【107】 BLADE
 投稿者: から丸&からす <eaad4864@mb.infoweb.ne.jp> ( 謎 ) 2000/4/7(金)21:56
第九話「野戦病院」

「そりゃあ、負ける気はしなかったさ。だけど、それならどうして今こんなところにいるんだろう・・・」
 男の負った傷は深く、肺にまで達しているようだった。喋るたびに、ひゅーひゅーとその機能を完全に果たさなくなった気管支の悲鳴のような音が聞こえてくる。男は傍らにいる澪の手を握って、汗だくになりながら、必死で最後の言葉を残そうとしていた。
「こ、これを・・・娘から預かっているんだ・・・あんたの手から・・・娘に・・・」
 ついに、男は事切れた。それまで懸命に力を込めて握っていた手から力が抜け、澪の手の中でぐったりと力を失う。それきり喋らなくなった男の手を、澪はまだ握っていた。目の前の死を受け止めきれずにいるのだ。
「そいつは死んだ・・・」
 澪の後ろで、黒い外套に身を包んだ男がつぶやくように言った。彼は澪の守り神。無敵の守護神だ。澪は両親を失い、半ば男に拾われるように共に旅をするようになった。旅の間、それだけでなくこの戦場の片隅にある野戦病院までたどり着くのにも幾度となく敵と遭遇したが、その度に黒衣の男は背に負った刀を抜きはなってそれを退けた。男の名は浩平といった。澪は浩平の背負っている宿命の重さを知らなかった。澪が知っているのは戦っているときの死に神のような彼の目つきと、文字を教えてくれるときの月のような、どこか悲しげな目、それだけだった。
「死んだんだ・・・澪」
 浩平は澪の手を握ると、ゆっくりと死んだ戦士の手から引き離した。戦士の手は澪の手を離れると力無く、即席に作られた野戦病院の粗末な、板を並べただけのようなベッドに吊されるように垂れ下がった。
 周りにはまだ何人も同じ様な人間がいた。絶対に助からない致命傷を負いながら、たいした治療も受けられず、めとる人間もいないまま空しく死を待っている。彼らはこの世への未練から叫び続けるのだ。ある者は国に残してきた家族の名を、または恋人の名を叫びながら、叶うことのない再会を空しく願いながら、徐々に近づく死の瞬間に恐れおののき、恐怖の叫びを上げるのだ。
「ひどいな。医者なんてどこにもいやしない。おそらく戦況が悪化したんで逃げ出したんだろう・・・」
「・・・・・・」
 浩平は彼らに必要なのは最後の瞬間をめとるための温かい抱擁ではなく、苦しみから逃れられる止めの一撃だと思っていた。だが澪は違った。澪は重傷者のベッドに近づくと、怯える彼らの手を取り、必死に慰めるのだ。その物言わぬ口で、必死に恐がることはないと呼びかけるのだ。
「どうしてそんなことをするんだ・・・」
「・・・・・・」
「苦しみながら死ぬだけの奴らだ・・・。せめて苦しまない方法であの世に送ってやるのが情けじゃないのか?」
 澪は浩平の言葉に耳を貸さなかった。
 浩平はこの戦場の野戦病院に瑞佳らしき人物がいるという情報を得てやってきたのだ。だが実際に来てみると看護をする人間の姿は全くなく、あるのは自分の力ではもはや動くこともできない重傷者達だけだった。ここは重要な拠点とまではいかないだろうが、敵にとっては進行の足がかりとなる建造物であることには間違いなかった。この状況を見て、厄介ごとに巻き込まれない内にさっさとおさらばするのが懸命だと、浩平は考えていたのだが、澪がいつまでも重傷者について離れないのだ。浩平は辺りを警戒しながら、しかたなく澪のわがままに付き合っていた。
「ん・・・」
 浩平の警戒する病院の周辺。鬱蒼と茂る密林が微かに動いたように見えた。だが動いたのは密林ではなかった。厳重に迷彩を施した敵の一群だった。手に手に血に染まった武器を持ち、目は血走っていた。
「まずい、澪」
 浩平は重傷者の相手をしていた澪に急いで駆け寄ると、その小さな体を抱え上げた。
「敵が来た。逃げないと・・・」
 だが澪は浩平の手から逃れるように抵抗すると、涙ぐんだ目で浩平を見つめた。
「なんだよ・・・」
「・・・・・・」
「戦えっていうのか、この俺に」
「・・・・・・」
「冗談を言うな。敵はただの夜盗じゃない。兵隊だ。実戦を経験した兵隊を、それもあんな切羽詰まった連中を相手にできるか。逆に俺が重傷を負っちまう」
「・・・・・・」
 澪は鏡のような目で浩平を見つめた。浩平はしばし、苦しむような目の迷いを見せた。そして諦めたように澪を下ろすと、背の愛刀を抜き放ち、扉へ向かって歩き出した。
「どれだけもつかわからん・・・。もたなくなったらすぐに戻ってきて逃げるぞ。いいな」
 澪は今ほど、自分が口のきけないことを悔いたことはなかった。今ほど浩平に礼を言いたい気持ちになったことはなかったのだ。
「・・・・・・」
 澪は話すことのかなわない口から浩平に礼を言うと、また重傷者達の中に戻った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 やはりいつも通りにはいかなかった。敵の一人一人が、それまで相手にしてきた夜盗などとは比べものにならないほど強い。浩平は視界をフルに稼働させて囲まれないように常に気を配っていた。
「ち!」
 確実に急所を狙ってくる敵の剣を打ち払いながら、浩平は徐々に後退していった。野戦病院を背に、敵の包囲を脱そうとしたのだ。
 雄叫びを上げて襲いかかって来た敵の剣を交わし、すれ違うように切り伏せた。次々と向かって来る敵の剣を、あるものは打ち払い、ある者は切り落としながら、可能と見ればかわして反撃に出た。それでも多勢に無勢、浩平は徐々に追いつめられると、野戦病院の中にまで後退した。
「澪!」
 乗り込んできた敵の首に深々と刀を突き立てながら、浩平は澪の名を呼んだ。
「限界だ!逃げるぞ!」
 浩平は敵に背を向けて奥へと走った。それと同時に、病院内に敵がなだれ込んでくる。見境を無くした敵兵は、自力で立つことすらままならない傷病兵を無惨にも斬り殺していく。
「行くぞ、澪!」
 浩平は澪の小さな体を掴み、さらに病院の奥まで走った。辺りからは無惨に殺されていく傷病兵達の悲痛な叫びがこだましていた。澪は泣きながら必死に耳をふさいでいた。
「ち・・・」
 病院の一番奥まで到達してみると、どうやら倉庫のようだった。そこは完全な行き止まりで、裏口があるだろうという浩平の予想は完全に外れた。後ろからは浩平の後を追ってきた敵兵がすぐそこまで迫ってきていた。
「澪、壁を破壊しろ!」
 浩平は澪を倉庫の中に無造作に投げ込んだ。するとすぐに走り込んできた敵兵と剣を撃ち交わし、浩平は敵を倉庫から追い出すようにじりじりと力を込めて前進した。火花を散らしながら両者が剣を離すと、一瞬の隙をついて浩平は敵の体を下から斜めに切り裂いた。血を吹きながら敵兵は倒れるが、後から次々と敵は向かってくる。
「壁を壊すんだ!何か固い物で!少し亀裂が入るくらいでもいい、早くしろ!」
 澪は投げつけられたショックで朦朧としながらも、なんとか立ち上がって何か手になりそうなものを探した。後ろではさらに浩平が 敵と剣を撃ち交わす音が聞こえた。それがさらに澪を焦らせた。
「・・・・・・」
 倉庫にあった澪の身長より少し小さいくらいの壺を取り出すと、澪は思い切り倉庫の壁にそれを叩きつけた。手応えはあったがまだ壁は壊れない。澪は続けて何度も、壁に壺を叩きつけた。
「よし・・・澪、その壺を貸せ!壁の前に立ってろ!」
 浩平は澪から壺を受け取ると、今度はそれを思い切り敵に投げつけた。浩平と敵兵との間に多少の間が空く。
「行くぞ!」
 浩平は倉庫に走り込み澪を抱えると、そのままの勢いで壁に体当たりした。脆くなっていた壁がその衝撃で一気に破壊されると、二人は外に投げ出された。
「逃げるぞ!」
 二人は密林の奥へと、急いで走り去った。

