The Orphan of Seventh Angel 投稿者: から丸&からす
第十一話「歯車」

 両隣には鉄の壁。天上と床は真っ白にコーティングされたコンクリート。えらく気が沈みそうな環境だが、浅川はそこを歩いている間、絶妙な緊張の中にいた。
 元々浅川は研究施設の中でも特に下っ端の科学者でしかなかった。軍人として研究者を志願し、偶然にも近い確率でここの勤務にこぎつけていた。
 浅川がすっかり薄くなってしまった前髪を恨めしそうに掻き上げる。その下の丸い縁の眼鏡も含めて、彼は色男とは程遠い容貌だった。だが同時に目立ちにくいとも言える。現に浅川が、現在も盛んに活動している共産党過激派「虎」の一員であるなどとは誰にも知れれていなかった。浅川はこの横須賀基地細菌実験施設に通常の科学者として勤務しながら、党からの命令があれば即座に隠密行動を開始する、いわゆるスリーパーと呼ばれる類のテロリストだった。
「時間がない・・・」
 浅川はあらゆる手段を使って、外部から入ってきた情報だがこの施設に格納されているという秘密兵器の在処を探していた。コンピューターをハッキングし、暗唱カードを偽造し、ありとあらゆる手段で調べ上げた。その結果、警備が厳重とされている細菌施設はダミーで、最高秘匿位に置かれているのは細菌施設よりも格下の遺伝子実験施設だった。浅川はさらに情報を集めた。職員からそれとなく聞き出したところによると遺伝子施設が注目され始めたのは今から五年前で、その時に陸軍の軍人を対象とした遺伝子実験が秘密裏に行われたらしい。だがそれはさらに恐ろしい事実の一幕にしかすぎなかった。その裏にはさらに、当時から遡って3年も前から行われている計画があった。
 計画名「異能力生成」・・・名前しかわかっていない。しかし浅川は予見していた、これは肉体的、あくまで身体的なレベルにしか干渉しない5年前の事件とはまったく格の違う話だ。連中は全く別の人間を作り出そうとしている・・・。浅川はそう思っていた。
「「暗証コードを入力して下さい」」
 味気ない録音再生の声。そして目の前にはコードを入力する端末が敷かれている。これを二回以上間違ったり、一回やってやめたりすると監視カメラから顔を記録されてしまう。浅川は震える手を押さえながら、ハッキングから得た暗証コードを入力した。
「「暗証・・・確認」」
 ビンゴ、秘密のドアが開かれる。

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 作戦の決行は間近だった。作戦本部からそれぞれ3、4人ずつ時間差を開けて出発し、指定の時間にはそれぞれが配置につく手はずだった。
 広大な横須賀基地だが、大きな出入り口は一つしかない。まずはプラスチック爆弾を満載したゴミ収集車をそこに突っ込み、警戒塔と非常時につくってあるリフト型の防護壁を爆砕する。50名の陽動部隊と23名の本隊はそこから同時に侵入。陽動部隊は核ミサイルが格納されている倉庫を目指して突っ走るが、敵の反撃を考慮すると倉庫まで100mの辺りまでしか前進できない。そこからは、ともかく本隊の目標が達せられるまで戦い続けるのだ。
 本隊は陽動部隊と同時に突っ込むと、入り口からさほど離れていないはずの昇降装置を使って地下へと降りる。降りた後は昇降装置を破壊し、そこで待機している内通者と合流、事前に在処を突き止めてあるはずの秘密兵器を奪取するのだ。
 住井は今、横須賀線の列車に乗りながらいわゆる心の準備をしていた。仲間には言っていないが、住井には聖書に関するある程度の知識と信仰があった。そこには住井を勇気づけるある一片の詩が載っている。エジプトから脱出したユダヤ人達と、アマレクの野蛮人達との戦いの時。ユダヤ人の指揮官ヨシュアはモーゼが照らす天の陽に守られ、その陽の下では決して負けることがなかったという。
 住井は信じていた。自分はヨシュアであると、天の陽は自分達のものだと信じて疑わなかった。左右には釣り具に偽装した武器を持った仲間が二人、住井を挟むように席に着いていた。現在午後7時、決行まで間もなかった。

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 浅川はやや薄暗い通路に出た。故意に暗くしてあるのか、そこは明らかに照明が他よりも少なかった。
「・・・まあいいか」
 浅川は潜入に成功したことに多少の恍惚感を覚えながらも、頭は冷静を保っていた。
 通路は二つに別れていた。一つはやや広い通りで奥に続いている。もう一つは階段で、さらに地下へ続いていた。浅川は地下への通路を選ぶと、コンクリート製の床をなるべく不審な音がしないように堂々と、また静かに降りていった。妙に人気が少ない。さっきまで通っていた通常レベル遺伝子施設では頻繁に人が行き交っていたのだが、こちらはまるで廃屋のように静まり返っている。
 降りていく度に辺りが暗くなっていくような気がした。浅川は恐怖を感じた。自分はどこか人知の及ばない、遠くの異界にでも踏み込んでいるのではないのだろうか。孤独な恐怖感が浅川を包んだ。
 額から流れる汗を拭って、浅川はさらに進んだ。途中に部屋がいくつも位置している。プレートが張り付けてあったが、読んでいない。こっちはが求めているのはここの最も重要な情報なのだ。
 やがて、二人の屈強な兵士がガードする大扉へと行き着いた。浅川が近づくと二人は敬礼し、道を開けた。浅川は大扉の前に立ちつくした。通常のドアではない。何か仕掛けがある。浅川は焦った。しかし傍らを見ると開閉装置が何を隠すでもなくついていた。浅川は垂れる脂汗を見られないように、大扉を開くと中へと入っていった。
「・・・う!?」

