The Orphan of Seventh Angel  投稿者:から丸&からす


エピローグ:

完成の日を迎えた。多大な巨費と労力の投資。偉大な頭脳の結集と、天才達の閃きの数々。まさしく科学にとって最も高尚であるはずのものが完成した。
「返事、できるかな?」
 最大の貢献をした科学者が、自らの偉業に声をかける。しかし巨大な試験管の中に浮かぶ悲しげな生命は、言葉を返すこともなくただ沈黙していた。
 その生物の悲しさはすぐに伝染する。彼女の兄妹達へ、またそうでない者達へも。最高の科学の結晶がそれを生み出したのだ。

第一話「莫耶の攻防<前編>」
 
 島ほどの大きさもあろうかという巨大な船の群だった。鋼鉄製の巨体が風を切りながら、波をはねのけるような勢いで航行していた。
 戦艦三隻を中心に巡洋艦、駆逐艦がそれぞれ円を描くように布陣している。上方から見れば明らかにわかるが、それは艦隊の布陣としてはあまり有用でない。これでは主戦力の戦艦が火力を発揮できないからだ。船に乗り込んでいた水夫達、海戦の理論など知らない彼らにも、長年軍艦に付き合ってきた勘からその陣形が妙だと感じていた。
 しかしそれは間違っていたわけではない。それは本来先頭をきって戦うはずの戦艦を、守るために構築された陣形だった。そして中央に、最も安全な場所に座を占めるのは、このとき日本でも指折りの戦闘能力と耐久力を誇った海軍の虎の子だった。
 演習にも滅多に使用されたことのない秘匿戦艦が、今日をおいて長い出航を迎えたのだ。進路は南にとられ、通常の船では及びもつかない軍艦の航行能力、その最高速度をもって目的地を目指していた。
 たとえ戦争でもこれほどの海上戦力が動員されることは早々ないだろう。その戦力が演習でもないのに自国の海域を越えて航行する、それはあまりにも異様な航海だった。
 そして水夫達を始め下級将校には『新型核弾頭の輸送』という任務が通達されていた。任務内容の秘匿レベルは最高、乗組員は全て選りすぐられた愛国者達で組織されていた。

 最も中央に位置する戦艦「莫耶(ばくや)」には海軍の戦闘員以外に物資と乗組員を守るために乗艦する兵士達がいた。ただの海兵ではない、彼らもまたその存在が明るみに出ることのない暗黒部隊であった。乗艦していたのは63名の特殊部隊。通常は少数で行動する彼らが、これほどの数で配備されたのには前例がないだろう。
その中にはまだ年若い兵士で、任務らしい任務といえばこれが初めてという者もいた。彼らは船に乗り込む際に、部隊の創始者である南森准将から直々に任務の確認と激励の言葉を受け、仲間の隊員と共に意気揚々と長い長い海上の任務についた。
 事前に海上の訓練を行っていたものの、いざ乗り込んでみると慣れない船上の生活は辛い。その上、警備を怠らないために交代で昼夜を問わず起きていなければならなかった。それでも訓練され尽くした特殊部隊、核弾頭が格納されている弾薬庫を始め、艦内のあらゆる場所に配備された63名の精鋭は、その夜も誰一人弱音を吐く者はなく任務についていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 折原浩平は一兵卒としてこの船に乗艦していた。支給された軍服もまだ真新しい新兵で、その表情にもまだどこかあどけなさが残っている。
 浩平がいるのは船のほぼ中央に位置する司令塔のすぐ近くで、真上に艦橋が見えていた。回りにいる数人の軍服は全て特殊部隊員で仲間だが、任務中は決して言葉を交わさなかった。
辺りはすっかり真夜中で、防ぎようのない潮風が浩平の頬を叩いた。最初に感じた刺すような痛みも、航海して一週間ほどになる今ではほとんど慣れていた。目の前には艦橋を守るように連装式の機銃が据えてある。眼下にも無数の機銃と副砲が見えたが、戦闘態勢でない今の状態では警戒についている者も少なく、日本でも屈指の実力を持つ戦艦も幾分
