The Orphan of Seventh Angel 投稿者: から丸&からす  
第十話「作戦前夜」
 
 住井は焦燥を感じていた。
 それは何の問題もなく進行している計画に対してではない。漠然と、自分を包む不安感だった。
 戦いを始めたのはいつからだったろう。外圧に屈し、国民を圧制によって虐げることによって生きながらえ、私腹を肥やしている政治家達に牙を剥いたのはいつからだったろう。自分の頭に戦うことが刷り込まれてから、その起源を探り出すにはあまりにも時間が経ちすぎてしまった。
 ともかく住井は戦ってきた。圧制に甘んじている国民の代わりに、自分は戦ってきた。そう思っている。いつからか火炎瓶の作り方を覚え、盗聴のノウハウも学んだ。地下に潜って戦うためのあらゆる手段と、人民の自由と解放を理想とする思想を学びながら育ってきた。それが間違っていたとは思っていない。
 だが、今こうして作戦前夜の激励会の中。演壇に立って皆を鼓舞する段になっても、その焦燥は消えなかった。漠然とした不安感。それはあまりにも急な情報で活動しようとしていることからきているのだろうか。だが急とは言え、チャンスだった。折原という男の言葉を信用すれば、この国家は外圧に対して自分たちも武力によって抗そうとしている。武力と武力の果てしない衝突。それは住井にとって最もおぞましい行為だった。そんな上層の者達の勝手な政策が、最終的には守るべきはずの国民を苦しめ、壊滅させていく。自分たちは安全な場所に身を置きながら、国民を身代わりにして飽食の日々を送るのだ。
 奪わなければならない。今まで溜めに溜めてきた戦力と士気。今こそ、それを爆発させる時ではないか。おぞましき国家からその戦闘力を奪い、人民のために決起する。理想はもう目前に来ているのだ!
「集まってくれた同志諸君よ!!長年の、長年の我々の労苦が報われる日がついに来るのだ!人民を圧し!私腹を肥やし続けるあの政治家達に、牙を剥く機会がついに訪れたのだ!同士諸君よ、明日の聖戦を戦いもし倒れることがあったとしても、決して悔いることはない。全ての人民の自由と解放のために、我々の血は流されるのだ!!」
 おおおお・・・と防音効果が施された部屋の中で「虎」の実行部隊が咆吼する。
自分は間違っていない。住井は自らを確信させ、戦うための拳を天へと突き上げた。

