【13】 BLADE
 投稿者: から丸&からす <eaad4864@mb.infoweb.ne.jp> ( 謎 ) 2000/3/7(火)18:45
第一話「神風の男」

 深い暗闇だった。空には星が瞬いていたが、廃墟の隅には月明かりすら届かない。
 深い暗闇だった。その奥に、寝息すらたてずに眠っている者がいた。
 男は背に刀を背負っていた。刀は鞘の中で主と共に眠りにつきながらも、その反り返った刀身はその日浴びたばかりの返り血で鈍く光っていた。
 深い暗闇だった。そこで男と刀が、音もたてずに眠っていた。

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 鳥の鳴く声ももはや聞こえない。ここは荒れ果てた地上。そこが地の果てならばよかっただろう。だが悲しいことに、今では世界中どこを探してもあるのは栄えある時代の名残を空しく残した廃墟と砂漠ばかりだった。
 朝になってようやく薄明かりが差し始めた。男が寝ていた場所は夜の間は真の闇と化すほどの廃墟の奥で、鼠も出入りしないような片隅だった。男は名もない愛刀を背負い直すように肩にかけると、立ち上がって歩き始めた。
 男が穴から抜け出すように寝床から這い出ると、すぐにアスファルトで出来た道路の残骸に出た。男は道路の上に立つと、北に向かって歩き始めた。特別な当てがあったわけではないが、以前立ち寄った集落の話によれば大体ここから北の方角に比較的大きな街があるとのことだった。信用できるかどうか当てはなかったが、他に頼るべき情報もなかった。
 男は外套から頭を出して歩いた。涼しげな朝日が頬に照りつけて心地よい。すでにはるか後方になっている廃墟の入り口には男を襲おうとした野党の群が十数人ほど切り捨てられていた。男は彼らの仲間が報復にやってくるかと思ったが、その日の夜には何もやってこなかった。
「忙しいことにならなきゃいいけどなぁ・・・」
 独り言のようにそうつぶやく男の腰にくくりつけられたザックから一匹の赤い目をしたシマリスが顔を出した。浩平が指をあてがってやると、シマリスは指をかじって身を乗り出してくる。男と同じく、朝から何も食べていないので空腹なのだろう。
 どれほど歩いただろうか、気が付いたときにはアスファルトは途切れていた。その先にはただただ砂地が続くばかりである。男は再び外套の中に頭を隠した。リスはザックの中から顔だけ出すようにしている。
「中に入ってろ京介、熱くなるぞ」
 男は指で、リスをザックの中に押し返した。
「貴様か、神風の浩平!覚悟しやがれえ!」
 背後から雄叫びのような声が聞こえた。するとほぼ同時に、浩平の背後から何かが空気を裂いて向かってきた。浩平は素早く背にかけた刀を抜き放つと、背後をなぎ払った。投網だった。それは切られた先だけ浩平の体に覆い被さってきたが、浩平はそれを払いのけると、さらに四方へ目を向けた。すると四方から投網が投げかけられてきている。浩平は刀を太陽にかざすと、四方から来る投網を心眼で続けざまに叩き切った。だがその内切り損ねた一つが浩平の背まで届き、激しく体を引き寄せた。それに耐えきれず、浩平の体は地に投げ出されると無様に引きずられた。
「かかったぞ!野郎共、行け!」
どこからか合図が飛ばされる、それに続いて四方から雄叫びと共に激しい足音が浩平に近づいてきた。
「くそ!」
 浩平はやっと投網を切り離した。確認する間もなく、浩平の脇から手斧が振り下ろされる。浩平は体をよじってそれをかわすと刀を振りかざして、襲いかかってきた男の腕を根本から切り落とした。手斧の男が悲鳴をあげて倒れるとさらに別の敵が向かってくる。周りには十名ほどの野党の群らしき男達が、すでに浩平を包囲していた。ある者は斧を、ある者は剣を、ある者は槍を手にして浩平に向かってくる。浩平は戦った。槍の一突き旋回してかわし、相手の手首を切り捨てる。剣で向かってきた者には素早く懐に走り込むと横凪ぎに切り払った。
「怯むんじゃねえ!行け、行け!」
 浩平の戦いぶりに野党は手傷すら負わせることすら出来ずに倒れていった。すでに残りはもう五人もいない。浩平は怯んだ相手に自ら斬りかかると、肩口に切り込んで絶命させた。
 浩平は敵の返り血を浴びながら、残った野党に鋭い鷲のような目を向けた。
「うう、強ぇ!」
「かないっこないぜ、お頭!」
「情けないこと言ってんじゃねえ!それでもてめえら俺の徒弟か!」
 さらに浩平が刀を振りかざして威嚇すると、野党の群は狼狽の声をあげながら背中を見せて逃げ出し始めた。後には死体と、そして野党の親玉らしい一人の髭面をした大男がのこっていた。
「ち・・・!」
「お前はどうするんだ。逃げるなら今のうちだが」
「・・・くそが!あんな奴らでもなぁ、俺の手下だったんだ・・・」
 大男は背中から幅広の大剣を引き抜くと、腰を落として浩平ににじり寄ってきた。
「てめえの首を手下どもの墓に供えてやらなきゃなぁ・・・?」
 浩平は無言で、刀を構えると刃の向こうに敵を見据えた。
 わずかづつ、二人の距離が狭まっていく。浩平は目を見開き、飛び出す瞬間を待った。間合いはまだ遠すぎる。
 吐息が響いてくる。どちらのものともつかない、緊迫した吐息だった。
「おらぁぁ!」
「ひゅ!」
 鉄の弾き合う音が聞こえた。大男の大剣は浩平の首筋にわずかな切り傷をつけただけで、自らの横腹には深々と切り込まれ、ずるりと内蔵が垂れ下がっている。
「う・・・うう」
 大男はのたうつように砂地へ身を投げ出すと、喘ぐような声と共にしばらく痙攣したように身を震わせていた。
「うぐ・・・うぐ・・・」
 浩平は刀についた血を払うと、背中の鞘にゆっくりとおさめ、大男に近寄っていった。
「・・・何か、言い残すことはあるか?」
「く・・・くそ・・・殺せ・・・」
 浩平は再び刀を抜き放つと、ふりかぶって大男の首を両断した。

 浩平は再び血を払うと、刀を鞘におさめた。そして再び歩き出した。腰にかけたザックを叩いてやると、浩平が京介と呼んでいたシマリスが、焦ったように顔を出した。
「つまらねえことになっちまった・・・」
 浩平が指を突きだしてやると、京介は爪でひっかくようにしていた。それは血の匂いのする浩平を警戒しているような仕草だった。
「・・・終わったけどな」
 浩平は立ち去った。後には血の海と死体の山、そして縦に据え置かれた男の首が目を閉じて佇んでいた。その口元には、血を拭われた跡があった。

<第一話 終わり>
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 うー・・・新しい長編です。今回は主人公の紹介みたいなもんでした。どうでしたでしょう?次からもがんばりますのでよろしくお願いしますねー。