The Orphan of Seventh Angel 投稿者: から丸&からす
第十二話「止められないもの」

 浅川は焦っていた。あれから極めて冷静を装い、心の中では慌てふためきながら、遺伝子施設の最重要層を後にしたのだ。そこからも、どこからか監視されているんじゃあるまいか、といった脅迫的観念を常に抱きながら、どうにかして兵舎とは別に位置する居住区までたどり着いた。自室に来てまずすることは、「虎」への連絡、それも緊急連絡だ。
 浅川は無線機一式を部屋の奥から引きずり出し、もしかしたら盗聴器がしかけられているかもしれない部屋の内部で、通信を行った。通信相手はすでにここ横須賀基地に向かいつつあるこの作戦の指揮官である同志住井。彼は携帯無線に秘密のチャンネルをつくり、常にそこで待機しているはずだ。
「雀より鷹へ・・・雀より鷹へ・・・」
「どうした?」
「雛鳥を確認できない。繰り返す、雛鳥は確認できない」
「なに、もう一度言え!」
「繰り返す!雛鳥はいない!」
「どういうことだ?」
「知らん!ともかくこちらは最前を尽くした!しかしあるべきはずの物はなかった!」
「・・・了解」
 浅川は通信を切ると、冷や汗を垂らしながら無線機を再び部屋の奥へと押し込んだ。これはもう習慣になりつつあるのだが、カーペットを裏返し、電灯の裏を見て、果ては電気機器の内部を分解して盗聴器がないかどうか確認した。そしてその直後、通信を行う前にそれをしなかったことを果てしなく後悔する。
 結局、盗聴器は発見されなかった。まだ悟られていないのか、それとも泳がされているのかわからないが、どちらにしろそれだけでは浅川の不安はおさまらない。
 蒸し暑い部屋の中で浅川はただ一人、流れ出る汗と格闘していた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「鷹より燕!鷹より燕!」
「受信しました。どうぞ」
「新入りに代われ!」
「はっ・・・」
 現在の時間は午前2時、決行まで後2時間。浩平達の一団は基地にもほど近い深夜映画館で尾行をされていないか最後の点検を行っていた。
 そこにどうやら無線が入ったようだ。グループのリーダーが浩平に無線機を手渡す。
「鷹からだ。かなり憤っているぞ」
「ああ・・・。こちら、新入り」
「折原!秘密兵器は確認できないそうだ、釈明しろ!」
「・・・残念だった、先に持ち出されたらしいな」
「・・・これからどうする?」
「兵器がなくてもそれを開発した科学者がそこに軟禁されているはずだ。そいつを誘拐すればいいだろう」
「・・・なるほど・・・そいつはどこにいる?」
「雀に聞けばわかるだろう」
「わかった・・・作戦は続行だ。各隊に伝える」
 秘密兵器が横須賀にある。そんな確信は浩平にはなかった。だが、浩平には別の予感があった。莫耶の格納庫で感じた光と、少女が昨日の夜見せてくれた光。そして目指すべき横須賀基地。少女と出会った時、まるで恐ろしい物を封印するかのように保管庫に入れられてあったこと・・・。浩平は予感していた。この少女は、何か恐るべき力を秘めている。そしてそれは横須賀基地へと繋がっている、と。
 浩平は漠然とした使命感のみで行動していた。それはまるで最初から定められた運命であったかのように、多大な強制力をもって浩平に働いていた。
 自分はそうしなければならない。それが自分の運命であり、使命なのだ。
 浩平は少女が寝ているはずのボストンバッグを見つめながら、そう確信していた。

