【117】 BLADE
 投稿者: から丸&からす <eaad4864@mb.infoweb.ne.jp> ( 謎 ) 2000/4/10(月)10:40
第十話「獄炎の谷」

 戦場で負った傷が癒えず、浩平は半ば片足を引きずるように歩いていた。始終、澪が心配し、旅を中断した方がいいと言ってきたのだが、浩平は歩くことをやめなかった。あの野戦病院には、確かに瑞佳がいたのだ。確かな根拠はなかったが、浩平はそう確信していた。あの戦場から必死の思いで脱出し、浩平は手傷を負いながらも瑞佳の足跡をたどってきた。そしてもうあと一息というところまでこぎつけていたのだ。
 多くの都市や集落を回りながら、食料がなくなれば補給し、金がなくなれば応急的に稼いでしのいできた。そして浩平達の旅は一つの転換期を迎えようとしていた。
「この先に大きな谷がある。前時代の兵器の威力で出来た場所でな、谷間はえらく複雑な地形になっているんだ」
 立ち寄った都市で得た情報だった。そこは非常に入り組んだ地形で、谷を通過しようとする旅人や行商人を襲う夜盗の巣窟になっているということだった。そこを渡る者は軍隊並みの規模で防衛しなければ谷を突破できないという。一騎当千の浩平でも、通過するのはなかなか困難なことになりそうだとふんでいた。だが一月ほどまえにシスターの一団が谷に入ったという情報があった。その中には瑞佳らしき人物も含まれている。浩平は歓喜した。谷を渡った向こうに瑞佳がいると、思いこまずにはいられなかった。
 二人は谷へと急いだ。浩平は痛手を負いながらも歩む足を止めなかった。それはもうすぐ旅の目的が成就されるという想いからでもあったし、なにより純粋に瑞佳に会いたかった。瑞佳に会えば、これまで自分のしてきたことが正しかったのかどうか、答えが出るような気がしてならなかった。だがそれと違って澪は、旅の終結に一抹の不安を抱いていた。もしも浩平が瑞佳と出会えたら、自分は一体どうなってしまうのだろう。そんな不安が、心の奥でぶすぶすと、とりついて離れなかったのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「静かだな・・・」
「・・・・・」
 以前、浩平と澪が出会った村の雰囲気を思い出させる。谷の入り口ともいえる、ふもとの村は不自然なほどの静けさに包まれていた。だがあの村とは違い、浩平は確かに人の気配を感じていた。ただ来訪者を恐れるように、ずっと黙しているのだ。
「そこらの民家に押し入ってもいいんだがな、それだと印象が悪い」
 澪も首を振ってその案を却下する。澪もこの村の異様さには気がついていた。そっと窓際から覗くように、こちらの様子を伺っている。明らかに恐れている目だ。人の往来がまったくないこの村で、二人は拒絶とも歓迎ともとれない奇妙な視線の中に立たされていた。
 だが、不意に一軒の民家のドアが開かれる。出てきたのはまだ体が細く、一見すれば女の子と見間違えてしまえるほどの少年だった。だが少年は腰に護身用の鉈を携え、用心した様子でこちらに近寄ってきた。
「・・・この村になんの用ですか」
「いや、ただの通行人なんだがな」
 黒衣に刀を負った浩平の姿は確かに異様だった。それに女の子を連れていれば、一見して正体不明の怪しい人間に間違いはない。だが少年はそれ以上に浩平のことを恐れているようだった。浩平の物々しい、人間を殺してきた者特有の物腰が少年ならずともこの村全体を震撼させていたのだ。
「この村には何もないぞ。強盗ならお断りだ」
「・・・なぁ、信用してくれよ」
 浩平は背に負っていた愛刀を少年に向かって無造作に投げつけた。少年は反射的に刀を受け取り、その行為に当惑しているようだった。
「危害を加えるつもりはない。出来ればこの村の状況と事情を話してほしいんだが・・・」

 二人は少年の家へ案内された。家には少年の母とまだ幼い子供達が数人いたが、居間に二人が通されると家族は奥へと引っ込んでしまった。少年は浩平の刀を握ったまま、話を始めた。