のんびりとしていた。かなり長い間警備を続けているが、それでも浩平は気を抜くことなく、いつ敵が襲ってくるかと常に神経を張り巡らしていた。
「交代だ!」
 船の中から二人の兵士が上がってきて浩平に交代を告げた。浩平はすっかり板についた敬礼を二人に向かってすると、構えていた銃を下ろして船の中へと降りていった。浩平と一緒に警備をしていた、同期の南も浩平について下に降りる。
 外から見れば静かな船も、一旦中に入るとやかましいものだった。なにせ24時間休まず船を動かし続けているものだから、機関士は寝ているか働いているかのどちらか、無数に存在する武器や無線の数々も常に点検が怠られず、厨房などは文字通り戦場のような忙しさだった。浩平と南はその中を突っ切って通常の2,3倍の人数が雑魚寝している船室へたどり着くと、所狭しと寝転がっている同僚の隊員達を半ば押しのけて場所を確保した。場所を取るため毛布などは宛われていないが、南方に近いこの辺りだと夜でも寒くはない。
 浩平はごろんと横になると深々とため息をついた。
「お疲れ」
 一緒に来た南も同じように横になると、夜勤でくらくらする頭を心地よさそうに撫でた。
「こう、夜勤ばっかりだとたまったもんじゃないな?」
「ああ、全くだ」
 人が大勢いるというのに、隠密部隊の常か鼾がまったく聞こえない。寝ている状態でも緊張を保てるのはまさしくプロのなし得る技だろう。最初は不気味だったが、今ではすっかり慣れた。
「なあ、折原」
「ん?」
「俺達、どこに向かってるんだろう?」
「東亜の同盟国じゃないか・・・」
「そうかな・・・」
 南は微かに寝返りを打つと、目をこちらに向けた。
「変な武器と一緒に、俺達も変な場所に送られてしまいそうだ」
「・・・作戦中の流言は御法度だ」
「お前は・・・。もうちょっと体を大事にしないと、奥さんも悲しむぜ?」
「まだ結婚してない」
「婚約だろ」
「そうとも言う」
「はあ・・・」 
 南はまた寝返りを打つと、今度は何もない天上を見つめた。ずっと上では艦橋の技術者達が苦闘しているはずだが、今は関係がない。
「俺にはな、もうすぐガキができるんだぜ」
「ふうん」
「羨ましいだろ?」
「別に・・・」
「ちぇ、抱かせてやらねえからな」
 南が、今度は強く寝返りを打つと浩平とは反対の方を向いてふてくされるように頭を下げた。そのまま寝てしまうらしい。浩平もそれ以上話す必要もなかったので、同じように目を閉じて、眠りの中に落ちていった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「目標!肉眼で確認!」
「了解。攪乱を開始する」
「全機 突撃準備完了」
「突撃せよ」
「了解!神よ!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 浩平と南の二人が夜勤の疲れからあっさりと深い眠りに落ちていった直後、艦の中央に位置する二つの艦橋、戦闘艦橋と航海艦橋には突如として緊張した空気が流れ始めた。それまでなんの問題なく作動していた最新のレーダー、無線機の数々がなんの前触れもなく使用不能に陥ったのだ。
「海上捕捉機誤動作!付近の警戒ができません!」
「通信網も混乱しています!」
「非常周波数に切り替えろ。レーダーは空中警戒を一時停止、原因を究明しろ!」
「非常周波数帯も混乱!各艦との通信不能!」
「通信兵を外に出せ!全艦に非常警戒と伝えろ!」
 計器類は故障したのではなかった。正常に動作しているのにも関わらず、求められて出てきた答えがあまりにも支離滅裂なのである。例えば海上を警戒するレーダーには旗艦の半径50メートル以内に100機以上の戦闘艦と航空機が存在していると警告していた。
「警報!総員警戒態勢!」
「了解、非常警報!」

