夢の一座  投稿者:から丸&からす


第二話「間もなく」

 その日から、街は濃い銀色の霧に包まれ始めた。まとわりつくようでもなく、遮るようでもない。まるでそれが最初から存在していたもののように、ゆったりと、街を覆い尽くしていった。
 浩平は最初それが雪だと思った。浩平でなくともその白い世界は雪を連想させてやまないだろう。しかし窓を開けてみると、肩すかしをくらうように湿り気のある空気が肺に流れ込んでくる。
 霧だ。
 浩平は無感動に、この一大異変を受け止めていた。

 酒瓶や宴会用品が累々と並ぶ浩平の部屋、暗澹とした部屋の中で光るようにそれはあった。クラスメート達と連れ立っていった初詣の帰り、謎のピエロから託されたパンフレットだった。
「夢の一座があなたをご招待!」
 夢が覚めなければいいと、子供のころに思ったことがある。しかし今になって考えてみれば、それがどんなに残酷なことか。
 浩平は気に入らないパンフレットをくしゃくしゃに丸めると、これもまた部屋の隅に置いてあるゴミ箱に投擲した。それは見事に外れ、空しい紙の擦れる音と共には床に落ちた。
 現在午後5時。昨晩の宴会と初詣で披露していたとは言え一体何時間眠っていたことやら、他の連中も今頃になって目覚めているのだろうか?
 そんなことはどうでもいい。今は自分のことを考えよう。とりあえず二日酔いの兆候が現れて体の節々が痛いが、腹が減っている以上このままさらに寝続けることはできそうにもなかった。
 頭の中でカップ麺を作る様子を思い浮かべる。・・・かったるい。それすら今の状態では甚だしく面倒なことだった。
 そんなことしなくても、酒のつまみがそこらに残っているのではないだろうか?浩平はまるで餓えた野獣のごとくのっそりとした足取りで階下に向かった。

 浩平がそうやって寝床から這いだしているとき、サンタクロースの仮装をした一人の女の子、繭はちょうど浩平の家が位置している通りの道路上にあった。全力で走ってきているのだが、濃い霧のせいでまったく効率があがらない。その証拠にここまでたどり着くまでどれだけ道に迷ったことか。
「みゅ!」
 折原、と書かれた表札を発見すると繭は路面を急停止した。きゅきゅっと滑る音がする。休まずインターホンに飛びつき、連発する。

 尋常でない電子音の炸裂。浩平の頭は冗談抜きで真っ白になりかけた。
「こ・・・これは椎名!?」
 その間も電子音は続く。浩平の視界は揺れる。意識が混濁する。
 もしやあいつ、クリスマスとハロウィンを混同しているのでは!?
 と、浩平は本気で思った。
 その間も電子音は続く。浩平は朦朧とする意識をなんとか奮い立たせ、相手を確認することもなくドアを開け放った。
「みゅー!」
 間髪入れずに浩平より頭三つ分ほど小さな繭が浩平に突進してくる。浩平はそれを受け止める余力もなく、されるがまま玄関で押し倒された。
「みゅー!あけましておめでとー!」
「ああ・・・おめでとう・・・」
 あけまして、ならどうしてサンタクロースなんだろうと浩平は疑問に思った。だがその疑問が晴らされることもなく、繭は浩平の上でぴょんぴょんと跳ねながらしきりに何かを口にしていた。
「みゅー!夢!夢の、いちざ!こーへい、一緒に行く!」
「・・・・・・」
「ゆめの〜いちざ〜いっしょに〜いく〜」
 仰向けになったままうなだれている浩平の顔をつねったり引っ張ったりしながら、繭は催促している。見た目にはとても何かを頼んでいるようには見えない。
「・・・なんて?」
「一緒に行く!」
「・・・どこへ?」
「ゆめの〜いちざ〜」
「・・・却下」
 ぽかぽかぽかぽか・・・と、浩平の腹といわず頭と言わず、繭の攻撃が開始された。もちろん浩平にとっては蚊が刺すほどの痛みですらないが、二日酔いの頭にはガンガン響く。
「一緒に行く!!」
「・・・わかった・・・わかりましたよぅ・・・」
 逆に浩平の方が泣きそうだった。結局のところ、この濃い霧の中をその得体の知れない一座を目指して出立することになってしまったようだ。

<第二話 終わり>
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間が空いちゃいました。