【34】 BLADE
 投稿者: から丸&からす ( 謎 ) 2000/3/15(水)14:08
第六話「友」

 浩平は砂を蹴り上げるように走りながら、まだ長老の元にいるだろう茜の元へと向かっていた。周りではやはり野党の接近に気が付いているのか女達が慌ただしく武装と戦いの準備を始めているようだった。
「茜!」
 茜はすでに長老の元を離れ、戦いの準備の先頭に立って指揮を行っていた。
「なんだ、敵か?」
「・・・野党の群です。数週間前からずっとこの辺りに張り込んでいて、この村の水源を狙っています」
「戦うのか?」
「・・・ええ」
 茜の決意のこもった眼差しを見て、浩平は一瞬間、考えるような表情を見せた。そして茜に背を向け、その場を立ち去ろうとする。
「・・・どこにいくのですか?」
 浩平は独り言のように、小さな声で言った。
「女が戦わなきゃならないなんて・・・なんて時代だ」
「・・・一人で行くつもりですか?」
「闇の法術者をなめるな。やつらはどのくらいいる?」
「・・・少なく見積もっても50名はいるでしょう」
「頭を押さえればかたがつく・・・。お前らは昼寝でもしてろ」
「・・・浩平」
「女は・・・自分の幸せだけ考えてりゃいいんだ・・・」
 浩平は歩き出した。それまで数え切れないほどの人間の血を吸ってきた刀を背に、村の出口に向かって歩き出した。辺りには戦いの準備をする者、どこかに非難する者で騒がしかった。澪も安全な場所に隠されるだろう、と浩平は思った。
「守る術ではなく、殺す術・・・だったら俺は斬り続けるのみだ・・・」
 浩平は柵を乗り越えて村の外に出た。途中でボウガンを構える村の女に制止されかけたが、無視して通り越した。遙か向こうには野党の群の存在を示す砂煙が荒々しく立ち上っていた。浩平はそれに向かって歩き出した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 澪は京介と共に事前に掘ってあった地下壕に、他の村の子供と一緒に非難していた。先ほどまで澪の髪を洗ってくれていた女、名前を詩子といった、も騒ぎを聞きつけて澪をここまで送り届けるとすぐに、自分も行かなければならない、何も心配することはない、ということ言って壕を出ていった。
「・・・・・・」
 周りの子供達も不安そうな面持ちで、誰も喋る者がない。泣き出してしまった小さな子を、それより少し大きいぐらいの子供がなだめている。ただならぬ雰囲気を感じて、澪も不安で胸が押しつぶされそうになった。今ここには浩平がいないのだ。あの、どんな敵をも打ち倒す無敵の力をもった澪の守り神。その姿は常に返り血に染まり、形相は阿修羅のように恐ろしい。だがそれは光に付き添う闇のように、澪を邪悪から守ってきた。あまりにも恐ろしい浩平の存在が、どれだけ澪の支えになっていたことか。その浩平が今はいないのだ。
「・・・・・・」
 澪は不意に、はっと思った。浩平はまた戦うつもりだ。自分が水を浴びたように、血で泉を作るつもりだ。そして返り血で真っ赤に染まった姿で、必ずここに戻ってくるのだ。
澪は京介は再び強く抱きしめると、浩平の事を想った。あまりにも恐ろしい澪の守り神の事を。

 浩平は一人だった。野党の群とはまだ距離があり、村の女達もどこにも展開していない。浩平は騒ぎの最中にくすねてきた爆薬や、成分はなんだかわからないが揮発性の強い液体を腰にぶら下げて歩いていた。
「・・・この辺りか」
 浩平は準備を始めた。ちょうど背後を崖にした切り立った直線の道に、爆薬を埋めて、辺りには燃える液体を注ぐ。もちろん50人全員を焼き付くせるほどの量はなかった。浩平はそれを爆薬の設置の線に沿って注いだ。残りは辺りにまんべんなくまき散らし、準備を整える。浩平は罠の先頭に立つと、それを後にして先に進んだ。赤い砂が舞い散って、嵐を予告しているようだった。
 進む内に、やがて馬のいななきの声が聞こえてくる。間違いない、敵の先遣隊だ。
「お、なんだ。今日は一人か?」
「・・・おい、様子がおかしくないか。あんな奴はこれまで見たことないぜ」
「そうだな、いつもなら罠が先にくるはずだ」
「・・・構わねえだろう!どうせ一人だ、やっちまえ!」
 野党が向かってくる。浩平は微動だにせず、ただ背負った刀と鞘に手を携え、敵が射程に入るまで待っていた。
「喰らいやがれぇ!」
 敵の一人が、長い柄の斧を浩平に振り下ろしてきた。浩平は体をよじるようにしてそれをかわし、敵の横にでると、居合い抜きで敵の乗っている馬の首を切り裂いた。