 けたたましい警報が艦内に鳴り響いた。人間の危機意識と緊張を最大限に高める、非常に耳につく警報だった。浩平も南も普段の訓練のたまものか、それまでぴくりとも動いていなかったところから一気に跳ね起きた。回りの隊員達も同じように跳ね起き、近くに置いてあった武器を手に取っている。
 そこにはまだ交代が完了していないのか数名が足りなかったが、浩平と南が所属する第三小隊21名のほとんどがいた。各々7人の隊を受け持つ分隊長は状況の把握と部隊の動向を決定するために小隊長の元に集まっていた。
「無線が攪乱されているようだな」
「事態は掴めませんが、戦闘位置につくべきでしょう」
「戦闘があるなら艦の水兵がとっくにやっているはずだ。艦内部の反乱では?」
 小隊長が決断しようとしたその時、特殊部隊を指揮する隊長、黒川大佐の伝令が室内に飛び込んできた。
「人為的な計器の誤動作が確認されました。各隊は艦内の警戒態勢につけ、とのことです」
「よし、全員艦内の配置につけ。銃の安全弁はまだ外すなよ」
 命令を受けると、各分隊が順番に船室を出ていく。浩平達、第三小隊が守るのは甲板を見下ろすように位置する戦闘艦橋内部と、下層へ続く通路を含めた甲板の一部だった。他の2部隊は航海艦橋と機関室を主に警戒している。最高の防衛目標は弾薬庫に仕舞われ、第1小隊が機関室と共に防御を行っていた。
「一列縦隊で行け、水兵とぶつかるなよ」
「はっ!」
 同じように警戒態勢につく水兵達で艦内は騒然となっていた。艦橋を守るように配備された無数の機銃や砲の数々が、それまでなりを潜めていたのとは打って変わってまるで命を吹き込まれたように次々と天を差して警戒を始めた。浩平達も安全弁がかかったままの銃を胸の前に構えて、通路を早歩きで所定の位置に向かった。
 やがて浩平の分隊は星が輝く夜空の下、甲板が見渡せる艦橋のほぼ真下に到達した。
「第一分隊点呼・・・よし!全員、闇眼鏡をかけて警戒!」
 浩平の分隊長、岸中尉が7人全員いるのを確認すると、それぞれの位置につくために散開する。浩平はナイトビジョン・ゴーグルを取り付けて甲板に異常なしと見ると、海上に目をやった。
「・・・・・・」
 目には見えないが、どの艦も混乱しているのが浩平には肌でわかった。どうやら全ての艦が計器に異常を来しているらしい。
「折原」
「なんだ?」
「なにか、聞こえないか?」
「聞こえ・・・?いや」
「向こうの方だ。そうだ、あの軽巡のあたり・・・」
 南が艦隊の端に位置する軽巡洋艦を指さした。浩平もそれに視線を合わせる。
 その直後、軽巡洋艦の艦影が激しい炸裂音と共に揺れ、バランスを失ったように傾いた。続いて2、3回同じ衝撃を喰らうと、軽巡洋艦は横倒しになるように転覆していった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「軽巡『山梨』沈没!」
 マストで警戒に当たっていた通信兵が焦った口調で艦橋に飛び込んできた。
「・・・魚雷だ。機銃と高角砲、副砲も海面に向けさせろ。こちらに来るぞ。黒川殿、こちらに来て下さい!」
 艦隊の総大将、永渕提督が経験から敵の作戦を見抜き、指示を飛ばす。さらに一歩も動かないまま、船の警戒に当たっている特殊部隊の長を呼び寄せた。その姿にはあらんかぎりの威厳が漂っている。
「敵ですかな?」
「左様、おそらく高速舟艇を使っての奇襲でしょう。敵が乗り込んでくる可能性があります。あなたの部隊は甲板に出して頂きたいのですが?」
「わかりました。艦橋の警備を最小限にして残りは甲板に出しましょう」
「ありがたい」
「伝令!各小隊長に命令だ!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 静かだった夜の海が、突如として火器の発射音が渦巻く戦場と化した。深い闇に閉ざされていた海の上を、機銃の発する火薬の光が赤々と照らす。
 艦内にいた第三小隊の分隊三つの内二つが、甲板に出てきた。浩平と南にも甲板での戦闘態勢に移れとの命令が下された。
