【19】 BLADE
 投稿者: から丸&からす ( 謎 ) 2000/3/10(金)18:52
第四話「戦士の掟」

 暗闇に灯った火の前で、師は凛然と立ち、風と同化するように歩きながら、戦士の掟を論じていた。
「よいか、切っ先に魂をおくことを忘れてはならん。人を斬るとき、刀が血にまみれるときは、お主のその魂が削られるものと思え」
 師はぐるりと火の前を回ると、しかと浩平を見据えてさらに続けた。
「お主に教えるのは暗殺の法、人斬りの教えじゃ。これを教わる者に名前はいらぬ。名が必要な者は斬らぬ者のみじゃ」
 師は腰に携えた刀を目に留まらぬほどの速さで抜き放つと、火の前で座禅していた浩平に突きつけた。
「忘れてはならぬ。名を無くしてもなお、切っ先には魂を込めよ。お主が歩む道は、これすなわち修羅。お主は全ての人間から忘れ去られるであろう」
 師は刀を仕舞うと浩平に背を向け、星空に言うように続けた。
「だがお主は知ることになる。この世の闇となりて知ることになる。世と人を知ることになる。お主は目をそらしてはならぬ、闇となりて知るがよい。それこそ、この法を受け入れる者の宿命・・・」
 師は振り向き、浩平と同じように火の前に座した。火は音をたてながら闇に揺れている。沈黙が二人の間に深く横たわっていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「法を受ける者の宿命・・・」
「?」
 浩平は再び歩いていた。今度は一人ではなく、隣を澪が共に歩いている。浩平の早足に
追いつくためにやや急ぎ足にならざるをえない澪の姿は、あの村で最初に出会った時とは
違い元気に満ちていた。ただ単に飲まず食わずで弱っていたこともあろうが、それよりも
浩平という存在が彼女を勇気づけていたのだ。
 まだ歩き疲れた様子も見せていないが、澪がくいくいと浩平の外套の裾を引っ張った。
「どうした?」
「・・・・・・」
「ああ・・・北に向かってるんだ」
「?」
「人をな、探してるんだよ」
「・・・」
 浩平の悲しそうな表情からなんとなく事情を察し、澪はそれ以上の事を聞くのを、その時はやめてしまった。浩平のザックから澪の背負う荷物入れに寝床を替えたシマリスの京介が、今は澪の頭の上に乗っている。赤い目をした京介は、呑気そうな声で鳴いていた。
「この山を越えなくちゃならないんだがな、食料がもつかどうかわからん。いざとなったらそいつが食料だな」
 澪はぱっと京介を頭から降ろすと胸元にしっかりと抱きしめた。いやいやとするように首を横に振る。
「冗談だ。まあ、どうにかなるだろう」
 浩平は一週間ほどなら断食して生き延びることができる。それは師から教わった仙術の一つだったが、この乾いた大地の上だと水なしでは一週間ぴったりで死んでしまうだろう。
それでも浩平は悲観していなかった。浩平にあったのは、とりあえずどうにかなるだろう、という無責任とも思える思惑だった。
二人が歩いているのは赤い砂で辺りを覆われた不毛な山の中だった。肌にまとわりつくような赤い砂は旅人には辛く、きちんとした装備がなければ山越えは不可能だろう。現に
山には、どこにも人の踏み込んだ形跡がなかった。ここは人外の地なのだ。
 赤い山の峰はどこまで進んでも尽きることがないようだった。もしかしたら最も確実な
自殺を図っているのではないかと、浩平はぞっとしない予感を感じたが、すぐにそのネガティブな発想を振り払った。横で京介とじゃれている澪を連れながら、自分がそんなことを考えるわけにはいかない。