「うおお?」
 斬られた馬はか細くいななきながら暴走し、崖の縁までいくと倒れ、谷に向かって落ちた。もちろん乗っている者も道連れにしようとする。
「うぎゃああああ!!」
 だが彼はしぶとく、手を縁に残した。足に引っかかった鞍のせいでじりじりと下にずりさがっていくが、なんとか残そうとする。
「・・・・・・」
 浩平は無造作に近づくと、彼の残していた手を無惨にも踏みつけ、蹴り飛ばした。悲鳴と共に、谷の底へと転落していく。
「さあて・・・」
 浩平のあまりにも残酷な屠り方に、向かってきていた野党も唖然としていた。浩平は彼らに向かい、ゆっくりと近づいていった。両手をぶらんと垂らし、刀は地をけずってじりじりと音をたてている。まったく無防備な、力の入っていない迫り方だったが、そこからはあらん限りの殺気が発せられていた。
「や、やりやがったな・・・」
「殺せ!」
 ようやく我に帰った野党の先遣隊は、再び馬をいななかせると大挙して向かってきた。浩平は先頭の男の剣が振り下ろされると、それを紙一重でかわし、刀を馬の首に突き立てた。それは貫通し、乗っていた敵にまで到達した。敵は馬と共に声にならない悲鳴をあげ、馬が倒れるのと同じように、横倒しになって倒れた。それでもまだ死にきれないようで、もぞもぞと地をはいずっていた。
 浩平が先頭の男と戦っている間に、周りは包囲されていた。全部で八人ほど、誰もが斧やら剣やらを抜き放ち、今にも襲いかかってこようとしている。
「おらああああ!!」
 背後から斬りかかってきた敵の刃を回り込むようにかわし、振り込んできた腕を両断する。大きな悲鳴をあげながら落馬した男の手から剣を奪うと、さらに向かってきた敵に投げつける。串刺しにされた敵の馬は、主が死んだとも知らずに走り続け、死体を乗せたままどこかに行ってしまった。
 続けざまに向かってきたどの相手も、浩平の敵ではなかった。斬りつけてきた敵の刃を正面から受け止め、胸元から出した短刀で馬の首をかききり、姿勢を崩した敵を体ごと切り崩す。隙を狙って横から斬りかかってきた敵の剣を、正面から受けて切断し、怯んだ敵の首を斬り落とす。
 最後に残った敵は逃げようとした、だが浩平は神速でもって走り込むと、飛び込みざまに相手の背を二重に切り刻んだ。鮮血をほとばしらせながら、敵は馬ごと谷に落ちていった。
「ふぅ・・・」
 浩平は一度、深く息をついただけで、休まず作業に取りかからねばならなかった。辺りに四散している敵の死体をかき集め、なるべく残酷になるように装飾をほどこしていく。あるものは四肢を切断し、それで文字を作らせた。ある者は首を切り、剣に刺して道の真ん中に突き立てた。ある者は内蔵を引きずり出し、それで体を縛った。ある者は四肢を伸ばしきった姿勢にさせると、武器を両手両足に突き立てて磔にした。
 吐き気のするような光景を残して浩平はその場を後にし、後方の罠へと向かった。

 浩平は罠の一番後ろに戻ると再び刀を抜いて無防備な姿を山道にさらした。すでに馬の蹄の音が間近に迫って来ていた。さきほど浩平が用意したオブジェに激怒した野党の本隊が、我を忘れて向かって来ているのだ。浩平の罠の内に。
「来い、来い、来い・・・」
 敵の本隊の先頭が見えた。敵はちょうど浩平が最も最後列に埋めた爆薬を通ったところだった。浩平は松明に火をつけると、刀を抜いて敵を威嚇するように山道に立ちはだかった。
 だがそこで浩平は妙なことに気が付いた。敵の本隊、40名強はいる男達。彼らになにか引っかかるものがあった。誰も彼もどこかで見たような顔をしているのだ。
「・・・?」
 浩平は躊躇した。まさかとは思うが、その思いに罠を作動させる松明を持つ手が震える。
 激しい砂煙と雄叫びを上げながら、もう集団は浩平のすぐ眼前にまで迫ってきていた。
「くそ!」
 浩平は作動させた。自分の足下にもほど近い、揮発性の強い液体で作った道の入り口にに松明を投じた。
 火の道が出来上がった。それは敵本隊の先頭から終端まで包むように発生した。辺り一面が火で覆われ、野党の群は一瞬何が起こったのかわからず、狼狽して足を止める。だが続けざまに爆発が起こる。彼らの足下で、浩平が設置して置いた爆薬が敵の群を撫でるように吹き飛ばしていく。ある者は衝撃でそのまま谷へ落ち、ある者は体を完全に吹き飛ばされてこと切れた。だが軽傷か、あるいはどうにかして爆発をまぬがれた者にも、火と煙の混乱の中、さらに浩平の刃が襲ってくる。
