風の旅路 投稿者: から丸&からす
第一話「恐ろしく迷惑な風のたどり着く場所」

 ひどく風の強い日だった。早く帰ってもよかったのだが、その日は例のごとく住井達と化学室の爆破ミッションに参加していたため時間がかなり遅かった。家路についたものの、現在午後9時。良い子なら寝てしまえる時間だ。
「さぶ・・・」
 俺は自分を暖めるように身をすくませると、体から逃れる体温を逃すまいとけなげな努力をした。それでも明日の朝一番、化学室を利用するクラスが爆破の火中に立たされるかと思うと、多少は心が温まった。
 教卓に隠した爆竹が炸裂する様を想像しながら、身を切るような風が舞う中を半ば走るように家路をたどっていた。すでに商店街の端の方に来ており、ここを突破してしまえば住宅地に入る。そこまで行けば風も少しは弱まろうというものだ。
「さっさと行こ行こ・・・」
 急ぐ足にさらに拍車をかけ、スピードを上げようとした。
 何か、押しつぶされるような感じを受けた。実際はそう大した重量ではなかったのだが、その瞬間はとてつもない重量がのしかかってくるように思えたのだ。
「うお!?」
 目の前がふさがれて何も見えない。一体、何が起こったのやらさっぱりわからなかった。
 少し考えてみよう。こんな陽も落ちきった夜に人にのしかかってくるものとは一体なんだろう?隕石とか宇宙人とかの際どい線はカットだ。多分人間だろう。だとしたら、強盗か、しかし学校帰りの高校生なんてしょぼい得物を狙うとも思えない。じゃあ変質者か通り魔か、ぜひ後者であってほしいものだ!
 どちらにしろこのままされるがままにしておいては、かなり危ない状況に陥ってしまうことに変わりはない。俺はのしかかってきているものの中心を適当に割り出し、両手を当てて突き放した。何かが吹っ飛ばされるように離れる。
「・・・へ?」
 のしかかってきたものは吹っ飛ばされ、倒れた。それが酔っぱらった中年の親父だったり、本気で変質者を目指しているお兄さんだったりしたら、俺も気持ちよくこの場を去ることができたろう。しかし、そうもいかなかった。
「お・・・女!?」
 そう、倒れたのは俺と同じくらいか、それとも少し下くらいの女の子だった。女の子は倒れたままぴくりとも動かない。俺はと言えば、その場に立ちつくしてしまった。
「う・・・俺にどうしろっていうんだぁ!?」
 ほとんど人気のない商店街の一角で、俺は一人空に向かって叫ぶ。風が身にしみて寒いだけだった。
 それにしても、本当にどうしたものか。この場に長森でもいれば押しつけて一件落着といけるのだが、あいにく今は一人だ。確かにこのまま方っおいても俺に罪はないはずだが、それではどうして夢見が悪い。
「うーむ・・・」
 観念した俺は、行き倒れの謎の女を抱え上げると、取りあえず家まで連れていくことにした。まあ、放任主義の叔母さんのことだ。俺が女を連れ込んだとしても、文句をつけるようなことはしないだろう。とりあえず家で落ち着いたら、警察でもどこでも連れていけばいい。
「うーむ、なんつう拾い物だ・・・」
 俺はこの異常事態においても以外と冷静に、女の子を担ぎ上げると再び家路についた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 持ち帰ってみた通り魔はやっぱりどう見ても女の子だった。完全に女かどうか調べ上げてもよかったのだが、さすがにそれは気が引ける。
 赤毛をポニーテールにしたなかなかの美少女なのだが、両頬のそばかすがその容貌を幾分子供っぽいものにしていた。
「まあ・・・とりあえず起きろ」
 観察していてもしょうがないので、俺はそれに頭から水をかけてみた。玄関先だから濡れても大丈夫だ。さあ起きるがいい、謎の通り魔。
「・・・・・・」
 ・・・起きない?肩にかかっているのはシルクの上等そうな上着だ。その下は別に上等そうでもない紅葉色のシャツだが、それを濡らすほど水をかけてやったのだが、相手はさっぱり起きる気配がない。これは相当の強者と見た。
「じゃあ・・・ラーメンでも作って」
 俺は台所にいくと湯を沸かした、ちょっと多めに。そしてぐらぐらに沸騰したのをカップ麺にそそぐと残りを謎の通り魔にかけた。
「まあ、食えないとは思うけど・・・」
 じょろじょろじょろ・・・頭から熱湯をかけていく。
「う、う・・・きゃーーーーーーーー!!!」
「あ、起きた」
「熱い!熱い!熱い!なにがどうなってんの!?」
「それは俺が聞きたかったところなんだが」
「な・・・お湯、なんでお湯が・・・」
 しばらく慌てふためいていただけだったが、俺を発見すると明らかに起こった口調で問いつめてくる。
「君かぁ、お湯をかけたのは。すっごく熱かったぞ!」
 謎の通り魔はびしょびしょに濡れた髪から蒸気を発しながら、俺に喰ってかかってきた。まるで加害者を責めるような目と口調だ。なんと心外な。
「いや、目を覚まさなかったからな」
「だからってふつうお湯をかけるかな!?」
「水で起きなかったからな」
「み、水までかけたの・・・君は」
