風の旅路 投稿者: から丸&からす
第二話「厄介者」

「起きろー!浩平ー!」
 布団がひっぺがされ、カーテンが力強く開かれる。そこまではいいのだが、今日の長森は体の上にのしかかって俺に打撃を加えてくるではないか。いつもよりまして強力な起こし方だ。
「さっさと起きろー!ったく、なんて寝起きが悪いんだよ!」
 頬がひっぱたく手の強さが次第に増してくる、このまま放っておいたら顔が変形してしまうんじゃないかと思えるほどだ。
「う・・・やめ・・・」
「ほらほらほら、しゃべる元気があるなら起きた起きた!」
 俺は重く感じる体を無理矢理に起こすと、そのままベッドの下に落下するように起床した。目覚めは最悪。頭がぐらぐらする。
「長森・・・もうちょっと起こし方ってものが・・・」
「は?私は長森じゃないよ」
「ん・・・?」
 よく見ると、確かにそいつは長森ではなかった。赤毛のポニーテールが印象的な、まあ美少女と呼んでも差し支えない程度の器量の女の子だ。
「誰だ!?」
「あんた・・・それはないでしょう・・・」
 俺はがんがん騒ぐ頭に神経を集中させると、昨日の出来事を出来る限り細やかに再現した。そうだ、拾って湯をかけてラーメンを食わせたのだ。
「た、確か俺は、何かを拾って湯をかけてラーメンを食わせた・・・」
「肝心なのは拾ったのが私だってことね・・・それを忘れてどうするのよ」
 女の子はやれやれ・・・という調子で肩をすくませた。
「まあそれはいいんだが、どうしてお前、俺の名前を知ってるんだ?」
「ん?鞄に書いてあったよ」
 俺に向かって通学鞄を差し出して見せる。確かにそれには名前がかいてあるが・・・
「もっとこう盛大な自己紹介をしたかったな・・・」
「あなたはどうか知らないけど、私にはあんまり嬉しくないわ、それ」
「まあいいや。お前はなんて名前なんだよ?」
「言ってなかったっけ?私は翼。時川翼だよ」
「時川ねえ、まあ覚えておくか」
「なによ、その含みのある言い方」
「だって長い付き合いになるとは思えないしな」
「あ、起こしたのは他でもないそのことなんだけど・・・」
 時間を見てみると長森が来るまで後15分はある。俺にしてはずいぶん早い起床だ。時川は何か魂胆があって俺を起こしたらしい。
「ね、私、お金もなくっていくとこもないの」
「ほぉ・・・」
「せめてバイト先探してお金が貯まるまでここに置いて・・・ってのはダメ?」
「・・・・・・」
 俺はわざと仏頂面をして窓から白い空を眺めた。
「あ〜ん!お願い!ほんとにいくとこもお金もないんだよぉ」
「はぁ・・・」
 どうしたものか。軽い気で一晩泊めてしまったものの、居着かれるとなると色々と面倒だ。とりあえず叔母さんに見つからないようにするのはそう難しいことではないだろうが、俺の生活サイクルを乱されてはたまったものではない。
「お願いっ。掃除洗濯料理から夜のお相手までなんでもしますぅ」
「・・・最後のは本気か?」
「冗談・・・本気にした?」
 時川は諦めない様子で俺の足に取りすがっている。まるで飼い主を無くした猫のようだ。というかまさしく野良猫みたいなものだろうが。
「はあ・・・どうすっかなぁ」
「お願い〜」
 俺は腕を組んで再び空を見上げた。朝焼けが綺麗な空だが、今日はやたらと日差しが強そうだ。
 しばらくそうやって俺は半ば時川で遊んでいた。どうしようか迷うふりを大げさにすればするほど、向こうもそれにのって懇願してくる。しばらくそうやっている内に、肝心な朝の時間が来た。
「おはよー、こうへ・・・」
 長森がやってくる朝の基本的な起床タイムである。そろそろ準備を始めないと遅刻だな、と俺は頭の隅でなんとなく思った。
「んー、じゃあそろそろ準備するか・・・」
 俺が鞄と着替えを持って階下に行こうとしたその手を、がしっと長森が掴んだ。
「・・・なんで朝一番に女の子が浩平の部屋にいるの?」
 そんな力があったのかと気づかされるほど強い力だ。長森は俺が何かとてつもない不祥事をやらかしたとでも思っているのだろうか。目も恐ければ声も恐い。
「・・・いろいろと複雑だから、それは後回しってことに・・・」
「複雑!?複雑ってなんだよ!?」
「ねー、浩平。どうして朝に女の子が来るの?」
「いや・・・面倒だから後回しってことで・・・」
 俺は騒ぐ女二人を放って部屋から出ると、さっさと階下に降りてそのまま台所にかけこんだ。時間がないので朝食のパンを焼かずにそのまま口に頬張る。後は適当に果物を口に入れて済ませた。洗顔をしようと思ったら、いつものように長森がタオルを用意してくれている。だが今日はいつもと違って顔が鬼のように冷たい。
「ちゃんと後で説明してもらうよ・・・」
 何か殺気が漂っていたような気がするのは、俺の気のせいだろうか。ともかくそんな殺伐とした雰囲気を背後に、俺は震える手で洗顔した。口の中に泡が入ってちょっとむせる。
 後は着替えるだけだが、さすがにこれは長森も手伝わない。
「ねー、あなたって浩平の恋人?」
「・・・あなたこそ浩平の誰ですか?」
 ・・・なんか廊下で殺気を孕んだ会話がされてるような気がするけど・・・まあいいだろ。
「じゃあ、さっさと行くか」
「うん、行こう」
「いってらっしゃ〜い・・・あ、浩平。私にも家の鍵くれない」
「お前が新種の空き巣だったら地の果てまで追うぞ」
「心配ないって、バイト先探すだけだから」
 俺は釘を打つと、予備の鍵を時川に託した。まあ、これまでのいきさつからこいつが悪人でないことは俺にもなんとなくわかるが、それでも不安が残る。
「・・・鍵・・・浩平、説明してもらうからね」
「はいはい・・・」
 もしかしたら長森の中で、時川は俺の同棲相手にでもなってるのかも知れない。それを思うと説明を後回しにしたことが少し悔やまれる。
「よし、さっさと行こう」
「もう時間ないよ!」
「だから行こうと言ってんだろ!」
「いってらっしゃ〜い」
 時川の呑気な送り出しの声と共に、俺達は外に飛び出した。履いた靴の片方がまともに履けていなくて、玄関先で転びそうになる。それを長森が寸でのところで押しとどめた。
「ナイス、長森!」
「まったく、早く行こうよ!」
「いいチームワークだね〜」
 やはり今日はやたらと陽が強い。俺は鞄を振り上げるように加速をつけると、さっさと玄関から飛び出して通学路に向かった。長森もそれについてくる。何度となく繰り返されている朝の一こまだが、時川のせいかどこか遠くから自分を見ているような気になった。そして思うのだ。うまくできてるもんだ、と。