「谷に・・・万病に効く薬草が生えているんです。高い値で売れて、この村の唯一の財源だった。だけどある日、夜盗の群にその場所を突き止められてしまった。奴らにそこを占拠されてしまったんです」
「よくある話だな・・・」
「高い金を払って、傭兵達に排除を頼んだんですが、誰も帰ってこない。ついに村の大人達が手に武器を持って薬草を取り戻しに行ったんです・・・」
「・・・そいつらは?」
「村のリーダーだった人が、八つ裂きにされて村に返されました・・・」
「・・・・・・」
 浩平は立ち上がった。そして少年から刀を取り返した。それがあまりにも自然な動作だったために、少年は刀を取り返されるまで全く気が付かなかったほどだった。
「どうせ、谷は通る・・・」
「・・・あなた、一人で行く気なのか?無謀だ。これまで何人で行っても・・・」
「神風の浩平、というのを知っているか」
「ええ・・・伝説の死に神だ。それがどうか?」
「それが俺だ、といったら信じるか?」
 浩平は刀を抜いた。素振りをするように、薄暗い室内でそれを軽く振り回す。
「まさか・・・でも、その黒衣、それに刀・・・」
「出発は夜だ。出来れば宿を貸してもらいたい」
 浩平は刀を仕舞うと、殺気を込めた調子で少年に向き直った。
「神風の浩平・・・もしも、それが本当なら」
「ん・・・?」
「僕を、どうか僕を一緒に連れていってくれ!」
「なに?」
「みんなの仇を取りたい!どうか、僕を連れていってくれ!」
「子供の遊びとは違う」
「頼む!」
「無駄死にするだけだ」
「八つ裂きにされた村のリーダーは、僕の父だった!」
「・・・・・・」
「父さんの形見の剣がある。父さんから剣術も習った!」
「・・・・・・」
「頼む!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 刀は、法術者の魂とも言うべきものだった。法術を得る者の生涯は刀と共に在り、またその生死も刀と共にする。その命尽きるとき、また刀も果てる。浩平が師を打ち倒したとき、刀は師と共に葬った。思えば、あの師を葬った時の炎と共に、浩平は人としての感情を焼き去ってしまったのだ。赤々と燃える火は、浩平の目に焼き付いて離れず、いつも夢に見る。それは自分が真の修羅へ変貌する契機。浩平はそれに、恐怖にも似た感情を覚えていた。
 だが、まだ浩平は修羅となってはいなかった。浩平の心に人としての灯火がある限り、それは有り得ないはずだった。
「いいな、俺から離れるんじゃない。常に俺と背を合わせろ。正面の敵とだけ戦え。俺も同じようにそうする。お前がくたばりそうになっても助けんぞ。いいな」
「はい!」
 澪を村へと託し、浩平は少年と共に谷へと分け入っていた。浩平は変わらぬ黒衣の姿で、少年は革製の防具に身を包んでいた。
「人を斬ったことはあるか?」
「いえ・・・」
「そうか、俺はお前が死のうと知ったことじゃないが、戦うときは常に最良の選択肢を選べ。迷っている暇などない。理性を保って戦え、決して間違うな」
 少年は無言で、腰に携えた長剣を持ち直した。
 まだ谷は静かで、人の気配はなかった。谷は無言で、二人の侵入者を黙認しているようだった。その裏に莫大な殺気と、企みがこもっているように、浩平には思えた。
「!」
 突如として現れた気配。浩平は刀を抜いて立ち止まった。少年は訳がわからなかったが、同じように剣を抜いて浩平と背中を合わせた。気が付くと、浩平達の周りに夜盗が降り立ってきていた。谷の上から飛び降りてきたらしい。そして目を引くのが、彼らの得物だった。青龍刀を二刀流にしているもの、鎖鎌を振り回している者など、浩平が出会ってきた夜盗とは一味も二味も違う異様な集団だった。
「さっき言ったことを忘れるな。決して死ぬんじゃないぞ」
「わかってます・・・」
 夜盗の集団は10名ほど、じりじりと距離を詰めて来ていた。普段の彼らなら谷から飛び降りてきた時点で不運な被害者の首は飛んでいる。だがこの時は浩平の絶大な威圧感と殺気に、並々ならぬものを感じたのだ。
「はぁぁ!!」
