The Orphan of Seventh Angel 投稿者: から丸&からす
第十四話「虚偽」

 ゴォンゴォン・・・ゴォンゴォン・・・
 重々しい音を響かせながら、昇降リフトは地下へと降りていった。
 浩平も党員達もその間は終始無言だった。全員がこれからなすべき事を熟知していたこともあったろうが、先ほど入った陽動部隊からの連絡の方がこの沈黙をより深いものにしていた。
 ゴォンゴォン・・・ゴォンゴォン・・・
 浩平の担いでいるボストンバッグの中にはあの少女が入っている。酸素吸入器と、あと防弾チョッキを2着入れてくるまっておくように言ってある。さっき密かに中を確かめたが、怪我をしている様子もなく安心した。だが声をかけることは出来ず、浩平は無言のままボストンバッグを閉じた。
「最下層までもう少しだ」
 誰かが言った。そんなことは誰にでもわかっていることだが、張りつめた今の状況を和らげるのに、その声は多少なりとも貢献したかも知れない。
 ガタン!ギギィ・・・
 先ほどの誰かの言葉通り、リフトは轟音を轟かせながら遺伝子研究施設の最下層に到達した。辺りはまるで駐車場のように薄暗く、暗澹としていた。
 敵影もなければ物音もしないそこに、闖入者が現れた。最初の申し合わせ通り、ここで合流するはずだった内通者の浅川だった。
「どうも・・・ご苦労さん。よくここまで来れたな」
「そっちこそご苦労。で、肝心の場所は見つかったか?」
「さっきも言ったとおり秘密兵器があるはずの場所はもぬけのからだ。だが科学者の所在だったら、おそらくここから先に行ったところにある特級施設のどこかだろう」
「障害は?」
「暗証コードの確認があるが・・・おそらく閉鎖されている。何か破壊できる物はあるか?」
 二人の砲手が手持ちの砲を担ぎ上げた。
「上等だ・・・。俺が助けられるのはここまでだ。武運を祈る。同志」
「ああ、ご苦労だった、同志浅川」
 浅川は必要な情報だけを告げると施設の闇の中へと消えた。
 話の間にリフトへの爆薬設置は完了していた。誰が命令するでもなく、爆破のスイッチが押される。爆破の閃光と共に、轟音が地下へ反響する。爆破されたリフトの駆動部分は奇妙にねじ曲がり、動かせるようにするには相当な苦労が必要なはずだ。
「よし、進むぞ」
 党員のリーダー格が声をかける。それと同時に、闇に紛れて見えなかったが、奥に設置されていたシャッターが開き、警備の兵が十名ほど姿を現した。とっさの出来事だったが、浩平達はリフトの陰に身を隠し、放たれる銃撃をなんとか避けた。
「くそ、釘付けだ」
「5名はここに残れ!残りは二人ずつ通路に逃れろ!」
 浩平が手際よく指示を飛ばす。的確な指示に逆らう者はいない。まず二人の砲手が現在の位置から右手に見える通路に脱出すると、同じように二人ずつ脱出していき、彼らはさらに前進していった。
 浩平はまだ残っていた。相棒のAKを構え、精密な射撃で敵を屠っていく。それでも後から敵兵は後から沸き出てくるようだった。
「ここは我々に任せて!あなたは先に進んで下さい!」
「・・・わかった!」
 予定通り5名を残して、浩平はそこを後にした。残った5名の勇士はこの後、敵を全滅させることができれば合流する。出来なければおそらく全滅し、浩平達は後方から敵の追撃を受けることになる。後者の可能性を考慮するなら、浩平達はひたすら前進しつづけなければならない。
 両隣には鉄の壁。床と天上は白く塗られたコンクリート。無機質な通路で十字路に突き当たる。無反動砲を携えた砲手が拳銃を構えて確認すると、向かって右側の通路から敵兵が姿を現した。砲手はとっさに発砲し、通路に激音が響く。敵を蹴散らしたかと思ったが、やはり後から続いて、次と次と敵が姿を現してくる。この十字路を押さえられれたら前進できない。砲手以下の数名は狂ったように撃ちまくり、敵の進行を阻んだ。
 浩平がそこに到着した時にも、まだ銃撃戦は続いていた。
「敵の数は?」
「わかりません!」
「おい、無反動砲の弾は後何発だ?」
「残り四発!」
「よし」
 浩平は砲手から無反動砲をひったくると、浩平の手のひらほどの大きさの弾を砲に詰めた。そして十字路から身を乗り出し、慎重に狙いを定める。
 バシュ!
 鋭いバックファイアを放ちながら、無反動砲は発射された。しかしそれは敵に向かっていかない。弾は敵をかすめるように上方に向かうと、通路の天上に命中した。コンクリートの残骸が上から通路に降り注ぐ。浩平はこれで行く手を阻んだつもりだったが、残骸の数はそう多くならない。手を伸ばせば通過できる高さだ。
「・・・3人残れ!あれを遮蔽物にして戦え!残りは前進!」
 浩平の指示通り、勇士三名が残ってそこで敵を押さえた。その中には無反動砲の砲手も含まれている。
 残りの6名はさらに前進した。そしてついに目標の遺伝子施設最下層へ繋がる扉にたどり着いた。
「「現在封鎖中・・・。現在封鎖中・・・」」
 無機質な録音再生の声。やはり扉は閉じられているようだ。浩平は残りの砲手、ロケット砲を携えた砲手に向き直った。
「弾は残ってるか?」
「五発残ってます」
「発射しろ!」
 砲手が携えているのはRPGという軽量で扱いも簡単な画期的なロケット砲だった。だから世界各国のどこの兵器会社、また紛争地域でも生産されているのだが、どこで生産されたにしろ今はその性能を信じるしかない。
 シュパァァ!!
 黒い尾を引いてロケット弾が飛翔する。弾は見事、扉に命中したが破壊できていない。扉は健在だ。
「撃ち続けろ!」
 もう一発、砲手は急いで弾を込めると、二発目を発射した。手応えあり、今度は扉ごと吹き飛ばし、中への通路を開いた。
「よし、行くぞ!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