 謎の通り魔は体から水気を払うように体を震わした。もちろん辺りに水が飛ぶ。そしてさらに俺に詰め寄った。
「で・・・どういうことか説明してもらいたいんだけど」
「うむ、それなら任せてくれ」
「あら、以外と素直ね」
「おう、まずお前が俺に襲いかかってきた。俺が一撃したんだがなんか後味悪いから湯をかけた、以上だ」
「・・・途中ちょっとはしょってるけどまあいいわ・・・。拾ってくれたことは感謝するわよ」
「おう、俺って偉いな」
「自分で言うかな・・・?」
 謎の通り魔はそのまま玄関先に座ると、ふー・・・と深いため息をついた。まるでいままで背負ってきた重荷を下ろしたかのようだ。
「一つ、聞いていいか?」
「なに?」
「お前さ、なんであんなところに倒れてたんだ?」
「・・・それは聞くも涙、語るも涙」
「長いんだったら途中をはしょれ」
「三日三晩飲まず喰わず・・・果ては放浪戦は涙」
「頼むからはしょってくれ・・・」
「三日間何も食べないでふらふらしてたら倒れちゃったのよ」
「ほーっ・・・今時なかなかチャレンジャーなことをするやつだ!」
 俺は感嘆し、目の前の勇士を讃えた。
「それで、目標は何日間だったんだ?」
「断食じゃない!」
「なに、それじゃ話が違うだろうが!?」
「なんの話よなんの!?」
 興奮した謎の通り魔を俺がなだめると、ようやく事情を聞き出すのに成功した。どうやら彼女は宿無しの旅人で、金も尽きて三日三晩飲まず喰わずだったらしい。まあ後半の部分はいいのだが・・・。
「旅って・・・ほんとか?」
「ほんとよ」
「お前、年は?」
「17」
「学校は?」
「行ってるよ」
「なるほど、出席日数を偽造してるのか。やるな」
「いきなり話を飛ばすな!そういうことには寛容な学校なのよ、ともかく」
 妙な学校だと思いつつも、俺はそろそろカップ麺が出来る頃だと思って一旦台所に戻った。再び玄関に腰掛けて話を再開する。今度はラーメンをすすりながら。
「で、なんの話だっけ?」
 俺が話を促そうと思ったら、なにやら彼女は俺の方をじーっと見つめている。
「な、なに・・・」
 かと思ったら、違う。ラーメンをじっと見つめていた。そして俺が気を取られた瞬間、彼女は両手を素早く伸ばすと俺の手のラーメンと箸まで強奪した。
「な、早い!?」
 スリ顔負けの手の速さに半ば驚嘆しつつ、俺は奪われたラーメンの行く末を見た。彼女はそれはもう猛獣のような勢いでラーメンをすすっている。
「おい、俺のラーメン!」
 もちろん俺は取り返そうとしたが、相手は素早く逃げ回り、まったく奪還できない。その間にも相手はどんどんラーメンの量を消化していった。
「く・・・」
 汁の一滴もこぼさない執念は相当なものだ。三日三晩何も食わないとそんな力が発揮されるものなのだろうか、俺はちょっと興味を抱いた。
「ふー・・・ごちそうさま」
「食いやがったな・・・」
「・・・もっと、ない?」
「まあ、作ればあるけど」
「じゃあ作りましょう・・・」
 そそくさと台所に向かおうとした彼女の襟首を掴んで、言う。
「なんで我が家がお前にカップ麺を提供してやらねばならないんだ〜?」
「お願いっ。さっきも言ったけど何も食べてないのよぉ」
「はあ、迷惑な奴だ」
「それから・・・なんか服が冷たいんだけど」
「気のせいだな。ラーメン作ってやろう」
 その後、何個かカップ麺をまとめて作ってやると、驚くべき事に彼女はそれ全てをたいらげた。俺が食べるのを忘れるぐらい、それはもう見事な食べっぷりだった。
「ふー・・・お腹いっぱい・・・」
 そう言うと、台所にそのまま横になってしまった。
「そりゃよかったねぇ・・・」
 俺は呆然としつつ多少は冷静さを取り戻し、これから彼女をどうしようか真剣に考え始めていた。
 警察に突きだしてもいいんだが、それもあんまりだ。旅人って言ってるんだから放っておけば旅に出るんだろうか?いや、文無しで出ていっても同じ事の繰り返しだろう・・・。
 俺が思索を巡らしていると、台所の床から何やら寝息が聞こえてくるのが聞こえた。
「ああ、こいつ眠りやがった!」
 なんと彼女は台所の床に横になるとそのまま寝てしまっていた。なんと無造作なことか、さすがの俺も台所では寝ないぞ。
「起きろ、警察か旅に出ろ!おい!」
 何度も揺さぶって耳元で絶叫したが全く効果がなかった。しかたなく、俺は押入から毛布を持ってくるとまだ名前も知らない謎の女にかけてやり、俺は自分の部屋に行って寝た。その時になってようやく夕飯を食べていないのに気が付いたが、夜も遅かったのでそのまま放っておいた。どうせカップ麺は尽きているのだ。

<第一話 終わり>
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 新連載〜、どんどんぱんぱん〜、えーはい。前のSSでは浩平に戦いまくってもらいましたが今回の舞台は毎度おなじみの場所です。戦争はありません!
 あんまり先の事を考えずに投稿してしまいましたが、まあどうにか連載させましょう。SSは魂があれば不滅です。
 では、できればこの行く末を見守ってやってください。それでは・・・。