 赤い山にも夜が来る。浩平は砂の風を避けることのできる適当な岩陰を見つけると、闇の中を進むことはせずに野営に入った。その後は二人と一匹で、乏しい食料を分け合う。
澪も山越えの事情をわかっているようで、小さいながらも決して腹一杯食べようとはしなかった。浩平にあてがわれた量を、文句も言わずにたいらげている。浩平も無感動に干し肉の破片をかじった。
「・・・これが、あ、だ」
「・・・・・・」
「これが、い・・・」
 浩平は地面に文字を書いていた。澪がその横で真似をしながらお世辞にも綺麗とは言えない文体で文字を書いていく。
「そう、で、これが、み・・・。これが、お・・・だ」
「・・・」
 浩平は二つの文字を教えると、澪に同じようにそれを書かせた。
「そう、それでお前の名前だ」
「・・・・・・」
 澪は自分の名前を表現できたことに、ささやかな感動を感じているようだった。笑みを浮かべた顔を浩平に向ける。
「そうか、嬉しいか。よかったな」
 浩平は砂だらけの澪の頭をぐしぐしと撫でてやった。乱暴な撫で方だが、澪はそれでも嬉しいようだった。
 澪と京介が寝付いた後、浩平は砂塵で赤く光る月の下で刀を抱き、師の教えを思いだしていた。
「法を受ける者の宿命・・・名を失うこと・・・」
 浩平が受けたのはこの世の闇を司る暗殺の教えだった。殺すためだけ、斬るためだけに存在する刃の教え。孤独なその教えを授かり、浩平は旅に出た。この世の闇となり夜となり、血にまみれながら真実を見つめていく。それが殺人の法を授かった者が受ける宿命だった。
「・・・師匠」
 浩平はその日、なかなか寝付けなかった。刀を胸に抱きながら、暗い孤独な夜の下で。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 そんな夜が幾度も繰り返された。日が経つに連れて食料は乏しくなっていき、精神的にも肉体的にもだんだん限界に近づきつつあった。そんな中で浩平はもちろん、澪も弱音一つ吐かなかった。澪の方は目に見えて体力の衰えが見られるのだが、この状況ではさらに歩く以外に解決方法がなかった。
「澪、がんばるんだぞ」
「・・・・・・」
 うん うん
「もうちょっとで山を越えられるはずだからな」
「・・・」
 うん
 元気な様子を見せようとしても、目はどことなく虚ろだった。
 浩平は正直なところ、澪が山を越えるまでもたないのではないかと考えはじめていた。
しかし食料はぎりぎりに切りつめていかねばならない。自分の命と引き替えにするわけにもいかないので、京介を食料にするという最終案を可決しなければならないかと、浩平は本気で考えはじめていた。
「ん・・・」
「?」
 山は赤い砂で覆われている。その遙か彼方、何か木造の建築物のような物が見えた。こんなところに人が住んでいるはずはないのだが、確かに人間が造ったと思しき物の影だった。
「澪、村があるのかもしれない」
 澪は俯いていた顔をぱっと起こして目をこらすと、救われたような笑顔を見せた。
「行ってみよう」
「・・・・・・」
 うん!

 近づいて来てみると、それはどうやら建造物というより外敵から内部を守るための防護柵のようだった。浩平達の背後は切り立った崖になっており、柵の四方は斜面の急な山に囲まれて、それはまるで砦のようだった。
 浩平達の目の前、山道を塞ぐように立っているのは、まさしく砦に使われるような縦回転式の城門だった。
「なんだこりゃ・・・」
 浩平が中に声をかけようと一歩足を踏み出した。
 バシュ!