「折原!お前に幸運がありますように!」
「お前もだ!奥さんが泣くぜ!」
 二人は逆方向に別れた。それぞれタラップを降りて甲板に出ると、浩平は緊急用の船艇の影に身を潜めた。近くには探るように海面を睨めつけている二門の高角砲と、数名の特殊部隊員が配置されていた。すでに銃の安全弁を外し、誰もが緊張感を保っていつでも戦闘に移れる状態だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「駆逐艦『如月』被弾!重巡『秋月』、『肥前』共に大破、沈没の危険があります!」
「気をとられるな!全艦を中央に集結させて進行を止めろ!」
「間に合いません!敵先頭が戦艦に肉迫、射程に入れられます!」
「後退するな!全速を維持しろ!何があっても止まってはならん!!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 海上には敵の舟艇が燃え上がる火柱が何本か上がっていた。だが攻撃の手は一向に弱まる気配がない。そしてついに浩平の視界にも敵が姿を現した。
「・・・来たな」
 浩平は銃を構え直すと引き金に手をかけて射撃の姿勢をとった。
 敵艦はこちらの十分の一にも満たない小型の船艇で、漁船にも見間違えかねない非常に
機能的な姿をしていた。おそらく武器を魚雷に絞っているのだろう、機銃を据えている様子がない。
「・・・む」
 だが浩平が見ると、近づいてきた何隻の船には二種類の特徴があった。一つは高角砲の射撃にも2,3度は耐えそうな重装甲だが、もう一つは明らかに装甲が薄い。しかも後者の船は艦と交戦する様子がなく、真っ直ぐこちらにむかってくる。
 浩平の息が荒くなっていった。敵を目前にして戦士としての血が騒ぐ。実践を待ち望んで鍛え上げた肉体が今か今かと出番を待っていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「敵、旗艦射程圏内に入りました!」
「各自で射撃させろ。弾を惜しむな」
「提督殿!」
「なんですかな、黒川殿」
「砲手には武装をさせているのですか?」
「いいや、そのためにあなたの部隊があるのだろう」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 浩平の頭上の辺りから高角砲がすさまじい発射音と共に火を噴き始めた。それに続くように、甲板上の副砲や機銃も海上の敵目がけて一斉に射撃を始める。
 海上に何本かの火柱が上がった。それでも敵の進撃速度はまったく緩まない。
「!」
 不意に、ひゅるひゅるひゅる・・・というどこか気の抜けた音が響いてきた。浩平はその音を今まで訓練以外で聞いたことがなかった。それでも浩平の記憶が正しければ、それは単なる気の抜けた音では済まない被害をもたらすはずだ。
 ドゴォォ!!
 甲板の一角に、まるで隕石が衝突したような火の手が上がる。直撃した主砲室の真上にはクレーターのような円形状の跡ができていた。
「迫撃砲だ!」
「うろたえるな!でたらめに撃っているだけだ、持ち場を離れるなよ!」
 浩平と同じように近くで銃を構えている、分隊長の岸が回りの隊員に檄を飛ばす。浩平はその時、心地よい死の恐怖を味わっていた。
 迫撃砲の射撃に浮き足だっている内に、敵の船がすでに肉眼で確認できるほど近くに迫っていた。完全に機銃の死角に入っている。
「散開!船の縁で撃て!落ちるなよ!!」

 岸が遅れずに命令を飛ばす。隊員達はそれぞれ散らばって縁に寄り、射程距離に乏しい
機関短銃(サブマシンガン)を構えた。 
 浩平はゴーグルを外して肉眼になり、敵の船に狙いを定めた。船が標的とはいえ、殺すために撃つのは初めてだった。回りの音が聞こえなくなり、自分の吐く息の音と心臓の音が、うるさいほどに響く。そして敵艦から二発目の迫撃砲の光が煌めいたとき、浩平は引き金を引いた。
 パン!パン!パン!
