風の旅路 投稿者: から丸&からす
第三話「瑞佳と翼」

 時間というのは本当にこちらの意のままには動いてくれない。どれほど経ったかと思えば、それほども経っておらず。そんなに過ぎたかと思えば、それほども過ぎていない。
 昼休みの五時間目を始めから寝に入り、気がついたら六時間目が終わっていた。まさしく気分は浦島太郎。テストも近いこの時期になかなかの冒険をしてしまった。俺は後から長森にノートを写させてもらう算段をたてながら、しかたがないので帰りの支度を始める。机の中に入っている漫画類を鞄の中に押し込み、教科書の大半は机に残し、ついでに目の前にぶらさがっているお下げを引っ張ってみたりもする。
「ぎゃーーーーー!!」
「うん、やっぱり引っ張りたくなるよな、これ」
「何すんのよ折原っ!」
「いや、つい条件反射で・・・」
「変な条件反射を・・・ってぎゃーーーーー!!」
「みゅー♪」
 怪物は椎名に任せて、俺は身支度を整えるとさっさと教室を出ていった。思い残すことは何もない。
「浩平ー」
「・・・・・・」
「浩平?」
「・・・・・・」
「浩平、私今日は部活がないから一緒に帰ろうよ」
「・・・・・・」
「ほら、彼女のこともあるし」
「・・・・・・」
「じゃ、おっけーだね」
「・・・・・・」
「でもどうしてさっきから黙ってるの?」
「・・・お前がどのくらいで根を上げるか待ってたんだがなぁ・・・」
「浩平の考えてることくらいお見通しだよ」
 際どい冗談もさらりと受け流す、長森の存在をちょっとありがたいと思う瞬間だ。 
 別に一人で帰るのが寂しいわけではないが、こうして誰かが側にいるとそれだけで気が紛れるものだ。住井達と騒ぎながら帰るのもいいが、長森と二人で帰るのもよかった。俺は長森の誘いを快く承諾すると、一緒に帰路についた。
「それでさ、浩平。翼さんのことなんだけど・・・」
「あぁ・・・」
 まだ帰路にもついていない。下駄箱のところで長森は話を持ち出してきた。話のタネはもちろん時川のことについてだ。どうやらこいつは頭から、結婚してもいない男女が一つ屋根の下にいることは不純だと思っているようだ。
「そうだな、七瀬だったら椎名を振りほどいて逃げるだろう。あいつは強い漢だ」
「そうじゃなくて」
「あー、椎名だったらもう一人で帰れるだろう。帰り際を狙って誘拐したいなら話は別だが」
「そうでもなくて」
「んー・・・じゃあ逃げよう」
「あ、待ってよ!」
 俺は素早く靴を履くと、一気に加速した。全力疾走で校門をくぐると、陰に隠れて長森が追いつくのを待つ。
「はあはあはあ・・・浩平どこ〜」
「ばか、本当に置いていくと思ったのか?」
「あ、いたー」
「いたー、じゃないだろう。まったく俺が気を利かせて逃げてやったんだから、お前は潔く見送るぐらいのことはできないのかね・・・」
「言ってることが滅茶苦茶だよ浩平・・・。普通は、逃げられたら追いかけるよ」
「そうか、世の中ってのは複雑だな・・・」
「はあ・・・」
 ため息をつく長森を連れて、俺達はようやく帰路についた。周りにはまだ自分たちと同じように下校していく生徒達であふれている。その中を長森と二人、まるで口論をするように時川のことを話しながら歩いていく。
「だからな、屋根を提供してやってるだけだって」
「よくないもん、そんなこと。上では浩平が寝てるんでしょ?」
「そうだが・・・」
「やっぱりよくないよ。不純だよ、そんなこと」
 長森は口をとがらせてそんなことを言う。うーむ、こいつは変なところで頭が固い。あんな変わり者を寝ている間にどうこうしようという気など、俺にはさらさらないのだが。
「まあ・・・毎朝会うわけだし、慣れるだろ。長森も」
「慣れないよ、絶対」
 やれやれ・・・長森はさっきから俺の方を見ていない。どうやら完全に機嫌を損ねたようだ。別に明日になれば元通りなのだが、放っておくのも寝覚めが悪い。俺は何か打開案を考えた。
「おおそうだ、長森」
「なに?」
「今度、パタポ屋に新メニューが出たろ。奢ってやるから行かないか?」
「あ、そう言えばそうだったね。うん、いいよ。行こう」
