ラッパ吹きフーリエ
投稿者: から丸&からす  投稿日: 2月27日(日)10時25分
 ここは学校の古倉庫。年がら年中ほったらかしにされている可哀想な倉庫ですが、今日は冬休みを控えた大掃除の日。伝統的に一年生が掃除することになっているここに、今日は何人かが訪れて来ています。
「うわー、何これ!滅茶苦茶じゃないの!?」
「うーん、ひっでぇなぁ・・・」
「・・・・・・」
「澪、逃げちゃおうか?これなら掃除してもしなくてもわかんないし・・・」
 かきかき・・・
『だめなの』
「はぁ・・・そう言うと思ったわ」
 派遣されてきた一年生の数名は、渋々ながらも掃除を始めたようです。ほこりがあればほこりを払い、吸い殻とかその他ごみと判断されるものは片っ端から外に出していきます。
「澪、その段ボールの中、見てみてくれる」
「・・・」
 うん
 澪がずいぶんと大きめな段ボールの箱を開けます。それまでは体育用具のなれの果てとか使い損なった事務用品なんかが入っているのが大半だったのですが、その中身は他のどれとも趣を異にしていました。
「?」
 その中には小さな子が使いそうな、それもかなり古いおもちゃがぎっしり入っていました。今では見ることのないブリキ製の人形や、その他見慣れない物がぎっしりです。
「?」
 と、その中に一つのラッパを見つけました。材質はよくわかりませんが、ぼろぼろでほこりだらけのラッパです。とても使えそうにはありません。
「・・・・・・」
 でも澪は好奇心から、それを吹いてみたい衝動に駆られました。汚いラッパなのですが、どうしてこんなところにあるのでしょう、そしてどんな音が出るのでしょう。澪の好奇心はどんどんかきたてられていきました。そしてきょろきょろと辺りを見回して誰も見ていないことを確認すると、意を決したようにラッパに口をつけて思い切り吹きました。
 すぽーん!
「!?」
 と、軽快な音を予想していたのとは全然違い、何か衝突したような音を出しました。どうやら何かが詰まっていたようです。澪はひどく慌てながらも、ラッパから口を離して辺りを見回しました。すると不思議です。何かを吹きだしたと思ったのに、ラッパの先には何も見あたりません。前と同じように、無機質な倉庫の床と、所狭しと並ぶ段ボールの山があるだけです。
「・・・?」
 澪は注意深く辺りを見回してみました。すると床に小さな人形が一つ、転がっているではありませんか。明らかに前にはなかったものです。澪はそれを拾い上げると、じっと見つめました。
「・・・・・・」
 どこからどう見てもただの人形です。澪の手にちょうど当てはまるぐらいの、小さな人形です。
「う、うーん・・・」
 と、そこでなにか声が聞こえました。澪はぎょっとしました。それは澪の知る男友達とも女友達とも違う、もっと小さな少年のような声です。しかし辺りには、相変わらず掃除を続けているメンバーの面々しかいません。
「?」
 澪は恐くなって身を震わせました。もしかしたらお化けかも知れません。澪は持っていた人形を胸の前でぎゅっと握りました。
「うぐ、待って!苦しいよ!」
 また声が聞こえてきました。今度はさっきよりも近くにはっきりと。澪はさらに怯えて、倉庫の壁にぺたんと背をつけて動けなくなってしまいました。
「ねぇ、ちょっと・・・どうしてそんなに悲しそうなの?」
 声はまるで澪に語りかけるように響いてきました。澪はもう恐怖の頂点です。何がなんだかわからず、もう一度人形をぎゅっと抱きしめました。
「ぐ!そ、それはやめて・・・」
 そこで澪はようやく違和感に気が付きました。何か手の中でうごめいているような感じがあります。見てみると、なんてことでしょう、さっきラッパから吹きだした人形が澪の手の中で苦しそうにもがいているではありませんか。
「!!!」
 澪はびっくり仰天して、うっかり手を離してしまいました。人形は床に落ちて、ことんと固そうな音を出しました。
「あいたたた・・・急に離さないで・・・」