「はぁ・・・浩平、話がむちゃくちゃだよ」
「うーん・・・俺もそう思うんだが、事実だ」
 交差点の信号が青に変わる。俺達と同じように制服をまとった集団が横断歩道に乗り出し、道路を横切っていく。かなり遅れていた俺達もようやく登校集団の一部に追いついていた。
「ほんとう、マンガみたいな展開だよ。そんな理由で女の子と同棲なんて・・・」
「そんな怪しい用語を使うなよ。こっちはただ寝床を、いや屋根を提供してやってるだけだ」
「そんな簡単に済めばいいけどね・・・」
 長森がどこか不安げな声を出した。俺はそれが気にかかったのだが、その直後に予鈴が鳴ってしまったためにそんな疑問も頭から吹き飛ばされてしまった。
「走るぞ、長森!」
「待ってよ浩平!」
 走るのはだんぜん俺の方が早い。というか全速力を比べれば俺と長森は雲泥の差だ。以前、七瀬に言われたことがある。手ぐらい握って走ってあげればいいのに、と。俺もそう思うのだが、なぜだかそうする気は起こらなかった。多分これからも、そうはしないと思う。
「遅れてるぞ長森!」
「速いよこうへい〜」
 情けない声を上げながら、長森は俺よりもかなり遅れて校門を走り抜けた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 常識というのは希薄な物だ。今日それがまかり通っているとしても、明日はどうかわからない。本当の審議は神様にしか許されない、そうだろう?
「いいや、それはやらないだろう・・・」
「他に方法ってもんがある」
「・・・あほ」
 昨日の時川との一抹をクラスの悪友共、ちなみに昨日の爆破ミッションに参加したのもこの四人だ、に話していたのだが、どいつもこいつも俺を否定するような言動をとる。というか住井や中崎に至ってはあきれかえっているようにも見える。無表情な南森の心情は知れない。
「そうか?気を失っていたら水をかける。基本だろう」
「基本か・・・?」
「というか、いきなり頭からかけるか?」
「頭以外のどこにかけるんだよ!?」
「ええい、そもそも水をかけるってところで間違ってんだよ!」
「静かにしゃべれ・・・耳に響く」
 やはり三人とも俺の行動を認めないようだった。気を失っている人間に頭から水をかける!一体この行動のどこに間違いがあるという!?
「俺はゆずらん」
「俺は異議ありだな」
「俺も」
「・・・非承認」
 くそ、どいつもこいつもそろってかわいげのない奴らだ。構うものか、今は昼休み。飯も食わずにこいつらと遊んでやる義理など最初からないのだ。
「ふん、俺は学食にいくぜぇ」
「・・・俺も行くところだったんだ」
「俺も」
「・・・否定したいところだが俺もだ」
「ついてくるんじゃねーよ!!」
 とは言いつつも、この四人は昼休みの学食繰り出し集団としては古い仲だった。たまに長森が弁当を作ってきてくれることもあるのだが、大半は学食、もしくはパンで済ませている。親に弁当も作ってもらえない悲しいみなしご集団。もちろん彼女なんていやしない。
「・・・住井、おとつい告白したって言ってたよな。どうなった」
「・・・・・・・・・」
「すまん、ふられ記念のクラッカー、今は持ってない」
「・・・俺が持ってる」
 南森が不敵な笑みを浮かべながら背中からクラッカーを取り出した。こいつは変なところでタイミングがいい。しかしなぜ背中から出て来るんだろう・・・。
「で、首尾は?」
「・・・」
「まあ聞かなくても・・・」
「・・・用意完了だ」
 住井はまったく表情を変えていない。姿勢もそのままに、まっすぐ学食へ目指す足もよろめくことがない。しかしいくら正常を装っても、溢れそうな涙は隠せない。
「・・・だめだった」
