第二話「莫耶の攻防<後編>」 岸と浩平と南、三人はまさしく絶体絶命というにふさわしい状況だった。甲板から必死に後退してきたものの、隙をつかれた機関室防衛の守備隊はすでに全滅、浩平達は死体から弾薬をはぎ取って死にものぐるいの応戦を続けていた。 「退くなよ!」 「退くにも退けないでしょうが!!」 「そうだったな!わははははは!!!」 三人ともいわばブチ切れた状態だった。死が目の前にぶら下がり、嫌でも精神が高揚するのだ。 浩平達は機関室にバリケードを築いて応戦していた。機関室勤務の水兵の何人かも銃を持って参戦してくれている。残りは「艦を決して止めるな」という艦長の命令を厳守し、いまだに機関の運行を続けていた。 「ここを破られれば船は止まる。船が止まれば艦橋はお終い。弾薬庫も押さえられて俺達は皆殺しだ・・・」 「そうならないためにも戦わなくっちゃねぇ・・・」 きゅんきゅんと頭上に弾丸が走る。機関室の壁に弾が当たり、内部もすでに安全ではなかった。現に勤務中の水兵が二人、流れ弾に当たって殉職している。 「時間は俺達の味方だ。後5分も踏ん張れば、他の艦から味方が来るはず・・・」 ドガァァ!! 言いかけたところで敵の手榴弾が炸裂した。岸の頭蓋に破片がめり込む。岸は憤怒の形相をたたえながら崩れ落ちた。ついに指揮官を失い、浩平と南は完全に指揮から抜け出た雑兵となってしまった。この後の命運は各自の判断に委ねられている。 「ちくしょう!!俺は死なねぇぞ!!」 やけくそになった南が敵に向かって銃を乱射する。通路のすぐ角に迫ってきている敵に命中したようだが、敵はまだ何人もいる。 「うう・・・瑞佳・・・」 浩平も満身創痍で弾薬も残りわずか、死守を命じられた弾薬庫に納められている兵器のことなど一瞬忘れ、恋人の名を呼んだ。火薬の匂いがたちこめる中で、それはあまりにも無力な叫びだった。 「敵、来ます!!」 水兵の怒号が飛ぶ。見ると、援護を受けた敵兵が銃剣を携え、真っ直ぐこちらに突進して来るではないか。 「ああああああああ!!!!!!!」 二人は撃ちまくってそれらを排除しようと試みた、しかし運のいい何人かは弾をかいくぐり、こちらの懐に飛び込んでくる。 「う!!」 南は胸を深く切られ、衝撃からそのまま押し倒された。浩平が精密な射撃で南にのしかかる敵兵だけを排除すると、南に走り寄った。 「うう、うう」 「・・・・・・」 ばっくりと開いた胸の傷は心臓の鼓動に合わせて体外へ血液を吐き出していた。傷はかなり深い。浩平は服の一端を破って傷口に宛うと、今度は機関室の水兵達に状況を伝えた。 「止められない!機関室は放棄!全員武器を持って後退しろ!!」 南の出血は止まらない。南は目に涙を浮かべて、ここまで保ってきて途切れてしまった緊張から小便まで垂れる始末だった。 「お、お、お、折原ぁ・・・」 「大丈夫だ。大丈夫」 浩平は南を引きずって弾薬庫まで退いた。無我夢中で撃ちまくる水兵達の援護を受けながら。 ・・・・・・・・・・・・・・・ 「お、折原、傷はどうなんだ」 「大丈夫だ。きっとよくなる」 「ほんとのことを、言ってくれ・・・」 「大丈夫・・・」 弾薬庫の手前、目前では銃の扱いに不慣れな水兵が次々と敵の手にかかって倒れていく。その後ろで、浩平は南を抱きかかえていた。 「お、折原・・・」 「大丈夫だ・・・」 南の傷口からどくどくと血が流れ、浩平が行った応急処置も本当に気休めにしかならなかった。浩平は南に時折声をかけながら、後方で展開される戦況の推移を見守った。 殺人、強襲のプロが揃った敵側と、銃を持つ手もおぼつかない水兵とでは戦況は火を見るよりも明らかだった。拳銃やその他みすぼらしい武器を手に果敢な戦いを見せる水兵も一人、また一人とやられていき鉄板張りの床を紅く染めていった。 「・・・・・・」 浩平は少しの間離れる、と南に耳打ちすると、弾薬庫入り口の端にある開閉装置の前に立った。最小限の入り口を開けるようにセッティングする。 ゴゴゴゴゴゴ・・・ 威圧感のある響きと共に、弾薬庫の扉が僅かに開く。真っ暗なその内部に浩平は南を引きずりこむと、内側にある開閉装置で入り口を閉めた。内部の光源は僅かしかなく、ほとんど真っ暗闇同然だった。 「見ろよ、南・・・」 弾薬庫の内部には、恐ろしく巨大なコンテナが置かれていた。 恐ろしく頑丈そうで、中に何が入っているのか外側からはまったく知ることができない。それはただ無言で、まるで封印されているかのように静かに、広い弾薬庫の中心に存在していた。 「こんなもんのために岸さんもみんなも・・・」 「・・・・・・」 浩平は南の手を握り、残り少ない時間を惜しんだ。外から微かに戦いの音が聞こえてくる。それは次第に小さく、消えゆく火のように少しずつおさまろうとしていた。 「南、南・・・」 「・・・」 冷たくなっていた。