最下層は異様に暗かった。そして人の気配も少ない。まるでそこは廃屋のように暗く静まりかえっていた。
「科学者を探すぞ。各自別れろ!」
 浩平達はそれぞれに別れ、大きな中央の通路の側面に、無数に位置する部屋に片っ端から押し入って確認した。不気味なことにどの部屋にも人間がおらず、遺伝子実験のデータや、おぞましい実験の産物が陳列されていたりして、人の気配も少ないそこは奇妙きわまりない世界だった。
「いないな・・・どこだ!?」
 浩平は三つ目の部屋の扉を蹴り飛ばすと、中を確認する。中には自動販売機と青く塗装されたベンチがあるだけだった。どうやら休憩室のようだ。
「くそ!」
 浩平はその部屋を無視すると、さらに別の通路に向かった。この施設は驚くほど広いが、やはりどこへ行っても敵はいないし人の気配もなかった。不気味なことこのうえなかったが、今はそれを恐れている時ではない。
「見つけたぞ!!」
 党員達の中でも特に体躯の大きい男が、浩平の後方で叫んだ。どうやら見つけたようだ。浩平は身を翻すと声のした方に急いで走り寄った。
「出て来い!!」
「嫌、離して!誰なの、あなた達」
 男が強引に連れ出した科学者は女性で、さらさらとした黒髪が目を引くかなりの美女だった。だがその身振りから察するに、どうやら目が見えないようだ。
「よし、あんたには俺達と来てもらう。反抗しなければ身の安全は・・・」
 そこで、男の後頭部に何かが突きつけられた。固くて丸い感触。男はそれが銃口であることに気がつくのに数秒を要したが、気づくと震え上がり、掴んでいた科学者の手を離す。科学者は一度、元の部屋の中に戻った。
「お、折原・・・」
「何の真似だ!」
「気がふれたか!?」
 そう、男に銃口を突きつけているのは浩平だった。
 そして。
ダン!
ダダダダダダ!!
 男の頭を打ち抜くと素早く前方にいた「虎」の党員達をなぎ払った。不意を突かれた党員達は反撃もままならず、浩平の弾に撃たれ一瞬の間に残っていた6名全てを失った。
 浩平は即死できずにうめき声を上げている者の一人一人に歩み寄ると、頭を打ち抜き、止めをさしてまわった。
「お、折原・・・貴様・・・」
 憎悪の目つきで虫の息の党員が浩平を睨む。浩平は無表情のまま、そのこめかみを打ち抜くと、まだ残っている弾倉を捨てて新しいものに取り替えた。
「悪く思うな・・・」
 そういっても無理だろうな、とは心の中では思いつつも、浩平は自分が欺き、果てには殺した6名の党員達の冥福を祈った。血だまりの中で、浩平は自分の使命を思い出す。
「そうだ」
 浩平は6つの死体が転がる修羅場を去ると、先ほどの科学者の元へ歩み寄った。通路をほんの少し歩き、閉じられてしまった扉を再度蹴破る。
「いやぁぁ!!」
 盲目の科学者は耳を塞ぎ、無造作に入ってきた闖入者を恐れた。何の抵抗もできない彼女の心情を思うと、浩平も幾分心が痛む。
「川名博士・・・ですね?」
「な、なんの用ですか・・・」
「あなたに・・・見せなければならないものがあるんだ」
「なに、なにを言ってるの・・・」
 浩平は背負っていたボストンバッグを開くと中から少女を出してやり、彼女をくるんでいた防弾チョッキを外してやる。
「窮屈だったな。悪かった」
 少女は別に浩平を非難するような素振りは見せなかった。どういうわけか、今は人形のように無反応だ。
 浩平は少女に外傷がないか確かめると、それを川名博士に抱かせた。
「なに・・・これは、子供?」
「そうだ?」
「わけがわからないよ・・・誰の子?」
「・・・その子は、あんたが母親だと言っている」
「え・・・まさか・・・」
 科学者の光を映さない目が、血の気を失うように青くなった。そして少女を抱いたまま硬直する。
「まさか・・・あの子なの?」
「多分。あんたの予感は正しいと思う」
「ああ・・・こんなことって・・・」
 川名博士は少女を抱いたまま呆然としていた。
 浩平はそんな二人を見ながら、妹が母親に会えたというのに嬉しそうにしないのをなんとなく怪訝に思っていた。

<第十四話 終わり>
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 次・・・最終話です。