 パン!!
 直後、南森がクラッカーをならす。住井も南森からクラッカーを半ば奪い取り、やけくそになって撃ちまくった。
「ちくしょー!「やだ、住井くんったら冗談きついよぉー」はねぇだろー!!」
 絶叫の最中もやかましくクラッカーが鳴り響く。南森も乗じてクラッカーを打ち鳴らしていたが、どこから取り出したか小太鼓でBGMを奏でている。
「ええくそ!!俺は本気だったんだぞー!!」
 平和な昼休みの廊下に、突如として出現したわけのわからん大騒動。辺りにはクラッカーの残骸と小太鼓の音がまき散らされる。住井は号泣しているが、南森はどう見ても楽しんでいる。
「てやんでぇべらぼうめぇ!くわーーーっ!!」
 だんだん常軌を逸してきた住井を放って、俺と中崎は学食へ非難した。南森はどうやら最後まで付き合うようだ。あいつは変なところで義理深い。
「折原、席の確保を頼んだ」
「おう、俺はカツ丼を頼むぜ」
「了解」
 込んでいる学食の中に分け入り、席を確保しようと試みた。だが今日はいつにも増して人が多い。なかなか席は見つからなかった。
「うーん、ないなぁ・・・」
 と、そこで謎の一角を発見した。大量に積み上げられたカレーの皿。さらにどんぶり物も相当たいらげているように見える。それらが累々と積み重なり、そこ一帯はまるでその人物の砦と化しているようだった。そのすさまじさに辺りが退き、席が三つ四つ空いている。俺はすかさず、空いている席を二つ確保した。
「今日も絶好調だな、みさき先輩」
「あ、浩平君?」
 みさき先輩が何皿目かわからないカレーを口に運びながら、俺の方を振り向いた。日本人形のように綺麗な容貌だが、その性格は軽やかで少しいいかげんなところもある。だが、そのおっとりした人の良さそうな声は、いつ聞いても心が和む。
「新記録に挑戦中なのか?」
「ひどいよ浩平君、私そんなに食べてないよ〜」
 大量の皿を前にしてその言葉はあまりに説得力をもたない。先輩のマイペースぶりに半ば呆れていた所で、中崎がどんぶりを二つ抱えて帰ってきた。どうやら中崎の方は親子丼だ。
「・・・折原、これは」
「紹介しよう、学食の主。みさき先輩だ」
「浩平君、変な紹介の仕方しないで・・・」
 先輩が頬を膨らませて抗議の声を上げる。俺は気分を切り替え、簡単にみさき先輩を紹介した、もちろん目が見えないことも含めて。
「ふ〜ん。どうぞよろしく、俺は二年の中崎勉。好きに呼んでくれ」
「じゃあ勉ちゃんって呼ぶね」
「・・・折原」
「先輩、中崎の奴が泣いてるから別の呼び方にしてやってくれ」
「かわいいのに・・・」
 結局、中崎の呼び方も俺と同格になった。今度は南森あたりを連れてきてみよう。どんな反応をするか楽しみだ。
 俺達はたあいのない話で盛り上がり、昼食の時間は楽しく過ぎていった。先輩のペースのおもしろさに中崎もかなり圧倒されていたようだが、まあ最初はそんなもんだろう。じきに慣れる。だが目の前に在る大量の皿に慣れるには根気がいる。
「ふー・・・お腹いっぱい」
「俺もだ」
「俺・・・ちょっと食欲なくしたっす・・・」
 中崎はやはり全部食いきれなかった。先輩の食べっぷりを見ていると、見ている方は逆に食欲を無くすのだ。もしかしたら先輩は他者の食欲を奪う特殊能力の持ち主なのかもしれない・・・俺は頭の隅でそんなことを考えた。
「じゃあばいばい、浩平君と勉君、またね」
「ああ、またな、先輩」
「うええ・・・」
 中崎は気分まで悪そうだ。まあいきなり同席するのは無理があったかもしれない。俺は中崎の背中を支えてやりながら教室への進路をとった。途中、仮装行列にまで発展した逆上住井と南森を見かけたが、俺達は最後まで他人のふりを貫き通した。

