【25】 BLADE
 投稿者: から丸&からす ( 謎 ) 2000/3/13(月)22:45
第五話「修羅」

 浩平達は一歩村に足を踏み入れるなり、その村の異様さに気づくことになった。見渡す限り、どこを向いてもいるのは女ばかりなのだ。それまで城壁でボウガンを構えていたのも全て女だったようで、やはり得物を持ったまま浩平達一行を油断ならぬといった目つきで睨みつけている。それ以外の女達も、子供以外はみんなその腰という腰、背という背に剣や槍といった武器をそなえていた。髪型や服装も女らしい装飾とは程遠い、軽快そうで機能的な服装が目立つ。
「なんだ、この村は?」
「・・・ここには女しかいません。女の村です。男は争いを持ち込みますから・・・」
 なるほど、だから村に近づいたときあれだけ警戒されたのか、と浩平はようやく解けた疑問に納得した。
 浩平達は木造の質素な造りの家が軒を連ねる通りを歩いていった。確かに争いの雰囲気などはどこにもない、浩平達一行に対する不審の目を別とすればの話ではあるが。
 安心できない雰囲気のなか、二人と一匹は村の中でも一際立派な趣をそなえた家へと通された。
「・・・入りなさい」
「ここは?」
「・・・長老様の住まいです。私は長老様を守る戦士。あなた達にはまず長老様に会ってもらいます」
 浩平は茜に続いて屋敷の扉をくぐると、中に目を向けた。暗い室内にはわずかな明かりしか灯されておらず、奥で佇んでいる老婆の姿がようやく確認できる程度だった。
「・・・・・・」
 浩平は突き進むと、赤い羅紗のフードを被った老婆の前まで来た。そのまま威嚇するような眼差しを向け、立ちつくす。
「座りなさい」
「あんたが村の長老?」
「そうですよ・・・。おや、珍しい。何者かと思えば、闇の法務官かい・・・」
 浩平は狼狽した。まるで自分のことを全て知っているような老婆の言葉。浩平はその場で硬直し、いつもなら刀に伸びるはずの手も、腰の辺りで固まったまま動かなくなっていた。その様子を知ってか知らずか、老婆の前、浩平から老婆を守るような位置に座した茜が浩平に告げる。
「・・・座りなさい。立ったままでは話がしづらいでしょう?」
「ああ・・・」
 浩平は慎重に、刀を背から外すと足元に起きながら、ゆっくりと腰を下ろした。
 浩平と老婆の間では、深い闇の中に灯されたかがり火が、頼りなげに、それでいて神秘的な様相をかもしながら揺れていた。浩平は囲炉裏ごしに老婆を眺めやると、老婆は目を落としたまま、ただ棒のような物で囲炉裏の中の火をかきまわしていた。老婆は動作を続けながら、独り言のように語り始めた。
「闇の者よ・・・あなたはこれまで殺し続けてきたようですね。幾度も、幾度も・・・」
「ああ」
「そして浴びきれないほどの血を浴びてきた。あなたの顔も魂も、返り血にまみれて真っ赤・・・」
「・・・」
「・・・しかしあなたにはわかっているでしょう。それが闇の者の宿命。闇を負う者の宿命・・・」
「ああ・・・」
 老婆は棒で火をかきまわすのをやめると、始めて浩平の方に目を向けた。かきちらされた火から飛んだ火花が、浩平の元まで届くほどだった。
「・・・どこへ向かいなさる?」
「探しものだ。失ってしまったものを、探して旅している」
「それは人?」
「ああ・・・そうだ」
「なんて・・・過酷なことかしら。闇の者よ、あなたはその人に出会って、何と言うつもりなの?」
「・・・・・・」
「名を失うこと・・・それが宿命。あなたには再会することすら許されないというのに・・・」
 浩平は刀を取った。目にも留まらぬ速さで刀を鞘から抜き放つと、居合い切りで二人を隔てていた囲炉裏の火を断った。火は一瞬、両断されたようになり、二人の顔を真に向き合わせた。
「宿命、宿命、と言う。だが俺のような者であるからこそ、守れるものがある。俺がその人を探すのもそのためだ・・・」
 浩平はゆっくりとした動作で、抜きはなった刀を戻した。そのまま胸元に刀を構え、鋭い目を老婆に向ける。
「・・・闇の者よ。あなたが探し求めるものは、もっと遠く、北にあります。修羅の道を歩む者よ。歩みなさい・・・、そして知るがよいでしょう・・・。それが闇の者の宿命・・・」
 一瞬、浩平は師に教わった時のことを思いだした。囲炉裏の火と老婆の姿が、亡き師の姿と交わる。
「ああ・・・行くさ」
 浩平は立ち上がった。だが、まだ歩みだすことはしなかった。
 浩平は再び刀を抜くと、それを囲炉裏の火へとあてがった。刀身が赤くなった頃合いを見て、浩平はそれを、自らの胸へと押しつけた。黒く焦げたようになった痣から刀を離すと、鞘に戻し、浩平は老婆に背を向けた。
「誓いだ」
 そして足早に歩き出し、その場を立ち去った。
 老婆は再び棒で囲炉裏の火をかきまわし始めると、誰に言うでもなく呟く。
「過酷な・・・そしてなんと悲しいことか・・・」
 火は、いつまでも燃えていた。浩平が立ち去った後も、絶えることなく燃え続けていた。そして老婆も、いつまでもそこに座して佇んでいた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「あ、こら、動いちゃだめだったら・・・」
「・・・・・・」
 ぶるぶる・・・
 四方を囲む花崗岩が水の反射を受けて鮮やかな白に染まっている。ここは村の水源。澪は村の女に連れられて山越えですっかり砂まみれになった髪と体を洗ってもらっているところだった。
「あーあ、本当に砂だらけね」
「・・・・・・」
 ぶるぶる・・・
 初めて目にする水の泉に、澪は驚きを隠せなかった。今の時代、どこに行っても水は飲むだけで精一杯のはずなのに、ここでは髪を洗えるほどの水があるのだ。髪をたっぷりとした水でなでられる度に、澪は背筋が冷たくなるような思いがして、その心地よさに思わず身を震わせていた。
 京介は水際で、まるで水を警戒するように、水が足に触れる度に後ずさりして泉を伺っていた。
「あ、そうだ。ねえ、あなたと一緒に来た人は誰?あなたのお父さん?それともお兄さんかしら?」
「・・・・・・」
 ふるふる・・・
「違うの・・・そう。あの人の服も洗ってあげないと、きっとあなたと同じで砂だらけよ」
「・・・・・・」
 うん

