The Orphan of Seventh Angel  投稿者:から丸&からす


第八話「悪魔との交渉」

 雑踏が街を支配する。すれ違う人々の重い足取りが、冷たいアスファルトを埋めてゆく。浩平もまた、そんな無数の雑踏の中の一つだった。いやほんの少しだけ、リズムを違えていたかも知れない。
 博多駅からそう遠くないとある駅前の繁華街。浩平は行き交う人々の間に息を潜め、目的の場所を探していた。彼らが指定したビジネスホテルはそれほど有名でもなく、かといって極端にさびれているわけでもなかった。そして泊まりに来る客は非常に中途半端だった。一流ビジネスマンが泊まりに来ることはまずなく、時には家族連れが泊まりに来ることもあった。つまりそれは、特定の人のための施設とは言い難いもので、言うなれば偶然それを発見した人々による寄り合いの宿屋のようなものだった。
 だからビジネスホテルといっても、スーツ姿でない浩平が怪しまれることはない。黒を基調にしたジャケットにジーンズという、なんともアバウトな服装。それはどう見てもどこにでもいる単なる若者にしか見えなかった。もちろん、上着の脇に隠した自動小銃を見せればそんな感想は一撃で吹き飛ぶだろうが。
 浩平はちょうど今、ホテルの門の前に来ていた。西洋風に似せた鉄製の開き戸、それはあまりにも中途半端な代物だったが、ある意味このホテルにピッタリだった。
 浩平は門をくぐって中に入る。無愛想な顔をした、まだ若い店員が一人、カウンターで番をしている姿は退屈そうだった。
「204号室に友達が来てるんだけど」
 浩平はなるべく軽い口調で店員に話しかけた。もちろんそれは、今の自分の人柄を偽造することによって、なるべく真の自分の印象をこの店員に与えないためだった。 
「ああ聞いてますよ。どうぞ、二階に上がった奥の部屋です」
 もちろん荷物持ちのボーイなどいるはずがない。浩平は自分の足で、古いのか使っている材質が悪いのかわからないが、やたらと軋む階段を登って二階にたどり着いた。そのまま奥の部屋まで歩を進める。
「ここか・・・」
 「「204」」浩平が立ち止まった部屋のドアには、そう書かれたプレートが張られている。浩平は脇に隠した自動小銃の安全装置を切った。

 ギィィィ・・・

 こちらもむやみに軋む音をたてる。浩平は左手でドアを押し開けると、やや屈んだ姿勢で中に入った。右手はすぐに銃を握れるように脇腹に当てている。
「よし、動くな」
 浩平が部屋の中に入りきってしまうと、無造作にドアが閉められる。
 その直後、冷静な声と共に浩平の後頭部に何か固い物が押しつけられた。固くて丸い感触、どう考えても銃口だった。
 相手は二人だった。一人は今、浩平に後ろから銃を突きつけており、もう一人は部屋に備え付けられていたソファから姿を現した。
 彼らは共産党過激派の一派で、北九州一帯を縄張りとして活動している。通称は「虎」。
 ソファから現れた男はどうやら組織の幹部クラスの男らしかった。それにしては童顔で、浩平と同じくらいの年齢だろうが、見ようによっては高校生にも見える。
「お前は何をした」
「情報を提供すると電波を送った」
「・・・武器を手放してもらおうか?」
「それはできない。こっちは情報を提供する。あんた達はその価値によって俺に協力する。ギブアンドテイクだ・・・対等な関係だろう?」
「・・・いいだろう。座れ」
 浩平は男と向かい側に当たるソファに腰掛けた。銃を突きつけている男は浩平の側面に出た。そいつは銃を下に降ろしているが、手放してはいない。
「俺の名は住井。「虎」の幹部だ」
「俺の名は折原、元軍人だ」
「どこの階級だった?」
「特殊部隊だ」
「ほう・・・」
 特殊部隊と言えば軍の隠密部隊だ。住井という男はそれに少なからず興味を覚えたようだった。
「で、おたくの提供する情報というのは?」
「ある場所に、日本政府がその英知をかけて作り出した兵器が格納されている」
「・・・・・・」
「・・・そいつは明るみに出れば、間違いなく世界中が注目するものだ。だが、まだばれてはいない」
「・・・・・・」
「政府が恐れているのは兵器の暴走と、情報の汚泥だ」
「・・・・・・」
「・・・あんた達にはいい転機だと思うがね?」
 住井は組んでいた腕を解いて、両膝に置いた。そして浩平に詰め寄る。
「どんな兵器だ?」
「詳細は知らん。だが・・・」
「だが?」
「戦艦を一個まるごと、消息不明に出来る代物だ」
 住井は浩平が言ったことを、今メディアで騒がれている日本の重要な戦艦がなんらかの理由で失われた、という情報と合致させた。そしてそれは正解だった。
「なかなか興味があるな」
「だろ」
「それで、そちらは俺達に何を要求するんだ?」
「簡単だ。お前達はそいつを強奪する計画を立てるんだ。そしてそのメンバーに俺を加えろ」
「!」
 住井はかっと、目を見開いた。相手の目的がわからない。一体なんのためにそんな危険を冒すというのか。どうみてもこちらの思想に改宗する素振りはない。だとしたら、そいつを奪うことに参加することが、一体なんの得になるというのだろう。
「なぜ、そんなことを」
「理由は聞くな。俺は元特殊部隊員だ、腕は立つ」
「・・・計画は、俺達に任せるのか?」
「ああ・・・任せよう」
「それでは、肝心のその兵器はどこにある?」
「・・・横須賀基地。そしておそらく細菌実験施設だ」

