【15】 BLADE
 投稿者: から丸&からす ( 謎 ) 2000/3/9(木)02:37
第三話「沈黙」

 暗い街だった。一週間ほど前に立ち寄ったあの交易街で仕入れた情報に従って砂漠を北上してきたはいいが、ここにきてなんと山越えをしなければならなくなった。というか気づいたときには山の中へ踏み込んでいたのだ。森林があるわけではない、同じ様な砂地が広がっていることには変わりないのでその辺りの区別は難しい。
 浩平はちょうど山のふもとに差し掛かっていたのだ。ここはふもとの村なのだろうが、どうしたことか人の気配が感じられない。珍しく木造の建築物の多いこの街だったが、腐敗したような匂いがたちこめるここはコンクリートの廃墟よりも幾分かたちが悪かった。「誰もいないのか・・・?」
 浩平はそれまでザックの中から顔を出していた相棒のシマリスを手で中に押し戻すと、四方を警戒するように見渡した。見たところまったく誰も見あたらない。
「なんだ、ここは・・・」
 浩平は不審に思いながらも、何か人のいた痕跡を探して街を歩いていった。通りは狭く、それまで立ち寄った街に比べると田舎っぽい雰囲気がしたが、その分、人がいないとなると不気味なことこの上なかった。木造の家は整備されていて、朽ちているようには見えない。それなのに人っ子一人いないというのは、まるで神隠しか何かのようではないか。
「本当に誰もいないのか・・・?」
 その時、浩平の通りかかった廃屋の中でかすかに物音がした。何かを取り落としたような音で、浩平は刀を抜き放つとじりじりとその廃屋に近寄っていった。
「おらぁ!」
 浩平が廃屋のドアを蹴破ると中は暗く、明かり一つ灯っていない。
「誰かいるのか!?」
 浩平は刀を前方に垂らすようにして警戒しながら前に進んだ。廃屋の中は普通の民家のようで、入ってすぐ居間に突き当たった。居間の中にはやはり普通に椅子やテーブルが配置されていたが、人が使っていた名残などはすっかり消えてしまっていた。
 浩平は壁を背にして居間を通り抜けようとしたが、その時、浩平でさえも気が付かなかったほどの小さな何かが、浩平に向かってきた。浩平はそれがなにか確認もできないまま、居間を数歩後退した。入り口に射し込んでいる光に照らされて、飛び出して来たものの姿が明らかになっていった。
「子供?」
 それはまだ年端もいかないような小さな子供だった。その姿は薄汚れているが、今ではすっかり見かけなくなったリボンなどを頭につけて、それは明らかに女の子だった。女の子は浩平に敵意をむけて、手にもった浩平の二の腕にも満たないような小さなナイフを突きつけてきている。
「待て、敵じゃない」
「・・・・・・」
「そいつを仕舞うんだ。な、俺は敵じゃない」
 浩平は刀を床に落とすと、敵意がないことを示した。女の子は今にも泣き出しそうな目をしていたが、しかと浩平を見据えている。しかし刃物を持った手はぶるぶると震え、明らかに怯えていることが見てわかった。
「そいつを仕舞うんだ。・・・何もしやしないから」
 浩平が諭すと、女の子はやがてナイフを浩平に向けるのをやめて、胸に抱くように姿勢を変えた。それでも肩を震わせて、浩平を凝視する目をやめない。浩平も両手を挙げた姿勢を崩さなかった。
「なぁ、何があったんだ。俺は怪しい者じゃない。この村で何があったのか、話してくれないか」
「・・・・・・」
 女の子はまだナイフを離さず、浩平を警戒することをやめていない。しかし、視線を床に落として何か考えているようだった。浩平は少しずつ女の子に近づくと、ようやく手の届く範囲にまで歩を進めた。
「何があったんだ?」
 それを言った瞬間、女の子はナイフを落としてその場に泣き崩れてしまった。しかし奇妙なことに、女の子がいくら涙を流してもまったく声が聞こえない。奇妙な光景だった。小さな女の子が声もなく泣きじゃくっている。破られない沈黙の中で、浩平はこの子が喋れないということにようやく気が付いた。

