The Orphan of Seventh Angel 投稿者: から丸&からす
最終話「真実」

 浩平にわかっていたことはわずかだった。みさおが自分の母親に会いたがっていることと、その人は横須賀基地にいるということ。そしてその人の手の中で、みさおは眠りたいと、浩平に伝えた。眠る、ということがどういう意味なのか、浩平にはわかっていた。それには言葉以上の意味がある。永遠の眠りにつくという、そういう意味だった。
 浩平は川名博士を人質にして、遺伝子施設の最重要実験施設に向かっていた。それは浅川が発見したあの広間だった。空っぽの試験管が置かれていたあの広間。
 浩平にとって、少女は紛れもなく妹のみさおだった。しかし、みさおは浩平と3歳違いの妹だ。だとしたら22歳のはずだが、浩平はなんの疑問も抱くことはなかった。
「折原さん・・・もう一度説明してください」
「・・・みさおは眠りたがっているんだ」
「眠る?」
「そうだ、あんたにならその意味がわかるはずだ」
「そんな・・・」
 浩平にとって少女は紛れもなく妹のみさおだった。それは疑う余地がない。妹は愛すべき存在で、守らなければならないものだ。浩平は少女に愛を注ぎ、また守ってきた。少女がそれに答えてくれたかどうかわからないけれど、浩平には側にいてくれるだけで十分だった。
「ねぇ、あなたがさっきから言ってるみさおって誰のこと?」
「・・・この子のことだ」
「この子は、そんな名前じゃないよ」
「何を言ってる。この子は俺の妹で、名前はみさおだ」
「・・・?あなた、何を・・・」
 川名博士が怪訝な様子を隠しきれずに浩平の方を振り向くと、そこに闖入者が現れた。
「・・・南森准将?」
「折原・・・やはりお前か・・・」
 そこに慄然と立っているのは浩平の元いた部隊の創設者でもある南森准将だった。南森は少女に一瞥をくれると、鋭い眼光を浩平に向けた。
「何を企んでいる。折原」
「・・・妹を、眠らせてやりたいんです」
「・・・何を言っている!?」
「ですから、妹を眠らせないといけないんです」
「川名博士!こいつの言っていることを説明できるか!?」
「わかりません・・・。彼はこの子のことを自分の妹だって言っています・・・」
「妹だと・・・?」
「そうです。みさおは俺の妹です。南森准将閣下」
 浩平は真顔だった。何がそんなに不思議なのか、浩平の方が戸惑うほどだった。場の緊張に耐えられず、しがみついてきた少女を浩平が軽く撫でてやる。
「妹・・・だと?よく聞け、折原伍長。そいつはこの遺伝子施設とそこの川名博士が生み出した人工生命体だ。家族も、兄妹もない。そいつは試験管の中で生まれたのだ」
「・・・言っていることがよくわかりませんが、この子は俺の妹です。間違いありません」
「う・・・貴様は、一体・・・?」
 南森はそこでついに思いだした。それはその場で浩平を射殺してしまえば必要のない事実。全てを明らかにする恐るべき事実だった。
「折原!折原・・・!まさか、お前はあの時の折原か!?」
「・・・?」
 触れてはいけない禁忌の事実。それが明らかにされようとしていた。
「そうか、貴様は折原浩平!あの時の被験体か!」
「・・・なんのことです?」
 事実は五年前に遡る。浩平が特殊部隊に入隊して間もない頃、行われた忌まわしき計画と実験。そこに全ての事実があった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 五年前、折原浩平が20歳の時、特殊部隊での初の演習を終えた直後に隊員を対象にしたかなり本格的な健康診断があった。心音検査に終わらず、脳波、骨格、神経検査などあらゆる診断が行われた。その中で浩平は胃下垂にかかっていると診断された。本来なら除隊だが、今から手術すれば間に合うと告げられ、浩平は嬉々として手術を委託した。
 だが浩平は病気になどかかっていなかった。それは軍のある計画の一端。計画名「人工兵士」。それは兵隊の遺伝子を意図的に操作することによって、理想の軍人を作り上げようと言う、おぞましい計画の一端だった。
 そして浩平は生け贄に捧げられた。視力、聴力を始めとする五感。また体力、筋力、耐久力、果ては反射神経や判断力まで、強化できるところは全て強化した。
 それは浩平の他、数人の兵士にも同時に行われている。南もその中に入っていたことを、浩平は知らない。
 
