紅の羽  投稿者:から丸&からす


第六話「闇の淵に見たもの」

 夢を見た。不快なほどリアルな夢を見た。
 その夢があまりにもリアルだったせいで夢を見始めた時にうっかり自分が目を覚ましたのだと思ってしまったほどだった。
 自分が闇の中にいた。辺りにはなにも見えない。自分の姿も見えない。
 その内に自分が存在しているのかどうかに自信が持てなくなった。
 耐えきれずやみくもに走り出す。
 だがいくら走っても光は見えてこない。より一層、闇が濃くなるだけだ。
 走り疲れて立ち止まっても不安は消えない。何も見えない。見えないのだ。
 また耐えきれなくなって走る。疲れて止まる。不安になる。
 走る。止まる・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 浩平が跳ね起きた時には、まず自分がどこにいるかということよりも自分の目が見えているかどうかを確かめた。見える。それを確認すると汗が滝のように体から吹きだしてきた。
「みさき先輩!?」
 そこは図書室だった。浩平は気を失う直前の場所にそのままいたが、みさきは見あたらなかった。
 ようやく朝日が昇ったという早朝だったが、あれから一晩しか経過していないという保証はない。浩平は思いたって目前の本棚に目を向けた。
「ない!」
 明らかに古いと思われたあの本棚の方がなくなっていた。だが本棚一つ分の空白はどこにもない。最初から何も入る余地がなかったように、最初からあった点字の本棚の右隣にはすぐ普通の本棚が置かれていて、左側には壁しかなかった。
 一体なにが起こっているのか浩平には理解しがたかったが、それを解明するよりもまず浩平はみさきを探し出さなければと思い至った。
「みさき先輩ー!!」
 浩平は声の限りみさきを呼んで探したが、図書室のどこにも発見できなかった。
目の見えないみさきがどこかわからない場所に連れて行かれているとしたらきっとものすごく怯えているに違いない。
「みさきせんぱーい!!」
 図書室を飛び出して廊下に出たが、果たしてどこを探せばいいものやら浩平は迷った。なにせ第三者があの状況を発見したら普通、誰かに襲われたとか事故に巻き込まれたように考えて二人とも連れ出すだろう。もし瑞佳あたりが発見したとしても浩平だけ置き去りにするということはない。
 しかしあの声の主が二人を引き離した張本人だとするとみさきをどこに連れていったのか、なぜ浩平だけ放っておいたのかどれに関しても手がかりがない。
「えーい!!」
 浩平は近くの壁を力の限り蹴りつけた。
 盲目の娘が一晩帰ってこないなどということが起これば、
両親は血眼になって警察にでもなんでも連絡するに違いない。
だが警察に解決できるとは到底思えなかった。
「どこだ・・・どこだ!?」
 浩平は一縷の望みを託して職員室脇にある公衆電話に走った。震える手で受話器をとると百円玉を投入してあの幼なじみの番号をプッシュした。
「あ、もしもし!瑞佳はいませんか!?急いでるんです!!」
 母親に呼ばれて瑞佳が部屋を出てくる音が聞こえる。電話の向こうののんびりとした世界が浩平には歯がゆかった。
「もしもし・・・」
「あ、長森か!?」
「うー・・・浩平?どしたの?」
「おい、お前なんだって俺を放って・・・いや・・・」
「・・・落ち着いて」
「お前、帰る時にみさき先輩を見なかったか?」
「会ったよ」
「あ?」
「会ったよ。そしたら浩平は先に帰っちゃったいうから、私達もそのまま・・・」
「み、みさき先輩はちゃんと家に帰ったか?」
「うん。・・・そう言えば疲れてたみたいであんまりしゃべらなかったけど」
「・・・そ、そうか・・・わかった。悪かったな」
「うん・・・お休み」
 ガシャ・・・と電話が切れる前に浩平は受話器を置き、頭の中を整理し始めた。
 みさき先輩は俺よりも先に目覚めたのだろうか?もしもそうだとしたら確かに俺の存在を確かめることはできないだろう。だが先に帰ったなどと瑞佳に言うことはない。むしろ俺が図書室にいるかどうか、頼んで確認するはずだ。
「・・・なにがどうなってんだ」
 浩平はまとまらない考えに苛立ってくしゃくしゃと頭を掻いた。そして顔を伝って落ちる自分の髪の毛に妙な違和感を覚える。
 足下に髪が落ちた。それはいいのだが、浩平の無骨な手入れで痛んだ髪の中に艶のある長い髪が混じっていた。明らかに浩平のものではない。
「・・・・・・」
 浩平はそれを手に取って確かめてみたが、それは少し茶色のかかった瑞佳のものとは違う。順当に考えればみさきのものなのだろうが、浩平は妙な違和感を覚えていた。
「・・・」
 浩平は無言のまま、それを上着のポケットに仕舞った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 間もなく完全に日が昇り、辺りを強すぎる朝日が照らした。浩平は図書室の床に寝ころがってこれからどうしようか考えていた。あれだけのことがあったら眠くなって当然なのだが、不思議とまったく眠くなることはなかった。
「・・・・・・」
 あの三人の中で一番早く登校してくる者は誰だろう。
みさきは外見から判断すれば朝が強いとは思えない。
瑞佳は浩平を起こすために遅く起きてくるから早いということはない。
もしかしたらひかりあたりが委員の仕事でのこのこと登校してくるかも知れない。
 浩平はそう考えて図書室でなんの体裁もなく寝ころがっていた。
「・・・静かだな」
 教師ですらこんな早くには登校しない。浩平に至ってはこんな時間に学校にいたことは初めてだった。
 もうそろそろグラウンドの方から運動部の声が聞こえ始める頃か、
そう思ったとき図書室に闖入者が現れた。
「有野か・・・」
「わ、どうしたの折原・・・。こんな早く」
「いや、隣で夫婦喧嘩があってな。俺の家は爆撃されたんだ」
「そんな夫婦喧嘩があるか・・・でも本当にどうしたの?」
「ひかり」
「ん?」
「お前、昨日は誰と一緒に帰った?」
「え・・・途中まで瑞佳とみさき先輩と一緒だったけど」
「そうか、みさき先輩の様子はどうだった?」
「別にいつもと変わらなかったけど。折原、あんた先輩を残して帰っちゃうなんて
ひどいじゃない」
「・・・ああ、悪かったな・・・」
「?」
 浩平はもう一度床に寝転がってそのまましばらく図書室の天上を見つめていた。