 女の子は話すことも出来ず、しかも文字も知らなかった。文字を知らないことは、このご時世では珍しいことではないが、これではあまりに不便だった。
 女の子は身振り手振りでどうにか浩平にこの村の現状を知らせた。そのやりとりは非常に手間がかかりったが、浩平はどうにか少しずつ察していった。
「強盗団?」
「・・・・・・」
 うん うん
「襲ってきた?」
「村の人間は荷物をまとめて・・・」
「出ていった?」
「お前は?」
「置いて行かれた?」
 どうやら女の子は足手まといと見なされ、家族に見捨てられたようだった。浩平は女の子を不憫に思う間もなく、その強盗団がまだ村に来るのかと尋ねました。女の子はまたその連中がやってくると伝えました。
 女の子は行く場所を無くし、自分がそれまで住んでいた家を最後の砦として守っていたのだ。家族に捨てられてから約一週間の間、ほとんど飲まず食わずで、女の子はすっかり弱ってしまっていた。
 浩平は考えた。村が速やかな脱出に成功したならば、強盗団はまた来るに違いない。女の子が今まで無事だったということはまだその連中は二度目の来襲に来ていないのだろう。ということはいつその強盗団が襲ってくるか知れない。
「・・・まったく、俺にどうしろっていうんだ・・・」
「?」
「お前を見殺しにしたりしたら、死んだときは確実に地獄行きだよなぁ・・・」
「?」
「・・・なぁお前、名前は?」
 女の子は唇の形でどうにかそれを浩平に伝えようとしました。
「なんだ、いお?」
「・・・・・・」
 ぶるぶる
「・・・みお?」
「・・・・・・」
 うん うん
「そうか、澪か。よし澪、俺と来るんだ」
「?」
「奴ら来るかも知れないんだろう?俺と逃げるんだ」
「・・・・・・」
「さあ!」
 浩平の意志ある目に導かれ、澪は浩平の外套にすがりついた。主を無くした子犬のように、しっかりと浩平につかまってきた。浩平は澪を抱きかかえて、かつて澪の家だった廃屋を出ると、すぐに村の出口へと走った。
 だが浩平が走り出した時にはすでに遅かった。強盗団の先発隊と思われる一群が、すでに街に繰り出してきていた。放射状に造られている町並みの中央、浩平は出口へと向かおうとしたところでその先発隊とはち合わせてしまった。
「なんだ、残ってるじゃねえか!?」
「おい、他の奴らはどこへ行きやがった!?」
 先発隊はここにいるだけで六名。装備もかなり充実しているように見えた。誰もが大型の得物を背か腰にかけ、その他に短刀などを胸に忍ばせている。浩平は澪を強く抱きしめると、声を張り上げて叫んだ。
「去れ!もうここには何も残ってはいない!」
「あぁん?なんだてめぇは・・・」
「何も残っちゃいないこたないじゃないか、お前、女を抱いてるじゃねーかよ!」
「これは子供だ!貴様らには用はない!」
「子供ねぇ・・・。でも試してみないとわかんねぇじゃねぇか?」
「へへへ、その通り!」
「・・・下郎共がぁ!」
 浩平は憤怒に身を任せると、澪を抱いたまま、これまで数え切れないほどの人間の血を吸ってきた愛刀を抜きはなった。
「なんだ、やる気かよ」
「ちょうどいい。てめえのその刀も頂こう。なかなかの代物じゃねぇか!?」
 浩平が向かっていく手間もなく、強盗団の一人が大鎌を振り上げて向かってきた。浩平は刀の脇腹で鎌を受け流すと、突進するように相手の懐に潜り込み、腹を横に切り裂いた。鎌の男は短い悲鳴を上げて倒れ、助けを求める間もなく動かなくなった。
「や、野郎!」
「やりやがったな!」
 浩平は左手で澪を抱きかかえていたので、いつものように敵に包囲されたまま乱戦を行うことはできない。距離をとりながら、向かってくる敵を一人一人削ぎ落としていくしかなかった。澪は目をつぶって、しっかりと浩平の外套の裾を掴んでいる。
「はぁ!」