 乾いた音だった。訓練の時と全く変わらない銃の音。セミ・オートで正確に狙いを定め、迫撃砲が発射された辺りに狙いをつけて撃ち続ける。当たっているかどうかはわからない。
 ドゴォォ!!
 敵の迫撃砲と味方の射撃音が交錯する。浩平は初めて味わう戦場の緊張感に恍惚としながら、撃つことをやめなかった。分隊長の怒号が飛ぶまで、浩平は息をすることすら忘れていた。
「撃って来るぞ!身を伏せろ!」
 浩平は反射的に身を伏せた。すると今まで自分がいた場所を、ひゅんひゅんと空気を切り裂きながら弾丸が通過していった。
 浩平は膝立ちになって縁から下を覗いた。見ると、敵の兵隊数名が海に飛び込んでいる。
船に残っている者は軽機銃でこちらを狙い、迫撃砲も援護に当たっている。敵の弾がかちかちと船の装甲を叩いた。
「船は狙撃兵に任せろ!敵が乗り込んでくるぞ!」
 放心状態だったところに岸の怒号が飛び、浩平はようやく我に帰った。
 縁から突き出すように銃を構えると、海に潜った敵を探した。しかし一度潜ってしまった敵を海の上から探し出すのは非常に困難で、いくら目を凝らしてもただ波のたつ海しか見えなかった。
「どこだ、どこだ、どこだ!?」
 額に汗が浮かぶ。焦る気持ちばかりはやって一向に敵を発見できなかった。そうしている内に、敵の援護射撃にやられた味方がはね飛ばされるように倒れた。
「持ち場を動くな!」
 浩平は足場を固めた。そしてようやく発見した。黒い潜水服に身を包んだ敵兵が、何か吸盤の様なものを手に取り付けて船の装甲を登って来るではないか。
 浩平は反射的に身を乗り出し、登ってくる敵兵の頭を狙って発砲した。
 パン!
 命中。弾は敵の額に吸い込まれるように命中し、敵は仰向けにのけぞったが手につけた吸盤が離れずにそのまま吊されたように動かなくなった。額からは鮮血がたれ、マスクで見えない敵兵の顔を染めていった。
 浩平は頭と腰の辺りから痺れるような快感が走るのを感じ、そのまますぐ別の標的を探した。浩平から数メートルも離れていない位置に敵の援護射撃が命中したが、今度は気にならなかった。どういうわけか突如として、弾は自分に当たらないと信じることができたのだ。浩平は射撃をフル・オートに切り替えた。
 ダダダダダダ!!
 小気味のよい断続音と共に弾を装甲の上に滑らせる。すでに数十人ほど登って来ていた敵兵をなぎ払う。二人に命中、今度は吸盤が体を支えきれずに体ごと海中に落下した。浩平は空になった弾倉を取り替えると、さらに射撃を続けた。
 ドガァァ!!