 長森の頬が少し緩む。手がかかるが、長森も以外に単純だ。クレープ一つで機嫌が直るなら安いものだろう。
「それじゃあパタポ屋まで走るか」
「走る必要ないよ!」
「どうしてだ?あそこは混むから、早いほうが有利だろ」
「そんなことまでして有利に立つことないよ。ゆっくり行こうよ、ほら」
 長森が俺の腕を握って駆け出そうとしたのを引き留める。俺は仕方なく、足場を元に戻した。そこから本当にゆっくりした長森の歩調に合わせて歩いていく。
「お前・・・歩くの遅いなあ」
「浩平が速すぎるんだよ」
 それにしても、長森がゆっくり歩くとどこか優雅な雰囲気があるのだが、俺がそれに合わせると全然優雅じゃない。骨折したカニのようでまるで格好がつかない。
「やっぱり走って」
「だめ」
 俺は諦めて、パタポ屋までの道のりを長森に合わせて歩いた。その間にするのはなんてことはない、今日学校であった授業の話とか、友達の話とかだ。時々長森が漏らす女子の裏情報にはっとさせられることもあるが、そういうことは滅多にない。退屈な、いつも通りの話だった。
「それでさ、化学室の教壇に爆竹がしかけてあったんだって」
「へ、へえ・・・それは」
 なんてことはない話をしながら、俺達は目的の店まで歩いていった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「いらっしゃいませ!」
 そこまでの道のりが平坦だったからこそ、そこで時川が登場したときの驚きも一押しだった。
 驚くべき事に、長い行列を待ってカウンターにたどり着いたと思ったら、そこにあろうことかパタポ屋のエプロンを着た時川が立っているではないか。
「お、お前、なんでこんな所に・・・」
「あれ、浩平!奇遇だね、彼女でも連れてきたの?」
「いや・・・」
 見ると、長森は戦鬼のような雰囲気をまき散らしながら時川を凝視していた。どうやら明らかに敵意を向けている。俺はその場の冷たさを敏感に察知すると、手早くクレープを奪取しようと試みた。
「あー!時川、何も言わずにメニューの一番下とその上のやつをくれ!」
「はいはい・・・練乳とチョコレートね。・・・はいお待ちどおさま〜」
「ほい代金!釣りはいらねーぞ!じゃあな!」
「うん、また後でね」
 状況の厳しさに全く気づいていない、時川の呑気な笑顔に見送られながら、俺と長森はパタポ屋を後にした。
 長森はやはり機嫌が悪そうだ。全く偶然の産物なのだが、因縁の者を目の前にすると、やはり腹が立ってくるのだろう。
「ほら長森!チョコレートと・・・こっちの白いやつ、どっちにする?」
「白いやつってなに?」
「名前を聞き忘れた!れん・・・なんとかだ!」
「・・・チョコレート」
 長森にすばやくチョコレートのクレープを手渡すと、俺の方はさっさと自分のクレープを口に運んだ。急だったのでどうにも味がわからない。ほとんど噛まずに呑み込んでしまった。
「うまいな、長森」
「・・・・・・」
「・・・機嫌直せよ。あいつだって敵意があったわけじゃないんだしよ。それに俺の奢りだぜ?食わないならもらっちまうぞ」
「あ、うん・・・食べるよ」
 長森は小さな口で、はむっとクレープをかじった。やっぱりおいしいのか頬がほころぶ。俺も少し安心して、二口目を口に運んだ。
「やっぱりおいしいね。パタポ屋のクレープは・・・浩平、どうしたの」
「う・・・」
「どうかしたの?」
 俺は無言でクレープを指さす。
「クレープ?」
「・・・食ってみろ」
 俺は長森の方にクレープを差し出した。長森はちょっと体を乗り出すと俺の手の中にあるクレープにそのままかじりついた。間接キスだが、そんなことを気にする間柄でもない。
「・・・」
「うまいか・・・?」
「・・・あ、甘い・・・?」
 長森は目に涙を溜めて、そう訴えた。そう、このクレープ無茶苦茶に甘いのだ。俺も甘党だが、これは包容しきれない。なんというか口にしたとたん甘さだけが口の中に広がって、それが限界を知らないように広がり続けるのだ。これを口にしたら最後、絶句するしかあるまい。
「・・・甘いな」
「・・・甘いね」