浩平はもはや士気を失いかけている敵を、容赦せずに斬って斬って斬りまくった。敵は視界の自由がきかず、ほとんど浩平の存在すら気づかぬまま切り捨てられていった。40名も、ものの数ではなかった。浩平は苦もなく、敵を次から次へと切り崩していった。
 煙と悲鳴が交錯する中、敵の一人がようやく我に帰り、浩平の位置を見定めると、背負った鉄槌を煙の陰でうっすらとしか見えない浩平に向かって振り下ろした。浩平はその存在に気づき、身をかわそうとしたが遅く、背に一撃を受けて地に倒れた。
「・・・折原か!?」
「その声・・・住井か」
 鉄槌の主は住井だった。煙と悲鳴の中、今しがた浩平を傷つけた鉄槌を振り下ろしたままの姿勢で、確かにそれは住井であった。
「やはり折原か・・・まさかこんなところで会うことになるとは・・・」
「同感だ、住井」
 浩平は手を休めた住井の隙を逃さず、刀を杖にすると激痛のする背を庇うようによろよろと立ち上がった。武器を構えた両者は一瞬の間、双方の目を見つめて動かなかった。変わらない住井の目と、変わり果てた浩平の目。
 住井。かつて浩平の親友だった男。二人が平和に暮らしていた村が襲われ、二人は絶望の淵に野党になりさがった。だが浩平は師に拾われて以来、彼の素性を知らなかった。浩平は闇の刀法を授かって旅に出た。そして住井は野党を続け、暴虐の限りを尽くしていた。
「住井、一応聞いておくが、あの村になんの用だ」
「・・・村に泉があると聞いたのでな」
「・・・」
「奪いに来たのよ。折原、まさかお前があの村の回し者とは・・・」
「ああ・・・」
「俺はこの野党の頭だ。折原よ」
「そうか」
「戦わんわけにはいかない・・・そうだろう!?」
「くあああ!」
 浩平の背からは深く負った傷から血が滴り落ち、動かす度に激痛が走ったが、今はそれすら無視することができた。浩平は渾身の力をもって。かつて親友だった男に刀を振り下ろした。住井はそれを受け止めると、下から回し蹴りを放った。浩平は避けきれず、まともに喰らうと後方に吹き飛んだ。
 住井は鉄槌を振りかぶり、姿勢を崩した浩平に向かって振り下ろした。浩平は片足に力を込め、鉄槌とは逆の方向に体をよじってかわした。胸元に引き寄せた刀を、がら空きになっていた住井の心臓へと、深々と突き立てる。
 住井は激痛に顔を歪めた。それでも浩平は止まらず、傷を広げるように住井の体の中で刀を突き動かした。住井の口から血が塊となって吐き出される。
「・・・くは。お、おり、は、ら・・・」
 住井は目を大きく見開いたまま、鉄槌を取り落とすとそのままぐったりと動かなくなった。浩平は刀を抜くと、崩れ落ちようとした友の体を抱きかかえた。
「住井・・・」
 物言わぬ友の亡骸を抱きかかえていたが、次第に晴れてきた煙の中で、浩平の存在に気づいた敵の残兵が襲いかかってきた。浩平は友の亡骸を地に落とした。どさり、と本当にただの物を落としたような音がした後、浩平は再び刀を構え、向かってきた敵兵に向けた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 茜が一人、ようやく現場に駆けつけた時、すでに事は済んでいた。爆薬が炸裂し、えぐれた地表と、それに伴った死体の山。そして無惨に切り捨てられた敵の遺骸が、大量の血で赤い砂をさらに赤く染めていた。その中で浩平は一人、鞘に仕舞った刀を持ち、鉄槌を持った亡骸の前で呆然とするように佇んでいた。
「・・・終わったのですか?」
「ああ・・・」
「・・・その人は?」
「知らん・・・。まったく知らん奴だ・・・」
 それだけ言うと、浩平はその場を忌み嫌うように、足早にそこを立ち去った。茜は鉄槌を持った名も知らぬ亡骸に近づくと、その死体だけは目が閉じられ、血塗れのはずの顔が綺麗に拭われてあるのを見つけた。
「・・・浩平」
 闇の法術者はすでに、戦場を後にしていた。その足跡すら、自らが斬った敵の血で汚れている。

<第六話 終わり>
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 第六話でした。いかがでしたでしょう?今回は特に流血がありましたが・・・、まあアクションものということでご容赦ください。
 なんか最近はずいぶん投稿数が多くなってきてますねぇ・・・。私が投稿したのが三日か四日くらい前ですが・・・うーん、週末だったからかな?
 それではお後がよろしいようで・・・。