗の襲撃にあったが、その度に浩平は実力で退けた。浩平は何も話さなかった。谷を占拠していた夜盗の群に討伐に行ったおりに、一緒に行った少年が帰ってこなかったことについて。どういうことか澪にもわかっていたので、深く詮索しようとはしなかった。
 浩平は谷が終端に近づくにつれ、どこか落ち着かない様子を見せていた。澪から見れば長い間離ればなれになっていた恋人と再会できるのだから、それは滑稽なことこの上なかったが、浩平にとってそれは焦燥感を掻きたてられるに十分なものだった。もうすぐ瑞佳に会える。もうすぐ、自分の旅とあらゆる場所で行ってきた決断の正否の判断が下されるのだ。浩平にとって瑞佳は、大切な人であると同時に審判者でもあった。拒絶された時、自分がどうするのか、浩平にはわからなかった。そうなったらそれから何を信じればいいのか、浩平の、人としての最後のよりどころである瑞佳が失われたら、もはや修羅としてしか生きる道はない。それでいいのか、果たしてそれでいいのか。だが殺生の限りを尽くしてきた自分が許されることに、浩平は自信がなかった。瑞佳は自分を恐れるのではないだろうか。そして自分を退けるのではないのだろうか。愛し合った記憶があればあるほど、その結果は痛みとして降りかかる。それは審判だったのだ。浩平にとって、人か外道かを見極められる、審判だったのだ。

 谷を出てからは瑞佳が属していると思われるシスターの一団の情報がすぐに得られた。彼女たちは都市や集落を回り、傷病人に無償の医療や看護を行っているという。二人は彼女達の足跡をたどった。そしてたどり着いたのが、ある小さな集落の片隅にある、小さな白い教会だった。

教会はひっそりと立ち、この混沌とした世の中でまるで隠れた別の世界に存在しているような錯覚を覚えさせた。それでも集落の片隅に立った教会は風景に溶け込み、確実に時を刻んでいた。ここは水が豊富なのか、辺りには珍しく芝が生えていた。砂漠だらけのこの世界で、そこだけはまるで別世界のような、そんな趣があった。
 二人が教会に入った時、出迎えたのは老いた牧師だった。老牧師はおぼつかない足取りで二人に近寄ると、来訪の理由を聞いてきた。浩平は率直に、人を探してここまで来たと伝えた。
「ああ・・・彼女ですか」
 老牧師は思いだしたように、少し目を天上へ向けると首を縦に振った。
『ここにいるの?』
「ええ・・・いますとも、ただ、お会いになることはできません」
「?」
 澪は困惑した。しかし浩平は動じず、老牧師の言葉を待った。
「案内しましょう・・・彼女の元へ」

 二人は老牧師に連れられ、教会の裏にある墓地へとやってきた。そこには豊かな木々が生え、のどかな情景は楽園を思わせた。その中にたくさんの墓標が、眠るように立ち並んでいた。
「彼女は・・・シスターの鏡でした」
 老牧師に連れられ、二人は一つの墓標の前にやってきていた。
「しかし長旅から帰ってきたとき・・・彼女はすでに病に冒されていました」
 墓標には名前が刻まれている。
「最後に・・・人の名前を呼んだのです。私にはわかりませんが、おそらく彼女にとってかけがえのない人だったのでしょう、こうへい、こうへい、と二度・・・」
 折原瑞佳、そう刻まれていた。
「そして静かに息を引き取りました。私達も死んだことがわからなかったほど、眠るように死んでいきました・・・」
 草の上で銀色に映える墓標の前で、黒衣をまとった浩平は言葉もなかった。ただ立ちつくし、まっすぐに墓標を見つめていた。数え切れない血飛沫を浴びてきた浩平の目も、その時は曇りなく、澄んだ目をしていた。
 老牧師は浩平に何か訳有りと見て、澪を連れてその場を離れた。
 浩平は一人になると、静かに、一滴の涙をこぼした。それは死に神の涙。浩平がこの世で落とした最後の涙の結晶だった。悲しかったわけではない。それは瑞佳へのはなむけだった。愛した人への。愛し合った人への、最後のはなむけだった。今まで大切にしてきた全ての想いを、それに託したのだ。涙は、静かに土の中にしみこんでいった。
 浩平がその場を離れようとしたとき、ある光景が目に入った。瑞佳をそのまま幼くしたような少女。少女は澪と、何か地面に絵を描いて遊んでいた。
「彼女の娘ですよ・・・。ここに来たときには、すでに身ごもっておりました」
 老牧師が静かに告げる。浩平は目を正面に向けると、ゆっくり少女に近寄っていった。そして不器用な声で、少女に声をかける。
「やあ・・・」
「・・・こんにちわ」
 浩平はそれ以上なにも言うことができず、黙って立ちつくしていた。少女が不思議そうな顔をして、浩平の前にとてとてと寄ってきた。
「おじさん・・・旅の人?」
「あ、ああ。そうだ」
「どうしてここに来たの?」
「・・・偶然さ、偶然、立ち寄っただけだ」
 浩平は体を落とすと、少女と視線を合わせた。
「お母さんのこと、覚えているか?」
「うん・・・お母さん、優しかった」
「そうか・・・」
 浩平は懐から、ある物を取り出した。
「これ、持ってな」
「・・・お母さんの写真?どうしておじさんが持ってるの?」
「いいから、持ってな」
 浩平は立ち上がった。
「行くぞ、澪」
 浩平は黒衣を翻し、その場を立ち去った。背中では、刀が揺れていた。その時は静かに、刀も音をたてなかった。

 死に神の伝説があった。
 その者が現れるところ必ず争乱あり。
 その者、全ての死を司る者。
 そして死に神は旅をしていた。そしてその旅は、一旦の終結を見せた。探しものが見つかったのだ。それ以上探す必要が無くなった。旅の終結点、そこで死に神は何を見たのか、知る者はいない。だが死に神は神をも恐れぬ刀を抱き、また旅に赴いていた。終わりのない旅へと、浩平は赴いていた。

<BLADE 完>
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 いかがでしたでしょう・・・BLADE。最終話が短いのは、語る必要がないと思ったからです。作品全体を通して、どんな感想をお持ちになったか、聞かせてもらえるとありがたいです。私なりに魂を込めて書きましたんで・・・。
 SSってのは素晴らしいもんですねえ・・・それでは、また会う日まで・・・。