「気がついたら朝で、家で寝てたんだよ・・・」
「俺は図書室にいたままだった」
 一時間目の休み時間。浩平はみさきのクラスを訪れて事の次第を聞かせてもらった。みさきは浩平と違い気がついたのは家で、ベッドの上に投げ出されたように寝ていたらしい。前の晩は夕食も食べず風呂にも入っていなかったとのことだった。
部屋につくなり糸が切れたように眠っていたことになる。
「本を戻したところから何も覚えてないよ」
「そうか・・・」
 
「浩平!学校にいるならいるって言ってよ!」
「気づかない方が悪い」
「わかるわけないよ・・・もう、由希子さんまで浩平がいないってことに気づいてないんだから・・・」
「それはいいとしてだな、長森」
「なに?」
「お前、帰った時には誰と一緒だった?」
「みさき先輩とひかりと一緒だったよ」
「そうか、それじゃひかりとはどんなことを話した?」
「え・・・うーん、覚えてないよ・・・」
「何か話したか?」
「そりゃ・・・歩いてれば何か話すよ・・・」
「何か思い出さないか?」
「浩平、昨日登校するとき私となに話してた?」
「・・・・・・」
「覚えてないってばそんなこと」
「そっか・・・」

 事の真相を知ろうと三人を尋問してみたのだが、どうもつじつまが合わない。
誰かが嘘をついているとしか思えないのだ。悪戯好きなみさきが遊んでいるのではと思ったが、四月一日ではないし最近はなにもお返しされるようなことはやっていない。ならば瑞佳かひかりのどちらかが仕組んで他の二人を抱き込んでいるのだろうか?もしそうだとしてもあまりに手が込んでいる。
「ふー・・・」
 今は授業中だが、いつも身が入っていない授業に今日はさらに身が入っていなかった。だから当てられたときも浩平は無意識に応答していた。
「長篠の戦いで織田信長が使った兵器はなんだ?」
「友情」
 クラス中が無責任な笑いに包まれる中、浩平は不機嫌だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 屋上には特別な匂いがあるという。
 そこは学校であるけれど、遠くから吹く風が混じり合ってどこにも存在しない香りが完成している。それはみさきに教えてもらった世界なのだが、鈍感な浩平にはあまりぴんとこなかった。
 それが今、屋上に来てみた途端に浩平に直感できた。そこには確かにどこにも存在していない空気があった。その力が、その時は特別に強められていたのだということを浩平は後になってから悟る。
「掃除・・・さぼりか?」
「あんたこそさぼってきたんじゃないの?」
 ひかりが夕焼けに照らされながら屋上に佇んでいた。
赤色の光の中で見る彼女は一種近づきがたい雰囲気をまとっていたが、浩平は構わず前進して自らを夕焼けの中に照らし出した。
「あんた、いいかげんちゃんと掃除しないと瑞佳に愛想尽かされるよ」
「そうだなぁ」
「なによ、その気のない返事は・・・」
 浩平はひかりの反論を無視すると、体を強くフェンスに寄りかからせた。老朽化した鉄製のフェンスがぎしぎしと悲鳴を上げる。
「夕焼け、きれいか?」
「・・・とっても綺麗よ」
「ふーん」
「・・・・・・」
 浩平は横目でひかりを見やる。ひかりが落ち着きを失っているということが目に見えてわかった。
「お前、どうしてこんなところにいるんだよ」
「あんたこそどうして来たのよ」
「お前の影が見えたからな」
「・・・別に、たまたま来ただけよ」
「ふーん・・・」
「なによ」
「いいけどさ」
 浩平はぐーっと背伸びをしてそのままコンクリート剥き出しの床に倒れ込んだ。今度は浩平の体の方が悲鳴を上げる。
「・・・なにしてんの?」
「なんでも」
「さっきからなによ。まるで私を探ってるみたいで」
「お前さ」
「・・・なに?」
「クラス、どこだ?」
「二年B組」
「番号は?」
「6」
「席は教卓側から何番目だ!?」
「教卓側から3番目で窓側から5番目よ!」
「よし、じゃあ今からB組に行って見るぞ!」
「やめてよ!!」
「なんでだ!お前の日常空間がどうなってんのか俺なりに調査を・・・」
「私の席なんてないのよ!!」
「・・・・・・」
「ぐす・・・」
「誰なんだお前・・・」
 ひかりは俯いていた体を急に起こすと、この世のものとは思えない凄絶な瞳で浩平を睨み据えた。浩平の体は一瞬で硬直し、心の中は恐怖で支配された。風の音だけが一層強く耳を打つ。
 ひかりは一歩浩平に近づくと、白魚のような滑らかな両手で浩平の頬を挟んだ。そのあまりの冷たさに浩平のすくんだ体からさらに体温が抜ける。
「う・・・」
 ひかりの眼光がより強く浩平を捉えた。その次の瞬間、浩平の意識はすでになかった。

