The Orphan of Seventh Angel 投稿者: から丸&からす
第九話「死へ急ぐ列車」

 新幹線は順調に、九州方面から東京へと運行していた。時々流れてくる停車駅のアナウンスと物売りの声以外、浩平の耳に届いてくるものはなかった。
 少女はずっと黙ったままだった。なぜか緊張しているようだったのだ。理由はわからない。そんな少女を横目に浩平は流れていく風景に目を移し、なんとはなしにこれまでの経緯を考え起こしていた。莫耶での戦いのこと、南が重傷を負ったこと、気を失って佐世保に閉じこめられたこと、住井達と会ったこと・・・諸々の事情が、ここ数週間に集中している。それはあまりにも長かった気がする。振り返ってみて、まるでそれが何年間も続いてきた出来事のように思えるほどだ。それはそれまでの人生の時間を全て消し去ってしまえるほど、圧倒的な運命の日々だった。
「眠くもならないな・・・」
 浩平は寝返りをうった。
 そしてまた、現在を遡って過去を、そしてこれからのことに思いを巡らし始めた。混沌とした過去から予想される未来は真っ暗で、浩平には見通しがつかなかった。結局、今どうするかを決めることしか自分にはできないのだ。
 浩平は自然と眠りについていた。心地よい眠りだった。まるで、いるはずのない母親の腕の中で揺らされているようだった。それは浩平の魂が求めていた休息だったのかも知れない。これから戦われる日々のために、求められた安らぎだったのかも知れない。
 あまりにも短い魂の休息、浩平は今、自分が持っている安らぎを夢に見た。隣の座席で大人しくしているはずの少女。浩平は妹のために戦っている。みさおのために戦っている。みさおが望むところへ、浩平は連れて行かねばならなかった。それは浩平に残された、いや、約束された安らぎだった。たった一人の妹のために、共にいることが、約束された安らぎだったのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 安息はそう長くは続かない。列車の停止が浩平を戦いの場所へと急き立てる。浩平は少女の手を引いて東京駅を出ると、住井から教えられていた「虎」の隠れ家へと向かった。
 電車を乗り継ぐ度、浩平は少女を守るために辺りを警戒することを忘れなかった。緊張が徐々に高まっていく。それは戦いを後に控えた戦士としての緊張もあったろうが、どちらかというと安息の地を失った者の悲しい反射的行為だった。

 皇居にもほど近い神田駅周辺に位置する安宿。ここの店主が「虎」の幹部で宿全体が隠れ家のようになっているということだった。
 浩平は住井から渡されていた身分証を店主に見せると、宿の中心にある広間に通された。厳重に施錠がされていて、店主が鍵を開ける音が不快なほどだ。
「うお・・・」
 雑多な。浩平の頭に浮かんだ感想はまずそれだった。広間の奥に置かれているホワイトボードに張られた敵基地の地図はいいが、その周辺の机といわず床といわず、ともかくそこら中に武器が散乱していて、数十人の男達がそれぞれ好き勝手に武器を物色している。普通は指揮官が定められた兵器を部下に使わせるものなのだが、浩平の頭に「虎」の戦いに関する疑問が起こった。揃っている兵器類も、浩平が特殊部隊時代に使用していたものとは程遠いものだ。浩平が莫耶で戦った時に使った機関短銃は世界的に認められている特殊作戦にうってつけの高級な一品だった。しかし今、目の前にあるのは中東あたりの紛争地域から流れてきたようなアサルトライフル(以下AK)や携行式ロケット砲。ガトリングガンや果ては地対空ミサイルまであった。そして驚くべき事に隠密作戦に不可欠なサイレンサーなどの付属機器は皆無だった。
「どうした。感動してるのか」
 先に到着していたらしい住井が手製の防弾チョッキ姿で現れた。すでに武器を選択し終えたらしく、その手にはメジャーなAKと、旧ソ連製の拳銃が握られている。なんともちぐはぐな格好だった。
「できるだけのことをやってもこれか・・・」
「文句を言うな!これが俺らの精一杯だ。ここは軍隊じゃないんだぞ」
 浩平はいささか暗澹とした面持ちで、自分の武器を選び始めた。もちろん、少女には絶対そこらへんの物に触らないようにきつく言いつける。
「おい・・・フラッシュ・ライトぐらいないのか?」
「ほれ、懐中電灯。予備の電池も持って行けよ」
「・・・・・・」
 浩平は無言で懐中電灯を受け取り、点くのを確かめるとポケットにしまった。さらに無言で武器選びを続行する。
 適当な銃を手にとっては構えて、具合を確かめる。幾度もそんなことを確かめた。周りでは大型の機銃を振り回している大男達が目に入ったが、こいつら暴発を起こさないだろうな、とうんざりした気分になった。彼らが実戦でどれだけ役に立つかは疑問だが、とりあえず敵を引きつけることぐらいはできるだろう。
「まあ・・・こんなもんか」
 浩平が選んだ武器はユーゴスラヴィア製のAK-47。信頼性にも優れる立派なAKだが、威力が大きめな代わりに銃声がうるさい。それでもこの時は隠密製よりも威力を重視した方がいいような気がした。どうせ浩平だけが音を出さないように努力しても仕様がないからだ。
 その他に手榴弾を三つとナイフを一本・・・加えて懐中電灯を一つ携行することにした。無線機は各隊のリーダーが持つことになっている。ちなみに浩平はリーダー格には全く選ばれていない。
「終わったか?それじゃあ防弾チョッキを渡すぞ。ケプラー材を使った手製だが、拳銃の弾くらいなら貫通を防げる」
 ライフルで撃たれたら終わりだと暗示しているように聞こえたが、本人は無意識だろう。浩平は黙って灰に塗られた防弾チョッキを受け取った。
「作戦の実行は明け方午前4時から行う。陽動部隊の方は全部で30人。潜入する方は23人だ。もちろんお前は潜入する方だけど、ちゃんとリーダーの指示に従えよ」
「ああ」
 返事はしたものの、浩平は最初から独自の判断で行動するつもりだった。浩平にとって「虎」利用するだけの存在でしかないのだ。
「モノを手に入れたら輸送部隊が能登の支部まで運ぶ。他は各自分散してして逃げる。お前はどうするつもりだ?」
「俺も逃げるさ」
「そうだな」
 浩平は自分が、この作戦の後どうなるのかわからなかったし、考えてもいなかった。現にこの後、先のことなど本当にどうしようもなくなるくらいのことに、浩平は巻き込まれていくのだ。そして浩平の片腕には、その発端となる少女が無邪気にぶら下がっている。

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 ・・・最終話まで後どのくらいかな・・・ポン太さん、感想ありがとうございます。とても嬉しいです。じゃあ、氏に敬意を表して私も不況おねやってみましょう。

「寝起きの◯◯◯◯◯だとかな・・・」
「いくら?」
「・・・金次第でやるのか?」

 長森ネタ・・・うう、ちょっとダークじゃ。