The Orphan of Seventh Angel  投稿者:から丸&からす


第三話「血盟」

 浩平は目を覚ました。頭が少しずつ覚醒していき、目が白い光りに導かれながら開かれていく。
 ここはどこなのだろう。浩平は、自分が天国に来たのではないかとまず最初に思った。だが体の生々しい感触からそれは程なく除外された。どういうわけか、まだ生きている。
 だとしたらここはどこなのだろう。まだ頭が覚醒しきらないうちは、そこはただ白い空間としか見えなかった。なにもかも無機質で、ただ白い。白いだけの空間。
 浩平はそこから、自分が安置室に安置されかかっているのではないかと疑った。だが目が完全に開かれると、それも程なく除外される。そこにあったのは白い壁と白いベッド、白い机がある窓のない密室だった。
 頭が完全に覚醒すると、それまで溜まりに溜まっていた疑問が一気に噴出してくる。ここはどこなのだろう、俺はどうなったのだろう、みんなはどうなったのだろう、敵はどこへ、艦はどこへ行ったのだろう。次から次へと沸き上がる疑問に、答える者はいなかった。 浩平はベッドから起きて立ちつくし、思考を巡らした。艦の上で戦い、仲間が倒れ、自分も致命傷を受けたはずだった。それがどうして今、こんな奇異な場所で眠っていたのか?浩平は自分が受けた弾傷の辺りをまさぐってみたが、傷はふさがっていた。弾がめり込んだ跡が生々しいが、もう出血もない。だが不思議なことに縫合の跡も何もなかった。
 浩平はわき出してくる疑問に耐えきれず、ぶんぶんと頭を振った。
 その疑問に答えるように、部屋のドアの上方に位置する小型のモニターから何者かの声と映像が流れてきた浩平は反射的にモニターに向き直る。
「気分はどうかね、折原伍長」
「・・・南森准将?」
 モニターに映し出されていたのは浩平の所属する特殊部隊の創設者である南森准将その人だった。准将は数え切れないほどの勲章を胸に、威厳ある面持ちでモニター越しに浩平に向かっている。
「君は助かったのだよ」
 そしてはっきりとした口調で事実を告げる。
「・・・閣下。船は、仲間は、あの兵器は・・・どれも、みんなもどうなったのですか?」
「落ち着きたまえ。いいかね、君は助かったのだ、そして今そこにいる。まずそれを認識したまえ」
「どうして俺だけがここに?他のみんなは?どうして俺は助かったんです?」
「折原伍長・・・、君は運がよかった。君は極めて希な偶然に出くわし、一命をとりとめたのだよ、その強運に感謝したまえ」
「・・・はい・・・しかし・・・」
「莫耶は守られたのだ。君の仲間も何人かは生き残っている。時が来たら君をそこから出して、彼らと引き合わせてやろう」
「なぜ、今すぐではだめなんですか?」
「それは・・・君に訪れた偶然を調べなければならんからだ。君は軍人として、それに従わねばならん。いいかな折原伍長?」
「・・・はい、南森准将閣下・・・」
「よろしい、ではまたな」
 モニターが切れる。浩平は呆然としつつも幾分か冷静さを取り戻し、ベッドに腰を落ち着けた。
ともかく、准将の言葉を信じよう。他の連中も助かったのだ。何も焦ることはない。自分がどうしてこんな扱いを受けているのかは疑問だが、それは時間と共に解決されるだろう。そうだ・・・南は・・・俺が助かったのなら、南も助かったんじゃないのか?あいつはどうなったのだろう・・・。
 浩平は頭を抱え、血塗れになった戦友の姿を思い起こした。
 あの時の逡巡が蘇る。敵と味方の弾が交錯し、傍らには虫の息の戦友。浩平は叫んだ。恐ろしい、あまりにも恐ろしい恐怖の再現に身を震わせ、あらんかぎりの大声で叫んだ。狭い密室の中で叫びが空しく反響し、何度も浩平の耳をうずかせた。その度に浩平は恐怖に駆られ、終わらない恐怖に向かって叫び続けた。いつまでも叫び続けた。

