第八話「13年前の軌跡」 浩平は次の日の始業直前になってから、血相を変えた瑞佳に叩き起こされた。 浩平が半身を起こして確認してみるとそこは紛れもなく元の図書室だったが、あれだけ荒れたはずの本も本棚も全て元通りで、砕け散ったはずの花瓶まで元の窓際のよく日の当たる小本棚の上に座を占めていた。浩平が見たのは全て幻であった、と言わんばかりの信じがたい光景だった。 「ああ、おはよう長森」 浩平の呑気な態度に、いいかげん切れた瑞佳が弾劾のためにすうっと息を吸い込んだ。 「おはよう、じゃないよ!!浩平が2日も早起きするなんて信じられないと思ったらまたこんなところで夜明かししたりして!!昨日は一体何してたんだよ!?」 浩平は慣れたもので、瑞佳の言葉を半分以上聞き流しながら空を見つめて昨晩あったことをぼんやりと思いだしていた。 「うん・・・トトロに会ったんだ」 「はあ!?」 「トトロだ、トトロ。おかしいなあ、あいつの腹の上で寝ていたはずなんだが・・・」 「こ、こうへぇー・・・もういいかげん私も面倒見切れないよぉ〜?」 瑞佳がジト目でかつ額の辺りに何本か青筋を浮かべながら浩平に迫った。何かきっかけがあれば殴りかからんばかりの勢いだ。 「お前さぁ、ひかりがどこに行ったか知ってるか?」 「・・・ひかり?浩平、昨日はひかりといたの?」 「ああ、目が覚めたらいなくなってた」 「・・・・・・・・・な、なにしてたの?」 「聞いてるのはこっちだ」 「う、うんと・・・き、昨日はあ、会ってないよ」 「そうか。そうだよなぁ・・・」 瑞佳は急に胸の辺りを押さえて苦しそうにし始めた。息も荒く、その顔は苦しみや不安が入り交じった複雑な表情をしている。さっきまでの怒りはすっかり萎えていた。 「まあいいか・・・教室行こう」 「う、うん・・・」 浩平はそんな瑞佳の変化に全く気づかず、さっさと図書室の出口へ向かって歩き出していた。瑞佳はずっとその場に立ち止まったままで、浩平が出て行きがけに声をかけなかったらずっとそのままにしていたかも知れない。 浩平は乏しい手がかりの中からひかりの正体を探るのに必死だった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 期末テストも終わった冬休みを待つばかりのこの時期となっては、授業に集中する生徒がいるのはごく希である。むしろそんな人間の方が不謹慎だと浩平は思っていた。 午前中の4時間をなるべく頭をなるべく頭を使わないように過ごした浩平は昼休みになってから真っ直ぐ学食へと向かった。目的は盲目の先輩とコンタクトをとるためなのだが、みさきは浩平が何か自分の持っている情報を聞きたがっているということを敏感に察知するとすかさず浩平にカレーを三皿奢らせた。 「で・・・先輩、話なんすけどねぇ・・・」 「浩平くん、怒っちゃやだよ〜」 頭を抱えていやいやする先輩を見ると、さすがの浩平もカレーの中に爪楊枝を仕込むのをやめざるをえなかった。 「ごほん・・・で先輩、話というのは・・・」 「うんうん・・・」 浩平は事の全てをみさきに話すことはなかった。信じてもらえるかどうかわからないし、ひかりの方がそれを望んでいないような気がしたからだ。浩平は自分の聞きたいことだけをひかりとは切り離して尋ねた。 「そういえば・・・たしか私の他にも目の不自由な生徒はいたらしいよ」 「・・・いたらしいって?」 「うん。10年くらい前の生徒さんらしいけどね」 「その人は、今どうしてるんだ?」 「よく知らないけど・・・卒業して元気にやってるんじゃないかな?」 「そっか・・・ありがと」 みさきから情報を得ると、浩平は足早に椅子から立ち上がってその場を去ろうとした。 「あ、浩平くん。一緒にご飯食べようよ」 「もう金ない」 「・・・うーんと、カレー一皿ならあげてもいいよ」 「いや、いい・・・」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 浩平はその盲目の生徒に関してとにかく情報を集めようとした。しかし学校を代表する情報屋の住井にも十年前の生徒のことなど知る由もない。途方にくれた浩平は、とある優等生を登用して浩平が最も忌み嫌う場所と人間の力を利用するしかなかった。 「というわけで長森。俺と職員室に来い」 「なんのために〜?」 