 翻弄するように、連続突きを敵の剣にかすめさせる。腕の止まった敵の懐に飛び込むと下からすくい上げるように腹を裂き切った。大振りになって向かって来る相手は第一撃をかわし、上段から頸動脈を狙って振り下ろす。
「おらぁ!かかってきやがれ!」
 先発隊の六名は果敢にも向かってきたが、そのどれもが大した攻撃を加えられぬまま、浩平の刀に翻弄されて倒れていった。全員を倒す頃には浩平は返り血で顔を真っ赤に染め、刀も同様だった。澪は震えながらもしっかりと浩平に掴まっていた。
「よし、本隊が来る前にさっさと脱出するぞ。村の出口はどっちだ!?」
「・・・・・・」
 澪が指をした先に、浩平はすぐさま走り始めた。小脇に澪を抱え、刀は抜きはなったまま。
「大丈夫だ。安全なところまで連れてってやるからな」
「・・・・・・」
 澪は目を開けていなかった。それは目の前の惨劇が恐ろしかったからなのか、それとも浩平が恐ろしかったのか、わからない。
「う・・・」
 浩平の読みは甘かった。砂塵で蜃気楼のように見える村の出口には、すでに強盗団の本隊と思しき大群が群を成していた。30名ほどはいるかも知れない。あの人数を澪をかばいながら戦うことはいくらなんでも無謀というものだった。浩平は一瞬どうするか考えを巡らし、全力で走っていた歩を止めた。
「!」
「ど、どうした、澪!?」
 その時、澪は初めて目を開くと、浩平の腕の中から抜け出て、敵が群を成す村の出口まで走り出した。隠し持っていたナイフを取り出し、決意に満ちた眼差しをしていた。
「待て、待て!!」
 浩平は澪を実力で引き留めると、両腕に抱えてなんとか澪の前進を止めた。それでも澪は浩平の腕から抜け出ようと必死にもがいている。
「どうした、どうしたんだ!?」
「・・・・・・」
「仇?仇なのか?」
「・・・・・・」
「誰だ、親玉か?」
「・・・・・・」
「そうか・・・。よし、そのナイフを貸しな」
「?」
 澪は一瞬、わからないような目を浩平に向けた。浩平はその隙を見逃さず、澪に当て身を喰らわせて気絶させると、ナイフをその小さな手から取って、愛刀を鞘に仕舞うと代わりにそれを握った。浩平は澪を手近な廃屋に隠すように置くと、村の出口までの一直線を、自ら姿をさらけ出しながらゆっくりと歩いていった。
「貴様らのような奴らがいるから・・・!」
 やがて敵が向かってくる。浩平の目の前に広がるのは無数とも思える軍団だった。浩平は一人でその相手をするのだ。
「皆殺しにしてやらないと・・・」
 雄叫びをあげながら向かってきた敵の槍が浩平に届きそうになる。
「結局、一番汚れるのは俺なんだよなぁ!!」
 浩平は短刀で槍の穂先を切り落とすと、狼狽した敵の首筋をかき切った。途切れそうな叫び声をあげながら敵が倒れるが、まだ敵はわんさといる。浩平は群がってくる敵を舞うように切り崩しながら、一直線に親玉の元へと向かった。
「おらぁぁぁぁぁぁ!!」
 浩平は持っていた秘蔵の品の一つ、火炎瓶をザックから取り出すと、火を点けて敵の群に放り込んだ。命中した敵の四肢が炎に包まれる。
「殺せよ!俺を殺してみろ!この村を殺したようによぅ!!」
 敵は次から次へと向かってきた。浩平は短刀で全力の応戦をした。いつものように腹をかっさばくような芸当はできない。素早く懐に潜り込んで首をかき切るか、切り込んできた敵の腕を切り落とすかするしかなかった。
「はぁはぁ・・・おうらぁぁ!!」
 斧で襲いかかって来た敵の一撃を左手で受け止めると体ごと覆い被さるように敵の心臓を深々と刺した。刺された敵は痙攣するように体を震わすと、やがて動かなくなった。浩平は敵の体を抱え上げると、これを敵の親玉の方へ投げ飛ばした。
「ち!」
「貴様が頭かぁ!?」
「そうだ!」