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 現在午後10時。ここは横須賀市街。浩平をふくむ4人のメンバーは会社帰りの会社員を装い、スーツ姿だった。もちろんその下は防弾チョッキ、スーツケースとバッグの中身は銃とナイフである。今から主に裏路地の居酒屋を転々とし、明け方まで待つつもりだった。少女は浩平の持っているボストンバッグの中に酸素吸入器と共に入れてあった。我慢するんだぞ、と優しく諭してやったものの、これまで暴れもしなければ喚きもしない少女を思うと浩平は逆に心苦しかった。ちなみに仲間には爆薬だと言ってある。
 これから基地で行われるであろう激闘と関係なく、横須賀の繁華街はその日の仕事に汗を流した人々で賑わっていた。ふと浩平の脳裏に、長い演習訓練から帰ってきて街に繰り出していった、特殊部隊時代の思い出が蘇ってきた。そしてその時の自分と今の自分を比べて、果てしない孤独感を感じる。
(一体、俺はどこへ来てしまったのだろう)
 いつからか、自分が知らないどこかで回り始めた運命の歯車。それは否応なく浩平をそれまでいた日常から非日常へと引きずり込んでいった。
「はぁ・・・」
 細い息は、賑わいの中にかき消されてしまう。それほど浩平の吐いた息は小さかった。
 もう戻れないし、戻ろうとも思わない。それに後悔もしていない。
 浩平は思った。本当に、全ての始まりはなんだったのだろう。

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 浅川は目にしていた。それは人類の英知の結晶。日本が8年間の間、持ち得る手段を全て投じて、あるいは手段を選ばず行われた実験の結果だった。
 そこは沈黙の部屋。そこは広く、かなり大規模な実験場だった。手前にいくつもの端末があり、実験のテストや機器の操作を行うようになっている。だがそれよりも増して目を引くのは奥にある巨大な試験管の数々だった。それは規則正しく並べられ、番号がふってある。だが、その中身は浅川の想像を絶するものだった。ただナンバーだけが貼られた試験管の中に入っているのは、手であり、足であり、また内蔵であり、頭だった。それらはおそらく生命の出来損ないの数々。人間が人間を作ろうとした結果の産物だった。
「うえ・・・」
 浅川は耐えきれず、鉄製の床に吐いた。辺りに腐臭が漂う。だがそれすらも、この中の雰囲気からすればましなものだった。
 浅川はひとしきり吐いてしまうと、冷静さを取り戻して自分の任務を思いだした。遺伝子施設内の秘密兵器を探し出すこと、そうだ、間違いなくそれはここにあるのだ。
 浅川は端末の間をすり抜け、奥へと向かった。並べられている試験管をなるべく見ないようにしながら、浅川は奥の、さらに中央へと向かった。
「なに!?」
 だがそこにあったのは、浅川の予想に反して、空の試験管。中には何も入っていない。紛れもなく空の試験管だった。
「どういうことだ!?」
 狼狽する浅川の下に、その試験管のナンバーが張られていた「「試作体ー0052」」。

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くぅあ〜〜〜〜・・・長いような短いような・・・切れ切れで場面を展開させるとほんとそれが掴めなくなりますねぇ・・・。わかりにくくなかったでしょうか、第十一話。
ここまで書いて来ましたが、後何話になるやら自分でもわかりません。お付き合いしてくださっている方は、不出来な拙筆(そんな言葉あるかね・・・)をご容赦ください。
 最後までがんばります。

 背後には雀氏の二話連続投稿・・・むぅ、何か妖気が感じられますぞ。
 澪のお話・・・ぐぅお(吐血)感想控えさせてください・・・(謝)。
 Cry for the moon・・・んむむ・・・エロティックで倒錯的ながらも、外側は冷たい皮膚のようです。しかし中には脈々と雀氏の思考と霊気という血液が見え隠れしております。どこか難解。どこか哲学。そんな感じです。

ふゴっ!!バル氏の作品まで投稿されているじゃあーりませんか。では恐れながらも感想を書かせて頂きましょう(日本語正しいだろうか・・・)。
ああ!この明るい、煙のない、なんと澄んだ世界であろうか!!前半はタクティクスの核でもある日常を、なんとも正直に、さっぱりと書いておられる。そして結末にちょっとした味を込める。この短いSSの中にどれだけ多くのSS哲学が含まれておることかぁ!!久しぶりにこれぞSS!!ってのを読ませていただきました!!

 さて、それではお後がよろしいようで・・・