風の旅路
投稿者: から丸&からす  投稿日: 2月18日(金)16時52分
第四話「浩平と瑞佳」

 カーテンの引かれる音と共に視界が白くなる。いつもだったらここで長森の罵声ならぬ怒声が響いてくるはずなのだが、昨日からその予定は違ってきていた。
「おはよー!朝だぞ浩平ー!」
 時川は声をかけるだけでなく、布団をかぶった俺の上にのしかかってくるのだ。ちょうど俺の胸の辺りに腰を据えて、肩をがくがくと揺さぶる。
「ほらほら起きた起きた。あんたってほんっとーに寝起きが悪いね〜」
 呑気な声でそんなことを言う。というか、そんな姿勢でいられたら起きあがることも出来ないと思うのは俺の気のせいだろうか。俺はすでに開いている目で時川を睨め付けながら、なんとか起きあがろうと苦心していた。
「あ、起きたね。朝食できてるから下で待ってるよ」
 やるだけやってしまうと、時川はさっさと下へ降りていってしまった。後にはまだ布団から上体を起こしただけの俺が残される。嵐のような朝の展開に、しばし呆然としながら妙な孤独感を覚えた。
 しかしいつまでもそうしているわけにもいかない。俺はポカンと開けたままだった口をつぐむと、鞄と着替えを引っつかんで下へ降りていった。心なしか、長森の場合よりも時間は早いが憂鬱な感が残っていた。
「ほらほら浩平、私も朝からバイトなんだから急いでよー」
 のろい動作で下に降りてきた俺の背を時川が押して、強引に台所の食卓につかせる。なんと手際の良いことか、さらの上には焼けたトーストと目玉焼きが、ついでにコーヒーまで用意してあった。
「ほら、ぼーっとしてないでさっさと食べなよ」
「ああ・・・」
 俺はトーストの上に目玉焼きを載せると、ゆっくり口に押し込んでいった。時川のバイトの時間の方がこちらの始業の時間よりも早いのだろう。長森がまだこちらの家に到着していないのが何よりの証拠だった。それにしても宿を提供してやってるはずの俺が、ルームメイト並みに相手のペースに合わせられてしまっているところが、またそれが自然にそうなってしまっているところがなんとなく恐ろしかった。

ピンポーン

 まるで俺を急き立てるかのように呼び出しの報がなる。間違いなく長森だ。長森は開いているドアからいつものように勝手に上がってくると、いつもなら階段を上がってくるところを、今日は物音を聞きつけたのか台所に覗くように顔を出して来た。
「おはよ、浩平。・・・それから翼さん」
「おう」
「おはよ、瑞佳さん」
 長森が威嚇のオーラを発しているのを、時川は気づいただろうか。長森は睨むように時川を一瞥すると、俺の洗顔の準備でもするつもりなのか洗面所の方へ向かっていった。
 なんだか美少女二人に朝の世話をさせるというのはとても贅沢なことのはずなのだが、俺はと言えばなるようにしてなったとしか考えられないので、それに関しては無感動だった。
「ごちそうさま・・・」
「ん、食器は私が片づけとくよ」
「ああ、悪いな」
 俺はまだふらつく足を洗面所へ向けると、そのまま歩いていった。洗面所にはやはり機嫌が悪そうな長森がタオルと洗顔用具を手に待って待ちかまえていた。
「いいね、浩平。かわいい同棲相手に朝御飯まで作ってもらえて」
「・・・・・・」
 長森は自分の役目を取られたのが不服なのか、やはり機嫌が悪い。とはいえ、今更になってわざわざその権利を長森に明け渡すのも妙なので、どうにもしがたい。俺は無言で洗顔用具とタオルを受け取ると、顔を洗って洗面所を出た。そのまま居間まで行って着替えてしまう。さすがにこれを手伝う人間はいない。俺は一人で着替えると、大きくあくびをしながら玄関まで行った。
「じゃ、先にいくからな、時川」
「うん、いってらっしゃーい」
「・・・いいね、まるで新婚さんみたいだよ」
 長森がまたオーラを発しながら嫌みなことを言う。そんなに気分を悪くする理由が俺には今ひとつわからないのだが、こちらに目を向けない長森の背中はいつもより小さく、なぜか寂しく見えた。
「じゃ、行くか」
「・・・うん」
 俺は目を落としたままの長森を促すと、玄関から出て通学路へと出ていった。

