第一話「それは突然と」 クラスの悪ガキ集団が押し掛けてきたのは午後十時頃であったと思う。人数は・・・思い出したくない。どこから調達してきたのか大量の酒、さらに宴会グッズも備えた最強装備で、侵略するがごとく俺の家は奴らに占拠された。 酒池肉林とはまさしくこのことか、家全体に酒臭さが充満し、それはもはや晴れ晴れしく新年を迎える民家とは程遠いものであった。しかもそれからしばらくもしない内に、こちらも酒を含んだ幼なじみが女友達を引き連れて 「こーへい、はつもーでいこー!」 などとのたまるのだから、俺としては混乱の極みだった。 アルコールのせいで異様なハイテンションを保ったまま、謎の一団は近所にある山中の神社へと進軍していった。 うるさいぞ!だまれ!といった近所の皆さんからの声援も加わり、士気はいやがおうにも高まろうというものだ。 深夜、山の中の神社にはまだ人も少ない。静まり返った神社の境内は、その薄暗さも手伝って一種独特な神々しさを放っていた。それは騒乱を極めたこちらの一群を制止するようでもあった。 「よーし、初詣だぜ野郎ども」 誰かが言った、まるで戦闘開始のようなかけ声である。 俺も長森に手をひかれて、境内を進み賽銭箱の前までやってくる。神々しさもここまでくると頂点だが、何かが現れるわけでもない。 「あ、金ない。長森貸してくれ」 「まったくも〜、お賽銭を借りるなんて不謹慎だよこ〜へ〜」 まだ少し酒が残っているようだ・・・。長森が渡した硬貨が五百円玉であったことがそれを証明していた。 無造作に賽銭を投げ込むと、五百円玉はどこまでも無駄な騒音をたてながら賽銭箱を通過していった。俺も儀礼的に手を合わせて、気のない願い事をする。 「こ〜へい、なにお願いした?」 「・・・冬休みが延長されますようにってな」 「贅沢だね・・・」 「お前は?」 「ん、私はこの一年も平和に過ぎますようにって」 「アクションのない願い事だな・・・」 「アクションがあっても困るってば」 後がつかえているので、俺達二人はさっさと賽銭箱から退散した。どうやらそこから解散するようで、参拝を終えた連中は自然と帰路についていった。ある者は二人である者は一人で・・・。 「浩平、帰ろ?」 「ああ・・・」 すると急に眠気が襲ってきた。夜通し騒いでいたのだから当然といえば当然だが、このまま夜道に寝転がってしまいそうなほど、強い眠気が襲ってきた。 「長森、おぶってくれぇ」 ぱこーん、とつっこみを入れる容量で長森が俺の頭を叩く。つき合いが長いだけあってこのあたりは慣れたものだ。 「ふう・・・さむいね」 長森が手にはぁーっと息を吹きかける。俺はふざけて、長森の顔にはぁ〜っと息を吹きかけてやった。お酒くさいよ〜、などといって慌てる長森。そんなふうにふざけあいながら、俺達は帰り道を歩いていた。 「でも、今年は本当に寒いよね」 「ああ、そうだな」 「春になったら、暖かくなるかな?」 「そりゃあ春になれば暖かくなるだろう」 「そうだよね。早く春が来るといいなぁ」 俺達はそこで、神社へと続く山道を抜けた。突如として目の前が開ける、それと同時に普段では見慣れないものが目に入ってきた。 「浩平、あれなにかな?」 「さあ?」 そこは、本来空き地だった。空き地といってもそんじょそこらの空き地ではない。大きな住宅計画が頓挫した、それはそれは広大な空き地である。そこになにかが出現していた。 「浩平、行ってみようよ」 「・・・ああ、そうだな」 普段なら面倒で素通りするはずだが、その時は妙に好奇心をくすぐられてしまい、俺の足は自然とその空き地に向いていた。 空き地の中央に立てられた大きな暗幕つきのステージ、ちょうどサーカス団が使う巨大テントの天上だけを取り払った様なものだ。そしてあちらこちらに準備されつつある、ステージと比べれば小振りな店頭、棚をならべたオープンなものから天幕が張られて中が見えない怪しげなものまである。そんなものがそこらじゅうに散らばって、殺風景だった空き地の空間が、不思議な活気と雰囲気に包まれていた。 「なんだろ、サーカスかな?」 「さあな・・・」 「やあいらっしゃい!」 やや困惑気味の俺達の後ろから、いやに明るい声がかけられた。声から察するに中年の男だが、ピエロの風貌をしているため真相は知れない。 「いやあお客さん方はお目が高い!今はまだ準備中だけれど、ここは夢の雑疑団!いろんな場所を転々としながら、大人も子供も関係なく夢を与え続けているのさ!」 ピエロは身振り手振りを交えながら、いささか大げさに、しかし自然と俺達に語りかけた。一見異様な言葉だが、その一つ一つが俺達を別の世界へと引き込んでいく不思議な力を持っていた。 「へえ・・・夢の雑疑団・・・」 「ふーん・・・」 「よかったら来て欲しいんだ!公演は本日の夜八時より!夢の住人がお二方をお待ちしていますからね!」 謎のピエロはそういうと、一方的に去っていった。呆然とする俺達だが、気がついてみると長森の手に一枚のパンフレットが握られていた。 「わあ、いつのまに・・・」 そこには瞬く星をバックに羽の生えた妖精が描かれていた。そして見出しにはこう書かれている『本日午後八時より 夢の一座があなたをご招待』 <第一話終わり>