 戦闘の火蓋を落としたのは、鎖鎌の一投だった。浩平は鎌の動きを見切って向かってきたそれを垂直に切り落とした。狼狽したその男に神速をもって走りより、一太刀の元に切り伏せた。それを契機にしたように、夜盗の10名は一斉に向かってきた。少年は敵の剣を受けつつ、言われた通り浩平の後ろを離れなかった。敵の首を落とすことはできないが、少なくとも生き残っていた。浩平は少年が後ろを守っていることを確認しながら立ち回り、向かってくる剣を返しては爪を振り下ろす虎のように、全て一太刀で切り伏せていった。
 青龍刀の男が少年に向かってきた。少年は片方の刀を剣で受けると、続いて繰り出されてきたもう片方の一撃を接近しながら紙一重で交わした。敵と肉迫した少年は、剣を横なぎに返し、えぐるように敵の首にねじ込んだ。一撃で死ねなかった敵は、崩れ落ちるように倒れた。少年が初めて人を斬った感触に呆然とする。
「見失うな。ここは戦場だ。さっきも言ったが、理性を保て」
 二人の強さに、夜盗は後退を始めていた。10名いた者が今は4,5名に減り、次第に浩平達が押していく形になった。
 その中でリーダーらしき男が声を上げると、夜盗達は一斉に逃げ始めた。それと同時に、浩平達の頭上からは雨のように矢が放たれてきた。
「走れ!止まったら射られるぞ!」
「うああああ!!」
 二人は逃げた夜盗を追う形で走った。夜盗の方が地形に慣れているせいか走るのが速い。浩平は少年の頭上に降りかかってくる矢を払いながら、少年に合わせて走っていた。
「まずい。敵の策にはまった。このままだと奴らの懐に飛び込むことになるぞ」
「いいじゃないですか、行きましょう!」
「・・・・・・」
 二人は戦う選択肢を選んだ。
 やがて走る内に、開けた地形へと出てくる。ちょうど谷をくりぬいたような地形で、そこには30名はくだらない敵の本隊が、手に手に武器を持って待機していた。逃げた夜盗達はそこに走り込み、待機していた本隊と合流した。
「行くぞ!」
「はい!」
 二人は敵の渦中に突進した。少年ももはや返り血を浴びて朱に染まり、覚悟は決まっていた。浩平は外套を脱ぎ捨て、捨て身の姿勢へと変わった。
 敵が正面から、大挙して向かってくる。浩平は目にも留まらぬ速さで刀を振りさばいた。敵の腕が、足が、首が、宿主を無くしたように宙を舞った。二人は走り込むと、すぐに四方を囲まれて包囲されたが、止まることはなかった。今は勝っている。その勢いを止めてはならないのだ。
 少年は浩平から離れず、それでも敵の刃をやり過ごしながら、形見の剣で幾人も敵を葬った。浩平は凄絶な殺気を放ちながら敵を威嚇し、それに飲まれた敵から容赦なく切り刻んだ。血飛沫は止むことがなく、谷間は突如として血の広間となった。
「おおお!」
 敵の剣を切り落とし、少年は振りかぶった一撃を正面から敵の頭蓋へと見舞った。即死した敵は剣に突き刺されて倒れることもままならず、少年が剣を引き抜くまでひざまずくような姿勢のままだった。
「う!?」
 敵が半分ほどに減ったころ、少年は敵の包囲網の外側で仁王立ちしている男の姿を見た。
「あれは・・・!」
 少年は駆け出した。剣を振り上げ、突進していった。
「待て!」
 浩平は止めようとしたときにはもう遅く、少年は敵の包囲網に深く切り込んでいた。それまでの動きとは全く違う、怒りに突き動かされた少年は鬼神のごとく、信じられないような力で包囲網の敵を屠り去った。そして仁王立ちしている男へと肉迫する。
「父の仇!!」
「は、かかってこい小僧!」
 男は奇妙な武器を持っていた。両方に刃の付いた長い柄の武器。棍の両側に刀を付けたようなその武器を振り回しながら、男は少年と相対した。
「おおおお!!」
「はぁぁ!」
 少年が振りかぶった一撃を痛烈に上方から見舞った。並みの剣や刀ならば両断してしまえるような勢いである。だが男は斜めに構えた刃でそれを受け流すと、もう一方の刃ですくい上げるように、少年の体を切り裂いた。血飛沫が飛ぶ。体を斜めに切り裂かれた少年の傷は、立っていられないほどの重傷だった。だが少年は倒れず、渾身の力を込めてさらに斬撃を加えようとした。その時、浩平は少年が切り開いた穴から包囲網を脱出し、少年に走りよっていた。深手を負ったが、まだ助かる。それでも、これ以上戦おうとしなければの話だ。だが少年は止まらなかった。受け流された剣を返し、だらだらと血を流す体にも構わず、斬撃を放った。男は武器に体を重ね、その一撃を跳ね返した。姿勢を崩した少年の心臓に、男はすかさず、刃を突き刺した。少年は一瞬たりとも、恐れるような目はしなかった。戦う男の目そのまま、突き刺されて絶命した。