 空気を切り裂く飛翔音をたてながら矢が飛来し、浩平の足下に突き刺さった。それを契機にしたように、柵の内側から一斉に人影が姿を現した。そのどれもがボウガンを手に携え、狙いを浩平達に向けている。
「去りなさい!ここには誰一人入れるわけにはいきません!」
 女の声のようだった。慄然とした雰囲気の声で、明らかにこちらを拒絶している。浩平はその場を動かず、また退きもしなかった。
「待ってくれ!子供を連れてるんだ!かなり弱ってる、このまま下山することはできない。
それにこの山はなんとしても越えなければならないんだ!頼む、通してくれ!」
 一瞬、辺りを沈黙が支配した。浩平の申し出について検討しているのか、不気味なほどの静けさだった。
 浩平がその場を一歩も動けずにいた頃、柵の中からひとつの人影が門の外へと飛び出して来た。長い金髪を一つに編み、その物腰は王族のような気品と優美さをそなえていたが、その眼差しは冷徹な決意を秘めている。女は浩平の方に歩み出ると、背に差した二本の青龍刀を抜き放ち、低い声音で浩平に伝えてきた。
「・・・旅人よ。この村に男性を入れることはできません。すぐにお引き取りを願います」
「そういうわけにはいかない。俺はなんとしてもこの山を越える」
「・・・それが確かな決意ならば、あなたのその刀に懸けて私と勝負をしなさい。私に勝てば検討の余地があります」
「いいだろう・・・」
 女は簡単な胸当てのようなものしか当てておらず、極めて軽装だった。対する浩平は長旅のせいで色が変わってしまった薄汚い外套姿だ。浩平は頭を外套から出すと、背から愛刀を抜き放ち、切っ先を女戦士へと向けた。
「俺の名は浩平。暗殺の刀法を使う。師から賜ったこの刀に懸けて、負けるわけにはいかん」
「・・・私はこの村の戦士です。名を茜。村のために、負けるわけにはいきません・・・」
 先に仕掛けたのは浩平だった。反り返った刀の切っ先を、恐るべき神速で走り込むと相手の肩口へと切り込んだ。茜と名乗った女戦士は姿勢を低くし、片方の青龍刀の背でそれを受けると、もう片方の刀で浩平の首筋をめがけ突きを繰り出した。浩平は紙一重でそれをかわすと、下に回った刀を横になぎ払った。茜は素早く後退するも、斬撃の旋風を受けて胸当てを押さえる革ひもを切断された。役目を果たせなくなった革ひもが、空しく後退した茜の体に合わせて揺れる。
「・・・強い」
「さっきも言ったろう。負けるわけにはいかん」
 二人が同時に切り出した。浩平は繰り出されてきた肩口への一閃を体を逆にひねってかわすと、肋骨の辺りをめがけて斜めに切り込んだ。茜は青龍刀の正面からそれを受け、跳ね返すと、姿勢を崩した浩平の胸元に飛び込み、両刀を使っての横斬撃を見舞った。浩平はわずかに後退したが、胸を切られ、切られた外套の下から鮮血がほとばしった。
 茜は勝機と見て、さらに両刀を使うと浩平の首を両断するように切り込んできた。浩平は攻撃を予測していた。斬撃よりも一足速く姿勢を落とすと、刀を胸に持ち、茜の足下に潜り込む形になった。
 茜の目が一瞬、当惑と恐怖で染まる。
 浩平は下から一閃、龍が立ち上るような斬撃を茜に見舞った。それは茜の体を中心から両断するように走り、胸元まで達すると首と顔をかすめて空を斬った。
「・・・あう・・・」
 茜は自分が殺されたと思い、刀を取り落としてその場に崩れ落ちた。だが予想とは違い
体から血は出ず、変わりに着ていた服が体の中心から両断されるようにはがれていった。
「・・・これは」
「俺の勝ちだな」
 澪が走ってきて浩平の傷口を心配するように手をあてがった。浩平は大丈夫だと返事をすると、愛刀を鞘へと戻した。かたん、と小さな音がした。

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 ふぅー・・・第四話です。茜の登場でした。まさかヒロインを戦闘キャラで出すことになるたぁ・・・。でも茜は適任でした。やっぱり、りりしい役は茜でないとねぇ・・・。
 みのりふさん、感想ありがとうございました。私は大人になった繭を見てみたいなぁ・・・。それより先にタイトルが読めなかったりして。
 それでは・・・。