風の旅路
投稿者: から丸&からす  投稿日: 2月19日(土)00時35分
第五話「心」

 稲木の言った意味深なセリフ、まるで俺が何もわかっていないような口振りだった。元から集中するつもりもないが、午後の授業にはそのことでさらに身が入らなかった。
 早い話が時川を追い出してしまえば話は早いのだが、今更になってそれはないだろう。かといって、長森の方も放っておくわけにいかなくなっている。そんな考えがぐるぐると回り、頭の中は出口の見つからない迷路に等しかった。
「はぁ・・・」
 俺が長森のことについてこれほど悩んだことは、これまでの生涯で初めてだろう。常に邪険にしているわけじゃないが、あいつを失うのはなんとなく嫌な気がした。
 帰りの準備をしながら、今日は七瀬をからかいもしないし椎名と遊びもしない。遊びに誘ってくる悪友共も今日ばかりは断って、俺は一人になると、これから各々の目的で街に出ていく下校の集団の中を帰路についた。
 一人なってもまだ考えは止まない。こんなに頭を使うのは久しぶりだった、それも長森のために。なんだって俺があいつのためにこんな精神的労苦を負わねばならないのだろうか。それはやはり、俺の心の奥底に長森を失いたくないという気持ちがあるからだろうか。
 考え事をしていると時間はあっと言う間だ。俺は早足で商店街をかきわけると、そのまま住宅街へ歩を進め、家へと歩いていった。頭の中にはこびりついたように、不機嫌な長森の顔が浮かんでくる。それを振り払うように俺は足早になっていった。
 この時間だとまだ時川も帰ってきていない。叔母さんは論外だ。家の中には俺以外には誰もいない。俺は階段を上って部屋にたどりつくと、鞄を放り投げてそのままベッドに倒れ込んだ。
 俺にどうしろと言うのだ。
 今更、時川を追い出せないし、長森を放っておくわけにもいかない。なによりも原因が判然としない。俺は終わらない思考の渦を抱えて、しばらくベッドの上で寝返りを打ち続けた。
「ただいまー!」
 鍵の解かれる音と共に、今の俺とは正反対の元気そうな声が階下から響いてくる。どうやら時川が帰って来たようだ。俺はベッドから身を起こすと玄関を見下ろせる位置までのそのそと歩いていった。
 そこまで来てみると靴を脱ぐ時川の姿がちょうど見える。開かれたままのドアから覗く外の様子は、薄暗くなってきているがまだ夕焼けには早い。太陽が焼ける直前の、ちょっとした薄闇といったところだった。
「なんだ、早いな」
「うん、今日は朝からだったからね」
 とりあえず時川の話し相手にでもなってやろうかと思い、俺は階段を降りていった。部屋着にも着替えず制服のまま、見ると時川は最初に見た絹の上着ではなくジャケットを羽織っていた。どうやら何枚かストックがあるようだ。
「バイト代、貯まりそうか?」
「うん、あとちょっとしたらね」
「そうか」
「浩平も今日は早いんだね、そう言えば昨日は何してたの?」
「ああ・・・そのことなんだが」
 俺は時川に長森のことを説明した。説明といってもなんてことはない、俺の幼なじみであるってことと、時川が来てからやけに機嫌が悪いってことぐらいだ。時川は説明を聞くと、ふ〜ん、とやはり訳がわからなそうに頷いた。
「私、嫌われてるのかなぁ」
「そうかもな」
「えー、でも私はなんにもしてないよ」
「まあ、理由はわからないんだけどな」
 俺は大儀そうに居間のソファに座った。時川も上着を脱ぐと、俺の隣に座って話を続けた。
「うーん、突然ご厄介になるようなことは初めてじゃないんだけど、そういうのは初めてだよ」
「そうだろうなぁ・・・」
「浩平の力でなんとかならないの、幼なじみでしょ?」
「その幼なじみが原因不明で俺に冷たいから困ってるんだよ」
「そうかぁ・・・」
「そうなんだよ」
 時川がごろんとソファに横になった。話が平行線であることを早くも見切ったらしく、まるで猫か何かのように気だるそうな伸びをする。そこで時川のそれまで困ったようにしていた顔が突然、ぱっと好奇心の目に変わった。
「話は変わるけどさ・・・」
「なんだよ」
「浩平、旅に出るつもりはない?」
「またその話かよ、ないっていったろ」
「本当に本当?浩平は旅に出たくないの?」
「出たくないね。・・・というか、お前は俺が旅に出たいと思ってるのか?」
「うん」
「・・・その根拠はどこから出て来るんだ?」
「だって・・・浩平は旅に出たそうにしてるよ」
「は?」
「浩平の目はね、旅人の目だよ。いつも風が吹くようにふらふらして、同じ所にいない。旅人の目をしてるよ」
「なに・・・?」
「私は見ればわかるんだよ。その人が旅人じゃないかどうか。見ればわかるんだよ」
「馬鹿言うな・・・」
「本当だよ!浩平は旅に出たがってるよ!」
「・・・・・・」
 何もかも捨てて、風のような旅をする。いつも見知らぬ場所、見知らぬ人間に囲まれ、同じ場所に留まっていない。俺は今の生活を捨てたいなどと思ったことはない。だが確かに俺の心は、いつも同じ場所には留まっていなかったかもしれない。気が付けばふらふらと、俺の心だけはまるで風のようにどこかへ飛び去ってしまうことがある。それは、俺が旅人であるということなのだろうか。
 その時、まるで俺の姿を照らし出すかのように、窓から夕日の光が射し込んできた。そして次の時川の一言で、俺は一瞬言葉を失った。
「浩平、旅に出ようよ。私と一緒に」
「・・・ふざけるな」
「一人っきりで旅するのに疲れちゃって・・・、浩平と一緒ならきっと楽しいよ」
「俺は・・・旅になんて出ない」
「・・・・・・」
「出ないからな・・・」
 時川はじっと俺の方を見つめている。何か期待と不安が入り交じったような、孵化しそうな卵を見るような目だ。俺はそれから逃げるように、居間から出ていくと階段を上って、自室に閉じこもった。ベッドに倒れ込んで、枕に顔を埋める。
 わからないことだらけだ。長森は機嫌を悪くするし、俺も俺だ。さっきの時川との会話で一瞬だがやつの言葉に心を引き寄せられてしまった。
 旅に出る。なんて馬鹿げたことだ。それはこれまで培ってきたものをみんな捨ててしまうんだ。そんなことになんの意味があるというのか。
 窓から夕日が射し込み、俺の部屋を赤色に染める。よく陽が入る俺の部屋で起こる現象だが、今の俺はそれすら気にくわない。カーテンを力一杯引っ張って引き寄せると、入ってくる陽を無理矢理に遮断した。

<第五話 終わり>
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 はふぅ・・・すいません。北一色殿、感想を書く気力があらんでござる・・・。
 どうでしたでしょうか第五話。このSSは思いつきで展開させているので見苦しいところがありましたらお詫びします。それでも読んでくださった方には感謝です。
 うぃー・・・眠い。じゃ、今日はこのへんで・・・。