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 ありとあらゆる情報が集められた。まず内通者から基地の図面と、確かにある日を境に細菌施設の防備が異常に強化されたことが報告された。
 基地の中心とは少し離れた場所にある細菌実験施設、細菌といっても遺伝子や身体的なこと全てに関する研究が行われているのだろうが、それは地下に位置していた。それは万一の事故の際の保険でもあろうが、同時にそこへの侵入も妨げることになる。地下に侵入すると極めて退路が限られてくるからだ。
 作戦は大変な議論がなされたが、浩平はほとんどそれに参加することができなかった。浩平が政府機関からの回し者であるという疑いが完全に晴らせていないからだ。
 火力を集中して圧倒するか、経路を二分して敵を分散させるか、誘き出した敵を分断して孤立させるか・・・様々な議論がなされた。そしてほぼ決定となったのが、一つの陽動作戦だった。どんな作戦にしろ、居場所が特定できていない物を探すには十分とは言えない。無謀きわまりない策だ。彼らはまんまと、浩平に利用されていた。
 作戦の概要だが、まず内通者から得られ、また確認されたあの基地に関する重要情報がこの作戦に大いに関係していた。横須賀基地には日本政府が秘密裏に製造した短距離核ミサイルが配備されている。発射施設と共にそれは厳重に防備されていた。作戦はこの核ミサイル施設を陽動部隊が襲撃、敵の注意と兵力を引きつける。その隙に少数精鋭の小部隊が細菌施設に潜入、敵にこちらの目的が悟られない内に秘密兵器を奪取する。
 浩平は思った。目標に到達したとして、それをどうやって移送するつもりなのだろうか。まったく短絡的で利用しやすい連中だと、浩平は心の中で大いに笑った。

「折原、お前は新幹線で東京に行け。チケットは用意してある」
「ああ・・・、言い忘れてたな、俺は一人じゃないんだ。もう一枚、子供の券を用意してくれないか?」
「子供?お前の子供か?」
「いや、妹だ」
「そうか。・・・まさかそいつを作戦に参加させるとは言わないだろうな」
「まさか」
「わかった。もう一枚用意する。それでいいな?」
「ああ、すまないな」
 組織のとある隠れ家の中、そう言って住井は出ていった。
 おそらく、あいつは作戦の終了まで生きていない、浩平はそう直感したが住井には一言も伝えなかった。

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 書いて書いて書いて・・・ああ、まだ燃え尽きるわけにはいかん。