【9】 鉄竜
 投稿者: から丸&からす <eaad4864@mb.infoweb.ne.jp> ( 謎 ) 2000/3/5(日)22:08
 昔々あるところに、それはそれは大きな滝がありました。絶えることのない水流と水しぶきと共に、厳かなその滝は光も届かないような樹海の深部に荘重に佇んでおりました。 そしてそこには守り神がおりました。それは巨大な水の流れの中におりました。水の壁に守られるように、かつその守護者として、強大な力をもって滝に君臨していました。それは竜でした。体という体、皮膚という皮膚を固い鉄の鱗で覆われた。偉大な鉄竜でした。
 鉄竜は気が遠くなるような年月の間を、この滝を守って過ごしておりました。なんと孤独で、なんと過酷な運命でありましょうか。鉄竜は友もなく、愛する者もなく、唯一人、滝を守るためだけに長い時を過ごしておりました。しかし竜は鳴くことがありません。決して鳴くことがありません。竜の存在を知る人々は彼を恐れ敬い、滝に近づくことは滅多にありませんが、その鳴き声を聞いた者はこれまで一人もおりません。鉄竜は物言わず、ただひたすらに滝を守っておりました。そしてもちろん、竜の存在によって滝は守られ続けました。誰一人として、その滝を侵すことの出来る者はいませんでした。
 ですがある日、滝の音は変わらず、森は相変わらず鳥の鳴き声以外に音をたてることはありませんが、一人の男がやってきて竜に戦いを挑みました。
「偉大なる鉄竜よ!貴様がその滝の裏に隠した女神の加護が必要だ!」
「鉄竜よ!私は長い旅の末にお前を打ち倒すことのできる禁忌の弓を手にした!私はこの弓に魂を食いちぎられようとも、お前を倒して女神を頂く!お前が徹して女神を守るというのなら、私はこの弓にかけてお前と戦わねばならん!受けるか、鉄竜よ。長きにわたり滝を守りし、偉大なる鉄竜よ!」
 初めて、竜の咆吼が樹海に響きました。それはあまりにも強大な、聞く者の魂を芯から震え上がらせるほどの、恐ろしいほどの猛々しさ、また荘厳な響きをもって樹海に鳴り渡りました。
「いざぁ!!」
 男は滝の裾に突き出る岩を飛び越し、素早く竜に近づくと禁忌の弓を引き絞りました。放たれた第一撃は竜の首をかすめ、鱗の一枚を引き剥がしました。竜は一旦滝の裏に隠れると、大口を開けて男を足場ごと喰らわんとしました。若者は飛び退きましたが、一足おそく片足を危うく食いちぎられかけました。若者は血が流れる片足を半ば引きずるように、滝から離れて後退すると、再び滝に戻ろうとした竜の横腹に、弓の二撃目を食らわせました。腹を貫かれた竜はかすかに悲鳴を上げ、それでも速度を落とさずに滝の裏へと姿を消しました。
 男は三本目の矢を弓にかけ、負傷した足を守るように半身を突き出しながら前進しました。滝のしぶきが容赦なく男に叩きつけ、まるで追い払うかのようです。男はそれでも進みました。やがて体の半分を滝壺につかるほどになったところで、竜の出てくるのを待ちました。
 竜は雄叫びをあげながら、雄々しく滝から飛び出してきました。それは敵ながらなんと勇ましい姿かと、男に畏敬の念を抱かせました。
 竜は男に一直線に向かってきました。牙を剥きだし、恐れることなく向かってきます。男は竜の咆吼に身がすくみ、弓を射ることができませんでした。そしてついに竜の牙に捕らえられ、男は牙の中へ呑まれました。
「おおおお!!」
 牙が男の四肢に突き刺さりましたが、男はそれで我に帰り、畏怖の念を振り払うと勇気を振り絞り、竜の口の中で弓を引き絞りました。
 無我夢中の一撃でした。放たれた矢は竜の頭蓋えぐるようにを貫きました。
 竜が咆吼しました。それは勇ましくなく、悲鳴でした。悲痛な叫びが男の鼓膜を突き破るように吠えられました。男は外へ投げ出され、流れ出る血が澄んだ滝壺を赤く染めます。竜はのたうつように吠え続けた後、力尽きたように滝壺へと倒れ込みました。
 鉄竜は力尽き、もはや動くこともできませんでした。滝に打たれるまま、竜の死骸は無惨に横たわっていました。
 男は満身創痍の体にむち打って、竜の死骸を乗り越えると、滝の裏側へと進んで行きました。そこには隠された女神の像があります。男は女神の加護を受け、何を求めたのでしょうか。
 鉄竜はもはや動くことなく、滝に打たれたままになっておりました。そう、もう二度と動くこともなく。
女神は男の願いを聞き入れました。男は女神の加護が確かに受けられたと確信すると、間もなくその場を後にしました。そして横たわる竜の死骸の側に、一本の矢を突き立てていきました。
 鉄竜は眠りにつきました。滝に打たれるまま、竜は眠り続けました。そして二度と目覚めることはありませんでした。

<終わり>
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 またまた短編でした・・・。やっぱり長編は後回しですねぇ。書けないもんは書けないし・・・。誰かアクションもの書いてくれないかなぁ。