【14】 BLADE |
第二話「砂塵の街」 見渡す限り砂漠だった。その中にぽつんと、上から見れば塩の粒にも満たない点に見えたことだろう、浩平は一人、砂漠を歩いていた。腰に提げたザックの中には道連れのシマリスが一匹、それだけ。そして背には名もなき愛刀が、浩平が歩く度に鞘と刃が擦れ合う音を不器用に響かせていた。 浩平は頭からすっぽりと厚い外套をはおり、容赦なく叩きつける日差しから身を守っていた。おかげで視界に見えるのはただ広いばかりの砂の地平線だけだった。以前に立ち寄った集落の情報によれば、この先に割合大きな街があるとのことだったが、もしもそれが偽りであったならこのままのたれ死ぬことは確実だ。そんなことを思うとあまりにも心細い気持ちになるが、そんな感慨にとらわれるほど、浩平の心には余裕とされる空間は残っていなかった。旅を初めてから、ずっと浩平の心には何かどろりとしたものが敷き詰められている。それは斬り続け、殺しすぎたことへの罪悪の念であったかも知れないし、未だに達せられない旅の目的への焦燥感でもあったかも知れない。ともかくそれは、隙間なく浩平の心を埋め尽くしてもまだ足りないようだった。 どれほど歩いただろうか、すでに太陽は南中から下がり、あと数時間もすれば夕暮れになろうかという時間だ。蜃気楼かもしれないが、浩平の視界の前方に何か都市らしきものが見えてきた。もちろんその残骸ではあるが、それに人の往来の気配を感じた。浩平は足を速めた。ほどなく、食料を積んだトラックが浩平の視界を横切って街に入っていくのが見えた。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 街はこのご時世を考えるとなかなか旺盛に賑わっていた。四方には食料やその他日用品を売る露店が軒を連ね、交易に来た商人達の声が怒号ともとれるような大きさで響いている。 浩平は街をしばらく歩いた後、食料店街と思しき通りに目をつけて食料の買い出しにあたった。 「お兄さん旅の人だね。どっから来たんだい?」 「南からさ」 「南から!っていうと野党の群に会わなかったかい?あの辺りは物騒なんだよ!?だから俺達はそこをぐるっと回るようにしていつも商品を集めてんだがな!」 「いや、そんなものには出くわさなかったがね、それよりも食料を見せてくれ」 「ああ、よりどりみどりだよ。なんにする?」 浩平は水に加えて乾パン、干し肉と言った保存食の類を買い漁った。その他に今では珍しい果物を売っている店を見つけ、野党から奪った金でオレンジを二つ買った。それをその場でかじってみると、それまでの砂漠巡りからの喉の乾きが一気に癒されるようだった。もちろん京介にもいくらか分けてやったが、京介は柑橘類特有の酸っぱさに驚いたように、ぶるぶると小さな体を震わせていた。 買い出しに時間を費やしている内、辺りはすっかり夕刻近くなった。露店の商人達も暗くなっては商売ができない。ぞろぞろと店を引き上げると、各々のねぐらへと引っ込んでいく。その中で浩平もここで宿をとることに決めると、まずは情報を集めるために酒場へと向かうことにした。往来を行く商人達とすれ違いながら、商人達とは逆に暗くなってから明かりを灯して商売を始める店に目を向け始める。宿であったり酒場であったり、はたまた娼館であったりするその中から、割合大きそうな酒場に目をつけると、浩平は鞘から刀の封印を解いて中へと入っていった。 前はレストランか何かだったのだろう、店内はなかなか洒落た造りになっていた。辺りに散らばった丸テーブルの上にはジョッキが並び、商人やその他その日の稼ぎに汗を流した男達が飲んだくれていた。 浩平はすっかり底が減ってしまった靴から貧相な足音をたてながら、カウンターへと近づいていった。砂漠を歩いてきたその身なりは薄汚れており、いくらか客達の目を引いた。浩平はそれに構わずカウンターに立ったまま肘をつけると小ジョッキにビールを注文してた。やがてビールを片手にまだ若い、20歳そこそこの店主らしき女が浩平に近寄ってくる。 