The Orphan of Seventh Angel 投稿者: から丸&からす
第十三話「激闘」

 後戻りすることはもうできない。戦いは始まってしまった。臆病な者に戦場はふさわしくない。だがこの時、「虎」の精鋭73名と、基地に駐屯しているはずの無数の水兵達は誰一人として逃げ出そうとはしなかった。
「続け!!」
 陽動部隊隊長の住井が雄叫びをあげて後に続く部隊を鼓舞する。核ミサイルが仕舞われている格納庫は警戒塔からほぼ500mの位置にある。それを少なくとも400mは前進しなければならなかった。もちろん敵の配置などわかったものではない。水兵達は沿岸で訓練をしているか兵舎にいるかだが、連中がどこから出現してくるかは予想しがたかった。
 おそらく敵はこちらの進行ルートを予想し、待ち伏せをしかけてくるだろう。そうなったらその場で遭遇戦を行い、駆逐して前進し続ける。随所に現れる敵を排除しながら進み続け、ある一点からは後退する。何人生き残れるかわかったものではない、無謀きわまりない作戦だが、それが陽動部隊に課せられた役目だった。
「よし、こっちだ!」
 本隊は23名、ここから約200mほど離れた場所に位置する地下への昇降リフトを目指す。そこから遺伝子施設を目指し、軟禁されている科学者を拉致、それを盾にしつつ脱出する。
 退路が限られる地下での作戦で、なんと複雑な行程をふまねばならないことか、こちらも非常に難解な作戦だったが、住井は決行に乗り出し、それに反対する者もいなかった。総力戦だったのだ。住井にとっては最後になるこの戦い。高められた士気の中で、この聖戦に意義を唱える者は一人としていなかった。