 だが、それだけならまだよかった。それはさらに恐ろしい計画の一皮に過ぎなかったのだ。その裏ではさらに壮大で、驚異とされる計画が進行していた。
 計画名「異能力生成」。これは兵士の遺伝子操作を行う実験の中で、遺伝子工学の天才川名博士により考案されたものだった。
 兵士の遺伝子は優れた兵士の遺伝子、格闘家の遺伝子、また未開地の部族やその他、人間的に鋭い能力を持つ人間の遺伝子を参考にして調査されていた。
 その中で、川名博士はまったく別の能力に注目していた。世界中の超能力者、霊能力者、魔術師などの遺伝子を調べ上げ、人工的に超能力者を生成しようとしたのだ。それも完全な力を備えた者。究極的な万能の人間を作ろうとしたのだ。
 だがそれらの遺伝子はひどく複雑で、それを見た他の科学者達はそんなものは偶然の産物にすぎない、と一笑に付した。だが川名博士は違った。彼女は混沌と散らばる異能力者達の遺伝子の中に、驚くべき規則を発見したのだ。あらゆる因果関係に結びとられた遺伝子。それは特殊な箇所ではなく、遺伝子全体をある一定の規則の元に構築した結果生み出されるものだった。
 川名博士は実践した。そして、恐るべき事に3年後には完全な人間を生成するに至ってしまったのだ。出来損ないの数々を生み出し、数々の生命の犠牲の元に、呪われた子は誕生した。だが人間達は恐れた。生まれてきて、声をかけようとした川名博士に、それは攻撃を加えたのだ。川名博士は頭に電流が流れるような衝撃を受け、その場に倒れた。そして、気がついた時には光を失っていたのだ。
 人間達は恐れた。いつ、どのようなきっかけでその能力が自分たちにも降りかかってくるか、そして彼女の能力を抑制する方法を実践した。川名博士の話では、被験体の感情の起伏、また集中力しだいによって能力を引き出すことが可能だという。軍部は彼女の能力を恐れ、彼女に脳手術を施す事を決定した。出来うる限りの感情の抑制と抑圧。感情を消し去らない限界のところまで感情を抑制した。手術は成功。少女は爆弾を内に秘めた動かぬ人形となった。

 少女は、虚ろとなった。空虚で、自分がなぜ存在しているのか、なぜ呼吸をしているのか、わからなかった。入れ替わり立ち替わり、様々なわけのわからない実験にさらされ、少女の不安、いや内的な寂しさは高まっていった。
 だが少女は自力から能力を発動させることはできない。そこに、小さな命の鼓動を感じたのだ。そこには確かな温もりがあるのを少女は感じた。自分のすぐ近く。自分のすぐ側にいる存在。少女は声をかけた。少女は一緒にいてくれるように望んだ。少女は願ったのだ。

 五年前。折原浩平が遺伝子手術を受けているとき、少女は0歳、だが確かに存在していた。そして、少女は浩平の遺伝子をハッキングしたのだ。少女の願いは現実のものとなり、浩平は少女の正真正銘の兄妹となった。