瑞佳は朝から機嫌が悪い。今も浩平が話しかけているというのに目を合わせようとせず、片手で髪などいじっている。初めて見る幼なじみのぶっきらぼうな態度に浩平もつい気分を悪くした。 「おい、なんだよその態度は・・・」 「な・に・が・その態度は、だよ!?私は忙しいの!浩平とは遊んでらんないんだよ!」 「なんだとこの!」 「なんだよ!」 ぐぐぐ・・・といつも仲むつまじい幼なじみコンビが本気で睨み合った。その異常事態にクラスは水を打ったような静けさに包まれ、誰もどうすることもできず成り行きを見守った。 「あーそうかいそれならいいよ!・・・七瀬、ちょっと来い!」 「え・・・なんであたしが・・・」 「いいから来い!」 「ちょ、ちょっと、そんなに引っ張らないでよ・・・」 浩平は留美の腕を掴んで、強引に教室の外へ引きずっていった。なにがなんだかわからない浩平の強行を誰も止めることができなかった。 教室を出ていく間際、瑞佳がか細い声で独り言のようにつぶやいた。 「クレープ・・・」 「あ?」 「約束したのに・・・まだ一度も行ってないんだよ・・・」 「・・・なんのことだ?」 「!」 瑞佳がはっとなって始めて浩平の目を見つめた。鏡のような瞳で見つめられた浩平は居心地が悪くなり、そのまま何も言わず留美を引っ張って職員室へと向かった。 後に残された瑞佳は涙を隠しながら、教室から逃げるように出て行った。 「お、おりはら〜、あたし瑞佳に嫌われちゃうよ・・・」 「ちょっと職員室についてきてほしいだけど、やましいことなんてなにもないぞ」 「そりゃそうだけどさ・・・」 人通りも多い昼休みの廊下を二人で歩いている。それだけならまだいいのだが、二人が手を繋いでいることが嫌でも周囲の視線をひいた。 「ちょっと!手を離してよ!」 「あ、すまん」 職員室までの道のりを妨害するものなどなにもない。しかし職員室が近くなると自然に生徒の数は少なくなり辿り着いてしまうと生徒の喧噪すら聞こえず、妙に緊張した空気が辺りにたれ込め始めた。 「職員室なんてだいっきらいだ!!」 「そんなことわざわざ叫ぶな!」 「俺は怒られる以外でここに来たことがないんだ!わかるだろ!?」 「わかるか!とにかく用があるならさっさと済ませなさいよ!」 浩平は心臓に重々しいストレスがのしかかってくるのを感じながら、のろい動作で職員室の扉を開いた。問題児の闖入に職員室の空気がにわかに強ばる。 「失礼しゃーっす・・・」 「・・・失礼します」 無愛想な浩平とは裏腹に留美は丁寧にお辞儀して中へ入った。それが功を奏したのか、浩平は誰にも咎められずに担任の髭がいる席まで到達できた。 「卒業生の名簿?」 「ああ、見せてもらえないか?」 「なんだってそんなものがお前に必要なんだ?」 「てめえらはどうしてそう・・・」 さっきまでの瑞佳とのやりとりもあってか、早々と爆発しそうになった浩平を留美が押しとどめた。 「あ、あの。卒業生の進路状況なんかを調べていまして・・・」 「うーむ、しかし・・・」 「お願いします」 「うむ・・・ま、まあいいか」 髭はあっさりと席を立ち、室内の奥にあるなにやらむやみに高そうな書棚へと向かった。髭がつけていた書類の裏にマッチを仕込もうとした浩平を留美が止めて、二人も髭が名簿を探すのを手伝った。 「ところで、いつの卒業生だ?」 「名前はわかってるんだ。10年以上前の生徒だと思うんだけど」 「な、なに・・・?それならお前達だけで探してくれ」 髭は書棚の鍵を留美に託すと、さっさと自分の席へと戻った。 「ああ、そうそう。そいつから目を離さないでくれよ」 釘を刺された浩平が胸元から光り物を取り出しかけたのをやはり留美が止め、二人は卒業生の名簿の山と向き直った。 「やっぱりあたしも手伝うのね・・・」 「頼む」 「はあ・・・わかったわよ」 二人の目の前にあるのは見渡す限り名簿の山。残念なことに名簿は五十音順のようにわかりやすく書かれていない。クラスごとに出席番号で区切られているのが、浩平もさすがに番号まで知るわけがない。二人は名簿の一冊一冊、クラスのひとつひとつを丹念に調査して目的の名前を探し始めた。 「折原・・・ないよぉ」 「がんばれ!」 「うぇーん・・・」 これが瑞佳なら渋々ながらも最後まで付き合ってくれることは間違いない。だんだんと薄暗くなりはじめた窓の外をちらりと眺めながら、浩平はなんとなくそう思った。 