 すでに命を捨てている「虎」の兵隊達と、浩平の間には差があった。浩平の頭の中にあるのは、生き残ること、生き残って自分の役目を果たすことだった。死んではならない。生き残って使命を果たすのだ。浩平は目を血走らせ、「虎」の兵隊達が死を恐れない勇気を持つのに代わって、生への渇望によって戦意を引き出した。
「敵が来たぞ!」
「少数だ!蹴散らせ!」
 警備に当たっていた兵隊が最も早くも浩平達の前に立ちはだかった。基地施設から飛び出してきた兵隊が二人、短機関銃で応戦してきた。身を隠すことを考えていなかった浩平達の隊は不意を突かれ、一人が撃たれた。初めての味方の負傷に仲間の党員達が少なからず動揺の色を示す。
「しっかりしろ!」
「この建物の後ろまで下がれ!」
 怪我人を遮蔽物に隠している党員達を尻目に、浩平は鬼のような目を見開いた。それは敵を排除せんとする冷酷な戦士の目だった。
 浩平は施設の出入り口に身を隠している兵隊二人に狙いを定めると、アサルトライフルを狙撃銃のように構えた。
ダン!
ダン!
 精密無比な射撃、浩平は兵隊二人の頭に正確に弾を叩き込んだ。撃たれた兵士が二人、ほぼ同時にまるでハンマーで殴られたかのような勢いで後ろへ倒れる。
 敵を排除すると、浩平は後ろに目を向けた。
「怪我した奴、走れるか?」
「肩を撃たれただけだ。大丈夫だ」
「応急処置をしろ、そうしたらまた同じように走れ」
 この隊にはリーダーがいたはずだったが、すでにかなり戦場慣れしていて冷静な浩平は「虎」の兵隊達を圧倒していた。この極限状況に置いて、浩平はプロフェッショナルとしての腕を存分に発揮し、他の党員達を完全に従わせてしまったのだ。
「向こうの倉庫の陰を走ろう。あそこなら見張りもいない。そこからヘリポートに出るぞ!」
 浩平達は倉庫の背後に隠れ、追撃してきた敵を牽制しながら倉庫の背後へと走った。隣には外郭のコンクリート壁があり、追いつめられたら袋の鼠だが、完全に不意を突いている今の状況ではさらに深く切り込むいい手段だった。
「後ろから敵は来てるか?」
「排除しました、大丈夫です!」
「よし、ここから飛び出してヘリポートに出るぞ!そこを突破したら目標はすぐだ!」
 浩平の指示に従い、党員達は一人一人倉庫の陰から飛び出していった。敵の銃撃はない。最も無防備な体勢の中、理想的な状況だった。
「よし、走れ!」
 ヘリポートは通常より一段高く形成されている。それは反対側からの銃撃を防いでくれたが、もしも敵が上に出てきたら一巻の終わりだった。
 浩平達はここに来て気が狂ったように全速力で走った。だが敵も黙ったまま通してはくれない。ヘリポートのすぐ近く、地下昇降リフトを守る兵士達が銃撃を浴びせてきた。
「伏せろ!」
 まるで小動物の一動作のように、浩平達は走っていた中途からいきなり伏せた。ここまで走ってきた疲労から、激しく息をして呼吸を整える。
「おい、倉庫からは全員出てきてるか?」
「はい、全員出て来ています」
「よし、ロケット砲を持って来い!」
 敵の銃撃が降り注ぐ中、ロケット砲と無反動砲を持った党員が二人、這って浩平の所まで来た。
「いいぞ、地形を目指してぶちこんでやるんだ」
 敵は5名ほど。二つの兵器がうまく炸裂すれば完全に沈黙させることができるだろう。党員達は照準に目を合わせた。
「発射するときは息を止めろ・・・」
 尚も銃撃は続く、浩平の頭のすぐ近くに敵の弾が当たって火花を散らしたが、今はそれどころではない。
「撃て!」
 ロケット砲は煙が尾を引くように、無反動砲は鋭いバックファイアを放ち、両者の弾は激音を放ちながら敵の昇降リフトへと殺到した。
 命中した箇所に、鋭い炎と煙が上がる。衝撃で敵の何名かを殺傷、あるいは混乱させた。
「撃て、撃て、撃て!」
 浩平は銃撃を命じた。党員達は各々の武器をもって今度は反撃に出る。敵が一人また一人と倒れ、昇降リフトからの攻撃は完全に沈黙した。
「前からも敵が来ます!」
 浩平はヘリポートを確認した。ヘリが何機かあるが、敵影は見えなかった。
「俺に続いて4名!しんがりになって戦え!後は昇降リフトまで走れ!!」
 浩平はヘリポートに駆け上がった。見ると、訓練中だったらしい水兵が群になってこちらを銃撃している。
 浩平と先の砲手二人、続いて後二人が同じようにヘリポートに駆け上がり、水兵達と銃撃を繰り広げた。残りは姿勢を低くして昇降リフトへ向かうが、およそ三人に一人は銃撃に倒れる。
「くそ!」
 浩平は手榴弾のピンを抜き放ち、信じられない遠投力をもって敵に投げつけた。それは見事に敵の後方に着弾し、群の一角を排除した。
「どのくらい到着できた!?」
「10名ほどです!今、リフトの準備をしています!」
「よし・・・」
 浩平は砲手二人にもう一度、一斉射撃を命じた。破壊の因子が空気を切り裂き、敵の群に炸裂する。十分に遮蔽をとれていなかった敵は、これであらかた吹き飛んでしまった。
「よし、一人ずつ走れ!」
 浩平は最後まで残って味方を援護した。生き残っているのは大体14名弱で、19名強は脱落していた。それでも浩平から見れば上出来だった。
「よし!」
 最後の一人になった浩平は、ヘリポートから飛び降りて今度は自分が走った。自分の体の間近を、頭のすぐ上を弾丸が通過していく。浩平は転がり込むように昇降リフトの陰に到達した。
「準備、できてるか!?」
「できました!行きましょう!」
「よし!」
 さらに追撃してくる敵に牽制を加えながら、浩平達は全員、リフトに乗って地下へと降りていった。重々しい音が轟き、14名を載せた巨大なリフトは浩平達を地下へと誘った。
「こちら鷲、こちら鷲。鷹、応答せよ!」
 無線兵が陽動部隊との連絡をとっている。浩平は近づいてそちらの戦況を、特に住井の安否を気遣った。無線機からくぐもったような声が聞こえてくる。
「300m前進した所で、駐屯していた米海兵と戦闘・・・半数以上を失って、後退中・・・」
「ちょっとまて、住井隊長は?」
「・・・戦死・・・した・・・うぉ!?」
 受信の音が雑音に変わる。どうやら陽動部隊は悲惨な末路を辿ったようだ。指揮官が悪かったのか、作戦が悪かったのか、誰にもわからない。しかし地下へと降りていく中、党員の誰もが目に涙を溜めてこの作戦の成功を、同志の血に変えても達成させると固く心に誓っていた。
 浩平は弾を補充しながら、彼らを利用していることに初めて罪悪感を抱いた。それでも心が変わることはない。自分は自分のやるべきことをするだけだ。浩平もまた、固く心に誓った。

<第十三話 終わり>
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 うむぅ・・・後ちょっとです。