 それでも食べないわけにはいかなかった。俺は長森と共同戦線を張り、そのクレープに挑んだのだ。激甘クレープを口にしてすぐ、チョコレートのクレープでお茶に濁す。チョコレートの方もかなり甘いはずだが、謎のクレープのせいで俺達はもう味がわからなくなっていた。
「私・・・しばらく甘い物やめとくよ・・・」
「俺は見たくもない・・・」
 誰があんなものを作ったのやら、絶対に店の営業に響くと思う。
 それでも帰り際、長森はさほど気を悪くしてはいないようだった。あのクレープで何がなんだかわからなくなったのが功を奏したのだろうか、別れた時の長森の顔はいつもの長森の笑顔だった。
 俺はまだ口の中に残る甘さに辟易としながら、一人で帰路についた。なんだか家までの道のりを、やけに遠く感じた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「あ、お帰り浩平ー」
 帰り着いてみると、驚いたことに時川の方が先に帰り着いていた。
「お前、バイトに行ってたんじゃなかったのか?」
「それはこっちのセリフだよ。クレープ買ってから今まで、どこでなにしてたの?」
「・・・ああ、あのメニューの一番下のクレープ。販売を止めた方がいいぞ。一消費者からの感想だ」
「私もそう思うんだけど・・・」
 時川は何か含むことがあるように口の端を押さえた。そのまま考えあぐねるように首を回す。
「・・・なんでも店長さんが英国の甘党騎士団の団員だとか」
「はあ!?」
「それで世界中に散らばる連盟者達のためにも販売しないわけにはいかないって・・・」
「んなアホな・・・」
「ん〜まあ、私達の知らない世界の話ってことよ!」
 時川は手をパンっと叩くと話をそこで打ち切った。そのまま台所に駆け込んでいく。俺は好奇心に駆られて、時川の後を追って台所に入った。
「何やってんだ?」
「お夕飯作ってるんだけど・・・」
 なるほど時川の言うとおり、しばらく使っていなかった炊飯器からは蒸気が、ガステーブルからは何かを焼いているのか香ばしい匂いがしてくる。しかし・・・
「どこから金を・・・?」
「あ・・・部屋にあった「必須生活費」って書いた財布からとったけど・・・」
「・・・どれくらい?」
「ま、まあ・・・2000円くらいかな・・・あ、バイト代も生活費に足すから・・・」
「ふう・・・」
 叔母さんからは昼飯と夕飯を自分で用意するように金を渡されていた。それ以外の学業に基本的なものやその他小遣いももらっているが、生活費だけは切らすと死んでしまうので何かと気を使う。まあ2000円くらいだったらなんとかなるだろう。元々ラーメンに使う金は500円そこそこだが、さすがに毎日あれだと体に悪い。いきなりだが、時川の手料理に賭けてみてもいいだろう。
「お前、腕に自信は?」
「自活歴3年だよ!」
「任せた」
「お任せ♪」
 俺は台所を時川に任せると、リビングに行って何を見るでもなしにテレビをつけた。そのままソファに横になる。
 寝転がっていると台所から夕飯の用意をする時川の声と音が聞こえてくる。
 長森の時でもそうだが、こうして夕飯が出来るのを待っているとつい、幼かったころを思いだしてしまう。俺は妹と二人で遊びながら、母親が夕飯を作ってくれるまで待っていたものだ。なにも心配することなく、平和だった日々。何もかも楽しくて、辛いことなんて何もなかった。父さんがいて、母さんがいて、そして何よりもみさおがいた。そう、あの頃のことを、みさおのことを思いだしてしまう。

「おにいちゃん、いたいよ〜」
「これぐらいでいたがるなんて、なさけないぞ、みさお」
「ふつうはいたがるよ」
「じゃあべつのわざをためしてやる・・・」
「もういや〜」
「あ、まて・・・」
 逃げるみさおを追いかけて、自分も立ち上がると追いかけ始める・・・

「浩平、寝ちゃったの?」
「ん・・・ああ、寝ちまったのか・・・」
「お夕飯、出来てるよ」
「ああ」
 今になって気が付いたが、時川のエプロン姿はかなり板についている。後ろのポニーテールも相成って、殺風景だった俺の夕飯の場に花が咲いたように見えた。