「すまん、ちょっと尋ねるが」 「ん、何か?」 「この写真の女に見覚えはないか?」 浩平は胸元から一枚の写真を取り出すと、女店主に見せた。女店主は一つにまとめてある腰まで伸ばした蒼髪を片手でかき上げるような仕草をすると、写真を手にとってそれに見入った。 「うーん・・・私には見覚えがないけどね・・・そうだ、あそこで飲んでる旅商人の男なら何か知ってるかも知れないよ」 「ありがとう」 浩平は女店主から写真を受け取ると、店の片隅で飲んでいる旅商人の元へと歩み寄った。 「すまん、ちょっと話があるんだが」 「あー・・・酒が切れたみたいだな」 すでにかなり酔っているその男は浩平は流し目で見ると、テーブルの上に並んだ空のジョッキをこんこんと催促するように叩いた。 「・・・おい!大ジョッキでビールをもう一本頼む!」 「そうこなくっちゃねえ」 浩平がカウンターから大ジョッキを持ってくると、男は待ちわびたようにそれを飲み干した。それから浩平がやや威嚇するような声音で問いかける。 「それで、話というのはだな・・・」 「さっきの話、聞いてたよ。写真を見せてみな」 「これだ」 「・・・あー・・・」 男は天上を見上げ、あからさまに考えるような素振りを見せた。そして再び値踏みするような流し目で浩平を見た。 「うーん、こいつの情報料は高くつくぜえ?」 「それならさっき払った」 浩平は背から刀をわずかに抜くと、店の照明に照らして刃を光らせた。 「指か腕、どちらを失いたい?」 「う、わかった、わかったよ!」 男は観念したように、どこかやけになった声をあげると、大げさに両腕を上げて降参の意を示した。 「この女、見たことはないが噂になら聞いたことがあるな。確かもっと北に行った街で・・・教会のシスターをやってるって話を・・・ああ、聞いたことがある。この女と特徴がそっくりだ」 「そうか、なんて街だ?」 「忘れたな、もっと北の、あまり大きな街じゃなかったと思うが・・・」 「本当に街があるのか?」 「本当だとも!嘘なんてついちゃいないぜ!本当だ!」 男はまた両腕を大げさに上げた。浩平は男が本当の事を言っていると見ると、すぐに写真を取り上げた。 「そうか、悪かったな」 「いえいえ、どういたしまして」 そしてすぐその場から立ち去り、今度は再びカウンターに戻った。 「すまん、この辺りで一番安い宿を教えてくれ」 「あら、それならうちの二階がお勧めね。あまり大したものじゃないけど、安さならこの街で一番よ」 「そうか、じゃあ一晩頼む」 「いいわよ・・・」 浩平は前金を渡そうとしたが、その前に女店主が上等そうな酒をボトルで浩平に差し出してきた。何かと思った浩平は目を丸くして、女店主を見上げた。 「これはサービスよ。料金は後からでいいわ」 「・・・そうか」 浩平はボトルをジョッキにあけると、ちびちびと飲み始めた。 「その人を探してるの?」 「・・・ああ」 「恋人かしら?」 「詮索好きだな」 「あら、いいじゃないの。奢ってあげたんだから」 「・・・まあ、恋人、みたいなものだ」 「ふぅん・・・どうして離ればなれに?」 「・・・行方不明になってな。死んだものかと思ったんだが・・・」 「生きてるって情報が入って、探し始めたってわけ、その刀と一緒に?」 「ああ」 「ふぅん・・・」 その後も浩平はボトルの酒が尽きるまで女店主との話に付き合っていた。なんのことはない、これまでの旅がどうだったとか、以前は何をやっていたのかとか、浩平にとってはどうでもいい話だった。 「そう、じゃあ旅に出る前は何をしてたの?」 「・・・何もしてなかったさ」 「ふぅん・・・」 浩平はふと、旅に出る前に自分がやっていたことを思いだした。少し酔っているのかもしれない。浩平は野党まがいのことをやって手近な集落や街を荒らしては食料や金を巻き上げ、毎日毎日飽きもせず飲んだくれていたのだ。荒みきった日々の逡巡が蘇る。浩平はそれをふりほどこうとしたが、なかなか離れない。酔っているせいか、ますます昔の自分に飲み込まれていくような気がした。 