一瞬、強い光を感じた。それまで経験したことのないような強力な光を感じた。しかしその光は一度現れるとまるでそれが幻影であったかのように、視界の中をふらふらをと彷徨って消えていった。浩平はその残像を無意識の内に目に留めようと務めていた。
 強い光が去ると、今度は完全な闇が訪れる。浩平は光を得ようと目を力一杯開こうとするのだが、どうしても目は開かれず何も見えなかった。浩平は目を強くこすって異常を取り除こうとした。しかしいくら目をこすっても目は一向に見えなかった。
 そこで浩平はようやく気づいた。注意して目をまさぐってみると、すでに自分の眼球がそこにはなかったのだ。
悲痛な叫びが空しく四散する。

 浩平は自分の存在が次第に信じられなくなっていった。それは果たして自分が本当に今この場所に存在しているのかどうかという不安だった。自分がどこかひどく狭い空間に押し込められているような、それはあまりに心細い感覚だった。人に頼ることを嫌って生きてきた浩平だが、この時はなりふりかまわず側にいてくれる他者を求めたのだ。しかしその求めに応じる者はいない。
 気が狂いそうになった浩平に救いが訪れた。急激に体温が失われていく感覚、それはそれまで背負ってきたあらゆる苦痛が外に流されていくようだった。体から力が抜けていき浩平は自然と体を横たえた。体温と共にうっすらと意識が遠くなっていく。気のせいかも知れないが浩平はその時、目の奥に光を見た。
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 気がつくと目の前に星空があった。それは目の錯覚だったのだが浩平は一瞬、自分が空に浮かんでいるのではないかと錯覚した。しかし下を見るとすぐに床に突き当たったので、浩平は反動からひどく驚いてその場から跳ね起きた。
 辺りはすでに暗く浩平一人だけでそこは元の屋上だった。遅くまで練習する運動部の姿も見えないことから、今はもうかなり遅い時間だろう。
浩平はまだぼうっとする頭を揺り起こすと、屋上を降りてすっかり人気もなく深い闇と沈黙が支配する校舎の中を図書室へと向かって歩き出した。

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から丸「・・・ひかりが異常な存在であるというヒントは前の話からあちこちに
    ちりばめてあったんですが・・・」
からす「・・・」ざっくざっく
から丸「あはは・・・ま、まあ読んでやってください。オリキャラの自信なさに     すっかり卑屈なから丸です」
からす「・・・」ざっくざっく
から丸「ええー、拙作に感想を下さった皆さん、本気で感謝の言葉もありません」
からす「・・・」ざっくざっく
から丸「な、なあからす。お前、どうして俺を埋めてるんだ?」
からす「・・・>WTTS兄貴」
から丸「は?」
からす「読者の「作品が長い」は「長い」でも「長い」じゃない!!」
から丸「な、なんだよ・・・」
からす「「飽きた」だっっ!!!!」
から丸「・・・ぐあああ!!!」ざく!
からす「飽きた!!」
から丸「よせぇぇぇ!!!」
からす「飽きた!!」
から丸「やめてくれぇぇ!!」
からす「飽きたァァァァ!!
から丸「あああああ・・・・・・」

からす「埋葬完了!WTTS兄貴、展開の仕方にはこちらも必死で頭をひねっおりま     す。感想ありがとうございました」
から丸「・・・」(燃えカス)