夢の一座 投稿者: から丸&からす
最終話「導かれるままに」

 浩平は踊った。愛しい妹ともに、ふたりっきりのステージ。観客席にはだれもない。誰もいないステージで、二人は踊った。時に身を委ね、されるがまま。時の許す限り、踊り続けた。
 二人は手を取り合い、ステップを合わせた。最初はぎこちなかった浩平のステップも、次第に音を合わせていく。まるで最初から申し合わせていたかのように。
 二人は踊った。二人を引き裂いていた長い歳月。それを埋めていくように、二人は踊り続けた。
 悲しい言葉もなく、咎める音もない。ここは幻想の頂。沈黙したままのステージは、ありえないはずの二人の出会いを祝福している。
 悲しい言葉もなく、咎める音もない。二人が引き裂かれたのは遠い昔、たくさんの出来事と共に。
 二人は再開をわかちあい、共に踊った。妖精達のステップを。浩平が知るはずのないステップを。
 奇跡のステップ。ありえない幻想の目録。浩平は約束されたステージの上で、みさおと踊っていた。一舞一舞が過去の激情を流し去っていく。ゆるやかな、舞だった。浩平はみさおと共に踊りながら、過去と変わらぬ妹の香りに懐かしさを覚えていた。それは約束されたステージの上で、約束された二人だけの時間だった。
「みさお・・・」
「なに、お兄ちゃん」
「大きく、なったんだな」
「うん。それがどうかした?」
「いいや、なんでもない・・・」
 浩平が夢に見ていたのは過去と変わらぬ妹の姿だが、目の前の妹の姿は成長している。それは変わることのない生命が、みさおに宿っている証拠だった。
「みさお、お兄ちゃんな、あれから結構大変だったんだ」
「そう・・・悪かったね」
「いや、お前にどうこう言うつもりはないけど・・・」
「私にもね、色々あったんだよ」
「どんなことだ?」
「んー・・・それは秘密」
「恋人ができたなんていったら、お兄ちゃんは悲しいぞ」
「あはは、ハズレ」
 みさおは笑ってくれている。それは昔と少しも変わらない笑顔。少しも変わらない仕草と共に、みさおの声は響いていた。大人びてしまった容貌も、過去の面影を消すことはない。
「なあ、みさお。ここには俺達以外、誰もいないのか?」
「ううん。二人きりじゃないよ」
「でも、誰も見えないぞ」
「それは・・・霧が深いからね」
 浩平は客席を見た。すると街に垂れ込めていたのとまったく同じ霧が、客席に充満している。
「みさお・・・霧が・・・」
「お兄ちゃん・・・」
 ステップが止まる。それまで二人の靴音が響いていたステージが、静寂に変わる。それと時を同じくして、霧はステージにまで上り詰めてきた。もうすでに浩平の足下にまで及びそうな勢いだ。
「みさお・・・」
「お兄ちゃん、顔を見せて」
 二人は寄り添い合った。兄妹の温もりが互いを暖める。それは濃い霧の中でも、失せることのない温もりだった。
「みさお・・・」
「お兄ちゃん。今まで、辛かった?」
「辛くなんかないぞ。お兄ちゃんは・・・」
「無理しなくていいよ。きっと辛かったんだ・・・」
 霧はすでに二人を完全に包み込んでいた。二人はやっと互いの顔が見える状態だった。
「みさお、お前はどこにいるんだ?」
「私は、いつだってお兄ちゃんの側にいるよ。お兄ちゃんの中に、私はずっと一緒だよ・・・」
「みさお、ごめんな・・・」
「ふふ・・・何に謝ってるのか、わからないよ」
 みさおが笑顔を見せた。そして霧が二人を覆い尽くす。浩平は視界を遮られ、みさおを見失ってしまった。次第に触れていたみさおの感触がなくなっていく。
「みさお・・・」
 最後に見せた、昔と少しも変わらない屈託のない笑顔。浩平はまだ温もりの残る手で、流れる涙を拭った。

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 いつのまにか、霧が晴れていた。浩平はしばらく気を失っていたような感覚を覚える。だが立ったまま、浩平は何もない、出来損ないの住宅地の空き地に、佇んでいた。
「みゅー・・・」
 何の音もなかったところに、人の声が響いて来る。もうずいぶんと聞き慣れた。よく知る女の子の声だった。
 彼女は浩平に見える位置まで来ると、そのまま胸に飛びついてきた。繭はすすり泣くように、浩平の胸に顔を埋めていた。
「お前も・・・会ってきたのか」
「みゅー、みゅー・・・」
「じゃあ、確かめられたか?」
「・・・ぐす、うん」
「そっか・・・なら、いいんだ」
 浩平は繭を抱きしめてやった。それからしばらく、繭は泣き続けた。浩平も少し泣いていたかも知れない。しかし声には出さなかった。
 繭が泣きやんでからしばらくして、浩平達は住宅地の出来損ないを後にした。繭は何度も振り返っていたけれど、やっぱりそこには何にもないのだ。
 二人は歩いていった。少しずつ晴れてゆく霧と共に。

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 ふぅ・・・不器用な描写でしたが、いかがでしたでしょうか?
 ここまで読んでくださった方に敬意を表しつつ・・・それでは・・・。