 しばらくして、浩平と住井の隊が合流。指定位置までの移動を同時に行うことになった。どうやら尾行は完全にまいたらしく、後からは何もつけてきていない。
「折原・・・」
「なんだ?」
「貴様、何を企んでる」
「企んでるのはそっちだろうが、現役のテロリストさん」
「科学者がもしもいなかったら・・・お前を殺しに行くぞ」
「・・・好きにしてくれ」
 住井は勘が鋭い。浩平は一瞬、バッグの中身までばれやしないかと不安になったが、住井は言うだけ言うとさっと浩平から身を引いてしまった。7人の、釣り人とサラリーマンに扮した異様な一団が街を歩く。だが職務質問されるいわれはないし、基地に知れたところで何かするような時間は残っていない。
「住井さん、もうそろそろ基地が見えますよ」
「わかってる・・・」
 基地は市街地と隣接して建てられている。基地の外郭は市街地の角からすぐに見ることが出来た。突っ込む手はずの収集車は路地に隠れ、今か今かとその時を待っている。
 現在、午前3時。浩平達は後、数十m歩けば基地が見える所まで来ていた。辺りを見ると、様々な扮装をした男達が浩平達と同じように緊張した面持ちで基地へと向かっている。
 もう、ここまで来ては止めることはできない。「虎」に託された任務は科学者の誘拐だが、浩平に託されているのは生き残ることだった。生き残って、何が何でも少女をある場所まで送り届けることだった。もちろん、浩平には後退も退却もない。進み続けることが、浩平の使命だった。
「基地・・・見えました」
「パーティーまで・・・後10分」
「野郎共、肝っ玉締めていけよ!」
 ビルの陰に、横須賀基地の入り口が見えた。警戒党が立ち、照明で照らされた下には銃を持った兵が待機している。その下には非常用の防壁が身を潜めているはずだった。
「後5分!」
「全員、装備開始!」
 すでに73名というおびただしい数の男達が基地の死角、ビルの陰に集結していた。彼らは扮装を解き始め、徐々に真の姿を現し始めた。スーツを脱いだ下には防弾チョッキを、バッグやスーツケースの中からは銃とナイフが取り出された。
 そして全ての火種が、収集車がついに後方から飛び出してきた。
「全員、衝撃に備えろ!」
 住井が無線で注意を飛ばす。その間にも、収集車はすさまじいスピードで走り続け、真っ直ぐに基地の警戒塔を目指していった。
 警戒塔が異変に気づく、マイクで停止の警告が下されるが、もちろんそんなものを聞き入れるはずがない。警戒塔はギリギリまで警告すると、ついに発砲した。タイヤを狙ってか、低い弾道が放たれる。弾が命中、収集車はバランスを崩した。ギリギリの所で脱出するはずだった運転手は狼狽した。これで脱出したら警戒塔に命中しない。運転手は狂信的なことで知られる党員で、20歳そこそこだった。しかし若き党員は覚悟を決めた。開けて置いたドアのロックを内側から閉め、左右に振られる車体を修正しながらさらに警戒塔へと迫る。
「停止しろ!!停止しろ!!」
 警告と発砲は続いた。しかし止まらない。止めることはできない。
「住井、あいつは死ぬ気だぞ」
「わかっている!わかっている!」
 警戒塔に肉迫した。もう目前になって、運転手が咆吼する。
「「虎」万歳!共産党 万歳!頼んだぞ!人民のために・・・」
 最後に、運転手は父と母のことを思った。運転手の吹き出る涙は、もちろん誰の目にもさらされることはない。
 収集車は激突した。激しい轟音と共に、それこそ垂直に近い角度で、収集車は激突したのだ。
 そして収集車の本来ならゴミが集積されているはずの場所では、おびただしい量のプラスチック爆薬が発動の時を待っていた。
 警戒塔から非常ベルが鳴らされ、基地全体に、警告が出される。
 だがもう遅い、収集車の産声は激突と同時にハンドルに強く頭を打ち付け死亡していた運転手の下で、脈々と生まれつつあった。
「総員警戒せよ!襲撃の恐れあり!警戒塔で事故発生!」
 銃を構えた警備の兵が3人ほど、無造作に収集車に近づいていく。彼らは銃を運転席に向け、運転手の生死を確認しようとしたのだ。
 だが、遅かった。運転手の生死が確認されようとしたまさにその時、収集車は産声を上げた。すさまじい閃光。それこそ原子爆弾かと思い違いをしたくなるほどのすさまじい光量だった。そして波動が起きる。トラックの近くにいた兵士は自分が浮き上がるような感覚を覚えたことだろう。だがそれも一瞬だ。直後に激しい衝撃が起こり、警戒塔を、外郭を守るコンクリート壁を、道路のアスファルトまで軒並み破壊していった。
 浩平達はビルの陰に身を潜め、衝撃を受け流していた。辺りには衝撃で割れたガラスの破片が四散する。轟音のせいで全員が気を失ったように呆然となっていたが、いち早く我に帰った住井が無線で全員に通達する。
「突っ込めぇ!!」
 倒壊して燃えさかる警戒塔を乗り越え、73名の「虎」の精鋭が横須賀基地に乗り込んでいった。これから行われるのは無謀とも思われる一大戦闘。それは「虎」にとってはまさに聖戦そのものだった。
 だが浩平の意志は別にあった。その意志は背に下げているボストンバッグの中身と共にある。「虎」を盾にしてみさおが望んでいる場所にたどり着く。それが浩平の意志だった。浩平に生きて帰る気はあったのだろうか。それはわからない。だが浩平が額に巻いた鉢巻きの中には、最後に瑞佳と会話した時に使ったテレホンカードが挟み込まれていた。

<第十一話 終わり>
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どれだけ書けば・・・終わるのだろうか・・・。
 長い道のりですが、終わりまで後・・・ああ、わかんねえや。
 お付き合いして下さっている皆さん・・・まったくありがとうございます。
 うう、もう気力がない・・・それでは・・・。