 異常に近い場所で響いた炸裂音に浩平は横を振り向いた。見ると、名前も知っている同僚の兵隊が、顔の四分の三を吹き飛ばされてべしゃあと甲板に叩きつけられていた。どうやら敵の迫撃砲が曲射されずに直接こちらを狙ってきたようだ。
 数秒の間、浩平が気をとられている内に敵兵がかなり接近してきていた。浩平が応戦しようとしたその時、浩平の隣で戦っていた隊員が海に投げ落とされた。そして下から、真っ黒な潜水服に身を包んだ悪魔のような敵兵が、実に洗練された素早い動作で甲板に降り立った。
「後退!」
 状況を見て取った岸分隊長が怒号を飛ばした。それに弾かれるように縁に乗り出していた全ての兵隊は、銃を縁に向けながら艦の中央へと退いていった。艦の上方から機銃が後退する味方を援護したが、それでも浩平はしばらく残って味方が集結するのを助けた。
「よし、俺達の隊はタラップを登って機銃を守る!味方のしんがりだ、死んだ気でやれ!」
 他の隊は艦内へと引っ込んでいく。おそらく中を通って艦の上方に出るか、艦橋を守るかするのだろう。岸中尉率いる浩平の分隊は5人に減っていたが、機銃座を利用すれば戦えないことはなかった。
「軍曹、お前から登れ!」
 隊の中でも経験豊かな軍曹が梯子に手をかけてタラップの上へと登っていった。
 その時、何か固い物が落下してきたような、からんからんという音が隊の全員に聞こえた。音の在処を探そうとする間もなく、鋭い破裂音が耳を裂く。敵の手榴弾が機銃座に投げ込まれたのだ。音と共に、軍曹の死体が上から落下してきた。
「折原、行け!」
「おう!」
 浩平は手に唾をかけると梯子に取り付いた。登って行く途中、もちろん敵から撃たれるが機銃座が陰になるのでほとんどは当たらない。
 やがて浩平は一番近い機銃座へと到達した。座の中には軍曹と共に殉職した機銃手の死体がこんがり焼けて転がっている。
「ち、機銃もおしゃかだ!」
 浩平は自前の銃を構えて機銃座から乗り出し、援護射撃を始めた。艦に入るための扉は閉めた後になんらかの封印を行っているはずだから早々は破られないはずだった。それを破るにしろ、浩平達の攻撃は敵にとって最大の障害となるのだ。
「おらおらおらおらぁ!!」
 撃って撃って撃ちまくった。後から登ってくる隊員達も相成って、艦橋へ続くタラップはほどよい砲台と化した。敵の猛攻と味方の奮戦。浩平は二番目の弾倉もすぐに撃ち尽くした。
「最後だ、援護しろ!」
 最後まで下に残っていた岸中尉が射撃をやめて登ってくる。もちろん下の戦力がなくなれば敵が殺到してくるが、それを防ぐために浩平達は猛射を開始する。
 弾倉は全部で六つ、これを撃ち尽くしたらすでに半分を消費することになる。そして岸が登り切る頃にはすでに三つ目を撃ち尽くしていた。
「よし、ぎりぎりまでここで戦え!」
 岸も銃を構えて下の敵兵に向ける。その時、なにか粘土質のものが艦内に続く扉に投げつけられた。今度ばかりはそれがなんなのか、隊員のほとんどは理解できなかった。
「伏せろ!」
 岸の怒号の直後、まばゆいばかりの光が辺りに煌めいた。そして光の後に響く大音響。
「非常識な!プラスチック爆弾を投げやがった!」
 艦内へ続く扉が破られた。敵兵はこちらを威嚇しながら、一人一人艦内へ侵入していく。
 浩平達は狂ったように撃ちまくった。なにせあそこを突破されたら自分たちの後方に敵が出てくるのだ。そうなったらお終いだった。
「ちくしょう!」
 浩平の隣の機銃座に手榴弾が投げ込まれ、仲間の隊員が吹き飛ぶ。これで分隊の人数は半分以下に減ってしまった。
「はあ、はあ、はあ・・・」
 ついに敵全員が艦内への侵入を果たした。辺りには敵兵の死体が点々と転がっていたが、侵入できた人数の方が多いだろう。
「・・・艦橋まで退くぞ!」
 岸はまだ闘士を失っていなかった。そして浩平も同様だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「敵、艦内に侵入!艦橋へ向かって来ます!!」