「どうしたの、浩平。ぼーっとしちゃって」
「い、いや・・・」
 俺は照れたように自分の頬が赤くなっているのがわかった。それを隠そうと、時川から目をそらしてテーブルの方に赴いた。テーブルには湯気をたてているご飯とみそ汁、それに焼き魚と、つけあわせに煮浸しなんかが載っていた。家にあったものと買ってきたものの区別がつかないところが悲しいが、それでもそれはいつもの粗末な夕飯とは違う、立派な夕食だった。
「じゃ、食べるか」
「うん、食べよ」
 俺は時川と向かい合って食卓についた。夕食は・・・それはもうこんな食事らしいものを口にするのは久しぶりだったものだから、俺はすっかり食べることに夢中になってしまった。明らかに時川は自活慣れしているようだ。旅人という肩書きも名前だけではない。
「なあ、時川」
「ん?」
「お前ってさ、どこを旅してるんだ?」
「どこって・・・あてなんてないよ」
「あてのない旅・・・ってやつか?」
「そうだよ。どこに行くかは、その時に決めるんだよ」
「ふーん・・・楽しいか?」
「楽しいよ、すっごく。でもね、楽しいって言うよりはね、そうしていないと自分が自分でなくなっちゃうような気がするんだ・・・」
「へえ・・・?」
「風みたいにいろんなところを流れて・・・いろんな人と出会って、別れて・・・、そういうことを繰り返すように、きっと神様は私の運命を選んだんだよ」
「ふーん・・・そんなもんかね」
「ねえ浩平」
「ん?」
 急に時川が身を乗り出してきた。その目には好奇心が溢れていて、情熱的とも言える目で俺の方を見つめていた。
「浩平もさ、旅に出ない?」
「はあ!?」
 俺は時川のあまりにいきなりな問いかけに唖然としてしまい、食事の箸も止まってしまった。俺は唖然とした目をそのまま時川に向ける。
「そんなこと、出来るわけないだろ」
「そうかなぁ・・・楽しいよ?いつも自分の知らない場所で、自分の知らない風の中にいるのは」
「俺にはここでの生活があるっての」
「それもそうだけど・・・旅に出たくない?」
「・・・出たくないね」
「そう・・・」
 きっぱりと言ってやると、時川はそれっきり無言だった。俺も特に気分を害したわけでもなかったけれど、終始無言だった。そのまま夕飯を済ませると、自分の分の食器を流し台に持っていって後は時川がするに任せた。二階に上がっていく直前、水の音がしたから、きっと食器の洗いまでしてくれるんだろう。
 しかし俺は手伝おうともせず、何も言わずに二階に向かうと鞄の中から、出された課題を持ち出して机に向かった。半分くらいやったところで集中力が切れ、ベッドに倒れ込む。後は長森か・・・非常のときには住井にでも写させてもらおう・・・などと頭の中で考えながら、夕飯の時の時川との会話を思いだしていた。
「自分の知らない場所、知らない風か・・・」
 旅に出たい、などと思ったわけではない。だが時川の生活に一種のあこがれを抱かなかったと言ったら嘘になるだろう。だめだ、俺には真似できない。
 俺はまだ眠気もないのに強引に部屋の明かりを消すと、ベッドの中に潜り込んだ。それからしばらくしても、思った通りなかなか寝付けなかった。

<第三話 終わり>
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 ふぅ・・・いかがでしたでしょうか第三話。このSSのコンセプトは・・・最終話で決まるでしょう。感想は・・・おっと、前投稿にポン太さんがいるじゃないか、どれどれ・・・。
 うーむ、このテンションはどこからくるんだろう・・・。一度でいいから氏をプロフェッサーに解剖してもらいたい・・・ごほごほっ!しかし時々関西弁になる浩平を主軸にポン太氏のハイテンションSSが炸裂してますなあ、特におもしろかったのはシュンです。僕の思いは届いたかーーーい!?って爆笑ですよ。
>ポン太氏にres
 その調子でいってください!アンタを止められるものはなにもないよ!ほんと!あっしのしがないSSは速攻で投稿いたします。出来れば読んでやってください。

 それでは、お後がよろしいようで・・・。