 浩平は汚れた外套姿のまま、茜につけられた刀傷も包帯をあててまだ間もなく、ようやく血が止まったというところで、一人になると村の高台に上ってきていた。眼下には厳しく切り立った赤い山が悠然と姿を現していた。
 浩平は手に携えてきた刀をゆっくりと抜くと、鞘をその場に下ろし、刀法の型を舞うように構えていった。
「師よ・・・」
 魂を切っ先の上に置き、目は刀の先に太陽を見、浩平は舞を続けた。
「わたしは・・・間違っていません」
 太陽は赤い砂に遮られて僅かな光を落とすのみで、それ以外は細かい赤い砂の粒が足下に吹いているだけだった。
「瑞佳・・・」
 もう時が経つのも忘れてしまえる程、長い年月が過ぎていた。それは十数年前、浩平の目の前で連れ去られた婚約者の名前だった。
「俺は間違っていない・・・」
 平和だった村を突如として襲った野党の群。水や食料をあらかた、そして目をつけられた若い女は一人残らず連れ去られた。浩平は瑞佳を守ることもできず、目の前で彼女を奪われたのだ。
「そうだよな・・・瑞佳」
 それからしばらくの後、浩平はついに野党のアジトを突き止め、単身乗り込んでいった。だが浩平は一矢も報いることができず、ひどい暴行を加えられた後、砂漠に捨てられた。その時、師に拾われたのだ。
「ふぅ・・・」
 そして闇の法を伝授された浩平は、野党をアジトごと壊滅させると、敵の頭に瑞佳の居所を吐かせた。答えは、浩平の期待していたものではなかった。瑞佳は金で別の野党に売られ、今では場所もまったくわからないという。浩平はそれから、野党を一人残らず皆殺しにすると、返り血をぬぐわないまま旅に出た。
 浩平が深い息をついて刀を鞘に仕舞うと、何か山の向こうから砂が上ってくるのが見えた。つむじ風とは違う、不規則的で、荒々しい砂の波だった。浩平は別の高台の端まで行き、目をこらしてそれを見ると、それはなんと馬に乗り、手に手に武器を持った明らかに武装した野党の群だった。浩平は鞘を背負うと、走って茜の元へ向かった。

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ふぅ、第五話でしたね。いかがでしたでしょう?珍しく戦いがありませんでした。投稿スピードがだんだんと緩められていくこの頃ですが、まあなんとか最後まで書くまで意欲はもつかと思います。
 まだあまり反応がないので、このSSの評判もちょっとはかりかねますが、とりあえず見苦しいってことはないようですね(多分)。
 それでは今日もこの辺で・・・。