 すると人形は頭をさすりながらまた澪の方を見つめてきます。澪の方はもう完全に動揺してしまって身動き一つ取れません。
「うーん。驚かせてしまったかな・・・」
 人形はぱたぱたとほこりを払うような仕草を見せると、ふーっと宙に浮いて澪の顔の前まで来ました。
「・・・・・・」
「いや、そんなに怯えないで。僕の名前はフーリエ。ただのラッパ吹きさ」
 澪は慇懃に自己紹介する人形にきょとんとなりながらも、怯えずにスケッチブックを取って応答します。
 かきかき・・・
『ラッパの精さんなの?』
「うーん・・・ちょっと違うけどまあそんなもの。でも僕はラッパ吹きなんだよ」
 かきかき・・・
『ラッパ吹きさんなの?』
「そうそう」
 人形は空中で何度も頷きました。
「今までラッパの中で眠ってたんだけど、君かな?ラッパを吹いたのは」
 かきかき・・・
『起こしちゃったの?』
「ん、まあそういうこと」
 かきかき・・・
『ごめんなさいなの』
 ぺこり
「いや、謝らなくてもいいんだよ。むしろ退屈してたからさ」
 かきかき・・・
『そうなの?』
「うん、そうそう。そうだ、君の名前はなんて言うの?」
 かきかき・・・
『上月澪なの 高校一年生なの』
「そっかぁ、澪ちゃんかぁ」
 ぺらぺら・・・
『よろしくなの』
「うん、よろしく」
 澪は突如として現れたラッパ吹きのフーリエに興味津々で、宙に舞っているフーリエの周りを眺めるようにぐるぐる回っていました。
 ぺらぺら・・・
『ラッパ吹きさんなの?』
「うん?そうだよ」
 かきかき・・・
『ラッパ 聞かせてほしいの』
 澪は期待に満ちた眼差しでスケッチブックを向けました。しかしフーリエはそれに反してなにやら考え事でもするように目を落としてしまいました。
 かきかき・・・
『どうしたの?』
「いや、そのことなんだけど。実は僕、ラッパ吹きのくせに実はちっともラッパが上手じゃないんだ・・・」
 フーリエは申し訳なさそうに宙から降りると、倉庫の床で小さくなってしまいました。
 かきかき・・・
『そうなの?』
「うん。情けない話だけど、僕はラッパが吹けない。ラッパ吹きのくせにラッパが吹けないなんて、お笑いだろう?」
 ぶるぶるぶる!
『そんなことないの!』
「んー・・・でも、ラッパが吹けないんじゃあ僕に取り柄なんてなにもないんだぁ・・・」
 かきかき・・・
『空 飛べるの』
「・・・それはあんまりすごいことじゃないんだ」
「・・・・・・」
 うーんと、うーんと・・・
 澪は必死で今会ったばかりのフーリエの長所を発見しようとしているようでしたが、フーリエはその横で思いついたように手を叩きました。
「ああ、そうだ!僕にも出来ることがあるよ!」
 澪は少しびっくりしてしまいましたが、
 かきかき・・・
『なんなの?』
 すると再びフーリエは宙に舞い、今度は得意そうに澪の眼前に現れました。
「そう!僕はこうやって長い眠りから覚めた後に、三人だけ、三人の人間を幸せにすることができるんだ!」
「・・・」
 かきかき・・・
『すごいの!』
「そうかな?出来ることと言ったらこれぐらいだけどね」
 かきかき・・・
『でも すごいの』
「うーん・・・、よぉし。じゃあ今日は気分がいいから、澪ちゃんの言う人を三人、幸せにしてあげよう!」
 かきかき・・・
『本当なの?』
「本当本当。誰だっていいんだよ」
 かきかき・・・
『いいの?』
「いいのいいの。僕は澪ちゃんの言う人三人を必ず幸せにしてあげるよ!」
 澪は心の中が一杯になってしまいました。人形が目の前で喋り、宙に浮いて会話することが出来るなんて、それだけでも夢のような話ですが、それに加えて三人の人を幸せにしてくれるというのです。澪の心ははちきれんばかりでした。
「それじゃ早速、ここを出て幸せじゃない人を探しに行こう!」
 かきかき・・・
『でも 掃除中なの』
「ええ、でも僕はこうやっていられる時間がとても短いんだ。掃除が終わるのを待ってる余裕はないなぁ」
「・・・・・・」
