紅の羽  投稿者:から丸&からす


第七話「小部屋」

「よく来たね。ここに来れたのはあんたが初めてだよ」
 図書室の中は青白い月明かりに照らされ、微妙な光の筋を作り出していた。
 浩平が図書室のドアを開けて中に入るとき、いつもの重々しい感じがせずにまるで空気を押しているかのような感触を覚えた。さらに図書室に足を踏み入れた途端、浩平は自分の体重を一気に感じられなくなった。自分が宙に浮いているような感覚。浩平は足の裏のむずかゆい感じを堪えながら声のする図書室の中央に向かった。
 いつもと違いカーテンが開け放たれているが、窓は開いていない。それなのに室内には微かな空気の流れが絶えず動いていた。入り口付近に垂らして置いてある新聞の群がこすれあい、がさがさと音をたてる。
 浩平は図書室の中を進み歩くと、ほどなくひかりの位置が確認できる場所まで出てきた。彼女は一際大きい本棚の上に腰掛けて浩平をからかうような眼差しで見つめている。
「お前は・・・何かおかしいと思っていたんだ」
「気づくのが遅すぎるよ」
 ひかりはまたからかうように、今度は多少自嘲気味に、肩を揺らしてくすくすと笑った。ひかりが笑うのと同調するように室内の空気がまた少し動き出す。
「少し・・・遊んでやったのよ。面白い奴だったから・・・」
「・・・・・・」
 ひかりが本棚の淵から足を垂らしてぶらぶらと揺らしている。スカートの裾からは色白でもなければ色黒でもない、ただ少しだけすらりとした印象を受ける足が覗いていた。
「お前・・・何なんだよ。どうしてここにいるんだ?」
「あんたには関係のない事よ」
 冷たくあしらったひかりに浩平は一歩前に出て言い迫った。
「じゃあどうして、俺をここに呼んだんだ」
「呼んでなんかないわ」
「嘘つけ!!」
 浩平の怒声と共に室内の空気が堰を切ったように暴れ始めた。本棚から重量級の本がいくつもこぼれ落ち、耳障りな音をたてる。ひかりはその中にいてもずっと無表情を装っていた。
「お前、昨日は瑞佳と一緒に帰りやしなかったんだ」
「・・・」
「お前は人の記憶を操ることができるんだ。それなら」
「・・・だまれぇ」
「どうして俺から記憶を消しちまわなかったんだ!!」
 がたがたと辺りの本棚が揺れ始める。いや、図書室全体が振動しているかのようだった。浩平は恐怖と緊張から足に異常な震えを感じながらも、必死で図書室の床に立ち続けた。
「正体を隠したいならもっと方法があったろうが!」
「うるさい!!」
「言ってることとやってることが違うぞ!この髪の毛はお前が落としていったんだ!!」
「うるさぁい!!」
 近くに飾ってあって倒れた花瓶が宙に浮き、浩平に襲いかかってきた。浩平は身を伏せかろうじてそれをかわしたが花瓶は頭をかするように打ち付け、熱い血が流れとなってどくどくと浩平の耳と首を伝った。
「かぁ!!」
 ひかりは喉の奥からほとばしるような声で叫ぶと、浩平の心を意識の外へと打ち払った。浩平の視界は嵐が起こったようにぼやけ、暗転する。そのまま浩平は糸が切れたようにその場に倒れ込んでしまった。
 ひかりは本棚にすがりつくように身を預けると、体を丸めて静かに泣いていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・

 今思えば、それはなんて幸せな日々だったんだろう。
 失ってから初めて気づいたけれど、本当に大切なものはいつも私のすぐ側にあったのだ。帰る場所があって、仲間がいて、愛する人がいた。それはなによりも大切なものだった。
 でも、壊れるのは一瞬だ。私は光と共に全てを失ってしまったんだ。
 友情って思ってたよりもろいものだったんだよ。
 家族だって所詮は自分の事の方が大事なんだよ。
 でも、私は必死でがんばったよ。どれだけ地面を這いつくばったかわからないけど、必死に生きていこうとしてたんだよ。そう・・・あなたがいてくれるなら、それだって大丈夫だと思った。
 それを・・・。

 浩平の頭の中を激烈な思考の渦が襲った。体中の血液が全て頭に集結したかのようにすさまじい圧力を感じる。
 
 それを・・・
 
 浩平は荒れ狂う嵐に吹き飛ばされないように、必死で自我を保った。ここで根を上げたら次に目を覚ましたときどうなっているかわからない。
浩平は荒れ狂う彼女の思考の中から、消え去りそうな叫びの数々を聞いた。

 あなたも、去っていくんだ。
 私を捨てるんだ。
 平気で捨てるんだ。
 行ってしまうんだ。
 忘れるんだ。
 戻ってこないんだ。
 悲しいよ。悲しいよ。悲しいよ。
 悲しいよ・・・

今、その事はまったく関係がなかった。しかし浩平は彼女の絶望に感化され自身のあらゆる苦痛を呼び起こされていた。二重の苦しみの中で、浩平は嵐に消えゆく彼女の最後の心を捉えんとした。

 だから、次に目を覚ましたときは・・・

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から丸「・・・う?」
からす「ああ」
から丸「あ?」
からす「うん・・・」
 
 今、二人とも極めて不安定な状態にありますので後書きが話せません。
 ここまで読んでくださった皆さんに感謝の意を捧げます。
 それにしてもなんだってこんなもの書き始めたんだろう・・・。
 ・・・俺、誰だっけ?