「んー、これにはないみたいね・・・」 「じゃあ、次頼む」 「・・・ほんとに見つかるの?」 「必ず見つかる」 「ふう・・・わかったわよ」 いつも不真面目なクラスメイトのやけに熱心な様子を見て取って、留美も見つかるまで 付き合おうという決心を固めた。 「ないわね・・・」 「こっちにもない・・・」 職員室にはすっかり人がまばらになり始めた。これ以上かかるとここから閉め出されるかも知れない。そんな不安に浩平の心は焦るばかりだ。 「ね、折原、やっぱり無理じゃないかなぁ・・・」 「頼むぜ七瀬。ギリギリまで頼む」 「ふう・・・」 留美も霞む目にむち打って再び名簿に目を走らせた。 「・・・あ!」 「どうした?」 「あった!これじゃない?」 「どれだ!?」 浩平はどこにそんな力が残っていたのか、まるで瞬間移動するように留美の近くまで来ると名簿を覗き込んだ。 「ああ、ああ・・・間違いない」 「13年前の卒業生か、でもこの人がどうしたの?」 「それより、名簿にどこか変わったところがないか調べてみてくれ」 「うん、えっとクラスは・・・あれ?」 「どうした?」 「おかしいよ。この人、クラスが2年生のままになってる」 「本当だ・・・どういうことだ?」 「それにどこを探してもこの人のメッセージとかが載ってないし・・・」 「そいつの言葉はなくてもそいつへの言葉はあるんじゃないか?」 「あ、そうだね・・・」 その言葉は他のものと全く同じように配置されていた。しかしその内容は他のどれとも違う。そして浩平も留美もそれらが何を意味しているのかすぐには理解できなかった。 「なによこれ・・・天国とか残念とか・・・」 「・・・・・・」 「それに、天使の絵とかが書いてあるけど・・・まさか」 「こいつの写真はないのか!卒業したんだったら写真があるだろう!?」 「でもクラスは変わってないから・・・じゃあ最後の欄外の方にでも・・・」 写真はあった。その表情は浩平のよく知っている者の顔だった。だがその写真には驚くべき事実が付されていた。他の者の写真がカラーなのに対しそれだけが白黒の写真で、しかもその下にはこう書かれていた。 ”有野 ひかり 1985年 没” 浩平の体が驚愕でぶるぶると震えだした。予想できた結果とは言え、事実として突きつけられると心も体も素直に適応してはくれない。 「・・・折原、この人って・・・」 「・・・・・・」 「・・・あ、折原、この名簿どうしようか?」 「もういい・・・」 「そう、じゃあ片づけるよ」 浩平の様子を見た留美はこれ以上自分が関わらない方がいいと思ったのだろう、そそくさと名簿を仕舞うと書棚に鍵をかけた。 「じゃあ・・・」 「七瀬」 「な、なに?」 「ありがとうな」 「ううん・・・」 留美はすでに帰ってしまった髭の机の中に鍵を押し込めると、足早に職員室を後にした。後にはうずくまったままの浩平が残されていた。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 浩平は自分に見せられたビジョンの数々から、ひかりが目に、もしくは光や闇といった事柄に深い事情があるのではないかと思っていた。まさしくその予感は的中し、ひかりは14年前、ある事件に巻き込まれて両目の視力をほとんど失っていた。それから半年もしない内に自室で手首を切って自殺したらしい。自殺の原因を深く詮索しようとする者は誰もいなかった。 「うん・・・うん・・・覚えてるよ。気立てのよい子だった」 浩平が話を聞いているのはこの高校に誰よりも長く勤めている教師で、名前を奥崎といった。どういうわけか非常勤講師という立場で長年居着いているという謎に満ちた老教師だ。二人がいるのは校舎の隅に位置する講義室で、今はもうほとんど使われていない。室内のあちこちには当然のように埃が積もっていた。 「あの後は・・・そりゃあ元気をなくしてしまったが、そりゃあ元気にやっていたよ」 「・・・・・・どんな様子でしたか?」 「うん・・・なにしろ昔の話じゃ、今ほど障害者に居心地よくはなかったろうが・・・」 「・・・元気にやってたのか?」 「ああ、以前ほどの元気はなかったが、それでも自殺なんてとんでもない・・・」 「それで?」 「自殺なんて・・・あの子には生きようってエネルギーが満ちていたよ」 「じゃあ、どうして・・・」 「わからん。