「ねぇ浩平、彼女との同棲はいつまで続けるの?」
 今度は怒ってではなく、心配するような顔で長森が俺に問うた。俺はわざと煩わしそうな振りをしながら、それに答えてやる。
「その同棲って言葉を使うなよ、なんだか怪しく響くだろうが!」
「だって事実だよ」
「事実ったってなぁ・・・何も常に一緒ってわけじゃない、顔を合わせるのは朝と夜だけだぞ」
「それを同棲って言うんだよ」
 その後も長森と口論を続けたが、むこうは頑としてゆずらなかった。俺は嫌疑を恐れるわけではないが、それが長森の不機嫌のタネだとすると、放っておくわけにもいかないのだ。
 しかしいい加減に疲れた俺は半ばあきらめ、ふてくされたようにこう言ってやった。
「まあいいけどな、そう思ってても」
「え・・・?」
「別に、何が起こるわけじゃなし・・・」
「起こってからじゃ遅いんだよ!」
 急に長森が大声を出す。俺は驚いて長森の方を振り向いたが、長森の方も自分に驚いているようで、そのまま口をつぐんでしまった。目を落としているのでその表情は伺い知れないが、動揺はありありと伝わってきた。
「私・・・今日こっちから行く。後でね、浩平」
「あ、待てよ・・・」
 言うが早いが、長森はいつもの通学路とは違う脇道にそれていってしまった。俺は止める間もなく、長森の方に伸ばした手は空しく空を握っていた。
「なんだよ・・・あいつは」
 わけのわからない長森の行動にいいかげん俺も付き合いきれなかった。
 俺は長森を追うことなく通学路に戻ると、そのまま学校への進度を取った。その間、少しばかりここのところの長森の様子の変化を考えていたが、答えは出てこない。時川の闖入が発端なのはわかっているのだが、それでも理由はわからない。
「うーむ・・・」
 なんで俺がこんなに頭を使わねばならないんだろうと思ったりもしたが、いつも世話になっている長森とこのまま疎遠になってしまったりしては、それはそれで困る。
 俺は歩く道々、長森のことを考えていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 学校に来てからも長森の様子は変わっていなかった。俺のことをわざと無視するように声をかけても相手にせず、筆記用具を盗んでみても無言で取り返しただけだった。
 俺としても心持ちが悪く、いらいらとしていた。相手の不機嫌の理由がわからない。向こうもそれをこちらに告げようとしない。俺の方から踏み込むのも面倒だ。それでは永遠の平行線ではないか。
 昼休みまで考えて出た結論がそれだったので、これは独力では無理だと判断。ある人間に助言を求めることにした。
「まあそういうわけで体育館の裏に来い」
「・・・決闘?」
「いや」
「も、もしかして告白?」
「いや」
「じゃあなに?」
「いいから来い。来なかったらお前の悪い噂を二十秒以内に全校に伝えるぞ」
「わかったわよわかったわよ!」
 俺が助言の相手に選んだのは稲木佐織。長森の無二の親友だ。ストレートの髪を肩の辺りまで伸ばした。眼鏡をかけた大人しいタイプの女子だった。男子からの人気もそこそこ、成績もそこそこ、なんだか長森と共通するところが多い。
「でもどうして体育館の裏なの?」
「場所として最適だからだ」
「ふうん・・・?」
「じゃ、先に行ってるぞ」
 わざわざ二人で連れ立って行くのも妙に思われるだろう。俺は一足早く教室を出ると、約束の場所に向かった。軽そうな声の放送委員がDJを気取って昼の放送をしているのが、この時はやけに耳についた。