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 浩平はそれから幾日かの間、わけのわからない身体の検査を行わされた。
 巨大な球体の機械の中心に入れられたり、銃口のような器具から発せられる光線に身を照らされたり、また採血された血液がどのような判定をされたのか、浩平は全く知らされなかった。
 そしてまた同じ、あの真っ白な、何もない密室に戻される。
 浩平は気が狂いそうだった。一体ここはどこで、自分は何で、どうされようとしているのだ!?解消されない不安は浩平の中に蓄積されつづけ、いずれそれは限界に達した。
 浩平は壁に同化したようなドアに向かって叫んだ。ここはどこだ。俺をどうしようというのだ。一体、何を考えている。浩平は何時間にも渡って叫び続けた。
 そしてそれに根負けしたかのように、モニターが反応した。
「落ち着きなさい。折原伍長」
 映し出されたのは南森ではなかった。将校のようだが、白衣を着込んでいる。それでも肩につけた階級章が、白衣の上から透けていた。
「・・・いいかね、君の身の上には特別なことが起こったのだ。それを今調査している・・・」
「特別な事とはなんですか!?いつまでそれを続けるのですか!?いつになったらここから出られるのですか!?」
「・・・落ち着きたまえ。いや、少し眠りたまえ」
 将校の声と同時に、部屋の換気扇から何か霧状のものが噴出されてきた。浩平は尚もドアを叩きわめいていたが、睡眠剤の効力には勝てず、しばらくするとぐったりとなってドアの前に倒れた。

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 ここは佐世保要塞の内部。浩平のモニターは細菌実験施設の指令室と直結していた。浩平に睡眠剤の投与を命じたのは、この施設の長でもある日本自衛隊第七細菌部隊の中佐だった。白髪が混じり始めた頭髪に、銀縁の眼鏡をかけた、いかにも科学者然としたその男は、モニターの電源を切ると大げさにも思える深いため息をついた。
「ふぅ・・・まったく」
 中佐の名は緒方。緒方は暴れ出した患者を強引に沈めるのに戸惑いこそ感じたものの、罪悪感は感じていなかった。
「・・・わけがわからん・・・。兵士として理想的な遺伝構造をしとる以外、これといった特性はない・・・。上層部はこんな情報をどうしようというのだ?」
 緒方はこの施設で得られた判定結果を極めて正確に上層部に報告するよう命令されていた。しかしなぜこの要塞の中でなのだろうか、首都に行けばもっと優秀な機器のそろった施設がごろごろしているだろうに、緒方はそれも疑問に思っていた。 
 しかし緒方にも興味がなかったわけではない。なにしろ63名の特殊部隊は彼を除いて全滅している。しかも彼には腹部に明らかな致命傷が十カ所以上あったにもかかわらず、発見されたときにはそれが完全に治癒されていたという。
 一体、彼に何が起こったのか。しかし、いくら検査してみたところで浩平からは通常の人間に認められる以外のデータは何も得られなかった。
「ふぅ・・・」
 緒方は灰皿にまだ吸いきっていない煙草を押しつけながら、再び深々とため息をついた。

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浩平は眠っていた。眠りは深くない。かろうじて瞼を閉じていられる。ささやかな眠りだった。そして声を聞いた。
(助けて!)
(ここはとても暗くて、狭いわ)
(閉じこめられているの)
(助けて)
(お願い)
 浩平は跳ね起きた。そして、辺りを見回した。あるのはベッド、机、椅子、水道、モニター、それだけだった。
 浩平はこの部屋に監視機器がないことから、外にはすぐ護衛の者がいると判断した。
 浩平は椅子をベッドに引き入れると、力を込めて背もたれの部分を押し折った。それは先が鋭く、鋭利な武器となった。
 次は急いでやらねばならなかった。水道管の蛇口を目一杯回し、蛇口を取り外してしまった。流れ出る水を無視し、浩平は椅子の上に乗って蛇口を強くモニターに叩きつけた。何度も何度も、そしてモニターの内部が露出すると、何本かの配線を無造作に引き寄せた。
先ほどの椅子の破片で配線を切断し、火花を散らせる。それを布団へと引火させた。
 浩平はベッドを部屋の中央に移動させてさらに燃やした。椅子と机も投じると、火の手はみるみる燃え上がった。
 異常を察知した外の警備兵が、鍵を開けて中へと押し入ってくる。ドアのすぐ横で息を潜めていた浩平は背後から飛びかかり、椅子の破片を敵の頸動脈へと突き通した。

<第三話 終わり>
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 う、初めましてみのりさん。挨拶が遅れました。あっしはしがないフーテンのSS作家。
その名も聞いて驚けためごろう。ではなく。から丸とからすです、はい。
えー、どうでしたでしょうか、甲斐性なしの我がSS。名前が長い我がSS。
 やっぱりアクションが多いなー、それでもそれが楽しいからいいんですけどね。
 とりあえずまだまだまだまだ続く予定なので、できれば読んでやってください。それでは・・・。