 敵の頭は浩平と同じ様な外套を頭から被っていた。そしてサングラスをかけ、短い髭を生やしている。近くにいた手下から浩平の愛刀よりも一段と大きい刀を受け取ると、鞘から抜き払って浩平と対峙した。親が出たと見て、まだ十人程度残っていた手下は誰もが引き下がった。返り血で修羅のような形相の浩平と、巨大な刀を手にした強盗団の頭。
「貴様ら、どうして村を襲った!?」
「当たり前だ、食わなきゃならねーからなぁ・・・」
「そうか、奪うだけじゃ飽き足りずに、殺してまわったってわけか?」
「・・・お前にもわかるだろう?力の無い奴に情けをかける必要なんざないのさ。わかるだろう?力が支配するんだよ!」
「わかるわけ・・・ねぇだろうがぁ!」
 浩平は短刀を振りかざし、相手の脳髄めがけて振り下ろした。これは浩平の体ごと弾き飛ばされた。隙の出来た浩平めがけて、敵の大刀が横になぎ払ってくる。浩平は短刀の背でそれをなんとか受け流すと、再び構えをとった。
「貴様のような奴がいるから・・・もっと悲しみが増える・・・」
「わかるわけねぇだろう・・・殺すってことは、悲しいことなんだよ!」
 浩平は敵の心臓めがけ、脱兎のごとく飛び出した。敵は刀でこれを牽制し、撃ち合いになった。浩平は鋭い斬撃を幾度も打ち込んだが、敵の大刀に阻まれる。大きく払われて姿勢を崩された浩平めがけて敵の斬撃が振り降ろされる。浩平は横腹に深々と痛手を被った。
「あぁぁ・・・!」
 浩平は傷口に手をあてがうと、血を手の中に含ませた。そのまま再び斬りかかり、今度は火花を散らしたまま両者が静止する。浩平は血を飛ばした。指の先に溜めた血を、敵の目に向かって撃ち出した。怯んだ敵の懐に飛び込み、大刀を握る手首を深々と斬った。
「うぉ!」
「おおぁぁ!!」
 崩れ落ちかけた敵に間髪を入れず、下からすくいあげるように首筋を前からかききった。血飛沫が飛び、強盗団の頭は声もなく倒れ伏した。
「おおおおおおおお!!」
 もはや返り血で人相も定かではない浩平は、敵の大将を討ち取って雄叫びをあげた。
「さぁ来い!仇を取ってみろ!さぁ、来い!」
 さらに残っている手下の十数名を相手に、浩平は斬り続けた。敵の姿があるかぎり斬り続けた。誰も止めることはできなかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「澪、澪・・・。目を覚ませ、澪・・・」
「・・・・・!」
 澪は、はっとなって目を覚ました。どことも知れない廃屋の中で、澪は疲れたような顔をした浩平をまず最初に見た。
「ほら、仇、取ってやったぞ・・・」
 浩平は血に染まった短刀を澪に手渡した。澪は短刀を受け取ると、さらに浩平を見つめ続けた。何をしたのか問いかけるように。
「さあ、日が暮れない内にここを出よう。ここはただの廃墟だ・・・」
 浩平はふらつく足で立ち上がると、腹に大きく口を開けた傷をかばうように、歩き始めた。澪はそれ以上なにも聞かず、浩平の後についていった。浩平のどこか疲れたような顔、無数の返り血で濡れた外套。それ以上語るものはなにもなかった。
「お前に・・・文字を教えてやれるといいな」
「・・・・・・」
「俺は・・・頭が悪いからなぁ」
 二人は廃墟を後にした。残っているのは血の海と死体の山。街はそれから誰も出入りすることのない本物の廃墟となった。ここで何があったか、真実を知る者は誰一人として残っていない。

<第三話 終わり>
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 ぱんぱかぱーん。澪の登場でーす。やっぱり浩平だけだとむさくてしょうがありませんねー。澪の出番もこれから増えると思いますので、どうぞこれからもよろしくお願いします・・・。設定なんかはONEの世界からもう取り返しのつかないほど脱してしまっているのでその辺り皆さんにちゃんと読んでもらえるか不安ですが、まあおもしろくなくとも最後まで書く覚悟です。それでは、お後がよろしいようで・・