わからんなぁ・・・」 奥崎教師は腕を組み、物思いに耽るように目を閉じた。浩平は奥崎が眠ってしまわない内に次の質問に移った。 「なあ、本棚は・・・点字の本棚はその後どうなった?」 「ん・・・なくなった」 「本が自殺と関係あったのか?」 「うん・・・いや、彼女の遺体の近くに、読みかけの本が開いたまま置いてあったそうだ。」 「その本は、今どこにあるんだ?」 「さあ、知らんな」 奥崎は答えると、顔を上げたまま目を閉じた。目を開けずに目を泳がせているといった感じだろうか、老教師はここにいながらにして浩平の知らない13年前のこの学校の姿を目の前に見ているのかも知れない。 「ありがとう。手間かけたな」 浩平は埃の溜まった講義室の椅子から無造作に立ち上がると腰の辺りを払う素振りを見せた。そのまま講義室を後にしようとする。 「おう、浩平といったな?」 「なんだ?」 奥崎はそれまでとは違う声音で、浩平を見据えながら言葉を紡ぎだした。 「もしも・・・あの子に会ったのなら、彼女を頼みを聞いてやってくれ。可哀想な子なんじゃ。本当は、元気ではなかったんだ。あれからはいつも泣いていた。一人で泣いていたんじゃ・・・それは目が見えなくなったからではなかった。もっと、悲しいことがあったんじゃ・・・」 奥崎は声を絞り出すと、そのままぐったりするようにうなだれた。肩で息をしながら、まだ何かを悲しがっているようだった。 浩平は軽く礼をすると、そのまま黙って講義室を後にした。奥崎は浩平が出ていったことにも気づかず、ただ彼女の無念さを思い続けていた。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 夕日の光はいつも優しく包み込むようだ。 赤い夕日が校内に差し始めた時、浩平は素直にそんな感想をもった。 だがたとえ今は優しい光に満ちているとしても、しばらくすれば夜が訪れ、深い闇が辺りを閉ざしてしまう。それは避けがたい摂理だった。 浩平は完全に暗くなる前にひかりに会いに行こうと思っていた。人の少なくなった廊下に、図書室へ向かう上履きの音が寂しく響いている。浩平は自分がどうしてそんなことをするのか考えていなかったし、疑問に思うこともなかった。ただ、そうするべきだという心のささやかな主張が、浩平の体を突き動かしていた。 「花瓶、ぶつけるんじゃねえぞ」 蹴り開けるようにして図書室のドアを開け放つ。前の晩とは違って、強い異変は見られなかった。背筋が凍るような気配も、せわしい空気の動きもなかった。まるで時間が止まったような静寂がそこを支配していた。 「おい!いるんじゃないのか!?」 静まり返った図書室の中には誰もいない。浩平はひかりの気配を感じ取れたわけではなかったが、不思議な確信を持っていた。 「いきなりいなくなったりしたら、いくら寛容な俺でも怒るぞ!!」 たった一人、浩平は叫び続けた。誰もいない図書室の中に、浩平の力のこもった声が空しく響く。声は反響すらせず、無機質な図書室の壁に吸い込まれていくようだった。 「いるんじゃ・・・ないのかよ」 叫び疲れた浩平は手を膝につき、はあはあと肩で息をし始めた。いくら問いかけても応答がない、不吉な予感に浩平の頬が微かに青くなる。 「なんだよ、ほんとうにいなくなっちまったのか・・・」 得体の知れない脱力感に襲われ、浩平はだらしなく四肢を伸ばすとそのまま床に寝ころんだ。冷たい床の感触が浩平の背を冷やす。 「・・・くそ」 「なにしに来たのよ」 「うお!?」 急に、はっきりとした存在感をもってひかりの声が聞こえた。寝転がっていた浩平はすぐさま跳ね起き辺りを見回した。しかし、ひかりの姿はどこにも見えない。 「おい、気分が悪いから出てこい!」 「・・・出てきてるわよ」 「なに、どこにもいないじゃねーか!?」 「後ろよ、後ろ」 浩平は言われてはっと後ろを振り向いた。見ると、いつもと変わらない様子のひかりが二本の足を地につけて腕組みしながら立っている。 「いつからいた!?」 「ずっといたわ」 反射的に飛び退いた浩平に対して、ひかりは微動だにしない。姿勢をそのまま、感情のこもらない目で浩平をにらみつけている。ひかりが現れてから、急にまだ夕闇程度だった外の暗さが度を増したように思えた。 「あれだけやられてまだ来るなんて・・・。いいかげんに殺すわよ?」 