【92】 BLADE
 投稿者: から丸&からす <eaad4864@mb.infoweb.ne.jp> ( 謎 ) 2000/4/3(月)20:30
第八話「伝承者」

 失うものは何もなかった。それほどに打ちひしがれていたのだ。愛する人を奪われ、奪い返すこともできず。力無く、倒れ伏している。
 
 世界中の災難よ、どうか今、この俺に降りかかってくれ。地震でも、雷でも、隕石でもいい。俺を滅ぼしてくれ。この世から消し去ってくれ。もう何も失うものはない。殺してくれ。消させてくれ。もう生きていたくもない。

 だが運命は非常にも、俺に生きることを課した。死ぬよりも辛い業。俺が一体なにをしたというのか。ついこの前まで、愛する人と共に、貧しいながらも平和に暮らしていたのだ。それが破壊し尽くされ、自らも荒野に身を投じ、今は絶望に打ちひしがれている。神よ、もしも貴様が実在するのなら、俺の刀に懸けて貴様を葬ってやりたい。
 砂漠に転がっていた俺は、気が付いたときには師に引っ張られていた。そう、文字通り引っ張られていたのだ。まだ熱しきらない早朝の砂漠の砂の上を。
「なんだてめえ!なにをする!?」
「放っておいてくれ!このまま死なせてくれ!何もするな!」
 師は無言だった。その時の俺が聞く耳持たなかったことを、師が最も理解していたのだろう。師は隠れ家に俺を連れて帰ると、暴れる俺に刀を突きつけ、こう言ったのだ。
「選べ、自身を捨てた者よ。貴様、生きて闇に殉ずるか。死んで光を得るか」
「な・・・何を言ってる?」
「死ぬことはたやすい、生きることよりも苦痛を伴わん。だが死に身を投げ出そうとしたお前には、今一度選択する権利がある。お前は闇の法術者としての資格を持ち得たのだ」
 師は俺に説いた。この世には死ぬことよりも辛い生を選択する道がある。それこそ修羅の道。法術者としての人外、外道の道だ。そこには憎悪、苦痛、絶望、そして復讐が渦巻くこの世の狭間がある。そこに生きて、生と死を見極めること、それが法術者としての宿命だった。
「復讐が叶うのか!」
「復讐など、愚かなことだ。貴様はそれを達成したとき、自分が何を失ったか気づくことになる。だがそれもよかろう、法術者として復讐に生きるのも、また業なり」
「復讐が叶うのなら、その宿命、受け入れた!」
「よかろう!身も心も血に染め、修羅に生きるがよい!貴様こそ私の伝承者!」
 師は俺を後継者に選んだ。それに続く日々はひたすら修行の日々だった。俺は刀を握り、師の教えを受けた。
「魂は身に置くのではない、切っ先に置け。剣が動くとき、貴様の魂が揺れる。人を斬るとき、貴様の魂が削られるのだ」
「自らの影に身を潜めよ。気配を消せ。そして斬るときこそ殺気を解放せよ。すなわち、切っ先が届く前に殺気で斬るのだ。剣を撃ち交わす前に、勝負は決している」
「気配を乱すな。乱した時こそ死と思え。清流は激流に優る。清い気配で相手の闘気を受け流せ、決して逆らってはならん。もしも闘気を激突させれば、貴様は片腕を失うことになるぞ」
 焼けた岩の上。方向が定かでない砂漠。呼吸が困難なほどの高所。あらゆる場所、あらゆる霊気の交雑する場所で俺は師の教えを受けた。人を斬るということ。殺して生きるということ。師は身をもって、全てを俺に語った。
「貴様を支えるのは強い復讐の念。黒い闘気だ。それすら消してしまわねばならん。無となれ、全てを消し去るのだ。言わば、貴様も私も一度は死んだ身よ。気配を殺せ。清流となり、使命を果たせ。それがわからぬようでは、貴様の復讐も成就すまい」
 俺は学んでいった。人の斬り方。自身の殺し方。そして刀法。
 師は最後に俺に語った。生き続けよ。それこそ業なり。世を生きよ、それこそ宿命。自身を生きよ、それこそ貴様に課せられしもの。そして俺と師は剣を撃ち交わした。白い霧の下で、最強に強かった師の刀。だが負ける気はしなかった。俺は師の教えに忠実だった。清流であること。そして莫大な殺気は師に優り、俺は師を斬り殺した。一子相伝の教え。それも宿命だったのだ。師は最後の瞬間、何も語らなかった。ただ曇りのない目で俺を見つめそれは、生きよ、と言っているように見えた。