気がついてみると握る手にも力がなくぐったりとしている。浩平は何度か体を揺さぶってみたが、まったく反応がない。ふさがったままの目は、二度と開かれることがなかった。 「・・・うう」 その内に、辺りが慌ただしくなる。敵が外から扉を開けたのだ。照らされる照明の光が目に眩しすぎる。 「敵だぞ!」 「撃て!」 敵は容赦せず、浩平と南の四肢に弾をぶち込んだ。浩平はその時、終始耳が聞こえず、機関銃の断続音もまったく聞こえなかった。ただなんとなく、自分の体に何発か弾が食い込む感覚がした。 「弾薬庫、確保!」 「やったぞ!」 「うかうかするな。残りは艦橋に向かえ!」 浩平の意識は朦朧としていた。ただ傍らには戦友の遺体が、あらたな銃創をつくってそこにいた。そして自分の体からも血が流れていた。 次第に目の前が白んでいき、意識も遠くなっていった。 ガタ!! ガタガタ!!ピシ!! 「な、なんだ・・・」 あまりにも急に轟きだしたコンテナの悲鳴。厳重に封印されたコンテナは音一つたてないように見える、それが耳をもつんざくような怪音を奏で始めた。 ガタガタガタ!!ドシャアアア!! 何かがはじき飛ばされた。最初から中央を守るようにコンテナを何十にも重ねるような構造になっていたようだ。その構造の中央がはじき飛ばされた。何か、内部からの力によって。 「な、なんだ・・・」 場は騒然となった。その中身について末端の兵士達は、ただ重要な兵器としか知らされていなかった。少なくとも、ひとりでに動き出す物とは誰も考えてすらいなかった。 ガシャン!パリンパリン・・・ 残骸をはじき飛ばす音が聞こえる。何かが、コンテナの奥から出てきているようだった。 敵も味方も関係なく、人間達は後ずさりした。大量の血を流し、まさに今天に召されようとしている浩平と南を除いて。 「・・・・・・」 それが、出てきた。それがあまりにも場違いなものだったために居合わせた者達は通常の思考状態に戻るまで一瞬以上の時間を要した。自分が正気であると確認してから、さらに、その中から出てきたものを確認する。 女の子。それもまだ4歳か5歳にとどくかとどかないかといったぐらいの幼児である。 白い。無機質な、まるで囚人服のような味気ない衣装を身にまとっているが、さらさらとした産毛のような髪を肩まで伸ばした。それは女の子だった。 それはぐるりと、辺りを一見した。眺められて、回りにいた人間達は身震いする。 そしてそれは、傷ついた浩平と南の姿を認めた。2、3秒眺めたと思うと、すたすたと駆け寄っていった。そして南の傷口を見る。 しばらく手を置いたかと思うと、今度は浩平の胸に手を伸ばした。 心臓の鼓動を確かめるように、さすり、さすり、と撫でているようだった。 そしてその手が、ある一点でぴたりと止まる。 光が起こったのはその直後だった。光が、その少女を中心に輝き出したのである。それは少女に集結して来たと言えば正しいのだろうか。ともかく光が結集し、弾薬庫は目を破らんばかりの激しい光量に包まれた。 「何が起こってる!?」 「わかりません!」 その時の状況を把握できる者などいなかったろう。ただ、居合わせた者はあたふたと慌てふためき、眩しすぎる光が目に入るのをどうにか遮ろうとしていた。 浩平はこの前後のことを記憶していない。ただ、何か温かい光を感じるような夢を見たらしい。 弾薬庫の様子を確認するのはもはや不可能だった。それほどの光が結集した後、限界点が来る。光が限界に達したのだ。 衝撃が艦を揺るがした。とてつもない衝撃だった。それは物体を月まで弾き飛ばしてしまうかとも思われた。そして呑み込まれていった。艦も、人間も、何もかも、光に呑み込まれていった。逃れられる者はいなかった。莫大な光を前に、人間はあまりにも無力だったのだ。 隣接していた戦艦の乗組員達はただ巨大な光の塊を見た。太陽と見間違えかねないほどの強力な閃光だった。それは丸く、莫耶をえぐるように広がっていった。 衝撃波が他の戦艦を揺るがし、それでも光は止まらなかった。 船の最下層から広がっていったそれは艦全体を包みこむと、まるでそれが最初から定めた限界点だったかのように徐々に収縮していった。まるで太陽が消滅するような、偉大な力の消滅だった。後には、莫耶の底部が残っていた、他の部分は残骸すら発見することはできなかった。 <第二話 終わり> ////////////////////////////// ふぅ・・・ここまで読んでくださった方、まずありがとうございました。 いかがでしたでしょう、・・・名前が長い我がSS。 このタイトルの意味も話が進む内に明らかになりますのでお気になさらず・・・。 それにしてもやっぱり話的に「AKIRA」とダブってくるなぁ・・・、 ご存じの方もそう思ってらっしゃると思います。 まあ、類似しないようにがんばります・・・。では。