 うーん・・・
 かきかき・・・
『脱出しちゃうの』
「そうこなくちゃ!」
 澪はメンバーの目を盗んで、こっそり古倉庫を脱出してしまいました。澪は後から怒られることでひやひやしていましたが、横ではフーリエがふわふわと浮かびながら、呑気な笑みを浮かべています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「じゃあ、まず一人目は誰にしようか?」
 うーん・・・
『深山部長なの』
「深山部長?誰、それ」
 澪は深山が部の先輩であることと、部費が不足して困っていることをずいぶん手間取りながら
説明しました。
「ふんふんなるほど・・・わかった!その人を幸せにしよう!」
 すると二人は急いで演劇部の部室へと向かいました。
「はぁー・・・どう考えてもこれじゃ足りないわ・・・。無理もないわよね、延滞がこんなにいるんじゃ・・・。どうしよう、これじゃ次の公演に必要なものも揃えられないわよ・・・」
 二人は部室の陰からそーっと覗いていました。
「うん、困ってるね」
 かきかき・・・
『深刻な問題なの』
「よし、それじゃ深山部長を幸せにしよう!」
 するとフーリエはくるくると舞い始めました。星屑のような光を辺りにちりばめながら、くるくると舞い始めたのです。
 やがてフーリエが舞い終わると・・・
「部長〜〜〜!!!」
 澪達の後ろから、息せき切った男子部員三人が部室に走り込んで来ました。フーリエには気が付かなかったようです。
「あ、あんた達は延滞三人組・・・」
「部長!今まですいませんでした!」
「部費を払おうと思いつつ貯めては使い込んでの繰り返し・・・」
「それも長きに渡り、今ではすっかり莫大な額になってしまいました!」
 そこで三人の中の一人が部長の前に歩み出ました。
「しかしその汚名もここまで!持ってきました、我々の延滞部費を全額です!」
「自分の財布を空にして、それでも足りず親に泣いてすがって・・・」
「最後にはバイトまでして貯めた血の出るような金なのです!」
「これを使ってなんとしても次の公演を成功させましょう!」
 三人は一致団結するように部長の前で拳を揃えました。
「そ、そうね・・・がんばりましょう!」
 おおーーー!という歓声が中から聞こえてきました。
「うんうん。これで深山部長は幸せ!」
 かきかき・・・
『よかったの』
 澪もすっかり満足しました。

「よーし、じゃあ次は?」
「・・・・・・」
 うーん・・・
 かきかき・・・
『長森先輩なの』
「長森先輩?誰、それ」
 長森先輩は澪の知り合いの折原先輩の恋人で、自分勝手な折原先輩に長森先輩はいつも困らせられている、ということをこれまたかなり手間取って澪はフーリエに説明しました。
「なるほど、それは可哀想だ」
 ぺらぺら・・・
『そうなの』
「じゃ、早速長森先輩のところまでいこう!」
 かきかき・・・
『行こうなの!』
 二人は瑞佳の教室まで走りました。

「あ、長森!今日の約束キャンセルな!悪い、ゲーセンに新台が来たんだ!」
「えー!そんなぁ、私楽しみにしてたのに・・・」
「そう言うなよ。クレープは逃げやしないって。じゃあな!」
「もう・・・」
 浩平が慌ただしく教室を出て行きました。澪とフーリエの二人は教室の陰からこっそり覗いています。
「もう、浩平ったら・・・いつもああなんだから・・・」
 瑞佳は悲しそうに、一人で帰り支度を始めました。
「なるほど、これは可哀想だ」
 かきかき・・・
『可哀想なの』
 すっかり瑞佳に同情した澪は悲しそうです。フーリエは澪の頭をよしよしと撫でてやりました。
「よーし、それじゃ長森先輩を幸せにしよう!」
 するとまた、フーリエは舞い始めました。くるくると、きらきら光る星屑をちりばめながら舞い始めました。
 そして舞い終わると・・・
 がらがらがら・・・
「あー、ごほん・・・」
「あ、浩平。どうしたの?」
「・・・すっかり忘れてた・・・。今日、お前の誕生日だったな・・・」