 浩平は部屋の隅にいた。部屋の隅で、まどろんでいた。少女はすでに浩平の膝の上で眠っている。浩平も眠りそうだったが、部屋の中央で住井達が騒いでいるのでなかなか寝るに寝れない。どちらにしろ住井達の共産思想には浩平はてんで興味がなかった。全ての人間が平等な社会など有り得ない。富める者と貧する者がいてこその社会だ。浩平はそう思っていたが、それについて住井と議論はしなかった。
 浩平は激しい動きに適さないジーンズを脱いで、こちらも灰色に迷彩した綿のズボンをはいていた。上は手製の防弾チョッキで、特殊部隊の時の装備とは雲泥の差だった。それでも特に、浩平は怖じ気づいた覚えはなかった。どんな格好でも戦うのには大差ない。佐世保基地での戦いもそれを証明できる。
 ただ、なんとなく不安な感じがあった。それは紛れもなく今、浩平の膝の上ですうすうと寝息をたてている少女に起因していた。浩平は少女のために横須賀に行く。少女をある場所に送り届けるために戦うのだ。それがどんな場所なのかは、具体的にはわからない。しかし何か原初的な勘が、浩平に運命を告げていた。その少女と共に浩平の運命はあるのだ。そのあまりにも複雑な運命の歯車を、まだ浩平は十分の一も理解してはいなかった。
 住井達の騒ぎは続いている。浩平は脇に置いた銃を握りしめ、少女を胸に抱き寄せると、上着を上からかけた。住井達の騒ぎは尚も続く。その中で浩平は少女と二人きり、作戦前夜の小さな眠りへと入っていった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「・・・折原の所在はまだ掴めませんか・・・」
 横須賀基地司令部、司令の席についているのは基地司令の高口中将だった。その傍らには南森准将がやや焦ったような面持ちで直立している。
「はっ・・・警察も動員して徹底した手配を行っておりますが、依然として網にかからず・・・」
「うむ・・・。南森君、君は奴をどうみているのだね?」
「は?」
「私は実験には携わっておらん。むしろ君の方が詳しいだろう。奴はどんな行動に出ると思う?」
「・・・わかりません。奴がなぜ「あれ」を連れて脱出したのか、その動機は不明のままです。「あれ」に独自の意志は存在していないはずですから、鍵は全て折原にあります。しかし、折原には凶行に出るような動機も根拠もないのです」
「それにしていまだ所在不明・・・かれこれ一ヶ月は経つのか」
「何を企んでおるのでしょう」
「わからんな・・・」
 高口は吸いきった煙草を灰皿に押しつけると、鼻から猛烈な煙を噴射した。禁煙家の南森が、小さく咳払いをする。
 高口は達観しているようだが、南森の頭の中は不安と焦燥感で渦巻いていた。今、日本の命運を左右する一大傑物が束縛の手を放れ、折原という元軍人の手に渡っているのだ。もちろん空港は完全に押さえてあるが、これが海外に出でもしたら日本政府は、ひいては軍部も窮地に立たされてしまう。
 折原は何を考えているのだろう。日本の英知が作り出した恐るべき破壊兵器を、一体どうするつもりなのだろうか。
 南森の焦燥は止むことがなかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ああ・・・星だな。あの星座は・・・なんていったっけ」
 住井達が騒ぎ疲れ、寝入ってしまったのと入れ替わるように浩平達は目を覚ましてしまった。それもまだ夜空に星が見える深夜。浩平はしかたなく、少女を連れて宿の屋上に出てきていた。
「思い出せないな。まあ、何かの星座だ」
 辺りは閑散としていて人の気配も少ない。おそらく宿の店主はこの期間だけ営業を制限しているはずだから、宿の客も少ない。住井達も寝てしまったので、起きているのは浩平と少女の二人くらいのものだろう。
 人気もなければ、明かりも少なかった。屋上は真っ暗で、ところどころがらくたが放置してあったり老朽化して穴が空いていたりしていて危なかった。浩平は少女を抱きかかえると、空を仰ぐように屋上を歩いた。
「だめだめ。ここはちょっと危ないからな、降ろすのはだめだ」
 夜空には星が瞬いている。なぜ、星は輝いているのか、小さい頃に思った純粋な疑問をふと浩平は思いだした。確か夜になったら星が明かりを点けるとかなんとか、適当な理由をつけていたような気がする。
「なあ、みさお。どうして星は光ってるんだと思う?」
「・・・・・・」
 少女は考えているようだった。しばらく俯いていたが、不意に浩平に向き直ると合わせた両手を向ける。
「ん・・・」
 光った。少女の手の中に、光が現れた。周囲から糸のような光線が照らされ、少女の手の中で光と化している。光が少女の手の中で輝く、それはまるで、光が少女を中心に集められているようだった。
「みさお・・・お前・・・」
 光がだんだんと強くなる。そしてそれは少女の手一杯になると、弾けるように辺りに四散した。瞬くように、四散した光は明かりを灯した。それは空から落ちてきた星屑のようだった。
 浩平は唖然としながらも、得意げにしている少女と目を合わせていた。散った光に照らされ、少女は星の子のように光って見えた。
「そうか、そんなことが・・・できるんだな」
 浩平はみさおを抱えなおした。だっこされて、少女は嬉しそうに浩平の胸に顔を埋める。浩平はこそばゆいような感じを覚えたが、そのまま放っておいた。そのまま少女がもう一度寝つくまで、揺りかごを揺らすように浩平は少女を抱き続けていた。

<第十話 終わり>
/////////////////////////////////////////////////////////////

 うーん・・・もうちょっとだな・・・