「はぁっはっは!」
 男は高々と、愚かしくも自分に向かってきた無鉄砲な少年の死体を掲げた。
 浩平は意識が途切れるような感覚を覚えた。まだ無意識の内に、少年に走り寄る足は止めず。意識は別の場所に飛んだ。浩平は炎を見た。師を葬ったときの、復讐のために全ての感情を焼き捨てたあの炎を思いだした。
「あ、あ・・・あ・・・!!!」
 浩平は、修羅へと変貌した。横合いから突進してきた浩平の姿を、男は見ることができなかったろう。気が付いたときには、それまで武器を持っていた自分の腕が切り落とされていた。
「うわああ!!」
 浩平は少年から刃を引き抜くと、ゆっくりと地面に横たえた。そしてゆっくりと男に近寄っていく。
「く、来るな!」
 後ずさる男に構わず、浩平は無表情で近寄っていった。そしてゆっくりと刀を振り上げる。波のような一撃だった。その緩やかな一撃はまるで水を斬るかのように、男の四肢を切り裂いた。夜盗達が見たのは、ただ血塗れになって倒れていく男の姿だけだった。一体どこを斬られたのか、見極めることが不可能だったのだ。
 浩平は止まらなかった。さらに足を進めて、すでに戦意を喪失し、逃げだそうとしている夜盗達を追いつめていった。誰も逃げることはできなかった。命乞いも無駄だった。全てが斬り伏せられた。谷間は血で染まった。浩平の姿も同じように。動く者がいなくなるまで、浩平は虐殺をやめなかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 薄暗くなった夕刻。谷は夕焼けに赤く染まり、ふとした景観を作り出していた。それと同じように赤く染まっている十字架の前で、浩平は立ちつくしていた。
「・・・俺のせいか?」
 刀は鞘に戻したが、まだ黒衣はまとっていなかった。足下には剣と共に葬った少年が眠っている。
「師よ・・・俺はまた法を犯したのかもしれません。光の中にいた者を、復讐の闇に誘い、死へと至らしめました・・・」
 流れる霧のように、うっすらとした風が吹いていた。
「瑞佳・・・俺は間違っていたのか。連れてくるべきではなかったのか、俺のせいで、彼は死んだのか?」
 次第に風は強くなっていった。だが浩平は微動だにせず、立ち続けた。
「眠ってくれ・・・。なぜ、復讐など・・・。お前は、光の中で・・・生き続けることが・・・できたのに・・・」
 浩平の足下が涙で濡れる。
「俺か・・・。俺が・・・お前を殺したのか・・・?俺はやはり・・・死に神なのか・・・?」
「助けようとしたんだ・・・。でも、遅かった。助けることは・・・できなかった・・・」
 浩平は十字架に寄りすがった。そのまま、すすり泣いていた。涙が十字架を濡らす。
「眠ってくれ・・・。光の下で・・・眠ってくれ・・・」
 浩平はひざまづいた。赤い夕焼けの下で、影は濃く谷間に映し出されていた。誰も咎めることなく、浩平は泣き続けた。

<第十話 終わり>
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 第十話でした。次でもう終わりかな・・・。11話っていうと大体おいらの長編の平均にかないます。一番長いのは17話ぐらいで一番短いのは4話でした(それは長編と呼べないか?)。まあ、そこそこ長く続きましたが、もう話も終わりです。残すはラストのみですね。読んでくださっている方。ありがとうございます。読者のおかげで書き続けられたというものです。ってまだ終わってないけど・・・。
 えーっと・・・ひささん、感想ありがとうございました。氏の感想は洞察が深く、はっきりいって作者もそんなことまで考えてなかったってことが書かれていました。非常に参考になりました。
 うーん、作品ってやっぱり作者のものじゃなくて読者のものですねぇ・・・。それでは、今日はこの辺で・・・。