The Orphan of Seventh Angel  投稿者:から丸&からす


第五話「真っ黒なバンの中で」

「ああ・・・心配ない。数日もすれば帰れるって」
「本当?戦艦の事故を聞いてすっごく心配したんだから・・・。ねぇ、今どこにいるかだけでも教えてくれないの?」
「だめだ。作戦中だ。この電話だってばれれば軍法会議ものだぜ」
「もう・・・わかったよ。それじゃ、浩平の帰りを待ってるから元気で帰って来てよ」
「ああ、すぐに帰るさ。それじゃあまたな」
「うん。じゃあね」
 浩平は電話を切らなかった。そのまま受話器を耳にあて、切られる受話器の音と愛想のない電子音に耳を傾けていた。ひどく空しくなる瞬間だが、浩平は電子音を聞きながら逆に感慨に耽っていた。電話越しの、婚約者の声。浩平は生まれた時から身寄りがなく、18になるまで孤児院で過ごしていた。婚約者の名前は長森瑞佳。浩平と同じ孤児院の出身で、言わば幼なじみの関係だった。浩平のぎこちないプロポーズに瑞佳は嬉々として答え、昨年婚約したばかりだった。
「瑞佳・・・」
 浩平はかび臭い公衆電話の中で、愛しい恋人の香りを、思い出さずにはいられなかった。

 トン・・・トン・・・

 不意に、出入り口の叩かれる音がする。浩平は振り向くと、そこに肩までさらさらの髪を揃えた、まだ4歳か5歳くらいの少女の姿を見た。感慨から抜け出し、公衆電話の戸を開けると、勢い余った少女が中に倒れ込んできて、そのまま浩平の膝に顔をぶつける。
「ははは・・・」
「・・・」
 少女はじっと浩平を見つめた。見ると、目に涙が浮かんでいる。
「痛かったか。でも、お前が悪いんだぞ。ちゃんと車の中で待ってろっていったろ?」
 浩平は少女を抱き上げると、耳元で囁くように言った。少女は安堵したように、顔を浩平の首筋に埋める。
「ひゃは・・・くすぐったいぜ」
 辺りはすでに真っ暗で、夜の二時をすでにまわっていた。浩平達がいるのは佐世保基地から10kmと離れていない公道だった。だが時間が時間なだけに、辺りには人気がなく閑散としている。 
「ほら、車に戻ろうな」
 民家の脇に止めた黒いバンのドアを開け、後部座席に少女を寝かせた。浩平は少女に自分の上着をかけてやると、運転席へ入り込み、助手席側に足を向けて寝ころんだ。微かにガソリンの匂いがする中、浩平は何も映し出すことのない車の上面を見上げた。
「・・・眠れないな・・・」
 浩平は寝返りをうつと、着込んでいるパーカーを自分の胸元に引き寄せた。基地を脱出した後に、長崎駅前の露天商同然の業者から買い入れた物だが、サイズが多少大きいこと以外には何の不満もなかった。
 浩平は再び寝返りをうつと、いかにも寝苦しそうにうめき声をあげた。
(南・・・他のみんなも、一体どうなったのだろう・・・。わからないことだらけだ。俺は一人になって、みんなの姿は見えない。・・・死んだのか。そんな予感がする。もしかしたらみんな死んでしまっているんじゃないか・・・。だけど、俺だけどうして生き残ったんだ。わからないことだらけだ、ちくしょう・・・)
 浩平が三度目の寝返りをうとうとしたところで、足に何か違和感を感じた。
 見ると、後部座席で寝ているはずの少女が浩平の側に這ってきていた。
「なんだ寒いのか、みさお?」
 浩平は手を伸ばし、少女を胸元に引き寄せてやった。上着を二人の上にかけ直すと、早々に寝入ってしまった少女の横顔を、浩平は見つめた。
(こいつを送り届けてやらないと・・・そこに答えがあるんだ。全て明らかになるんだ・・・。今はこいつを守って、進むしかないんだ・・・)
 浩平は脇に抱えた自動小銃を、その存在を確かめるように握り直した。
辺りはまだ暗く、真っ暗な空に浮かんだ月だけが浩平達のバンを照らしていた。

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 今回は短かったりして、前投稿のはぐさん、メール届きました?