「ひぃぃぃぃ!?」
「どうした?」
「だってだってだってぇ、なんでこんな所で!?」
「騒ぐな、襲われるぞ」
「やだよもう〜」
 体育館の裏、俺より後に来た稲木はそこの様子を見ただけで絶叫した。辺りの住人が一瞬目を向けたが、すぐに興味を失って元の遊戯に戻る。
 俺は逃げ出しそうな稲木の手を強引に掴むと、俺の隣に座らせた。
「折原君・・・私、すっごく恐いんだけど」
「安心しろ、本格的にお前に危機が訪れたら、俺が出来るだけ守ってやる」
「頼りないわね・・・」
 そんなことを言いながらも稲木は心細いのか、俺の陰に隠れるように身を移した。それにしても男子生徒の集団が煙草を吸ったり賭けポーカーをやってたりするのがそんなに恐ろしいだろうか?俺は泣きそうな稲木をなだめると、やや強引に話を切りだした。
「実は長森のことについてなんだが・・・」
「え、瑞佳のこと?」
「そう」
「え、なになに。ついに幼なじみの壁を越えるってこと?」
 稲木が興味津々の面持ちで俺に顔を寄せてくる。さっきまでの恐怖はどこへいったのだろう。
「全然違うから安心しろ」
「なんだ、つまんない」
「いいから相談にのれ、実はな・・・」
「うんうん・・・」
 俺は事の次第を稲木に語って聞かせた。こう話してみると実にどうということのない話なのだが、俺は非常に困っているのだ。そして解決への糸口は見つかっていない。
「あのね〜折原君」
「なんだよ」
「ちょっとは瑞佳の気持ちになって考えてみたら?」
「どういう意味だよ・・・」
「例えばさぁ・・・どこか見知らぬ男の子が突然瑞佳の家に転がりこんできて、その人の世話をするのにあなたが放って置かれたらどう?」
「そりゃあ・・・腹が立つな」
「でしょ?瑞佳にしたって同じ気持ちだよ」
「でもな、あいつは俺の世話をしなくてよくなるんだから、それはいいんじゃないか?」
 俺は、俺にとっては当然の疑問を口にしてみた。それに対して稲木が深くため息をついてこう言う。
「わかってない・・・」
「なに、どういう意味だ?」
「だからそれは・・・あなたの世話をすることは瑞佳にとっては嬉しいことだったって意味でしょ?」
「・・・どうしてだ?」
「・・・これ以上、私の口から言うのはやめとくわ。後は自分で考えることね」
 稲木はそれだけ言うと、さっさと立ち上がってその場を後にしてしまった。最後の口調は、まるで俺に呆れているようだった。困惑した俺はわけがわからず、近くでやっていた賭けポーカーに参加した後、昼飯も食わずに教室へ戻った。

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ふー、どないなもんでしょか第四話、なんか最初に考えてたのとはずいぶん様子が変わって来たなぁ・・・まあなんとかなるか。
 それでは、ここまで読んでくださった皆さんに敬意を表しつつ感想へ・・・

>まてつや氏
 ・おめかし1,2,3
 コスプレSS・・・なんか革命が起こってるんですがどうしたものでしょう。とりあえずレーニンとスターリンと赤軍の皆さんを呼び寄せて・・・ではなく、コスプレSS・・・うーん、繭がかわいい。それに尽きます。

>みのりふ氏
 ・浩平、北へ、バレンタイン後日談
 なんだかヒロインの爆走気味が過熱気味ですねぇ。なんかもうほんと浩平はふりまわされっぱなし、ヒロインの爆走止めるものなし・・・ですね、みさき先輩が冷蔵庫を漁るって発想から、ヒロインの爆走脱線に終始笑いが止まりませんでした。可哀想な浩平!また、あゆの登場がちょっと嬉しかったりして。

 それでは、お後がよろしいようで・・・。