「や、やれるもんならやってみろ・・・」 「足が震えてるじゃない」 「やかましい!」 浩平は足を強く踏みならして震えを止めると、大きく深呼吸した。得体のしれない者に対する恐怖を押さえ込みながら浩平はなんとか声を絞り出していった。 「お前のこと・・・いろいろ調べたぜ」 「知ってるわよ」 「お、俺の推理ではお前はもう生きていない」 「推理?」 「・・・奥崎のじーさんが、お前がなにか未練を残してるって言ってたぜ」 浩平の体が浮き上がっていた。それがあまりにも自然な、違和感のない変化だったために浩平はそれを理解するまでに時間を要してしまった。気がついたときには浩平の体が低い図書室の天上に付いてしまう寸前のところまで移動していた。 「あ・・・ああ・・・」 「怖い?」 「う・・・。お前は、目が、見えなくなった・・・」 ぎりぎりぎり・・・と浩平の腕が奇妙な方向にねじれていく。肩を中心に走る切り裂くような痛みに、浩平は悲鳴すら上げられず低く呻いた。 「もう一度言ってみな・・・!」 「あぐ、あぐぅ・・・」 「もう一度言ってみろ!」 「お、おまえぇ・・・目が、見えな・・・でも・・・」 「でも?」 浩平を縛り付ける力が微かに弱まった。 「でも・・・お前は、生きようと・・・」 「・・・・・・」 「どうして・・・自殺・・・」 浩平の口から禁句が発せられた途端、浩平に加わる力が急激に増した。浩平は自分の間接がきしむ音を直接聞くことができた。 そのまま何も止めるものがなく、浩平にかかる力は徐々に増し、浩平はすでに痛みすら感じることが出来なくなっていた。 「うぅ、う・・・」 「・・・・・・」 ひかりはずっと無表情だ。冷たい、凍るような目のまま、なんの躊躇も見せずに浩平を痛めつけ続けた。 浩平の体全体は信じられないような姿勢にねじれ曲がっていたが、ひかりは気絶する一線を越えるか越えないかのところ、つまり浩平が最も苦しむ段階を保っていた。 「く・・・くぅ・・・!」 「・・・・・・」 それでも浩平は言葉を発しようと試みていた。浩平は白くなっていく自分の視界を、強力な意志と共にひかりに向けた。ひかりの力がもう一度、微かに弱まった。 「・・・悲しいこと・・・未練・・・」 「!」 ごき 鈍い音がした。それと共に浩平の目は虚ろとなって、今度こそなにも映さなくなった。 ひかりは力を弱めると、無造作に浩平を床に戻す。どさ、とまるで物が置かれるような音と共に浩平は床に落ち、倒れたまま動かなかった。 浩平の右腕は骨の位置がずれ、以上に伸びきっていた。その痛々しい様を見て、ひかりは不意に、激しい感情の波に襲われた。全てが崩壊してしまってから、自分が崩壊させてしまってから、ようやく自分が何をしていたのか理解する。あまりに救いようのない、惨めな悲しみの感情だった。 「・・・・・・」 ひかりはまだ表情を変えずに、ゆっくりと浩平に歩み寄った。浩平の傍らにしゃがみ、両手を差し出した。うつぶせに倒れてみえない浩平の顔に、頬を挟むように両手を合わせて、ゆっくりと振り向かせかけた。 ドアの開かれる音が聞こえる。ひかりの鋭敏な感覚でも、その時は誰かが図書室に近づいているということさえわからなかった。あまりにも唐突な侵入者の足音、ひかりは頭が痺れるような感覚を覚えながら、焦って姿を消した。そしてそこには、力無く倒れて動かない、浩平の姿だけが残された。 「浩平!?」 近寄ってくる足音が浩平には聞こえなかっただろう。暗転したままの浩平の頭の中には、ただ暗闇がたちこめているだけだった。 <第八話 終わり> ///////////////////////////////////////////////////// ずいぶん書いたと思ったらまだ八話か!?ってまあ単話(んな言葉あるかね)長いからそんなもんか。「未来」は短かったからなぁ・・・ほんと。 えー、どうでしたでしょうか、第八話。もうそろそろ話しも終盤です。ここまで駆け足で来ましたが最後まで駆け足です。ここまで読んでくださっている方は是非、最後まで読んで頂きたいです。つたない筆ですが、とりあえず見れるようには書きますんで・・・。 から丸とからすは消えてしまったので書けません。でもまぁハンドルはこのままです。ひょっとしたらまだ出てくるかもわかりません。 それでは読んでくださった皆さん、ありがとうございました。