 焦る声を押し殺し、慄然とした態度で通信兵が告げた。
「・・・くそ!」
 もはや艦隊の力ではどうにもならなくなった敵兵の侵入に、永渕提督は拳を打ち付けて憤怒を顕わした。
「正念場ですな。私は前線まで出て指揮をします。大丈夫、ここには来させませんよ」
 黒川は一礼すると、早足で艦橋を後にした。伝令の兵もそれに続く。
「・・・総員非常態勢。各自武装して白兵戦に参加しろ!」
 提督は最後の指示を飛ばした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 紅く美しく。戦場に咲き誇る花は、他の何者でもなく散る者の鮮血だ。「莫耶」に乗り込んでいた特殊部隊と水兵の以外な抵抗により、一撃で決着するはずだった戦闘は長引き、計算外の損害を敵方に与えていた。
「弾をまき散らせ!追い払え!」
 艦橋まで退き、必死に敵の排除にかかっていた第三小隊第二分隊はすでに残り三人。同じく残り少なくなった別分隊と合流し、艦橋を守るべく果敢な防御戦を展開していた。
「弾が残り少ない。艦橋を守りきれないぞ!」
「艦橋から弾を運ぶんだ。南、走れ!」
 後退しようとする南を弾丸の雨が遮る。南は一声吠えると、強引に艦橋への道を突破した。
 双方にとってまさしく今こそが正念場だった。浩平達の方は後一歩退けば銃火が艦橋にまで及ぶことになり、即席のトラップで自ら逃げ道を塞いだ敵方は周囲の艦からの応援が駆けつける前に決着をつけなければそれで終わりだった。
「身構えろ!」
「は?」
 敵からの一斉射撃が放たれる。その下をかいくぐるように着剣した銃を構えながら敵が突撃してきた。浩平はナイフを取り出す暇がなく、銃を持つ手を引き金から銃身に変えて身構えた。敵が突っ込んできて激突するまでの時間が、まるでスローモーションのように見える。
 弾丸が鳴りを潜める。代わりに肉と肉が激突する。崩れ落ちた敵にとどめを刺そうとした者が横槍と共に倒れる。生き残った者は倒れた者を踏みしだき、さらに前進して戦った。
「血路を開かれた!」
「艦橋まで後退しろ!」
「折原、南!俺達は機関室まで退く!後退しながら敵を削ぎ落とせ!」
「機関室!?味方から遮断される!」
「いいか!あいつらにはタイムリミットがあるんだ!生き残れば俺達の勝ちだ!」
 三人は走った。味方と分断され、もはや逃げ道も塞がれた。しかしそれは敵とて同じ事。誰も逃げることはできない。もはや戦艦は巨大な釜戸と化し、誰をも逃げることは許さない。加熱された空気は押し合いへし合い、消し飛ばされた者はあの世行きだった。
 機関室を背に浩平達は必死の応戦を続けた。それはまさしく獅子のような、奇跡の戦いぶりだった。敵は血を吹いて倒れるが、三人は決して倒れなかった。嘘のように銃弾は彼らを避けた。白兵戦になれば巨人の力が彼らを助け、確実に敵をねじ伏せた。
「弾が切れたぞ!」
「それは最高だ!機関室の応援はどうした!」
「もう誰も残ってません!」
「うわはははははは!」
 後にも前にも退けず、三人の闘士はただただ笑うばかりだった。

/////////////////////////////////////////////

 えー・・・、まず戦艦には艦橋が二つあります。戦闘艦橋と航海艦橋の二つです。
今回は描写の難から省きました・・・すみません。それから艦長がいるのは本当は艦橋じゃなくて司令塔です・・・。これも省きました。それから階級は適当につけてます・・・
まあ特殊部隊ですから大目に見てやってください・・・。
 夢の一座とは別の連載ですが・・・ははは、まあ見てやってください。書きたいって衝動が時と場合を選んでくれないのが悪いんです。
 アクションばっかりじゃありませんからね、次回もお見逃しなく、いやできれば見逃さないで!それでは・・・