「・・・昔の話はよしてくれ」 「あら、ごめんなさい・・・」 浩平はカウンターに突っ伏すと、さっきと同じように昔のことは忘れようと務めた。しかしそれは離れず、酒が尽きて二階に上がってからも浩平の頭の中を依然と支配し続け、疲れ切っているはずなのになかなか寝付くことができなかった。 「う・・・」 寝入ることができない中で何度も寝返りを打った。しかしそうする度、飲み慣れない酒を口にしたせいでかき乱されたようになった頭が、さらに困惑したようにざわざわと波打った。やがて寝返りを打つのにも限界がきて、音を立ててベッドから床へ転げ落ちた。 「くそ・・・」 偶然にも浩平は床に耳を押し当てる形になっていた、すると階下から騒々しいような声が響いてくる。罵るような怒声が飛び交っているのだ。やがて何かが割れるような音が、明らかに乱闘と思しき音が階下から聞こえてくるに至った。 浩平の立場からすればそれは無視すれば済んだことだったのだが、寝付くことの出来ない今の浩平には好都合だった。ベッドから転げ落ちた時にザックの外へ出た京介をその場に残し、浩平はふらつく足で部屋を後にした。 「あ、あんた。止めてくれるかい?」 女店主が困ったような声を、二階から降りてきた浩平に投げかけてきた。見ると店の中央でさっきの旅商人がナタを手に持ってやたら体格のいいおそらく日銭稼ぎの者らしい男と対峙していた。男の方も小振りだが刃物を持っている。 「・・・任せておけ」 浩平は旅商人の後ろに回り込むように近づいていった。その間も二人の間には罵りあいの怒声が飛び交っていた。どうやら原因は旅商人が男をからかったことから起こった喧嘩のようだった。 「このクソ商人!てめえ二度と商売ができねえようにその両腕を叩き切ってやるぜ!」 「上等だよ、おい!こっちはお前のその醜い面を整形手術してやらあ」 聞くに耐えないやりとりを聞きながら、浩平は旅商人の後ろに回り込んだ。そして刀を抜き放つと、旅商人の首めがけて当て身をくらわせる。 「う・・・?」 旅商人は気を失ってその場に崩れ落ちた。 「俺が相手になるぜ」 「あん・・・上等だ!」 もはや相手は誰でもいいらしい、男はわびしい忍耐の限界がきたのか短刀を手に浩平に向かってきた。浩平はよけもせずに刀を振るうと、男の手から短刀を弾き飛ばした。 「くそ・・・おらぁぁ!!」 素手で向かってきた男に対して浩平も刀を仕舞い、素手で相手になった。男の大振りになった一撃をかわすと顔面に深々と拳を叩き込んだ。よろめく相手に間髪をいれず、ボディブローを五、六発喰らわせてやると、完全に反撃を封じられた男に止めばかり右回し蹴りを叩き込み、そのまま店の外に放り出した。 「ふぅ!」 浩平はファイティングポーズを解くと、体温を逃がすように首を左右に振った。乱闘で酔いが醒めたのか、それとも浩平に恐れをなしたのか、見物していた客達は暴漢が放り出されると我先に店を後にした。後にはまだ暴れ足りない様子の浩平と気絶したままの旅商人、それに女店主が残されていた。 「ありがとう・・・ってちょっとやりすぎだよ!」 「すまん」 「あーあ、しょうがないね。そいつは二階の部屋に寝せておいて、料金は朝になってからふんだくるから」 「・・・わかった」 そう言えば自分もまだ宿代を払っていないな、ということをなんとなく思いだしながら、浩平は旅商人を背に担ぐと二階に持っていき、適当な部屋に放り込んだ。その後浩平も自分の部屋に引き上げ、その後はぐっすりと眠った。 <第二話 終わり> ////////////////////////////////////////////////// 第二話でしたー、いかがでしょう。今回のSSは前の長編と違って一話完結みたいなところがありますので読者の皆さんを飽きさせないかどうか心配です。遅れましたがこのSSの世界観としては「北斗の拳」か「AKIRA」か「TRIGUN」辺りを連想してくださってもらえるとありがたいです(どれも知らないって人はいますか?)。 それではお後がよろしいようで・・・。 |