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 えー、今回はやや短いですが第九話でした。もうそろそろ話も終盤です。もうそろそろ終わりますよー。
 なんか雀氏が引退されたそうで・・・寂しいなあ。しかも、なんか周りを見てみると新顔さんばっかりでないの・・・おいらもすっかり古参の一人かな?ああ、なつかしいなあ、雀さんやら神凪さんやらがいたあの頃が・・・。
 さて、それでは感想・・・。

>丸作さん どうも初めまして
・SWEET LIFE VOL.07
 ええのぉ・・・ハーレムは。それにしても浩平の家に地下、それにしてこのオチ。由希子さんが名雪口調で伝言を残されても、やはり浩平と同じく絶叫するしかありませんなぁ。

>怪しい人さん 初めまして、おいらは浮浪のSS作家・・・
・長森家の猫
 ・・・世にも奇妙な物語?浩平はどうやら奇妙な世界に迷い込んでしまったようで・・・。とりあえず浩平のボケぶりは顕然なようなので安心。

>恋人たちの午後 お花見編
・みのりふさん
 みのりふさんの投稿率は驚異ですなぁ。それに続く感想の量も見事なもので・・・。おいらじゃここまで書けんよ。
 この一口的な雰囲気がナイスですね。澪の健気なとこと、それに作品全体のほのぼのしたところが、とっても読みやすいです。おいらの作品全体の殺伐とした感じは果たしてどれだけの人が読んでくれてるのか心配になるところです。

 ひささん・・・感想どうもありがとうございました。っていうかあんたはすごいよ。
 それではこの辺で・・・。