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 待ちに待った復讐の時。だが俺は静かだった。静かに、刀を振るった。快感も何も感じなかった。ただ目の前には斬り殺すべき対象がいる。それだけだった。
 命乞いする者も、容赦しなかった。いや、容赦するということを知らぬ間に打ち捨ててしまっていたのだ。それは修行の故なのかどうか、俺にはわからない。
 相手は大勢だった。四方を囲まれ、それでも俺は傷一つ負わなかった。流れるように刀を振るい、向かってくる敵を斬り続けた。なんの手応えもなかった。まるで水を斬っているようだった。叫び声も、命乞いも、俺の耳には入らなかった。ただ俺の念頭にあるのは、殺すこと、それだけだった。
 だが敵の将を追いつめた時、俺は法を犯した。
「・・・瑞佳は、どこだ」
 あまりにも急激に感情が流入してくるのを感じた。捨て去ったはずの情が戻ってくる。辺りで、俺が斬った人間が口々に助けを求めている、それが初めて耳に入った。だが俺は復讐の念を奮い起こし、情に流されはしなかった。将の首に刀を突きつけ、さらに問いつめた。
「殺すぞ、瑞佳はどこだ」
 回答は、俺の期待していたものではなかった。大切な人は、そんな感情がまだ俺の中に残っていたことにその時は俺自身驚いたが、そこにはいなかった。金で売られ、知らぬ場所に連れていかれたという。将は俺の質問に答えたが、命を助けると約束した覚えはなかった。俺は将を八つ裂きにすると、刀から血を払ってその場を後にした。

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 そして、旅立ちの日を迎えた。背に師の形見である刀を背負い、何も残したものはなかった。残したものがあるとすれば、師への詫びの言葉だった。俺は法を犯した。自身を殺しきることができなかった。俺の心の中には、苛烈を極めた修行の果てにも捨て去ることができなかった一つの灯火があった。瑞佳、それはかつて愛した人。今もまだ彼女を愛しているのかどうか、それはわからなかった。だがそれは、俺にとって人であることの最後の砦だった。それがある限り、彼女への想いがついえない限り、俺は人であり続けることができた。修羅として生きることが宿命の法術者。俺はそれを犯しているのかも知れない。だが、この灯火を消すことはできない。それは、あまりにも大切なもののように思えた。禁を犯してでも、それを消してはならないような気がした。かつて、まだ俺が心を有していたとき、愛した人。愛し合った人。それを捨て去ることは、俺にはできなかった。
 ならば、俺は決着をつけねばならないだろう。会いに行こう、彼女に。彼女は、俺をどう見るのだろうか。俺は、彼女をどう見るのだろうか。昔の抱擁を覚えていない。ただ微かに、熱く心を通わせたという事実が、俺の心の底でくすぶっているだけだ。愛した人、そして今も俺が守り続ける彼女への想いは、彼女を見つけだすことで成就されることのように思えた。探し出そう、たとえ地の果てまで行こうとも、たとえこの身が血で染まることになろうとも、彼女に会いに行こう、それが俺の、人としての最後の宿命なのだ。
 俺は歩き出した。荒野に向かって、どこへいるともわからない大切な人を求めて。

<第八話 終わり>
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 今回は浩平の過去の話でした。いかがでしたでしょう。
今回は久々に感想を書こうかと思います。ただ数を書くのはくたびれるので、一つ前の人にどさっと書こうかと思います。えーっと一つ前の人は・・・みーさん!初めましてです!不祥、このから丸&からす、あなたに感想をお届けします!

>みーさん
・茜のバースデープレゼント
 うおぅ、なんて幸せ者なんだぁ浩平。くそ、おいらも彼女欲しいよう。茜の心情が最初から最後までかわいいですね。話の核はしっかりと描写されてるかとおもいます。ただ、それなら茜視点で書いた方がわかりやすいし心情ももっとダイレクトに伝わってくると思います。それから、ちと主人公が誰なのかはっきりとしませんね。茜なのか浩平なのか、それは絞ったほうがいいと思います。話の味付け役、瑞佳と詩子にはもっと出番とキャラをもたせるべきかと思います。その方が話に味と幅が出来ますから。

 それでは、この辺で・・・。