 それは事実、揺るぎ無い事実。浩平の運命の歯車が回りだした瞬間だった。
 浩平の運命だったのだ。十年前、孤児院内のリンチによって殺された妹とすげかわった少女の温もり。浩平もまた求めたのだ。悲しい一致だった。求めあう者どうしの悲しい結合だったのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「そうか・・・五年前・・・信じられないが、貴様は・・・」
「・・・?」
 南森は真実を確信した。あまりにも奇妙で複雑な運命の輪。信じがたい現象だが、浩平は確かに少女の兄なのだ。
「折原・・・それではお前はどうするつもりなのだ?」
「妹を眠らせる」
「・・・それは、遺伝子のコードを全て封印し、一生目が覚めない状況にするということか?」
「詳しくはわからないが、おそらくそんな所だろう」
「させんぞ、折原」
 南森は腰から拳銃を抜き放ち、浩平に向けた。
「妹は眠りたがってるんです・・・」
「それは死ぬということだ」
「違う。もう眠る時間なんだ」
「お前は妹を殺そうとしているのだ!それがわからんのか!?」
 少女は浩平に寄り添った。浩平は少女を抱き上げ、軽く頭を撫でてやる。
「眠りたいと言っています・・・。眠らせてやってください」
「だめだ!」
南森は発砲した。それは浩平の右肩に命中し、浩平をのけぞらせる。浩平は床に倒れながらも、少女が体を打たないように気をつけていた。
「させん・・・。そいつは、日本が世界の覇権を握る鍵なのだ」
 少女は浩平の傷口を撫でていた。血を止めようとしているのか、必死に傷口を押さえている。
「大丈夫だ・・・」
 浩平は少女の頭を撫でてやり、その気遣いに応える。
「折原よ。今すぐその少女から離れろ。そして我々に従うのだ。でないと命の保証はできんぞ」
 不思議なことが起こった。少女が触れている浩平の傷口に光が集まっていく。少女の触れている傷口に光が集まっていく。それは優しく温かい光で、浩平の傷口を塞いだ。後には貫通された防弾チョッキだけが、血の跡をつけて残された。
「・・・ありがとう、みさお」
 浩平は少女の頭を撫でてやった。少女は嬉しそうに浩平に寄りすがる。
「・・・折原よ。我々の言うことを聞くのだ。さもないと・・・」
 浩平は少女を抱き上げて立ち上がった。少女を見つめながら、子守歌を歌うように少女に告げる。
「もう、眠らなくちゃな。眠る時間だもんな、みさお・・・」
 南森は発砲した。今度は肩ではなく、頭を目がけて。浩平のこめかみに命中した弾は、鮮血をほとばしらせながら貫通した。浩平は少女を抱いたまま倒れた。そして、微動だにしない。
 少女は浩平の腕の中から抜け出て、浩平の頭を撫でた。さっきの光を同じように集める。だがどれだけ光を集めても、さっきのように浩平は回復しない。血は止まっても、浩平が起きあがることはなかった。
 少女は揺さぶった。何度も何度も揺さぶった。動かない浩平の体を揺さぶった。だがどれだけやっても、浩平は動かないし、声を聞かせてもくれない。
 少女はゆっくりと、頭を回した。そして南森の方を見た。
「・・・!よせ・・・!!」
 すさまじい衝撃波が南森を襲った。恐るべき力、恐るべき圧力。南森は背後の壁に叩きつけられた。だがミンチのようになってしまい、跡形もない。
「・・・う・・・う・・・うわぁぁぁぁーーーーーん!!」
「うわぁぁぁぁーーーーーん!うわぁぁーーーー!!」
「うわぁぁぁぁーーーーーーーーん!!!」
 鳴き声が響いた。
 悲しい響きだった。
 血を分けた兄妹を失った、悲しみに満ちた鳴き声だった。
 少女は泣き続けた。力を発動させることもなく、沈黙の中、ただ泣き続けた。

 その後、川名博士によって危険と見なされた実験体「0052」は早急に遺伝子のロックがなされ封印された。試験管の中に漂う少女は、二度と目覚めることはない。
 計画「異能力生成」は失敗となり、計画は頓挫した。犠牲は南森准将の殉職、それだけだった。
 過激派「虎」の攻撃は横須賀基地の核ミサイルを狙ったものとして公表された。事実は闇へと葬りさられたのだ。
 折原浩平の婚約者だった瑞佳の元には、演習中に死亡したとの通告がなされた。帰らぬ人となった浩平を想い続け、瑞佳はその生涯を独身で通してしまうことになる。
 そして浩平の遺体は、少女と同じく完全秘匿とされ、封印された。少女の側に寄り添うように、永遠に封印されることになった。
 真実を知る者は事実を闇へと葬ったが、まだ真実は完全に閉ざされていない。
 少女は冷たい試験管の中にありながら、再び兄と共に過ごす日を夢見ている。

<終わり>
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 エピローグなしです・・・。
 いかがでしたでしょうか・・・The Orphan of Seventh Angel.
 変換しないと        てぇおrぱのfせう゛ぇんてゃんげl。
 ・・・書きました、はい。全15話。書きました。はい。
 あなたの心に何か届きましたら幸いです。
 読んでくださった方にはありがとうです。
 それでは・・・。