<第二話 終わり>
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 っっしゃああああああああ!!俺もみのりさんを見習って感想パーティーといこうじゃねーか!どんどん来い!どんどん!

>WTTS氏
・バッドEDテーマ 2
 ・・・替え歌に感想つけるのって難しいんだよねー・・・。んー、しかしこのリズムとポップ!元歌は知らないけど歌詞としては魂がこもってるぜ!BADエンドも楽しく飾る、アンタの感性に乾杯だ!

>神楽氏
・永遠の待ち人
 うーん、みさおと浩平の終末だねぇー・・・泣けてくるよぐすっ。兄妹の絆は永遠なるものでしょうか・・・、みさおには救いが訪れたのでしょうか?朽ちていくなか、それでも兄と共に回復を待ち望んでいた彼女・・・雲の上とはどういう意味でしょう?

>みのり氏
・恋人たちの午後
 澪と受験勉強〜♪踊っちゃうぜいえぇい!!
 はい、私が踊っても仕方がありません。
 典型的な季節ネタっていうか浩平はやっぱり留年ですか?話のその後を追うとなんか悲しくなってくるなぁ・・・。んー、澪のかわいさも浩平のおどけた感じもいいんだけど、どっちかつーとなんか中途半端な出来具合よぉ!でも季節ネタだし、いっかぁ・・・おいら、書いてないしね。

・燃える! 乙女たち 後編
んー、テンションの具合もヒロインの爆走気味もいい感じじゃないのよ〜、ギャグもきいててナイスな仕上がりになってるわ。ってなんで女言葉になるんでしょうかねぇ・・・あなたのこまめに感想を書く態度には敬服しますわ、それではまた会う日まで・・・。

>ひさ氏
・本命
 うーーーーーー!!熱いねぇ!!憎いねぇ!!いいねぇ、口うつしたぁくーーーー!!
 後編が刺激的ですねぇー、ほんと。でもこれをやるならもっと臨場感を出すべきですよ。もっとこう熱く!もっとこうロマンティックに!飾ればもっといいSSになったかと思いますねぇ・・・。

>Matsurugi  
・a Little Sweet Choco
 んがぁぁぁーーーーーーーーー!!熱い!憎いねぇ!季節ものがばんばん来るねぇ!!最後のセリフは心に染みますねぇ、二人で・・・って。

>から丸&からす
・風の旅路
 ・・・俺か。浮いてる。めっちゃ浮いてる。こりゃ感想かいてくださる方々に申し訳ないほど浮いちょるぜよ・・・。みなさん、時期を無視する私にどうかご勘弁を・・・。

>変身動物ポン太氏  
・バレンタインの悲劇!?
 ふゴっ!!まさしくポン太氏のテンション高いSS最高潮ですなぁ。適当に済ませるプロフェッサー!!後が気になる浩平&七瀬!!哀れな中崎&南森!!オチもいい味だして笑わさせていただきました・・・。まさにこれこそポン太家のSSかとぞんじます。

>Trombone氏  
・ビター・スウィート
 これは・・・内容よりも詩子が渡したCDの方が気になってしまいます・・・。うーん、アーティストも全然知らないなぁ・・・。

 はあはあ・・・こんなもんか、それでは・・・。