「もう、やっぱり忘れてたんだ・・・」
「悪かったよ!それじゃクレープじゃなくて何か好きな買ってやるから、な?」
「ほんとう!なんでもいいの?」
「う・・・あんまり高いのは勘弁だぞ」
「それでもいいよ。じゃあ行こう、浩平!」
「おいおい、腕を掴むなよ・・・」
 二人は元気よく教室を出ていきました。陰に隠れていた澪とフーリエには気が付かなかったようです。
「うんうん。よかったね」
 かきかき・・・
『よかったの』
「よし、じゃあ次は?」
「・・・・・・」
 うーん・・・
 かきかき・・・
『みさき先輩なの』
「みさき先輩?誰、それ」
 澪はみさき先輩が目の見えない先輩であるということを、これはあっと言う間に説明できました。
「よし、それじゃあみさき先輩の所に行こう!」
 かきかき・・・
『行こう!なの』

「ふー・・・お腹一杯♪」
「みさき・・・さすがにちょっと食べ過ぎじゃない?」
「そうかな、これでもまだ八分目なんだけど・・・」
 澪とフーリエは学食の陰に隠れています。
「うーん・・・」
 かきかき・・・
『どうしたの?』
「あの人は・・・困ってそうには見えないよ」
『でも 目が見えないの』
「それが不幸ってこととは簡単に結びつかないよ。君だって声が出せないけど、不幸かい?」
「・・・・・・」
 かきかき・・・
『そんなことないの』
「じゃ、あの人はパスだね」
「・・・・・・」
 うーん・・・
 かきかき・・・
『そうするの』
 二人は学食を後にしました。
「それじゃあ三人目はどうしようか?」
「・・・・・・」
 うーん・・・
「もういない?」
「・・・・・・」
 うーん・・・
 かきかき・・・
『フーリエなの』
「え、僕かい?」
 かきかき・・・
『ラッパ 吹けないの』
「な、なるほど・・・うーん、僕かぁ・・・よし。それじゃあ最後に、澪に僕のラッパを聞かせてあげよう!」
 かきかき・・・
『本当なの?』
 澪は再び期待に満ちた眼差しでフーリエを見つめました。
「うん、上手じゃないけど、一生懸命吹くよ!」
「・・・・・・」
 わーい!
 澪は思わず、その場で小躍りしてしまいました。
「それじゃ、今度は倉庫に戻ろう!」

 二人は古倉庫に戻って来ました。掃除のメンバーは片づいて帰ってしまったのか、人っ子一人いません。
「澪、こっちだよ」
 とてとてとて・・・
「えぇっと、ラッパは・・・よし、これだ」
 フーリエは先ほどの段ボールの中から古びたラッパを取り出して、それをかざすように構えました。
「それでは・・・」
 かきかき・・・
『がんばって!なの』
 ぱちぱちぱち・・・
 頬に力を込めるように姿勢を整えると、フーリエはゆっくりとラッパに口をつけました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 気が付くと、澪は倉庫に立っていました。辺りには掃除に忙しそうな顔見知りの一年生が忙しそうに立ち働いています。澪はそんな中、片手に古びたラッパを持って立ちつくしていました。
「澪、どうしたの?」
「・・・・・・」
 ふるふる・・・
「そう・・・その段ボール。早く片づけてね」
 澪はおもちゃがたくさん詰まった段ボールに向かい合うと、ラッパを思い切って吹いてみました。しかし、フーリエは出てきません。代わりに気の抜けたような、かすれた音が出てきました。何度も何度も吹いてみても、そんな音しか出ません。澪がよく見てみると、そのラッパは穴が空いて壊れていました。
「・・・・・・」
 澪はメンバーの目を盗んで、倉庫を脱出してしまいました。フーリエと一緒に幸せにした人達の所に走って行ったのです。壊れて音の出ないラッパを手に取って。

<終わり>
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ふー・・・久々短編です。いかがでしたでしょうか?
 本日は疲労困憊ですので、ではまた・・・。